朽ちた椅子 [写真]

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シャッターの外に出されて捨てられるのを待つ二つの布張り椅子。
特に右の椅子の朽ちっぷりがすごいでやすね。
椅子人生の黄昏時を強調しようと、黄昏色のトーンをかけ、画面全体でも捨てられていく感を出してみやした。

左側のゆったりした椅子といえば、、、
あっしが小四の時に、父は国分寺に会社を設立して、社長室にはちょうどこんな椅子が置かれたのでやすが、毒母は、会社経営のことなんて何一つとして解らないくせに 社長室の椅子に脚を組んで踏ん反り返って座り、煙草をプハ〜ッとやりながら、社員達を呼び捨てで煙草の先で指して「アタシは社長夫人だ!」とばかりに威張り散らしてやした。
のみならず、夏に軽井沢に旅行に行った折りには、若手社員さんをうちの車の運転手としてアゴで使い、毒母や私や弟が乗り降りする時に、ハイヤーの運転手よろしくドアの開け閉めをさせてやした。
あっしは子供心にも「それはないよなあ、、、」と 社員さんを気の毒に思ってやした。

何年か経って会社の規模が大きくなったので、父は本社を新宿に移したのでやすが、毒母は父に「会社には一切首を突っ込むな!」というような事をキーーーツく言われたらしく、新宿が本社になってからは、行ってる様子はまるでありやせんでしたし、社員さんが運転手として来る事もなくなりやした。

今となっては、何もかも昔の話しでやす。


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リトルシガー「ボディショット・バニラ」を吸っています [リトルシガー]

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シガレット(紙巻き煙草)が苦手な私・ぼんぼちは、リトルシガー(葉巻きの中で、一番 細くてチープなもの)を愛煙しているのですが、最も嗜好に合っているポンポンオペラのバニラ風味が、コロナの影響で七月まで輸入されなくなってしまったので、仕方なくキャメル・オリジナルに甘んじていました。

もうじき待ちに待った七月ですが、入ってくるのは、七月の上旬なのか中旬なのか はたまたギリギリの下旬なのか、煙草屋さんにも皆目解らないらしく、出来ればそれまでの間、キャメル・オリジナルよりももっと自分好みのリトルシガーをつなぎとして吸えれば、、、と、リトルシガーの品揃えの良い煙草屋さんを探していました。

ーーーと、先日、川崎に用事があって出向いた時の事です。
駅の東口から四、五分ほど歩いた所に「世界のたばこ」と デカデカと幟旗をかかげ、プレミアムシガーからシガリロ リトルシガーまで「こんなにありますョ!」とばかりに 店横にズラリと見本を並べている煙草屋さんを発見したのです。

私は迷わず 店の窓口にすすみ入りました。
中年のご主人が「いらっしゃいま〜せ〜」と ゆる〜く愛想良くお顔を出しました。
私は「今までポンポンオペラのバニラを吸っていたのですが、コロナで入らなくなってしまったので、ポンポンオペラ・バニラに近いものを紹介していただけますか?」と申し出ると、ご主人はすかさず、キャプテンブラック・ダーククリーム コルツ・バニラ、そして、ボディショット・バニラを スッと出してくださいました。

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キャプテンブラック・ダーククリームは長年吸っていたのですが、近年の価格改定と同時に、辛さがぐっと弱くなり 甘さばかりが鼻につくバランスの取れない味へと変わってしまったので、私の中で却下となった銘柄でした。

キャプテンブラック・ダーククリームを却下して、新たな好みのリトルシガーを求めた所、家の近くのキセルやパイプまで売っている店で、ポンポンオペラと一緒に紹介していただいたのが、コルツ・バニラでした。
しかしコルツは、バニラの風味がケミカルで 辛さがあまり感じられなく、ケミカルな匂いが苦手な私には、ちょっと受け付けられませんでした。

なので、何の躊躇もなく、ここで初めて目にした ボディショット・バニラを一箱 購入しました。
合わなければ合わないで、またキャメル・オリジナルでつないでいればいい事だし、、、と。

帰宅するや、さっそくボディショット・バニラの箱を開けるとーーー
「これはお菓子?!」と錯覚するほどに強く自然なバニラ香が立ちのぼりました。
着火して吸ってみると、バニラ香はほど良い弱さへと変わり、辛さとのバランスが見事に取れていました。
吸い了りの口腔内の香りの余韻は、まあまあ甘さがほどよく残る といった感じでした。

ポンポンオペラのようなスモーキーさが無い分、ポンポンオペラには叶いませんでしたが、着火前のカラメル香と辛さと香ばしさだけのキャメル・オリジナルより 遥かに リトルシガーを吸っている充実感があり、「これならポンポンオペラ再入荷までのつなぎとしての役割りを、十二分に果たしてくれる!」と 大満足でした。

よって、次の週に、再び川崎に用があった折り、一カートン買いだめして来ました。
ご主人が、笑顔で おまけにマッチを一箱くださいました。

ボディショット・バニラさん、ポンポンオペラ復活までの間、よろしくね!

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捨てられたプラスチックカップ [写真]

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公園のゴミ箱から飽和状態に顔を出しているプラスチックカップ達。
撮ろうという段階から 粒子の細かい白黒ハイコントラストでいけばキマるぞ!と予測し、そう加工したら、頭の中で思い描いた通りになりやした。
今回の作品は、まあまあ気に入っている部類でやす。
分類としては、ドキュメンタリータッチといったところでやすね。

近年、公園にゴミ箱を設置している所は少なくなりやしたね。
これ、あっしの記憶が間違っていなければ、、、の話しなんでやすがーーー
公園からゴミ箱が撤去された理由って、昔、吉祥寺の井の頭公園のゴミ箱にバラバラにされた死体が捨てられていたことに因したように思いやす。
公園からゴミ箱を撤去すれば殺人事件が減るとは思えないのでやすが、、、
完全に観点がズレた対処法だと感じてやす。


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一才半の女の子 [独り言]

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三年ほど前、親友と鎌倉へ遊びに行くために 湘南新宿ラインの四人掛けの向かい合わせの席に 並んで座っていた時の事である。

私達の向かい側に、ヨチヨチ歩きの女の子と若いお父さんが掛けた。
女の子を見るともなしに見ていると、彼女は、私達の方に手を振りながら「バイバイ」と言った。
私は合わせて「バイバイ」と応えた。
親友は「僕達はまだ降りないよ」と 静かに笑った。
若いお父さんは「過ぎてゆく景色に向かって『バイバイ』と言っているんですよ」と説明してくれた。
親友が「お嬢さん、お幾つなんですか?」と尋ねると「一才半です」とお父さん。
赤ん坊や小さい子供の事を何も知らない私は、内心「へえ〜、産まれてたったの一年半で、もうヨチヨチ歩くくらいに大きくなるんだ! そして、会話こそまだ成立しなくとも、言葉も発するようになるんだ〜!」と 驚いた。

いつだったか、確か立花隆先生のお作りになったNHKのドキュメンタリー番組で映っていたが、赤ん坊の時は、人間もチンパンジーも、一緒に遊ばせると 対等に同レベルで遊ぶのだそうである。
そしてそこから少し大きくなって、件の女の子くらいに成長すると、人間の子はグーンと知能が発達し、ゆるやかに知能があがり そう高くない時点で止まってしまうチンパンジーとは「もうこんな馬鹿馬鹿しい遊びやってられないよ」となるそうなのである。

地球上の全ての生物の中で 偶然にも人間だけが突出した知能を得るという進化を辿った。

電車内で遭遇した女の子の大脳は、ものすごいスピードで細胞分裂している最中だったのだな、と思った。
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メキシコ料理店の看板 [写真]

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夕暮れ時に遭遇した メキシコ料理店の看板。
看板が鈍い黄色でもあったので、より夕暮れ感を強めようと、少しだけ夕暮れ色のトーンをかけやした。
特別奇をてらった写真ではありやせんが、構図・色調ともにまとまったので、作品としてアップすることにしやす。

メキシコの飲食物というと、みなさんは何を思い浮かべやすか?
あっしはやはり、カクテルラウンジでアルバイトをしていたという経験から、テキーラと、テキーラベースのカクテル テキーラサンライズが真っ先に思い浮かびやす。
先ず、テキーラというお酒は、リュウゼツランという植物から作られた蒸留酒で、テキーラサンライズは、ゴブレット又はフルート型のシャンパングラス又はサワーグラスの中で そのテキーラとオレンジジュースをビルドし、グレナデンシロップを静かに注ぎ、底に沈めるのでやす。
シロップは砂糖分が多く比重が重いので、静かに注ぐと底に沈殿しやす。
グレナデンの赤からオレンジジュース&テキーラのオレンジ色へのグラデーションが、まさにメキシコの朝焼けを彷彿とさせる 目にも楽しいカクテルでやす。
みなさんも、メキシコ料理店へ行く機会があって、もしもお気が向かれたら注文されてみてくだされ。


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五十九才の誕生日を迎えるにあたって思う事 [独り言]

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私・ぼんぼちは、今月の十六日で五十九才となります。
過去を振り返ると、よくも運良くこの歳まで生きてこられたものだと息を吐き、そして今現在は、幸せの大海原を自由気ままにぞんぶんに泳いでいる訳ですが、一つ歳を重ねる節目として、帯をキリリと締め直すように 改めて思う事を、今日は綴りたいと思います。

それは、「柔軟で吸収力を持った頭でいよう」という事です。

歳を重ねると、人間 誰しも頭がカタくなりがちです。
自分ではそういうつもりはなくとも、無自覚のうちに、昔 見聞学習したものが自分の中で当たり前となり、新しい情報は、シャットアウトしたりスルーしたりしがちになります。
しかし世の中というのは、常に変化しているのであって、すなはち、生きてゆく上で何が大切か という事も、時代と共に変わってゆきます。
そこを、柔軟性を持って、今はどういう時代なのか、今 何が大切なのか、を常に吸収してゆきたいと思っているのです。

ーーー具体的な例を挙げます。 

以前、絵を教えていた生徒さんの中に、八十才を少し越えたご婦人がいました。
その方は何かというと「最近の若い主婦は、スマート何とかだとかインター何とかだとか、くだらない事ばっかりやって、美味しい糠漬け一つ作れない。どころか、糠床すら持ってない。主婦っていうのは、美味しい糠漬けが漬けられて初めて一人前なんですよ!今の主婦は全員、主婦失格です!!」と吐いていました。

果たして、それは正論でしょうか?
私は違うと思います。
確かに 美味しい糠漬けが漬けられるに越した事はないけれど、今の時代、それより大切なのは、アマゾンで 家族が欲しがっている商品をいち早く安く手にいれたり、メルカリを使って いらない物を処分しつつお小遣い稼ぎをする方が、よほど賢い出来た主婦ではないか!と思うのです。

今はもうすっかりネットが定着しきっている時代なのですから、ネットに長けている方が、主婦としても活躍できるのではないでしょうか。

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一方、同じ八十才を少し越えた男性には、こんな方がおられました。
男性は、某不動産会社の社長さんで、私はその社長さんと鰻をご一緒する機会がありました。

先ず 仲居さんが、私の前に鰻を置き、私は「ありがとうございます」と静かに言い、軽く会釈をしました。
次に社長さんの所に鰻が運ばれて来るや、社長さんは、私と同じく 静かに「ありがとうございます」と仰り、軽く会釈をされたのです。
その発し方と動きは、明らかに私を倣ってのものだと 明確に解りました。

私はその瞬間、「あぁ!この社長さんは何と素晴らしい人物なのだろう!!」と 尊敬の念を抱かずにおれませんでした。
社長さんからしたら、私なんぞは そこいら辺に転がっている単なる小娘です。
そんな小娘の所作を、「これは良い振る舞いだ」と即座に認識され、見習ったのです。

今の八十代の方々のお若かった頃というのは、「私は客だ!」と ふんぞり返り、ふんぞり返らないまでも、お店の方に「ありがとうございます」等とお礼を言う習慣は無かった時代です。
それを瞬時に、頭の切り替えをなされるとは、、、!!!

私はあと何年生きる運命にあるのか解りませんが、これから先の人生、前者のご婦人のようには間違ってもなるまい、後者の社長さんの様な姿勢で生きよう!と思う次第です。

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※画像は、先日、東京駅構内のハンカチ屋さんで偶然出逢った 金魚柄のハンカチ二枚です。
一目惚れして、速攻購入しました。
自分への良い誕生日記念となりました。

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ビルの壁面の二本の太い管 [写真]

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みなさん、単にこの写真だけを観て何か解るかたはそういらっしゃらないと思いやすが、これは、ビルの裏側壁面にくっつけられていた巨大で太い金属管でやす。
これが何であるか という説明ではなしにアートの視点で撮っているので、何だか解らなくともいっこうに構いやせん。
アート写真としての面白さを少しでも感じていただければ、それだけで本望でやす。
まあ、ジャンルとしては、シュールリアリズムといったところでやすね。

シュールリアリズムを表現する作家をシュールリアリストと呼びやすが、あっしが最も敬愛するシュールリアリストは、チェコのヤン・シュヴァンクマイエルでやす。
近年、お仕事を引退されたようでやすが、氏は主に、アニメーションという技術で表現をされていやした。
オブジェクトやクレイやピクシレーションやカットアウトというアニメーション技法で。
日本はセル系アニメーション大国なので、アニメーションというとセル系しか思い浮かばないかたが多いようでやすが、アニメーションの技法は上に述べた様に多彩にあり、セル系は、その中の一技法なんでやす。
なので、アニメーション技法に詳しくない人に「アニメーションが好き」というと、いわゆるアキバ系セルアニメが好きだと大誤解を受けてしまうので、うかつに「アニメーションが好き」とは言わないようにしてやす。


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サクランボにまつわる些細な雑文 [独り言]

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サクランボの時節である。
サクランボといえば、一般には 宝石の如くに木箱に並べられた佐藤錦などがありがたがられるが、私は決して強がりを言うわけではなく、日本のサクランボには、みぢんも興味が無い。
興味があるのは、プラスチックカップにごそっと投げ入れられた 如何にも欧米!といった芳香を発散させているアメリカンチェリーである。

だから、この季節にアメリカンチェリーをたらふく食す事のみならず、アメリカンチェリーを使った食べ物・飲み物にも 昔から食指がのびている。

小学生の頃は、紀ノ国屋のチェリーパイを よく頬張っていた。
昔のアメリカのお母さんは、白いキッチンで、こんなパイを午後になると焼いていたんだろうな とイメージの広がる、素朴でかつ異国情緒のぎっしりと詰まったパイだった。

大人になってカクテルの世界に魅了されてからは、ショットバーの留まり木に留まると、チェリーブロッサムというカクテルを所望するようになっていた。
チェリーブランデーベースの、マラスキーノチェリーの沈んだ これぞカクテル!といった佇まいのショートカクテルである。

又、アメリカンチェリーが完熟した 限りなく黒に近い臙脂色というのも無性に心惹かれるものがあり、中学生の時は、そんな色の口紅をつけていた。
黒く丈の長いレエスのついたワンピースをまとい、血の気の無い色のファンデーションをべったりと塗り、当時はそういったファッション用語は無かったが、今でいう「ゴシックファッション」をしていた。
ゴシックファッションに身をかため、まだ広告業界とファッション関係の人しか歩かない 限られた大人の街だった原宿を、日曜日になると、無表情で影のように彷徨っていた。

アメリカンチェリーを店頭に見ると、毎年、そんな諸々を思ひ出す。

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オブジェに当たっている光と影 [写真]

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何記事か前に「穴の空いた金属板と縦長の金属板」という 横浜・山下公園の螺旋階段で撮った写真をアップしやしたが、今回の作品は、その螺旋階段を上りきって緑地帯に出た所にあったオブジェでやす。
なので、撮影日は5月3日なので、うららかな柔らかな光の加減でやす。
あっしは今まで、光や影が重要なポイントになる写真は幾つも撮ってきやしたが、光と影が主役 という写真は今作品が初めてなので、あっしとしては、初めての新たな挑戦の作品でやす。
どう評価されるかは、観てくださるみなさんにゆだねやす。

光と影、、、みなさんは今、光の道を歩まれてやすか?それとも影の道でやすか?
あっしは今、光いっぱいの道を歩んでやす。
物心ついてから38才までが影で、その後の2年間が変換期で、40才以降が光になりやした。
そして、53才から今は、ますます光輝く道となりやした。
光輝く道を歩くのがこんなに幸せな事だとは、想像だにできやせんでやした。
何故なら、影の道からは光って、具体的に見えなかったから。
逆に今、影の道にいた頃のあっしは何て不幸だったんだと、影にいた頃以上に思いやす。
再び影の道を歩めと言われたら、もう歩けやせん。耐えられやせん。
一度、光輝く道を体験したら、影の道に戻るくらいなら死んだほうがマシでやす。



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懐かしの父の味・福岡仕込みのすき焼き [父]

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私が育った家庭は外食とてんや物中心の家庭だったので、家で夕飯を作って食べるという事がめったになく、あるとすればそれは、父が家に帰る たまの日曜日だけだった。
このブログを長く読んでくださっている方は既にお察しの事と思うが、私の母は人格が破綻した人間だったので、弁当はおろか料理など、作ろう筈もなかったからだ。
父が作ってくれる料理は、決まって すき焼きだった。

父はキッチンに立ち、長葱 春菊 糸こんにゃく 焼き豆腐 えのき茸を切り、そして紀ノ国屋で求めた特上の霜降り牛肉を大皿に乗せると、大皿を両手でかかげ、おどけたガニ股で太っちょの身体を左右に揺らしつつ「ハイハイ!すき焼きの始まりですヨ!!」と ダイニングのテーブルに置くのだった。
私と弟は「わーい!」と とんすいの中の生卵をチャチャッとかき混ぜ スタンバイする。

父は福岡出身だったので、父の作るすき焼きというのは、鉄鍋をラードでくるくると馴染ませ、牛肉をペロペロと並べ、砂糖をエベレストの如くに山盛りにするのだった。
それから、酒 醤油を足し、その後で その他の具材を投入していくのだった。

父の作る福岡仕込みのすき焼きは、甘ーーーく、それは、とんすいの卵を追加するほどに美味だった。
その間、母はダイニングテーブルの向こうの方で、薬味を刻むのも麺つゆを作るのも面倒らしく、生醤油に蕎麦を浸して ビール片手に「そんなもん不味ーーーい!!!そんなもん不味ーーーい!!!」と 相変わらず鬼の様な形相をして 一人で叫び続けていた。

大人になり、東京の人は「わりした」というものですき焼きを食べると知り、何年か前に、東京ですき焼きといえば、、、の今半に、わりしたすき焼き体験をしに出向いた事がある。
果たしてーーー
具材はいずれも最高級だったが、わりしたは私の舌にはただただしょっぱいばかりで、何度も喉元まで「砂糖を下さい」と出かかったが、郷に入れば郷に従え 何の為に自分はここに来たのだ? と我慢して完食した。

やはり父のすき焼きの味は、私の味覚形成期に深く根を張り、これは一生 みぢんも揺らぐ事はないと 痛感した。
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