映画「押絵と旅する男」 [感想文]

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1994年、江戸川乱歩・生誕100周年記念に、川島透監督によって作られた 乱歩の同名短編小説を劇場上映尺に膨らませた大達作である。

原作は、「私」が、列車内で偶然出逢った老人に、八百屋お七と彼女の愛しい人である吉三さながらに寄り添う老人の 古びた押絵を見せられ、この押絵の老人は自分の兄だと言う老人の 奇妙極まりない話しに了る 極めて短い物語なのだが、映画では、主人公は老人であり、半ばボケかけた現在の老人と 彼の少年時代の、兄とのやり取り 兄が惚れた押絵のお七と一緒になりたくて押絵の中に入ってゆく件りなどが、シークエンス毎に交互に出現し、ラストのシークエンスのワンシーンで、老人と少年、つまり同一人物が、行き交い 一言会話を交わす という心憎く計算され尽くした脚本になっている。
脚本は、川島監督と薩川昭夫氏の共同。 

本作の最も優れている点というのは、原作には登場しない人物を登場させたり 原作にはない逸話を挿入したりしつつも、かの怪奇幻想文学の第一人者・江戸川乱歩の世界感ーーーマチエール 空気感 匂い、、、そういったものを みぢんも減少させたり変質させたりしていない所である。

私は以前、映画に関する諸々の勉強をしてきた中で、脚本作法も某研究所にて学んだ経験があるのだが、研究所の講師によると、「原作モノがある場合、テーマさえ変えなければ あとは何を変えたっていいんです」との教えだったが、当時から 私は「それはちょっと違うんじゃないか?」と 疑問を抱いていた。

よく、小説が原作にしろ マンガが原作にしろ 戯曲が原作にしろ、原作ファンを失望させる、、、どころか怒りを買わせる映画化作品というのがある。
あれらは、テーマは変えずとも、原作の世界感というものを ないがしろにしているのである。
作品に於いて「世界感」というのは、そのくらい大切な要素なのである。
そこを川島監督は、熟知しておられる。流石である。

あと、これは少々余談になるが、川島監督が作られた映画には「チェッカーズ In TANTANたぬき」という作品もある。
観客層の求める要素を全て 緻密なパズルの如く埋め込み構築した 理論思考の監督にしか作れない 娯楽大傑作なのだが、あの作品中 ワンショット、スタジオ内を チェッカーズのメンバーがファンから逃げる背景に「押絵と旅する男」で重要なモチーフとなっている十二階(浅草・凌雲閣)の書き割りが出てくるのである。
「TANTANたぬき」の製作は1985年である。
通常、撮影はその一年前になるので、あのショットが撮られたのは1984年と推測できる。
川島監督は、1984年、つまり「押絵と旅する男」製作の10年も前から「押絵と旅する男」を撮る構想があったのではないか?、、、否、そうに違いない、と思わずにおれない。

ーーーいつかどこかの劇場で、川島監督のトークショーの機会があったら、是非とも質問してみたい 気になっている事である。

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映画「グレン・ミラー物語」 [感想文]

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映画「グレン・ミラー物語」
監督・アンソニー・マン
1954年 米

スウィングジャズの帝王グレン・ミラーの、愛妻となる女性との久しぶりの再会から結婚、音楽界の荒波を愛妻の内助の功もあって乗り越え大成功をおさめるが、戦時、グレンの乗った飛行機が行方不明になり、彼は帰らぬ人となってしまう、というシノプシスの伝記映画。

グレンが、売れない一トロンボーン奏者から全米の求める大人気楽団長になる経緯が、テムポ良く詳らかに判るのみならず、グレン・ミラーの代表曲9曲が、その曲の作られた所以と共に楽しめるところも、大きな観どころ聴きどころである。
又、サッチモが本人役として登場しており、彼の歌と演奏の挿入も、嬉しいはからいである。
心憎く計算された演出として、グレンの妻が、「私、何かこう ピン!と来ることがあると、髪の毛の後ろのほうが逆立つ感じがするのよ」と 再会間もなくのシークエンスで台詞として説明されるのだが、それが、グレンのステップアップや新たなアイデアが沸くたびに、片手をうなじに持っていって微笑む、というアクションと表情で表現されている。

そしてラストシーン、グレンの死に顔をおおって涙するも、友人の「彼の音楽は、これから先も引き継がれ、末永くたくさんの人を踊り楽しませる事になるよ。 彼の音楽は不滅だよ」という言葉に、再び そのアクションと笑みで、現実を受け入れ、自分の気持ちを整理しきる、というところが、絶望ではなく明るい光を感じさせ、その通りになっている現在に、観客も、彼女同様に、微笑み 頷かずにおれなくなる、実に見事な了りの付け方である。
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実はこの「グレン・ミラー物語」、私の記憶の中で、最も古い映画なのである。
自宅のリビングのテレビで映っていたのを観た。 幼稚園児の時だった。
後年 再観してみるまで、憶えているのは、冒頭の質屋のシーン(勿論、当時はそれが質屋だと解かろう筈もなく、坂の途中にラッパが売られている、と思っていた)と、ラストの 大きなクリスマスツリーの下に、奥様や友人がいるショットだけだったが、横で一緒に観ていた父が、「この時代の人達が、白人で初めてジャズを始めた人達なんだよ」と解説してくれたのは、ハッキリと脳裏に焼き付いている。

何故なら父は、私が3才までクラシックのバイオリニストをやっていたが、クラシックだけでは食えなくて、テレビの歌番組のバックのオーケストラや、キャバレーやクラブのジャズオーケストラのアルバイトもしていたからだ。
私が大きくなるにつれて、それでも生活できなくなったので、結局、父は、音楽の世界から足を洗ってしまったが、私は「パパ、こういう音楽もやってたんだ」と 子供心なりに、感慨深いものがあった。
同時に私の中には、ジャズといえばスウィングジャズ、という刷り込みがなされた。
私は1962年生まれなので、他の 私と同世代のかた達にとってのジャズは、モダン後期からフリーのかたが多いのだろうが、こういう理由で、私にとってのジャズは、スウィング、中でもグレン・ミラーなのである。

この映画のみならず、今でも、CDやレコードでも、しばしばグレン・ミラーをかけてはスウィングし、父のアルバイトやグレンの生き様に思いを馳せる私である。

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年末年始にDVDで観た映画5本の感想 [感想文]

今日は、この年末年始に自宅にてDVDで鑑賞した映画5作の感想を、それぞれ簡潔に綴りたいと思います。


○「青春残酷物語」 監督・大島渚氏 1960年製作

多くの若者が60年安保闘争に熱く憤りをぶつける中、ふとした事から知り合った二人の男女は、美人局まがいの不良行為をする事によって、若さ故のやるせない負のエネルギーを噴出させる という概要。

大島監督ならではの理屈っぽい説明台詞が全編にちりばめられていて、テーマをいやがおうにも納得させられる。
ロケ地に建設現場を使用している所などには、時代の変革の暗喩の巧さを感じる。


○「舟を編む」 監督・石井裕也氏 2013年製作

辞書作りに生命を掛ける編集部の、地味でありながらも熱意溢るる模様。そして、新人から主任にまで昇格した 一見まじめだけが取り柄の主人公の仕事ぶりと恋愛を描いた作品。

何といっても、主人公役の松田龍平さんのスキのない演技力には、息を飲まずにおれない。
たいてい、キレのいい役者が、この様なボーッとした不器用な人物を演る時は、つい 所々で「キッ!」と強い素の目つきが出てしまうものだが、松田さんは一分の抜かりもなく、終始 ボーッとした 焦点の合わない目を演り通している。
又、何かを指す時 走る時も、この主人公なら絶対にこういう動きをするに違いない という事を、細胞の一つ一つから駆使して演り切っていてアッパレである。

一方、脚本も、「この人物ならこういう言葉を使うよね」といった 一言一句までも生命が吹き込まれていて、さすが辞書作りを主題とした映画に相応しいホンである。


○「乾いた花」 監督・篠田正浩氏 1964年製作

日本中がザッザッザッザッと、経済及び精神の前進する高度成長期真っ只中、ヤクザの男が賭場で謎の美女と出逢う。
男は恋とは別物の、自分と同じ 刹那的で世の中に退屈している匂いを美女から感じ、惹かれてゆくが、男にとっても観客にとっても、謎の美女が最後まで何者だったのかが明かされないラストが心憎い。

世の中全体の向かおうとする方向と逆行する人物がここにいる というテーゼが、白黒の映像効果によって、観念的に巧妙に打ち出されている。

謎の美女役に 最も美しかった頃の加賀まりこさんがあてられているのだが、ここも実に ミステリアスで適役である。


○「るろうに剣心」 監督・大友啓史氏 2012年製作

幕末から明治初期が舞台の大娯楽活劇。
見所は、劇中 幾度も繰り広げられる派手な殺陣シーンと、主役のるろうに・佐藤健さんの美しさと身体能力の高さにある。

又、大金持ちの悪党役の香川照之さんの、非リアリズムの本作に合わせたデフォルメした憎たらしい演技も、思わず笑ってしまうほどに見事である。


○「万引き家族」 監督・是枝裕和氏 2018年製作

実は全員が他人だが、寄る辺がなかったり放置されていたりというきっかけで、一つ屋根の下に、万引きを副業として 身を寄せ合って、時にケンカをし 時に溢れんばかりの愛情を注ぎ注がれして生きている6人の物語。

キャスト全員の徹底したリアリズム演技により、「家族って何なんだろうね?」というテーマが、グーッと強烈な波の如くに押し寄せてくる。
こういったテーマを演る時は、一人でも様式的な演技の役者がいると、鼻白んでしまうものだが、脇役や子役に至るまで完璧にリアリズムでハズレた所がなく、中でも 家の中でのお母さん的立場の安藤サクラさんの演技には、目を見張るものがある。

又、テーマのテーゼの仕方も、「家族って、こういうものなんだよ!」と明確に結論付けずに、ポーンと「何なんだろうね?」と放り上げて、観客一人一人に考えさせる仕組みにした所も、この深いテーマに最良の選択である。

この作品に於いての「万引き」は、放置されていた他人の子供を連れ帰り家族にする事の暗喩であるが、是枝監督は、万引きという手段を暗喩に使う事をよくぞ発想したものだと 唸らずにおれない。

カンヌでパルムドール賞を受賞したのに相応しい 現代の「家庭が崩壊した時代」を象徴する 世界映画史上に遺り続ける大傑作である。


以上が、私がこの年末年始にDVDで鑑賞した映画5作です。
幸い、観た事を後悔した作品は1作もありませんでした。
もしもお気が向かれたら、みなさんも この5作のうちのいずれかをご鑑賞ください。

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ぼんぼち選・GS映画ベスト3 [感想文]

私・ぼんぼちは、商業の劇映画の中では GS映画というジャンルがなかなか好きでありまして、けっこうGS映画を観ています。
という事で、今回は、ぼんぼちの選んだGS映画ベスト3をご紹介させて頂く訳ですが、その前に どうして私がGS映画を好きなのかを 端的に説明したいと思います。

先ず第一に、60年代ブリティッシュロックが好きであるという事。
GS映画が作られている軟派なGSグループというのは、殆どがビートルズに影響を受けたグループであり、GS映画もまた、ビートルズ映画をお手本として作られている訳です。
当時はまだPVというものが存在しない時代だったので、グループのオリジナルナンバーの映像を、劇作品という形式の映画の中に組み入れて 劇場公開尺に作り 映画館で公開した、ビートルズのやり方を模倣した訳です。
私は60年代ブリティッシュロックが好きだという事のみならず、この形式の映画に、非常に面白味を覚えるのです。

次に何故、非常に面白味を覚えるのかというとーーー
他の商業の劇映画よりも遥かに多くの条件をクリアしないと成立しない、いわば 緻密なパズルを組み立て完成させるのと同じ論法を必要としているからです。

通常の劇映画の場合、条件は、大抵二つくらいです。
役者の名演を前面に出して泣かせる、とか、若手俳優の美しさがよく伝わる様に映して 万人に解りやすいホンにする、とか。

けれど、GS映画を成立させる為の条件というのはーーー
・主演のGSグループのメンバーが、カッコ良く大活躍する。
・そのグループのナンバーを、不自然さ無く絶妙なタイミングで数曲入れ込む。
・ファンの中心である中高生の女の子達が「キャッ!カワイイ!」と萌える要素を散りばめる。
・GSグループのメンバーは、ミュージシャンであり役者ではないので、役者としては素人のメンバーが、何を演っているのか、どういう感情なのかが解るホンと演出にする。
・それらの条件を、一本の劇場上映尺の劇映画として、魅力のある娯楽作品として作り上げる。
どうです? まさに、緻密なパズル構成の如きではないですか!

私はこのパズルが、どれだけ精巧にガッチリと構築され 成立しているか否かを見届けるのが、何よりも面白くて仕方がないのです。
以上が、私がGS映画を好きな理由です。

では、私が「これは見事に成立度が高い大傑作だ!」と唸らずにはおれないGS映画ベスト3を、簡単なシノプシスと共に感想を述べさせて頂きたいと思います。

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第3位 「ザ・スパイダース にっぽん親不孝時代」 監督・山本邦彦氏
スパイダースは全部で五本の主演映画を作っていますが、私はこの「にっぽん親不孝時代」を迷わず推します。
五人の若者と二人のフーテンが、ひょんな事から知り合い 意気投合し 音楽活動も合流させ、不純で不仲な大人達と対決し、自由の地へと旅立つ、というシノプシスです。
オリジナルナンバーの組み入れ方が実に巧妙で洒落ていて、又 映像の凝り方も大きな見所の一つです。
スパイダース主演映画というと「ザ・スパイダースの大進撃」が映られる事が圧倒的に多いのですが、こちらの方が、映画作品としてのクオリティは高いです。

第2位 「進め!ジャガーズ 敵前上陸」 監督・前田陽一氏
ジャガーズがジャガーズとして出演し、人違いから リードボーカルの岡本信さんが、純金密輸の取り引きに巻き込まれ、ジャガーズ全員で 悪の取り引き人達と闘い 勝利をおさめる、というテムポ溢れる一大コメディ。
終戦から高度成長期真っ只中の当時までもの日本史も語られ、社会派の一面もシニカルに垣間見せてくれます。
脇をかためるてんぷくトリオの名演や、中村晃子さんのコケティッシュな美しさも見逃せない、ジャガーズ唯一の主演映画です。

第1位 「ザ・タイガース 世界はボクらを待っている」 監督・和田嘉訓氏
1位はもう この作品以外にありません!
タイガースは全三作の主演映画を遺していますが、この作品が文句なく突出して優れています。
日劇に出演するタイガースの楽屋出待ちに、宇宙船事故をきっかけに 異星の王女が紛れ込み、ジュリーに恋をし、隠れ蓑としてボーヤとなりタイガースと同行するが、結局は 悲しみつつも母星に帰る、というもの。
タイガースの代表曲「銀河のロマンス」の歌詞を元に起こされた奇想天外なホンは、ぶっ飛んでいながらも 理由付けがしっかりしているので、矛盾が無く、中でも何といってもアッパレなのは、宇宙船で地球外へ連れ出されようとするジュリーが、武道館の観客のみならず 日本中の人のタイガースの楽曲を応援する掛け声「ゴーバウンド!」を求める際、「映画館でご覧の皆さんもご一緒にお願いします」と スクリーンから呼び掛ける事です。
これ以上 突き抜け切った大娯楽音楽映画が、日本に他にあるでしょうか?!
当時の観客の少女達が、劇場で夢中で「ゴーバウンド!」と叫んだ様が、目に見える様です。

以上が、私・ぼんぼちが、GS映画が好きな理由と、私が選んだGS映画ベスト3です。
これら三作品は、映画作品としての出来がとてつもなく良いので、それぞれのGSグループのファンでない方も、十二分にお楽しみになれると察しますので、もしもお気が向かれたら ご覧になってみてください。
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映画「キッドナップブルース」に見る完璧な映像美 [感想文]

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監督・脚本・撮影を写真家の浅井慎平氏が務め、主演をブレイク寸前のタモリ氏が演じた 甘過ぎない叙情溢れる劇映画。1982年製作。

シノプシスは、しがないジャズトランペッターが、近所の 父はいなく夜更けまで帰らないホステスの母を持つ六才の孤独な少女と 合意の上で旅へ出掛け、行き先々で様々な人に出逢い、人間臭いダイヤローグを交わしたり 哲学めいたモノローグを目の当たりにし、するうち、少女に捜索願いが出され、そしてトランペッターは誘拐犯として指名手配された末に逮捕される、というものである。

この様にシノプシスは単純なのであるが、単純にした事には明確に意味があり、それは、この映画の一番の推し所は「徹底した映像の美しさ」にあるからである。
映像が凝っていてシノプシスまで複雑だと、欲張り過ぎて 一体何が言いたい映画なのだか 虻蜂取らずになってしまう。
であるから、この映画には これくらい単純なシノプシスが適切なのである。

推し所である映像美だが、どう美しいかというとーーー
リンゴの寄り一つ 吸い殻でいっぱいになった灰皿一つ 手入れのされていない花々一つ 波打ち際に歪み映る自転車一つ 鍋の中のおでん一つに至るまで、柔らかなコントラストで完璧に構図と色彩がキマリにキマっているのである。
さすが日本を代表する写真家・浅井慎平氏の撮りである。
写真というジャンルの一流のプロは、そこに時間軸が加わっても素晴らしい作品を生み出す事が出来るのは、おおいに頷けるところである。
さながらこの映画は、一冊の優れた写真集の如きで、ショットが変わるのは、パラリ、、、パラリと頁を捲り観進める心地良さそのものである。

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私は、「どういう映画が好きなんですか?」と問われると「映像の綺麗な映画が好きです」と答えるのだが、すると、単に派手に色数ばかりがガチャガチャと入り込み 構図も色調の配分も何もあったもんじゃない、という映画を「なら、この映画が綺麗だからオススメですよ」と挙げる人がいるが、そういう人は、「美しさ」というものの何たるかをまるで理解していないな、と溜め息をつかずにおれなくなってしまう。

「美しさ」というものは、写真や映像に限らず、派手であればある程 色数がたくさん入れば入るほど美しくなる訳では、ない。
大事なのは、構図 明度 彩度 色相の配分ーーーつまりは「バランス」なのである。
美しいという事は、全ての視覚に訴えるジャンルに於いて、「バランスが取れている」という事なのである。
美男美女は、目が大きければ大きい程 鼻が細く高ければ細く高い程 美男美女である訳ではないし、お洒落なファッションというのは、流行のアイテムを取り入れれば取り入れる程お洒落度が上がる訳ではない。

私は中学から美術を専門に学び、後に美術を生業として生きてきたので、そのロジックは「基本中の基本」「当たり前」という感があったのだが、歳を重ねて世の中の美術の世界以外の人と接してみると、ガチャガチャ派手に色数を入れ込んだだけの映画を綺麗と認識する人がいたり、美容外科でヘンテコな顔にして綺麗になったつもりの人がいたり、上から下まで流行で固めてお洒落になったつもりの人が少なからずいるので、どうやら「美しさの何たるか」は、美術理論を学ばなければ難しい あんがいハードルの高いものかも知れない、と気付かされた。
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そういった裏付けからも、この映画は、美しさの何たるかを熟知した 美のプロ中のプロの作品なので、ただ漠然と美しさに浸りたい人にも、美術を学んでいる人にも、写真に苦心している人にも、映像のプロを目指している人にも、是非とも観ていただきたい作品である。

映像美以外で、言及したい事に幾つか触れるとーーー
タモリ氏の、台詞も動きも芝居をしていなさそうに見える自然な演技、少女がこまっしゃくれていなく むしろ暗く いつも俯向き加減なのも、この作品のマチエールに溶け込んでいて 良い。
又、山下洋輔 伊丹十三 所ジョージ 根津甚八 吉行和子(敬称略)等々、、、そうそうたる有名どころがカメオ出演しているので、それを見つけるのも面白い。
そして、何といっても、ラストのシークエンスの「逮捕された」表現が、少女と遊びに行った雪原で 鉄格子越しにタモリ氏が映り、次にぐっとロングになり、広々とした雪原の中でほんの一面だけのそう大きくはない鉄格子の向こうにタモリ氏が居る様が小さく映り、この劇映画の虚構性が明かされる所も 実に心憎い。

世間的には、意外にも それほど高評価を受けていない作品の様ではあるが、私は、100点満点中150点を付けたい 非常にクオリティの高い映画である。

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映画「ニューオリンズ」ーーー概要と見所 [感想文]

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映画「ニューオリンズ」 監督・アーサールービン 製作・1947年

1917年、ニューオリンズの中の売春街・ストーリービルが、兵士の性病の蔓延や殺人の多発といった理由で、国により閉鎖され、ストーリービルのジャズ酒場で働いていたミュージシャン達が仕事を求めてシカゴへ移住し、戸惑いや反発を受けながらも 徐々に、それまでヨーロッパ音楽(クラシック音楽)しか知らなかった白人達に受け入れられてゆく、という現実の歴史の土台の上に、ストーリービルその後シカゴのジャズ酒場のオーナーの白人中年紳士と ジャズに初めて触れ ジャズにも紳士にも惚れ込んでしまったクラシック音楽の声楽家のお嬢様の恋 という虚構のストーリーを乗せた音楽映画です。

この時代はまだジャズ創世記の混沌とした時期なわけで、つまり、ジャンル分けというのはどの分野でもそうですが、時代が下ってから他者によって決定付けられるので、劇中で「ジャズ」全体を指す時に、場面場面で「ジャズ」と呼ばれたり「ブルース」と呼ばれたり「ラグタイム」と呼ばれたりしています。

この映画は上述の様に、ジャズ酒場のオーナーと声楽家のお嬢様の恋が上面を流れる主なストーリーとなっていますが、見所は、どういった理由で 当時 ジャズの中心がニューオリンズからシカゴへ移ったか、そして どうやって白人達に少しづつ認められていったか、というジャズ史を知る事が出来るのと、ジャズを語る上で欠く事の出来ない大御所ミュージシャンーーーサッチモ、ビリーホリディ、ミードルクスルイスが出演している所にあります。
(DVDのパッケージには「ルイアームストロング主演」と記されていますが、これはDVD化する際にこう表記した方が売れ行きが上がるから、という売り手の判断に違いなく、サッチモは脇役です)
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これら三人の役柄はーーー
サッチモはサッチモ役で、主役の酒場オーナーに ストーリービルの店でもシカゴの新たな店でも大切にされている看板コルネット吹きで、彼のバンドのメンバー達も本人役で出ていて、マニアにはたまらないものがあると察します。

次にビリーホリディですがーーー
サッチモは幾作品もの映画に出演していたので 彼のしゃべり声や動きを知っている人は多いと思うのですが、ビリーホリディは、この映画が唯一の出演作品なので、とても貴重に感じられます。
役柄は、声楽家のお嬢様の家に雇われている サッチモに憧れるメイド役です。
私はビリーホリディの歌を聴く度に「あの 上顎に軽くカーン!と響かせる様な声の出し方は、独自の発声法で以て作り上げたのに違いない」と思っていたのですが、劇中でしゃべっているのを聞くと、歌と全く同じ声で「あぁ、元々こういう個性的な声質の人だったんだ」と、小さく驚いたのと同時に 知る事が出来てとても嬉しかったです。

最後にミードルクスルイス。シカゴのペンキ屋の役で、ワンシーンだけの登場です。
私は個人的には「自分が死んだ折りには、棺桶にミードルクスルイスのレコードを入れて欲しい!」と願っているほど彼のファンなので、「まるでトイピアノを弾いているかの様な」と評される ペチャペチャした大衆的でゴキゲンなブギウギピアノを弾いている指の動きやしゃべっている声や表情を観る事が出来て、涙が出るほど感激しました。

尚、補足的に説明しますと、ブギウギピアノというジャンルは、ジャズとブルースの中間というか 両方にまたぐというか そういう位置の音楽なので、レコードジャケットには「クラシックジャズ」と記されたりしてはいるものの、中古レコード店にはブルースのポップの所に有ったり、又、ジャズ喫茶では、置いてあって快くかけてくれる店と 店主自体がブギウギピアノを知らない という店があります。

以上が、映画「ニューオリンズ」の概要と見所ですが、非常に解りやすく気負わずに鑑賞出来る作品なので、映画好きのかたも ジャズ好きのかたも そうでないかたも、もしもお気が向かれたらご覧になってみてください。

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映画・梶芽衣子主演「女囚さそり」シリーズ4作品 [感想文]

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1972年から1973年にかけて梶芽衣子さん主演で公開された「女囚さそり」シリーズ4作品。
私は、映像理論を勉強する以前にVHSでなんとなくといったきっかけで観、あまりに意表を突く面白さに嬉しく驚き、約30年後の映像理論を勉強後の最近 再観したのだが、初観の時以上に 如何に計算高く構築された見事な大傑作作品群であるかが詳らかに分析出来たので、ここに感想を述べたいと思う。

4作品は続き物であり、梶芽衣子さん演じる無口で純粋な女・松島ナミが、惚れた男に計画的に騙され罪を被せられ 女囚となり、脱獄を繰り返し、自分を陥れた人間を次々と鮮やかに殺してゆく という、篠原とおる氏のコミックス原作の 娯楽超大作である。
続き物ではあるが、一話一話が完結したシノプシスとなっているので、どれか一話だけを抜粋して観ても 理解に苦しむ事なく、存分に楽しめる。
女囚の囚人服が 胸元の開いた横縞のワンピースであったり、ナミが殺しを決行する時のファッションが 梶芽衣子さんでこそキマる 黒で統一された大きなつばの帽子にパンタロンというのも、徹底した非リアリズムで観客の気分を高揚させてくれる。

そして、テーマはーーー
国家・体制を悪 松島ナミを善と描き、要するに 60年代学生運動で結果的には敗北の形となってしまったが、ここに一人 今も国家・体制に反発し続ける どんなに踏みにじられようが屈しない 凛とした分子がいるのだ!という隠喩による打ち出しである。

4作品それぞれに特筆すべき点を挙げるとーーー

第1作「女囚701号/さそり」 監督・伊藤俊也 1972年8月公開
暴力&エロスといった過激なシーン満載の作品である。
第1作目だったので そういった要素を前面に出して客の入りを見込んだのかも知れないが、暴力にしてもエロスにしても、何故その様な展開となったのか 理由づけに無理がなく、つまり無駄な暴力要員 無駄な脱ぎ要員がいなく、矛盾や不快を覚えずに 頷き納得しながら観すすめる事が出来る。

第2作「女囚さそり第41雑居房」 監督・伊藤俊也 1972年12月公開
第1作が当たって活動屋として好きな事をやれるのが許されたのか、かなり 観念的・抽象的・演劇的な手法で構成されている。
こういった理由から、私はこの第2作が、シリーズ中ダントツに好きである。
白石加代子さんが、我が子殺しの女囚を あの鬼気迫る演技で演られているのだが、大抵の劇映画だとあれほど演劇的に演られてしまっては全体のマチエールにそぐわない場合が多いが、この作品は上述の手法で作られているので、しっくり溶け込んでいて、みぢんも違和感を感じずにいられる。
また、オープンセットで 廃材を積み上げた山が作られているのも、退廃的で渇いた雰囲気を演出していて効果的である。
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第3作「女囚さそり けもの部屋」 監督・伊藤俊也 1973年7月公開
第2作で多くの観客から「あれは解りづらい!」という評が来たからか?作風は第1作の様な通常のドラマツルギーとなっている。
「けもの部屋」の「けもの」とは、ナミと出逢った女が 工場の事故で頭のおかしくなった実兄の性欲を満たす為の愛情から自ら身体をあずけ 果ては妊娠してしまう、という挿話から来ている。
一方、ヤクザの女親分を李麗仙さんが 衣装・メイク・演技いずれも非現実的に演られていて、この部分も娯楽作品として手放しで楽しめる。

第4作「女囚さそり701号 怨み節」 監督・長谷部安春 1973年12月公開
これまでの3作の伊藤俊也氏に替わって 長谷部安春氏がメガホンを取ったシリーズ最後の作品。
監督は替わっても、当シリーズのカラー・テーマは変わらずに、異質感を覚えずにすんなりと観了できる作品である。
田村正和さん演じる反体制分子が、過去に国家に酷いリンチを受けた回想シーンも出て来たりと、当シリーズ全編の奥底を流れるテーマが劇中の現実の出来事と重なり合う 非常に解りやすいシナリオとなっている。
結局ナミに殺されてしまう警部・細川俊之さんの薄笑いを浮かべた演技も、静寂の怖さをはらんでいて 唸らずにおれない。

以上のシリーズ4作品、ここまでの達作に押し上げたのは、勿論 監督や脚本の力量もあっての事は言うまでもないが、もう一つの大きな要因は 梶芽衣子さんの「お顔」に他ならないと思う。
劇中で「さそり」とあだ名されるのに相応しい 人を刺すが如きの鋭い眼差しに鷲っ鼻。
あのキツいお顔あってこそ さそりをさそりたらしめて、4作品の完成度をぐぐっと高めているのである。
映像は舞台と違って、いくら役に相応しい名演技が出来たとしても 風貌がそぐわなければ成立しないケースが多々ある。
今でも梶芽衣子さんといえば「女囚さそり」とイメージされるのはそこにあり 当然の事であろう。

最後にちょっと余談になるが、以前 私の知り合いの役者を生業としていたかたが梶芽衣子さんとお話しした事があるそうで、素の梶芽衣子さんは さそりシリーズの松島ナミの人物像とは真逆の性格で、とても明るく気さくであっからかんとした ケラケラと良く笑うかたなのだそうだ。
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高円寺JIROKICHI45周年記念ライブに行って [感想文]

高円寺に在るブルースを主に演るライブハウスJIROKICHIが、オープン45周年ということで、2020年2月1日から3月18日まで アニバーサリーイベントを行った。要は、普段はなかなか来てくれない大御所ブルースミュージシャンが日替わりで出演してくださる特別期間ということである。

スケジュールを確認するや、私は迷わず2月25日の「木村充揮ソロライブ」と3月6日の「有山じゅんじと上田正樹 ぼちぼちいこかライブ2020」に行こうと決めた。

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先ず、木村充揮さんソロライブであるがーーー
ソロと銘打ってはいたが、木村さんのボーカル&ギターのみならず、サポートに、ボーカル&ギター ドラムス ハープが入っていた。
木村さんはハイボールらしきロングのアルコールドリンクスを5〜6杯おかわりしながら、大阪人特有の「アホかっ!」を連発し、半分近くは漫談といったセトリで ゆる〜〜く演られていた。

サポートのボーカル&ギターの方が披露してくださった社会派ブルースの2曲ーーーこの2曲、どちらもひょうひょうとした中に大きく頷ける社会の矛盾が組み込まれていて なかなか良かったーーーの他には、憂歌団時代のオリジナルやカバーアルバムの中に入っている曲が殆どで、私が知らなかった曲は、ラストの外国曲1曲だけだった。

中でも笑ってしまったのは、「りんご追分」のイントロを爪弾いて「♪りんごぉ〜〜〜」と叙情たっぷりに歌い始められた、、、と思いきや、次に「みかん〜〜〜」と仰ったのが大ウケだった。
木村さんは「ワテ、こんなん 好きやねん!」と笑っていた。
私の近くの席にいた よくライブに来ているらしき男性客が、小声で「あれ、もう一度やるよ」と囁いていたら、木村さんはちょっとしゃべった後、再び爪弾いて「♪りんごぉ〜〜〜」とため、再び「みかん〜〜〜」とやり、「ウヒョウヒョウヒョ!」と喜んでおられた。

だが、さすが大阪を、否 日本を代表するブルースミュージシャンの1人 木村充揮さん、キメる時はキメられていて、「嫌んなった」や「おそうじオバチャン」は、あの魅力に溢れるダミ声が伸び、リズムに身体をゆだねつつ 惚れ惚れと聴き入らずにはおれなかった。

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次の週に開かれた 有山じゅんじさんと上田正樹さんのライブーーー
編成は、キー坊(上田さんの愛称)がボーカル&ギター 有山さんもボーカル&ギター、サポートには、ボーカル&コーラスの女性とキーボードの男性がついていた。

「ぼちぼちいこかライブ」だから、演目はアルバム「ぼちぼちいこか」からが中心かと予測していたが、「ぼちぼちいこか」からの選曲は4曲くらいで、あとはブルースファンでなくとも知る大ヒット曲「悲しい色やね」を よりブルージーにアレンジしたものと、他は 外国曲のカバーを多く演ってくださった。
それらは私の知らない曲が多く、キー坊を通して まだまだ未知の部分の多い私のブルースファンとしての世界を広げてくださるきっかけとなり、とても興味深く聴き入った。
キー坊はどの曲に対しても、全身全霊で歌う!!という表現以外にない!といった感じで、魂の200%くらいを使った歌い方をされていて、私の内に生きるエネルギーがぐんぐん注入された。

MCでは「レイチャールズをはじめ外国のブルース・R&Bミュージシャンの前座をぎょうさん演ってきたんやけど、どのミュージシャンもみんな『歌は心や』言うてはった」と仰っており、キー坊はまさにそれを 骨の髄から受け継がれている と感じた。

そして「みんな、世間が騒いでおって不安な中 今日は来てくれてありがとう!ほんま ありがとう!!」とお礼を述べてくださり、ラストに「ウイアーザワールド」をブルースバージョンにアレンジしたものを歌ってくださった。
歌い了るや、「世界のみんなが幸せでありますように!世界の子供達みんなが幸せでありますように!!」と〆め、私達観客一同は、熱い拍手と歓声を返した。

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木村さんのソロライブも有山さんとキー坊のぼちぼちいこかライブも、心底 聴きに行って良かったと思った。さすが どちらも日本のブルース界を背負って立つ大御所だと 改めて痛感せずにはおれなかった。
木村さんが、笑いに乗せて観客を楽しませ和ませ幸せを与えてくれるライブであったのに対して、有山さんとキー坊は、生きる活力を与えてくれるそれであった。

どちらのライブも 了ったのが9時50分くらいで、電車で3駅西の西荻窪の我が家に着いたのは、10時20分だった。
観客の中には地方から泊りがけで出て来ていた人も少なくなかった中、たったの30分で 日本最高峰のブルースを堪能出来る場所に住んでいる私は、何という幸せ者なのだろう!と、自室の灯りを点けつつ曲やMCを頭の中で再生した。


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マリリンモンロー主演映画お薦め五作品 [感想文]

今回は、私が中学一年の時からの熱烈なファンで 今もなおかつその情熱は薄らずにいる、私の中で世界一素晴らしい女優・マリリンモンローの主演お薦め映画五作品を、紹介したいと思います。
この五作品、モンローの魅力が最大限に発揮されていて、加えて 作品の出来そのものも 矛盾や欠点が無く優れている という二点から選びました。

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○「ノックは無用」 1952年 監督・ロイ・ウォード・ベイカー

ホテルに滞在する客のベビーシッターを頼まれたが、一人の男に出逢った事をきっかけに 精神を患っていた過去が噴出し、異常な言動に走ってしまう女性を、モンローが全身全霊で演じるサスペンス。
特別ファンではない方の中には「モンローは見てくれだけのセクシー女優」と思っておられる向きが少なくないかも知れませんが、この一作を観ると、彼女は、心理表現にも非常に長けた演技派でもある事が痛感できます。


○「百万長者と結婚する方法」 1953年 監督・ジーン・ネグレスコ

大金持ちとの結婚をもくろむ庶民の美女三人組の ロマンチックコメディ。
あれやこれやの作戦で挑むものの、最終的には三人は、心から愛した貧乏男を選ぶ、、、が、ラスト、その中の一人は実は大実業家だったと判明するというオチ。
モンローは、極端に近眼の女性をコミカルにチャーミングに演じ切っています。
フォックス型の眼鏡が少しもイヤミなく似合っていて、個性的な美しさを発散させています。


○「紳士は金髪がお好き」 1953年 監督・ハワード・ホークス

ジェーン・ラッセルと歌姫二人組を演じるモンローが、豪華客船の中での小事件に巻き込まれるが、ラストは二人共それぞれに幸せを掴む、ミュージカルラブコメディ。
ファッションショーさながらに次々とまとわれるクオリティの高いデザインの衣装と 十二分に盛り込まれたミュージカル場面は圧巻!
中でも、クライマックスシーンで モンローがピンクのドレスで「ダイヤが一番」を歌い踊るところは、その実力と美しさに 惚れ惚れと惹き込まれずにはおれません。
「五作品中どの作品が特にお薦めですか?」と問われたら、私は何の迷いもなく、この作品を挙げます。
その位、あらゆる点で完成度の高い映画です。


○「帰らざる河」 1954年 監督・オットー・プレミンジャー

ゴールドラッシュ時代を舞台とした 酒場の女歌手と彼女がホレているペテン師と誠実な父子の織りなす人間ドラマ。
女歌手・モンローが、冒頭シーンではゴキゲンに、ラストでは哀しみをたたえて歌う様の違いに、単に 見とれ聴き惚れるだけでなく、感情表現の見事な表し方にも着目せずにはおれません。
彼女が哀しく歌って了りかと思いきや、誠実な父が酒場から連れ出し妻にする という展開に心洗われます。
そして、酒場の前に捨てられた赤いハイヒールの寄りのショットに、これからの三人の幸福な生活が象徴されます。


○「バス停留所」 1956年 監督・ジョショア・ローガン

三流酒場で酔客の相手をさせられながら歌う自称・歌姫と 田舎から初めて出て来たウブなカウボーイが、すれ違いの恋の末にめでたく結ばれる というシノプシスのラブコメディ。
青いウロコ模様のセクシーな舞台衣装が、モンローのスタイルの良さと肌の白さを引き立て、惹かれては嫌いまた惹かれる彼女の表情の美しさと演技力が、アップによって 詳らかに見て取れます。

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以上が、マリリンモンローファン歴45年の私・ぼんぼちがお薦めする マリリンモンロー主演映画五作品です。
「モンローはポスターやスチール写真でしか見たことないよ」という方は、お気が向かれたら是非一度、また、私と同じ様に熱烈な長年のファンの方にも再観していただけたら、と思う 時代を超えた名作群です。


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映画「ゲンセンカン主人」 [感想文]

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先日、ラピュタ阿佐ヶ谷にて「石井輝男監督特集」が催されるというので、私の胸は期待に躍った。
何故なら「ゲンセンカン主人」が、必ず上映スケジュールに組み込まれているに違いないと 察したからである。

あんのじょう、あった。
「ゲンセンカン主人」(1993年制作)。日本劇映画史上に遺り続ける大傑作だと惚れ込んでいたものの、これまでVHS時代に家庭で観たきりで、いつか劇場上映される折りには是が非でも足を運ぼうと切望し続けていた作品だからである。

つげ義春原作の漫画「李さん一家」「紅い花」「ゲンセンカン主人」「池袋百点会」を、ちょっと凝った入れ子構造のオムニバスに仕立てて、つげ先生を彷彿とさせる漫画家およびそれぞれの話の主人公を 佐野史郎氏が演じ、ラストに つげ先生ご本人も登場し、役者陣に「この映画、いかがだったでしょうか?」と問われ 照れられて、それから つげ先生一家が李さん一家そのままに「李さん一家」の二階から顔を出して了 となる作りである。

先ず「李さん一家」であるが、鳥と話しが出来るという奇妙な貧しい男・李さんとその妻子が、図々しくも 主人公宅の二階に住み着き、主人公を困惑させる日々の物語であるが、そのどれもが破天荒で 観客の笑いを誘わずにはおれない。
中でも 李さんの奥さんの、無表情でありながらも非常識な行動が、ユーモラスである。

次に「紅い花」。
山に 親もなく貧しく暮らす少女の初潮を紅い花に例えた 叙情的一編。
川辺に落ちている紅い花々 川を流れる紅い花々 ラストショットで丘の傾斜いっぱいに風に揺れる紅い花々が、実に美しく、戸惑い 哀しさ 安堵 愛 を象徴している。

三話目は、メインタイトルにもなっている「ゲンセンカン主人」。
ゲンセンカンという宿屋の耳と口の不自由な女将と そこを訪れた主人公が、いい仲になってしまい、主人公はゲンセンカンの主人におさまった という過去を、ゲンセンカンの主人に瓜二つの男が知り、ゲンセンカンに向かう というシノプシスである。
ゆっくりと時間が流れるアングラ色濃いマチエールが、前時代的で圧巻である。

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四話目は「池袋百点会」。
売れない画家志望の主人公が、行きつけの喫茶店の 太宰かぶれの常連客に誘われて、銀座百点を真似て池袋百点を出版してひと儲けしようと目論むが、ずさんな計画は大失敗に終わり、太宰かぶれは一人逃亡する。
実は妻がいたという太宰かぶれの男の彼女であった 喫茶店のウエイトレスと主人公は、二人で男を探しに甲府へ旅に出る。
ラストシーンは、昇仙峡を巡る馬車に乗る二人。
彼女がついに泣き出した所で、画はロングになり ポコポコと山間をゆく馬車ののどかな景で完。
この話は、テムポ良くユーモラスに作られているのであるが、前述のラストショットが一層その空気感を盛り立てている。
又、ウエイトレス役の岡田奈々さんが、まさにつげ先生の漫画から抜け出てきたように 純粋でお人形さんさながらに可憐である。

そして最後に、作品全体から私が強く感じ取った事二つを簡単に綴りたい。
一つめは、石井監督は、つげ先生の漫画世界をみぢんも損なう事なく 忠実に再現しているという事。
キャスティングも、一人も違和感を覚える事なく、画作りも、ワンショットワンショットの構図がキマっていて、細部に至るまで完璧である。

2つめは、主演の佐野史郎氏の演技のクオリティーの高さである。
私は佐野氏は好きな役者さんの一人なので、過去に二度ほど 舞台を観に行った経験もあるのだが、改めて 如何に名優であるかを突きつけられた。
氏は決して ハッキリした大づくりの目鼻立ちではないのだけれど、無言のショットの時、寄りの顔だけで 内から湧き上がる複雑な感情が手に取るが如く仔細に伝わってくる。
今さらながらに、感嘆の溜息が出ずにはおれなかった。

映画「ゲンセンカン主人」、二十年以上劇場上映を待ち続けた甲斐が十二分にあった。
つくづく非の打ち所のない達作だと 大スクリーン相応の大きさで胸に染み入った。
つげファン 石井ファン 佐野ファン 映画ファン 以外の全ての人にも観ていただきたい 解釈し易くも芸術性高い作品である。

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