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捨てられたプラスチックカップ [写真]

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公園のゴミ箱から飽和状態に顔を出しているプラスチックカップ達。
撮ろうという段階から 粒子の細かい白黒ハイコントラストでいけばキマるぞ!と予測し、そう加工したら、頭の中で思い描いた通りになりやした。
今回の作品は、まあまあ気に入っている部類でやす。
分類としては、ドキュメンタリータッチといったところでやすね。

近年、公園にゴミ箱を設置している所は少なくなりやしたね。
これ、あっしの記憶が間違っていなければ、、、の話しなんでやすがーーー
公園からゴミ箱が撤去された理由って、昔、吉祥寺の井の頭公園のゴミ箱にバラバラにされた死体が捨てられていたことに因したように思いやす。
公園からゴミ箱を撤去すれば殺人事件が減るとは思えないのでやすが、、、
完全に観点がズレた対処法だと感じてやす。


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一才半の女の子 [独り言]

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三年ほど前、親友と鎌倉へ遊びに行くために 湘南新宿ラインの四人掛けの向かい合わせの席に 並んで座っていた時の事である。

私達の向かい側に、ヨチヨチ歩きの女の子と若いお父さんが掛けた。
女の子を見るともなしに見ていると、彼女は、私達の方に手を振りながら「バイバイ」と言った。
私は合わせて「バイバイ」と応えた。
親友は「僕達はまだ降りないよ」と 静かに笑った。
若いお父さんは「過ぎてゆく景色に向かって『バイバイ』と言っているんですよ」と説明してくれた。
親友が「お嬢さん、お幾つなんですか?」と尋ねると「一才半です」とお父さん。
赤ん坊や小さい子供の事を何も知らない私は、内心「へえ〜、産まれてたったの一年半で、もうヨチヨチ歩くくらいに大きくなるんだ! そして、会話こそまだ成立しなくとも、言葉も発するようになるんだ〜!」と 驚いた。

いつだったか、確か立花隆先生のお作りになったNHKのドキュメンタリー番組で映っていたが、赤ん坊の時は、人間もチンパンジーも、一緒に遊ばせると 対等に同レベルで遊ぶのだそうである。
そしてそこから少し大きくなって、件の女の子くらいに成長すると、人間の子はグーンと知能が発達し、ゆるやかに知能があがり そう高くない時点で止まってしまうチンパンジーとは「もうこんな馬鹿馬鹿しい遊びやってられないよ」となるそうなのである。

地球上の全ての生物の中で 偶然にも人間だけが突出した知能を得るという進化を辿った。

電車内で遭遇した女の子の大脳は、ものすごいスピードで細胞分裂している最中だったのだな、と思った。
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メキシコ料理店の看板 [写真]

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夕暮れ時に遭遇した メキシコ料理店の看板。
看板が鈍い黄色でもあったので、より夕暮れ感を強めようと、少しだけ夕暮れ色のトーンをかけやした。
特別奇をてらった写真ではありやせんが、構図・色調ともにまとまったので、作品としてアップすることにしやす。

メキシコの飲食物というと、みなさんは何を思い浮かべやすか?
あっしはやはり、カクテルラウンジでアルバイトをしていたという経験から、テキーラと、テキーラベースのカクテル テキーラサンライズが真っ先に思い浮かびやす。
先ず、テキーラというお酒は、リュウゼツランという植物から作られた蒸留酒で、テキーラサンライズは、ゴブレット又はフルート型のシャンパングラス又はサワーグラスの中で そのテキーラとオレンジジュースをビルドし、グレナデンシロップを静かに注ぎ、底に沈めるのでやす。
シロップは砂糖分が多く比重が重いので、静かに注ぐと底に沈殿しやす。
グレナデンの赤からオレンジジュース&テキーラのオレンジ色へのグラデーションが、まさにメキシコの朝焼けを彷彿とさせる 目にも楽しいカクテルでやす。
みなさんも、メキシコ料理店へ行く機会があって、もしもお気が向かれたら注文されてみてくだされ。


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五十九才の誕生日を迎えるにあたって思う事 [独り言]

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私・ぼんぼちは、今月の十六日で五十九才となります。
過去を振り返ると、よくも運良くこの歳まで生きてこられたものだと息を吐き、そして今現在は、幸せの大海原を自由気ままにぞんぶんに泳いでいる訳ですが、一つ歳を重ねる節目として、帯をキリリと締め直すように 改めて思う事を、今日は綴りたいと思います。

それは、「柔軟で吸収力を持った頭でいよう」という事です。

歳を重ねると、人間 誰しも頭がカタくなりがちです。
自分ではそういうつもりはなくとも、無自覚のうちに、昔 見聞学習したものが自分の中で当たり前となり、新しい情報は、シャットアウトしたりスルーしたりしがちになります。
しかし世の中というのは、常に変化しているのであって、すなはち、生きてゆく上で何が大切か という事も、時代と共に変わってゆきます。
そこを、柔軟性を持って、今はどういう時代なのか、今 何が大切なのか、を常に吸収してゆきたいと思っているのです。

ーーー具体的な例を挙げます。 

以前、絵を教えていた生徒さんの中に、八十才を少し越えたご婦人がいました。
その方は何かというと「最近の若い主婦は、スマート何とかだとかインター何とかだとか、くだらない事ばっかりやって、美味しい糠漬け一つ作れない。どころか、糠床すら持ってない。主婦っていうのは、美味しい糠漬けが漬けられて初めて一人前なんですよ!今の主婦は全員、主婦失格です!!」と吐いていました。

果たして、それは正論でしょうか?
私は違うと思います。
確かに 美味しい糠漬けが漬けられるに越した事はないけれど、今の時代、それより大切なのは、アマゾンで 家族が欲しがっている商品をいち早く安く手にいれたり、メルカリを使って いらない物を処分しつつお小遣い稼ぎをする方が、よほど賢い出来た主婦ではないか!と思うのです。

今はもうすっかりネットが定着しきっている時代なのですから、ネットに長けている方が、主婦としても活躍できるのではないでしょうか。

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一方、同じ八十才を少し越えた男性には、こんな方がおられました。
男性は、某不動産会社の社長さんで、私はその社長さんと鰻をご一緒する機会がありました。

先ず 仲居さんが、私の前に鰻を置き、私は「ありがとうございます」と静かに言い、軽く会釈をしました。
次に社長さんの所に鰻が運ばれて来るや、社長さんは、私と同じく 静かに「ありがとうございます」と仰り、軽く会釈をされたのです。
その発し方と動きは、明らかに私を倣ってのものだと 明確に解りました。

私はその瞬間、「あぁ!この社長さんは何と素晴らしい人物なのだろう!!」と 尊敬の念を抱かずにおれませんでした。
社長さんからしたら、私なんぞは そこいら辺に転がっている単なる小娘です。
そんな小娘の所作を、「これは良い振る舞いだ」と即座に認識され、見習ったのです。

今の八十代の方々のお若かった頃というのは、「私は客だ!」と ふんぞり返り、ふんぞり返らないまでも、お店の方に「ありがとうございます」等とお礼を言う習慣は無かった時代です。
それを瞬時に、頭の切り替えをなされるとは、、、!!!

私はあと何年生きる運命にあるのか解りませんが、これから先の人生、前者のご婦人のようには間違ってもなるまい、後者の社長さんの様な姿勢で生きよう!と思う次第です。

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※画像は、先日、東京駅構内のハンカチ屋さんで偶然出逢った 金魚柄のハンカチ二枚です。
一目惚れして、速攻購入しました。
自分への良い誕生日記念となりました。

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ビルの壁面の二本の太い管 [写真]

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みなさん、単にこの写真だけを観て何か解るかたはそういらっしゃらないと思いやすが、これは、ビルの裏側壁面にくっつけられていた巨大で太い金属管でやす。
これが何であるか という説明ではなしにアートの視点で撮っているので、何だか解らなくともいっこうに構いやせん。
アート写真としての面白さを少しでも感じていただければ、それだけで本望でやす。
まあ、ジャンルとしては、シュールリアリズムといったところでやすね。

シュールリアリズムを表現する作家をシュールリアリストと呼びやすが、あっしが最も敬愛するシュールリアリストは、チェコのヤン・シュヴァンクマイエルでやす。
近年、お仕事を引退されたようでやすが、氏は主に、アニメーションという技術で表現をされていやした。
オブジェクトやクレイやピクシレーションやカットアウトというアニメーション技法で。
日本はセル系アニメーション大国なので、アニメーションというとセル系しか思い浮かばないかたが多いようでやすが、アニメーションの技法は上に述べた様に多彩にあり、セル系は、その中の一技法なんでやす。
なので、アニメーション技法に詳しくない人に「アニメーションが好き」というと、いわゆるアキバ系セルアニメが好きだと大誤解を受けてしまうので、うかつに「アニメーションが好き」とは言わないようにしてやす。


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サクランボにまつわる些細な雑文 [独り言]

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サクランボの時節である。
サクランボといえば、一般には 宝石の如くに木箱に並べられた佐藤錦などがありがたがられるが、私は決して強がりを言うわけではなく、日本のサクランボには、みぢんも興味が無い。
興味があるのは、プラスチックカップにごそっと投げ入れられた 如何にも欧米!といった芳香を発散させているアメリカンチェリーである。

だから、この季節にアメリカンチェリーをたらふく食す事のみならず、アメリカンチェリーを使った食べ物・飲み物にも 昔から食指がのびている。

小学生の頃は、紀ノ国屋のチェリーパイを よく頬張っていた。
昔のアメリカのお母さんは、白いキッチンで、こんなパイを午後になると焼いていたんだろうな とイメージの広がる、素朴でかつ異国情緒のぎっしりと詰まったパイだった。

大人になってカクテルの世界に魅了されてからは、ショットバーの留まり木に留まると、チェリーブロッサムというカクテルを所望するようになっていた。
チェリーブランデーベースの、マラスキーノチェリーの沈んだ これぞカクテル!といった佇まいのショートカクテルである。

又、アメリカンチェリーが完熟した 限りなく黒に近い臙脂色というのも無性に心惹かれるものがあり、中学生の時は、そんな色の口紅をつけていた。
黒く丈の長いレエスのついたワンピースをまとい、血の気の無い色のファンデーションをべったりと塗り、当時はそういったファッション用語は無かったが、今でいう「ゴシックファッション」をしていた。
ゴシックファッションに身をかため、まだ広告業界とファッション関係の人しか歩かない 限られた大人の街だった原宿を、日曜日になると、無表情で影のように彷徨っていた。

アメリカンチェリーを店頭に見ると、毎年、そんな諸々を思ひ出す。

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オブジェに当たっている光と影 [写真]

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何記事か前に「穴の空いた金属板と縦長の金属板」という 横浜・山下公園の螺旋階段で撮った写真をアップしやしたが、今回の作品は、その螺旋階段を上りきって緑地帯に出た所にあったオブジェでやす。
なので、撮影日は5月3日なので、うららかな柔らかな光の加減でやす。
あっしは今まで、光や影が重要なポイントになる写真は幾つも撮ってきやしたが、光と影が主役 という写真は今作品が初めてなので、あっしとしては、初めての新たな挑戦の作品でやす。
どう評価されるかは、観てくださるみなさんにゆだねやす。

光と影、、、みなさんは今、光の道を歩まれてやすか?それとも影の道でやすか?
あっしは今、光いっぱいの道を歩んでやす。
物心ついてから38才までが影で、その後の2年間が変換期で、40才以降が光になりやした。
そして、53才から今は、ますます光輝く道となりやした。
光輝く道を歩くのがこんなに幸せな事だとは、想像だにできやせんでやした。
何故なら、影の道からは光って、具体的に見えなかったから。
逆に今、影の道にいた頃のあっしは何て不幸だったんだと、影にいた頃以上に思いやす。
再び影の道を歩めと言われたら、もう歩けやせん。耐えられやせん。
一度、光輝く道を体験したら、影の道に戻るくらいなら死んだほうがマシでやす。



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懐かしの父の味・福岡仕込みのすき焼き [父]

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私が育った家庭は外食とてんや物中心の家庭だったので、家で夕飯を作って食べるという事がめったになく、あるとすればそれは、父が家に帰る たまの日曜日だけだった。
このブログを長く読んでくださっている方は既にお察しの事と思うが、私の母は人格が破綻した人間だったので、弁当はおろか料理など、作ろう筈もなかったからだ。
父が作ってくれる料理は、決まって すき焼きだった。

父はキッチンに立ち、長葱 春菊 糸こんにゃく 焼き豆腐 えのき茸を切り、そして紀ノ国屋で求めた特上の霜降り牛肉を大皿に乗せると、大皿を両手でかかげ、おどけたガニ股で太っちょの身体を左右に揺らしつつ「ハイハイ!すき焼きの始まりですヨ!!」と ダイニングのテーブルに置くのだった。
私と弟は「わーい!」と とんすいの中の生卵をチャチャッとかき混ぜ スタンバイする。

父は福岡出身だったので、父の作るすき焼きというのは、鉄鍋をラードでくるくると馴染ませ、牛肉をペロペロと並べ、砂糖をエベレストの如くに山盛りにするのだった。
それから、酒 醤油を足し、その後で その他の具材を投入していくのだった。

父の作る福岡仕込みのすき焼きは、甘ーーーく、それは、とんすいの卵を追加するほどに美味だった。
その間、母はダイニングテーブルの向こうの方で、薬味を刻むのも麺つゆを作るのも面倒らしく、生醤油に蕎麦を浸して ビール片手に「そんなもん不味ーーーい!!!そんなもん不味ーーーい!!!」と 相変わらず鬼の様な形相をして 一人で叫び続けていた。

大人になり、東京の人は「わりした」というものですき焼きを食べると知り、何年か前に、東京ですき焼きといえば、、、の今半に、わりしたすき焼き体験をしに出向いた事がある。
果たしてーーー
具材はいずれも最高級だったが、わりしたは私の舌にはただただしょっぱいばかりで、何度も喉元まで「砂糖を下さい」と出かかったが、郷に入れば郷に従え 何の為に自分はここに来たのだ? と我慢して完食した。

やはり父のすき焼きの味は、私の味覚形成期に深く根を張り、これは一生 みぢんも揺らぐ事はないと 痛感した。
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電車のラインとホームのライン [写真]

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三鷹駅の一番線ホームでやす。
何故だかホームの端にたくさんの色のラインが引かれており、そこに黄色いラインの総武線が入ってきて、色とりどりのラインだらけになった所に面白味を感じたので、撮ってみやした。
加工は、ラインの鮮やかさを強調するために、少しだけコントラストをあげやした。

三鷹は、中央線の他に東西線も総武線も乗り入れているので、三鷹の二駅東の西荻窪に住むあっしには、非常に都合が良く 助かってやす。
あっしはしばしば神保町に行くのでやすが、東西線に乗り九段下駅で下車して五分も歩けば 神保町古本屋街に到着できるからでやす。
他には、喫茶店の宝庫という理由で錦糸町にも時々遠征しやすが、総武線一本の乗り換え無しで座っていられるので、とても楽でやす。
近年は色んな線が続々と乗り入れをするようになって、大変便利になりやしたね。
ただ、夜など、うっかり寝過ごしてしまうと、とんでもなく遠い地まで運ばれてしまうこともあるので、そこは御用心!でやすね。


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薬の処方間違いは、けっこうな高確率で起こる [独り言]

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先日、友人から「ヘルパーさんに、間違って認知症の薬を飲まされた」とのメールが来た。
友人は、老人ではないが、特殊疾病の後遺症という理由で、介護付き永住型老人居住施設に入所している人である。
次のメールに「今夜、ヘルパーさんが巡回に来たら、死んだふりしようと思う」とのジョークが送られてきたが、これはジョークでは済まされない 重大な、ともすると本当に生命に関わる大問題だと思った。

施設では大騒動となり、薬を間違えたヘルパーさんと施設長さんが友人に平謝りに謝り、その後 身体に異変はないかと 何度も聞いてきたという。
この施設では、今後 二度とこの様な間違いが起こらない様、確認に確認を重ねた上で 入所者に飲ませる事であろう。

ーーーこういう間違いって、けっこうな高確率で起こるんだな、と私は思った。
というのは、私も過去に三回、処方薬局で薬を間違えられて出された体験があるからだ。

私は睡眠障害を持っているので、月に一度、六種類の睡眠導入剤を処方していただいているのだが、何ヶ月か前、その内の一種類が違っていたのだ。
薬局のカウンターで、薬名と薬本体を見せられた時、いつもと同じ六種類の筈が、一種類、シートの色と錠剤の大きさが違っていた事で、瞬時に気が付き指摘をした。
私は、言葉や文字の記憶力は非常に悪いが、元の職業柄、画像認識記憶はバツグンに良く、一度パッ!と目に入ったものは瞬間的に脳内に取り込め ストック出来るからである。
とても愛想の良い 毎回延々と世間話をしてくださる薬剤師さんで、だらけた姿勢はみぢんも感じられない方だったが、うっかりしてしまったのだろう。

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数年前は、別の処方薬局で、こんな事もあった。
婦人科で、何ヶ月間か、お腹の下の方に貼る シール状の薬を二種類出していただいていたのだが、そのうちの一種類の枚数が、数枚足らなかった事が、二度あった。
重ねた状態で見せられたので、薬の種類は確認しても 枚数までは勘定せずに受け取り 家に帰り、使っていると、残りが五枚なければいけないところが一枚になっていた。

後日、その薬局に行った時に、淡々と事情を話し、「この様な間違いはあってはならない事です。厳重に気をつけてください」と言ったのだが、次の次の時に、やはり使っていたら、数枚足らなかった。
二度目はさすがにこちらもシラッとした冷たい口調で「この間違いがあったのは、これで二度目です。本当に気をつけてくださいね」と吐き、薬剤師さんも「まことに申し訳ありませんでした」と 深々と頭を下げていた。

友人に認知症の薬を飲ませてしまったヘルパーさんも、私に間違った種類や枚数の薬を出してしまった薬剤師さんも、決して いい加減な気持ちや 仕事に向き合う真面目さが無かった訳ではないと察する。
人間というのは、完璧ではなく、時としてミスを犯してしまうものなのである。

友人と私の二人の間だけでも これだけのミスが起こっているのだから、世間全般で 処方ミスというのは、けっこうな高確率で起こっていると考えられる。
みなさんも、入院して・入所して、薬を飲まされる時、処方薬局で薬を受け取る時は、十二分に確認していただきたいと思う次第である。

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