浅草〜神保町へ行った日の出来事 [独り言]

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六月下旬某日、浅草へ。

目的は、下駄を買うためである。
私は毎年、真夏には、和柄のTシャツにフルレングスのスカート そして下駄、というコーディネートが定番なのであるが、ここ何年か愛用していた下駄が、底がすり減って 次の代のに替えなければならなくなっていたからである。
合わせるアイテムの色合いから、鼻緒は赤と決めている。
とにかく下駄屋の多い浅草の店を五、六軒もあたれば、求めている赤い鼻緒の下駄を見つけ出せる可能性は 非常に高いと予測する。

私は、ファッションアイテムに対する情熱・愛が人並み外れて強いので、あまりの興奮に 朝、ずいぶん早くに目がパッチリと覚め、午前十一時には 浅草駅に着いてしまった。

さあ!ここからが勝負!下駄屋を見つけては入り、私のために作られて待っていてくれた!と言えるほどに深く愛せる一品を探しに探すぞ! 先ずは、定番の仲見世通りから、、、
ーーーと、仲見世通りに入って左側三軒目くらいに下駄屋を発見!

仲見世通りは、浅草の中でも観光地中の観光地だから、店員さんは「二度は来ない客」として、けんもほろろに扱うだろうと覚悟しつつ、居並ぶ下駄を物色し始める。
「いらっしゃいませ!お気に召すものがおありでしたら、どうぞ履いてみられてください」
中年のご主人が、腰も低く満面の笑みで 出て来てくださった。
私は嬉しく驚き「ありがとうございます」と会釈をして顔を上げると、、、赤と白の柄の鼻緒の下駄が、運命の一瞬の如くに目に飛び込んだ。
無地の赤よりも、遥かに洒落感に溢れている!
「これ、履いてみていいですか?」
「はい、どうぞどうぞ。こちら、桐製になっております」
ご主人は、椅子を用意してくださった。
鼻緒の調整をせずとも、履き心地満点! 見た目も満点!!
まさに、私を待っていてくれた愛しの下駄である。
迷うことなく「これ、ください!」と ご主人に笑顔を向ける。
私が「和柄のTシャツと長いスカートに合わせたいんです」と言うとご主人は、「それはお洒落ですねぇ!」ますますの笑みを返してくださり、専門用語で何というのか判らないが、鼻緒の裏側の部分に丸い金属を打ち付けてくださり、丁寧に包装紙に包んでくださった。
その間、私のとりとめのない与太話にも ニコニコと応えてくださった。
プロ中のプロのお店に当たったな!と 感激しきりである。

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私は嬉しい半面、ポカンとしてしまった。
何故なら、浅草に着いてものの三分ほどで目的が達成されてしまったからである。
これからどうしよう、、、
とりあえずは、せっかく浅草まで来たのだからと、裏通りを選んで 作品に昇華しそうな写真を撮って歩く。
裏通りは、古いもの 朽ちたもの 乱雑なものの宝庫で、撮れ高、高し!

と、和布や水引で作られた小物とアクセサリーの 和モダンといった風な店が在るのに気づく。
店の表に 水引を編んで作ったブレスレットが何色も並んでいる。
私は、「これは下駄コーディネートの時にぴったりだ! のみならず、ちょうど今着ている黒地に赤のエスニック調の刺繍のワンピースにもバッチリじゃないか!」と その中の赤いブレスレットを凝視する。
「いらっしゃいませ!よろしかったらお着けになってみてください!」
三十代くらいの女性店員さんが、感じ良く店表まで出て来てくださった。
私は店表のアルコール消毒液で両手を湿していたので、「赤いブレスレットを着けてみたいのですが、、、すみません、手が濡れているので着けていただけますか?」と 店員さんに着けていただく。
バッチリである! 今着ているワンピースにも、そして 下駄コーディネートにも間違いなく!
「ありきたりじゃなくて素敵ですね!これに決めます!」と言うと、「では、サンプルではない商品を、お出ししてお着けしますね」と店員さん。
着けてくださりながら、「これは磁石で留めるようになっています」
ーーーその瞬間、私の脳裏には「磁石って、何かがちょっと引っかかったら、すぐに外れてしまわないだろうか?」との不安がよぎったが、「取れやすいようなら、後日 自分で磁石を外して金具と金具を直接留めればいいのだし」と楽観し、店を後にした。

浅草に来た折には必ず立ち寄る ゆうるりと空気の流れる前時代的な「待合室」という喫茶店で休憩しようと向かったが、あいにく休業日だった。
他の喫茶店で休んで 再び浅草裏通り写真撮り歩きをしようかとも考えたが、少々暑い日だったし、リトルシガーも吸いたくなったので、神保町まで移動し、馴染みの喫煙可の喫茶店「神田 伯剌西爾(かんだ ぶらじる)」で一服し、夕は、やはり馴染みの 伯剌西爾からほど近いタイ料理屋で飲み食いして、今日のお出掛けは〆とすることとした。

伯剌西爾に、いつものように「こんにちは」と入店。
二時間ほど、アイスコーヒーとリトルシガーを堪能し、「ごちそうさま」と 伯剌西爾の階段を上がる。
「ブレスレットも、ほんとに買って良かったな。これから、愛して愛して愛し抜くからね」と 悦に入り手首を見る。
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十五分ほど歩き、タイ料理屋へ。
「こんにちは!」
「コップンカー!」
明るく笑顔を交わし合う。
注文を済ますと、先ずは手を洗っておこうと洗面所に立ち、手首を見ると、ブレスレットが、ない!
伯剌西爾からここに来るまでの道中、落としてしまったのだ。
二時間ほど飲み食いしながら「あー、あんなに素敵なブレスレットだもの、もうすでに誰かに拾われているよなぁ、、、後日、あの店に行って『お友達にもプレゼントしたいので』という理由付けをして同じものを買い、そして家に持ち帰ってすぐに磁石から直接金具に付け替えよう」などと思案する。

会計を済ませ、「でもダメ元で、伯剌西爾からここまで歩いて来た道を、一度だけ辿り戻ってみよう」と歩き出す。
この道はこちら側の舗道を歩いて、ここで信号を渡り、こっち側の舗道に移って、、、と記憶を辿りつつ、、、ない、、、ない、、、やっぱりあるわけないよな、、、と進み行くと、白山通りの東側舗道に 磁石が外れた状態でアスファルトにペタリとへばりついているのを見つけた!
あぁ!なんという不幸中の幸い!
私の愛の深さ故、誰にも拾われずに そこで私を待っていてくれたのか!!
愛とは運命ぞ!!!

愛しのブレスレットをバッグに収め、家に帰るや、早々に 磁石を外して金具同士をつなぎ合わせた。
めでたし、めでたし。
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純朴デート [独り言]

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ぼんぼちね、若い頃、やりたくてもやれなかった事を、歳を重ねてから 一つ また一つとやり遂げて来たんだよね。

例えばーーー
成人式に行かせてもらえなかった代わりに 35才で振り袖を着たり、中高生の時に勉強したかった映画と演劇の専門的な勉強を いっぱい時間が出来た30代後半から40代前半にかけて 幾つもの研究所に通って学んだり、ファッションの道に進ませてもらえなかった代わりに 30代半ばから後半にかけて 自分でデザインしてスタイル画を描いてお仕立て屋さんに 世界で唯一の服を何着も作っていただいたり、、、って。

あー、これでもう やりたくてもやれなかった事 全てやり遂げて 人生の埋め合わせが出来たな、、、満足満足、これでいつ死んでも悔いはないぞ!って悦に入ってたんだけどさ。
最近、やりたくてもやれなかった事で、どうしても もうこの歳では埋め合わせが出来ない事が一つだけあった事に気がついたんだよね。

それはーーー
「純朴デートをする事」
つまり、中学生くらいの男女がするような、淡くて恥じらいに満ちたウブなデートを経験する事。

具体的に言うとーーー
本とかを手渡す時に かすかに指先が触れて、もうそれだけでドッキドキ とか、
並んで歩いていて、手 つなぎたいなーとお互い思っても なかなかつなげなくて、指先を触れ合わせては又離して、、、で、最終的につなぐにしても、指先をちょっとつまんでるくらい とか。
キッスにしても、おでこかほっぺにチュッ!っていうフレンチキッス。
した相手もされた自分も、恥ずかしさのあまりうつむいちゃうか 背中向けちゃう、、、
そういうの、経験したかった。
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ていうのはさ、
長くぼんぼちのブログを読んでくださっている方々はお解りだと思うんだけど、ぼんぼち、中高生時代って、ブルドッグさながらの顔太りと顔じゅう熱い熔岩が沸騰しているような酷過ぎるニキビで、それはもう醜くて、顔面ヒエラルキーの最底辺にいたわけ。 今のぼんぼちのポートレートからは想像もつかないだろうけどさ。
ーーー実際、中高時代の同窓生と街なかや電車内ですれ違って、「あ、○○さんだ」って見ると、向こうは「この知らない人、なんでこっち見てるんだろ?」って不思議そうな顔されるもんね。

だからさ、中高生時代に、男子とデートなんて 夢のまた夢、、、どころか、男子のみならず、世間全般からも ゴミのように扱われてたもんね。
道を歩いてると、前方から来た人に「わっ!キモチわりぃ〜!」って飛び退かれて 小走りに大きく迂回されたり、飲食店や買い物の会計時、釣り銭を受け取る時に「オエッ!近づきたくね〜、手、触れたくね〜」って態度全開で、釣り銭を渡す指がぼんぼちの手に触れないように 投げ付けられるように掌に落とされたり、、、
そんな事、数知れず、てか、そんな事ばっかりだったよ。そういう日常。

でさ、毒母が死んでくれて自分に自由な時間が出来て、顔面ヒエラルキーも 最底辺からは少しだけ浮上出来たのが27才の時で、だからさ、初めての男性とのデートっていうのは、27才だったんだけどさ。
その年令になると、もう前述のような形のデートって、いくらこっちが望んでも 相手はそういうスタンスにいないわけさ。

歩いてて何のためらいもなく 手をギュッと握られて、振り払わないでいると それは「今夜はオッケーよ!」のサインに受け取られたりとか、
カフェバーで、二杯カクテルを飲んだだけで、「酔った?酔った?酔った?酔った?ねぇ、酔ったよね?」って執拗にイエスを求めてくるから「、、、、、酔った、、、」って答えると、ソッコー店出て、この直後 ラブホになだれ込むの大前提!っていう超ディープなキスされたりとか、、、
何人の人とデートしても、みんなそんな感じで、、、

男性にとっては、それが年令相応の当たり前のデートだったんだろうけど、ぼんぼちにとってはさ、階段の1段目から9段目まで踏んだ事がないのに、いきなり10段目に飛び乗らなければならなかったっていう、、、
決して、性交渉をするのが嫌だったという訳じゃないんだけどね。
いきなり10段目は、心がついてゆけないっていうか、、、

要するに、ぼんぼちの中には、「純朴デートが出来なかった」という事が、心の大きな欠損感になってるんだよね。
人生というジグソーパズルの一片だけが、どうしても埋められなかった。
どこを探してもどんなに努力しても、このピースだけは代わりの一片になってくれるものなぞ、今となってはありません、、、って。

もしかしたらさ、現実には、ぼんぼちが夢観ていた純朴デートを経験出来た人なんて、世間にごく僅かで、これはぼんぼちが若かった頃 酷く醜かった故の幻想なのかも知れない。

だけど、、、やっぱり、この埋め合わせ不可能なジグソーパズルの欠損した一片は、死ぬまでぼんぼちについてまわるに違いない。
現世では果たせなかったけど、次に生まれて来る時には、10代の時から可愛い女の子に生まれて来て、純朴デートを経験したい、、、、、絶対に!!!

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緑(みどり)と縁(えにし) [独り言]

先日、中国人のかたが営っていらっしゃる中華料理屋さんに呑みに行った時のことでやす。

メニューの焼酎の欄に「縁」とあったので、あっしは何の疑いもなく「『みどり』お湯割りでお願いしまーす!」と 店員のお兄さんに声を飛ばしやした。
するとお兄さん、一旦奥に引っ込んだかと思うと、ボトルを右手に斜めにかかげ 左手をボトルの底に添え ラベルをこちらに向けて 満面の笑みで「『えにし』デヨロシイデスネ!」と確認されやした。
あっ!緑(みどり)じゃなくて縁(えにし)だった!と あっしはそこで初めて、誤読に気がつきやした。
ーーー恥っずかしいよなあ〜、縁(えにし)を緑(みどり)と読み間違えるなんて。
しかも店員さんは、日本人ではなーい。幾重にも恥ずかしー。

まっ、、、中国は漢字の先輩の国だから、まだちぃとは、アタマポリポリ「ヘヘッ」で終われやしたが。
これが、タイやインドや欧米の店員さんに「『えにし』デヨロシイデェスネェ!」と言われたら、その場から消え入りたくなるほどに身の置きどころがなかったところでやぁす。

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※画像は、縁(えにし)ではなく緑(みどり)でやす。

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一才半の女の子 [独り言]

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三年ほど前、親友と鎌倉へ遊びに行くために 湘南新宿ラインの四人掛けの向かい合わせの席に 並んで座っていた時の事である。

私達の向かい側に、ヨチヨチ歩きの女の子と若いお父さんが掛けた。
女の子を見るともなしに見ていると、彼女は、私達の方に手を振りながら「バイバイ」と言った。
私は合わせて「バイバイ」と応えた。
親友は「僕達はまだ降りないよ」と 静かに笑った。
若いお父さんは「過ぎてゆく景色に向かって『バイバイ』と言っているんですよ」と説明してくれた。
親友が「お嬢さん、お幾つなんですか?」と尋ねると「一才半です」とお父さん。
赤ん坊や小さい子供の事を何も知らない私は、内心「へえ〜、産まれてたったの一年半で、もうヨチヨチ歩くくらいに大きくなるんだ! そして、会話こそまだ成立しなくとも、言葉も発するようになるんだ〜!」と 驚いた。

いつだったか、確か立花隆先生のお作りになったNHKのドキュメンタリー番組で映っていたが、赤ん坊の時は、人間もチンパンジーも、一緒に遊ばせると 対等に同レベルで遊ぶのだそうである。
そしてそこから少し大きくなって、件の女の子くらいに成長すると、人間の子はグーンと知能が発達し、ゆるやかに知能があがり そう高くない時点で止まってしまうチンパンジーとは「もうこんな馬鹿馬鹿しい遊びやってられないよ」となるそうなのである。

地球上の全ての生物の中で 偶然にも人間だけが突出した知能を得るという進化を辿った。

電車内で遭遇した女の子の大脳は、ものすごいスピードで細胞分裂している最中だったのだな、と思った。
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五十九才の誕生日を迎えるにあたって思う事 [独り言]

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私・ぼんぼちは、今月の十六日で五十九才となります。
過去を振り返ると、よくも運良くこの歳まで生きてこられたものだと息を吐き、そして今現在は、幸せの大海原を自由気ままにぞんぶんに泳いでいる訳ですが、一つ歳を重ねる節目として、帯をキリリと締め直すように 改めて思う事を、今日は綴りたいと思います。

それは、「柔軟で吸収力を持った頭でいよう」という事です。

歳を重ねると、人間 誰しも頭がカタくなりがちです。
自分ではそういうつもりはなくとも、無自覚のうちに、昔 見聞学習したものが自分の中で当たり前となり、新しい情報は、シャットアウトしたりスルーしたりしがちになります。
しかし世の中というのは、常に変化しているのであって、すなはち、生きてゆく上で何が大切か という事も、時代と共に変わってゆきます。
そこを、柔軟性を持って、今はどういう時代なのか、今 何が大切なのか、を常に吸収してゆきたいと思っているのです。

ーーー具体的な例を挙げます。 

以前、絵を教えていた生徒さんの中に、八十才を少し越えたご婦人がいました。
その方は何かというと「最近の若い主婦は、スマート何とかだとかインター何とかだとか、くだらない事ばっかりやって、美味しい糠漬け一つ作れない。どころか、糠床すら持ってない。主婦っていうのは、美味しい糠漬けが漬けられて初めて一人前なんですよ!今の主婦は全員、主婦失格です!!」と吐いていました。

果たして、それは正論でしょうか?
私は違うと思います。
確かに 美味しい糠漬けが漬けられるに越した事はないけれど、今の時代、それより大切なのは、アマゾンで 家族が欲しがっている商品をいち早く安く手にいれたり、メルカリを使って いらない物を処分しつつお小遣い稼ぎをする方が、よほど賢い出来た主婦ではないか!と思うのです。

今はもうすっかりネットが定着しきっている時代なのですから、ネットに長けている方が、主婦としても活躍できるのではないでしょうか。

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一方、同じ八十才を少し越えた男性には、こんな方がおられました。
男性は、某不動産会社の社長さんで、私はその社長さんと鰻をご一緒する機会がありました。

先ず 仲居さんが、私の前に鰻を置き、私は「ありがとうございます」と静かに言い、軽く会釈をしました。
次に社長さんの所に鰻が運ばれて来るや、社長さんは、私と同じく 静かに「ありがとうございます」と仰り、軽く会釈をされたのです。
その発し方と動きは、明らかに私を倣ってのものだと 明確に解りました。

私はその瞬間、「あぁ!この社長さんは何と素晴らしい人物なのだろう!!」と 尊敬の念を抱かずにおれませんでした。
社長さんからしたら、私なんぞは そこいら辺に転がっている単なる小娘です。
そんな小娘の所作を、「これは良い振る舞いだ」と即座に認識され、見習ったのです。

今の八十代の方々のお若かった頃というのは、「私は客だ!」と ふんぞり返り、ふんぞり返らないまでも、お店の方に「ありがとうございます」等とお礼を言う習慣は無かった時代です。
それを瞬時に、頭の切り替えをなされるとは、、、!!!

私はあと何年生きる運命にあるのか解りませんが、これから先の人生、前者のご婦人のようには間違ってもなるまい、後者の社長さんの様な姿勢で生きよう!と思う次第です。

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※画像は、先日、東京駅構内のハンカチ屋さんで偶然出逢った 金魚柄のハンカチ二枚です。
一目惚れして、速攻購入しました。
自分への良い誕生日記念となりました。

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サクランボにまつわる些細な雑文 [独り言]

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サクランボの時節である。
サクランボといえば、一般には 宝石の如くに木箱に並べられた佐藤錦などがありがたがられるが、私は決して強がりを言うわけではなく、日本のサクランボには、みぢんも興味が無い。
興味があるのは、プラスチックカップにごそっと投げ入れられた 如何にも欧米!といった芳香を発散させているアメリカンチェリーである。

だから、この季節にアメリカンチェリーをたらふく食す事のみならず、アメリカンチェリーを使った食べ物・飲み物にも 昔から食指がのびている。

小学生の頃は、紀ノ国屋のチェリーパイを よく頬張っていた。
昔のアメリカのお母さんは、白いキッチンで、こんなパイを午後になると焼いていたんだろうな とイメージの広がる、素朴でかつ異国情緒のぎっしりと詰まったパイだった。

大人になってカクテルの世界に魅了されてからは、ショットバーの留まり木に留まると、チェリーブロッサムというカクテルを所望するようになっていた。
チェリーブランデーベースの、マラスキーノチェリーの沈んだ これぞカクテル!といった佇まいのショートカクテルである。

又、アメリカンチェリーが完熟した 限りなく黒に近い臙脂色というのも無性に心惹かれるものがあり、中学生の時は、そんな色の口紅をつけていた。
黒く丈の長いレエスのついたワンピースをまとい、血の気の無い色のファンデーションをべったりと塗り、当時はそういったファッション用語は無かったが、今でいう「ゴシックファッション」をしていた。
ゴシックファッションに身をかため、まだ広告業界とファッション関係の人しか歩かない 限られた大人の街だった原宿を、日曜日になると、無表情で影のように彷徨っていた。

アメリカンチェリーを店頭に見ると、毎年、そんな諸々を思ひ出す。

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薬の処方間違いは、けっこうな高確率で起こる [独り言]

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先日、友人から「ヘルパーさんに、間違って認知症の薬を飲まされた」とのメールが来た。
友人は、老人ではないが、特殊疾病の後遺症という理由で、介護付き永住型老人居住施設に入所している人である。
次のメールに「今夜、ヘルパーさんが巡回に来たら、死んだふりしようと思う」とのジョークが送られてきたが、これはジョークでは済まされない 重大な、ともすると本当に生命に関わる大問題だと思った。

施設では大騒動となり、薬を間違えたヘルパーさんと施設長さんが友人に平謝りに謝り、その後 身体に異変はないかと 何度も聞いてきたという。
この施設では、今後 二度とこの様な間違いが起こらない様、確認に確認を重ねた上で 入所者に飲ませる事であろう。

ーーーこういう間違いって、けっこうな高確率で起こるんだな、と私は思った。
というのは、私も過去に三回、処方薬局で薬を間違えられて出された体験があるからだ。

私は睡眠障害を持っているので、月に一度、六種類の睡眠導入剤を処方していただいているのだが、何ヶ月か前、その内の一種類が違っていたのだ。
薬局のカウンターで、薬名と薬本体を見せられた時、いつもと同じ六種類の筈が、一種類、シートの色と錠剤の大きさが違っていた事で、瞬時に気が付き指摘をした。
私は、言葉や文字の記憶力は非常に悪いが、元の職業柄、画像認識記憶はバツグンに良く、一度パッ!と目に入ったものは瞬間的に脳内に取り込め ストック出来るからである。
とても愛想の良い 毎回延々と世間話をしてくださる薬剤師さんで、だらけた姿勢はみぢんも感じられない方だったが、うっかりしてしまったのだろう。

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数年前は、別の処方薬局で、こんな事もあった。
婦人科で、何ヶ月間か、お腹の下の方に貼る シール状の薬を二種類出していただいていたのだが、そのうちの一種類の枚数が、数枚足らなかった事が、二度あった。
重ねた状態で見せられたので、薬の種類は確認しても 枚数までは勘定せずに受け取り 家に帰り、使っていると、残りが五枚なければいけないところが一枚になっていた。

後日、その薬局に行った時に、淡々と事情を話し、「この様な間違いはあってはならない事です。厳重に気をつけてください」と言ったのだが、次の次の時に、やはり使っていたら、数枚足らなかった。
二度目はさすがにこちらもシラッとした冷たい口調で「この間違いがあったのは、これで二度目です。本当に気をつけてくださいね」と吐き、薬剤師さんも「まことに申し訳ありませんでした」と 深々と頭を下げていた。

友人に認知症の薬を飲ませてしまったヘルパーさんも、私に間違った種類や枚数の薬を出してしまった薬剤師さんも、決して いい加減な気持ちや 仕事に向き合う真面目さが無かった訳ではないと察する。
人間というのは、完璧ではなく、時としてミスを犯してしまうものなのである。

友人と私の二人の間だけでも これだけのミスが起こっているのだから、世間全般で 処方ミスというのは、けっこうな高確率で起こっていると考えられる。
みなさんも、入院して・入所して、薬を飲まされる時、処方薬局で薬を受け取る時は、十二分に確認していただきたいと思う次第である。

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ssブログ仲間・森田恵子さんが死去 [独り言]

先日、あちこちとブログ訪問をしている中で、プー太の父さんというブロガーさんの記事により、我らがssブログ仲間であり映像作家でもあられた森田恵子さんが、お亡くなりになった事を知った。
一年くらい前から、重い病いを患っておられたそうだ。

ブログ仲間の死去は、これで数人目だったが、森田恵子さんは、そのうちで唯一 リアルに対面したことのあるブロガーさんだった。

森田さんとお逢いしたのは、2019年12月、森田さんが作られたドキュメンタリー映画「まわる映写機めぐる人生」を観に、聖蹟桜ケ丘のバー・キノコヤでの上映会の時だった。
森田さんは、ゆったりとお育ちになったという印象の素敵な女性だった。
作品は、映写技師さんのお仕事ぶりや 大手商業ベースに乗らない映画をどうやって地方で上映するかに奔走しているスタッフさん達を取材した とても興味深い充実したものだった。
テムポもあり、軽快な音楽が効果的に使われていた。
一緒に鑑賞された やはりssブロガーであり映像作家でもいらっしゃるsigさんも、「とても良い映画でしたね」と 満面の笑顔をされていた。

その森田恵子さんが、こんなに早く逝かれてしまうなんて、、、
次回作も是非とも作っていただきたかった。
もっともっと映画についてのお話しを聴かせていただきたかった。

あまりに突然の訃報に、まだ 森田さんはもうこの世にはいらっしゃらないのだ という実感がない。
心に、ポカンと穴が空いた様な気持ちである、、、

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公の場所のゴミを自主的に片付ける人 [独り言]

少し前の記事で「私・ぼんぼちは、道掃きミッションを持っていて、定期的に道のゴミを片付けている」と書いたのだが、これは謙遜でも何でもなく、私がやっている事なんぞは、決められたノルマをこなしているだけの、別段 褒められる様な事ではないのだが、先日は「世の中には、何て素晴らしい人がいるのだろう!!」と感激した出来事に遭遇した。

昼時の総武線の中だった。
座っている人も立っている人もちらほら、といった空き具合だった。

気がつくと、菓子パンの袋が一つ、車内の床の上を、電車の揺れや入って来る風にまかせて、あっちに行ったりこっちに行ったり 立っている人の足にまとわりついていたりしていた。
その様は、見ていて とてもうっとうしく不快だった。

と、私の二つ隣の席に、二十代と思われる 特別何の特徴もない男性が掛けた。
私と男性の間の席は空席だった。
相変わらず、菓子パンの袋は、あっちに行ったりこっちに行ったり 車内の床を漂っていた。

すると、二つ隣の席に掛けた男性、自分の前に菓子パンの袋が来るや、スッと掴みあげ、常に常備しているらしき小さな白いレジ袋の中にサッと入れ くるくるっと丸め、ご自身のリュックの中に収めたのだ。
そして、三つ先の駅で、何事もなかったかの様に 普通に降りてゆかれたのだった。

私は「なんてかっこいい行為なんだろう!!」と感激せずにはおれなかった。
私なんぞは、自分のノルマ以外の公の場所で 見ず知らずの他人が捨てたゴミを拾って片付けようなどとは、みぢんも考えた事すらなかった。
その日一日、とても爽やかな 青空の下にいる様な気持ちだった。

ーーーそういえば、
私が住む西荻窪には、かの世界チャンピオン・輪島功一さんのボクシングジムがあり、輪島さんをしばしばお見掛けしていた。
輪島さんは犬の散歩をさせながら、道端のゴミを拾って歩かれている、というお噂だった。
事実、私も駅前で、犬を連れた輪島さんがゴミを拾っておられるのを、目の当たりにした事がある。
ーーー輪島さん、ここ何年かお見掛けしていないが、元気にしていらっしゃるだろうか?

電車の中で菓子パンの袋を片付けた青年も、輪島功一さんも、こういう方達こそが、最上級の幸せな人生を歩めるべきだと、凡人の私は思わずにおれない。

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好きなルックスの異性が決まる根拠 [独り言]

私は、「好きなルックスの芸能人って誰?」と聞かれると、「チェッカーズ初期の頃の藤井フミヤさん(写真・左上参照)」と答えます。
でも実は、フミヤさんは二番目に好きで、一番好きなのは、デビュー間もない頃の あいざき進也さん(写真・右下参照)なんです。
何故、あいざき進也さんだと答えないかというと、あいざきさんは余りにも活躍されていた期間が短いために、その姿を思い浮かべられるかたが殆どいらっしゃらないからです。
三番目は、いません。

20210321_125335.jpg今回、チェッカーズ初期のフミヤさんと デビュー間もない頃のあいざきさんの写真を貼ったので、この記事をお読みのみなさんは、「ああ、ぼんぼちさんは、こういう系統がお好みなのね」と ご理解くださったとお察しします。
ーーーそう、ぼんぼちは、小柄で華奢な身体つきで ネズミさんみたいなお顔立ちで 髪がふわふわっとした男性がタイプなんです。

で、こういった男性の好み、幾つくらいからかというと、幼稚園児の頃からなんです。
幼稚園で同じ組で初恋の男の子が、小柄で華奢でネズミさん顔で髪の毛ふわふわでした。
その後、小学三、四年生の時にも、同じクラスにそういう感じの男子がいて、その子の事も大好きになり、視界に入る度にドッキドキでした。

今はもう大人ですから、実際に人間関係を築くとなると内面で決めます。
でも、好みのルックスは、幼稚園の時から全く変わっていません。
それから、三番目に好きなルックスの芸能人がいないのは、私の好みにかくとうする芸能人が、その後 登場しないからです。

20210321_125413.jpgと、ここで、何故、自分はこういうルックスの男性に無性に惹かれるのだろう?と 自問してみました。
考えに考え抜いた末、思い当たったのは、「自分の容姿を客観的に知った幼稚園時に、自分と真逆のルックスに憧れを抱き、自分の容姿が変わった後も その憧れだけは普遍的に続いているからではないか」という事です。

幼稚園生の頃の私の体型は、縦にも横にもドーンと大きく、背の順に並ぶと 後ろから数えたほうが圧倒的に早かったです。
顔は、ぷっくりした丸顔で、黒目がちの目が真ん丸でクリッとしていました。
髪は、完全な直毛で、日本人形の様なオカッパでした。
動物に例えると、大きなおとなしそうな猫みたいな感じでした。

幼稚園の頃は、自分の容姿にコンプレックスを持っていた訳ではありませんが、無意識のうちに 自分に無い物ねだりをしていたーーーそういう心理ではないかと、分析しています。

この記事をお読みのみなさんも、異性の好きなルックスって、歳を重ねても変わらずにいますか?
又、「私は、こういう根拠で好きなルックスが決まっている」と解っているかたは、いらっしゃいますか?
いろいろとご意見、書き込んでいただけると、とても参考になります。




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