懐かしの父の味・福岡仕込みのすき焼き [父]

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私が育った家庭は外食とてんや物中心の家庭だったので、家で夕飯を作って食べるという事がめったになく、あるとすればそれは、父が家に帰る たまの日曜日だけだった。
このブログを長く読んでくださっている方は既にお察しの事と思うが、私の母は人格が破綻した人間だったので、弁当はおろか料理など、作ろう筈もなかったからだ。
父が作ってくれる料理は、決まって すき焼きだった。

父はキッチンに立ち、長葱 春菊 糸こんにゃく 焼き豆腐 えのき茸を切り、そして紀ノ国屋で求めた特上の霜降り牛肉を大皿に乗せると、大皿を両手でかかげ、おどけたガニ股で太っちょの身体を左右に揺らしつつ「ハイハイ!すき焼きの始まりですヨ!!」と ダイニングのテーブルに置くのだった。
私と弟は「わーい!」と とんすいの中の生卵をチャチャッとかき混ぜ スタンバイする。

父は福岡出身だったので、父の作るすき焼きというのは、鉄鍋をラードでくるくると馴染ませ、牛肉をペロペロと並べ、砂糖をエベレストの如くに山盛りにするのだった。
それから、酒 醤油を足し、その後で その他の具材を投入していくのだった。

父の作る福岡仕込みのすき焼きは、甘ーーーく、それは、とんすいの卵を追加するほどに美味だった。
その間、母はダイニングテーブルの向こうの方で、薬味を刻むのも麺つゆを作るのも面倒らしく、生醤油に蕎麦を浸して ビール片手に「そんなもん不味ーーーい!!!そんなもん不味ーーーい!!!」と 相変わらず鬼の様な形相をして 一人で叫び続けていた。

大人になり、東京の人は「わりした」というものですき焼きを食べると知り、何年か前に、東京ですき焼きといえば、、、の今半に、わりしたすき焼き体験をしに出向いた事がある。
果たしてーーー
具材はいずれも最高級だったが、わりしたは私の舌にはただただしょっぱいばかりで、何度も喉元まで「砂糖を下さい」と出かかったが、郷に入れば郷に従え 何の為に自分はここに来たのだ? と我慢して完食した。

やはり父のすき焼きの味は、私の味覚形成期に深く根を張り、これは一生 みぢんも揺らぐ事はないと 痛感した。
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