「バナナはおやつに入るか入らないか」の思ひ出 [作文]
「先生! バナナはおやつに入りますか?」
遠足の事前説明時に 必ず出た質問でやすね。
あっしの記憶では「学校側の決まりとしては、バナナはおやつに入りません。食事の一つです。」ということでやした。
でも、バナナは貴重な食べ物でみんなの大好物だったので、勿体無くて おやつまで取っておきたくて仕方がないのでやした。
けれどセンパイ達は揃って「バナナは昼めし時に食ってしまえ。そうしないと後で泣きをみるぞ!」と 口をとがらせたのでやした。
あっしは、自分が遠足に参加し、初めてセンパイ達の忠告が痛いほど身にしみて解りやした。
ーーーということで、今日は、そのあたりの思ひ出話しを、みなさんにだけそっと 打ち明けたいと思いやす。
あれは、、、、、あっしが前世でゴリラだった時のことでやす。
ジャングルのゴリラ中学の二年生だった時のことでやす。
あっしの通っていた中学は、ジャングルでも西の方、、、そう、人間界の東京でいうと、ちょうど八王子の様な所でやした。
普段は遠征することもなく、八王子内に相当する地域か、行っても 川を越えてすぐの立川にあたる近場で、タラリタラリとイキがって遊んでやした。
遠足は、まず足を運ぶことのない海辺だと発表がありやした。
そう、、、関東でいうと、ちょうど江ノ島のような、想像するだけで心の浮き立つ ゴリラ界でイキがっている若者の大人気スポットの海辺でやした。
当日ーーー
あっしら二年一同は、日常的に食している名もない果物に加え 貴重でめったに口にすることのできないバナナを一本づつ持参し「なんでセンパイ達はあんな忠告したんだろ? やっぱバナナはおやつまで残しておきたいよな」と 口々に言い合いながら、江ノ島に相当する目的地に向かいやした。
なお、おやつはアリンコ五百匹以内だったので、それも大きめの葉っぱに包んで持って行ったのは言うまでもありやせん。
海辺に着き、昼食となりやした。
クラス一のクソ真面目な同級生は、教師の指示通りにその時バナナを食べてやしたが、あっしらの殆どは「アリンコなんかよりバナナのほうが超絶旨いんだから、おやつに取っておこうぜ!」と 大切にしまっておりやした。
昼食が了り、自由行動時間となりやした。
と! 向こうから、あっしらに負けず劣らずのイキがった あっしらと同じくらいの年齢とおぼしきゴリラの一群が、タラリタラリとやって来るではありやせんか!
聞こえてくる会話から そいつらは、ジャングルの東の果て、東京でいうと足立区綾瀬に相当する地域のゴリラ中学の者達だということが判りやした。
「けっ! ダッセー野郎達だぜ!」
すれ違いざま あっしらの仲間の一頭が、独白してツバを吐きやした。
すると、「ぁあっ!? テメーら、どこ中だ!」綾瀬に相当するゴリラ中学の奴らは振り返り、ぞろりとあっしらを囲み、ただでさえ寄っている眉間のしわをこれでもかというくらいに寄せて 睨みをきかせやした。
あっしらだって負けてはおれやせん。
奴ら以上に眉間にしわを寄せ奴らに近づき、互いの荒い鼻息がかかるくらいまで接近し、ほぼ一頭に一頭の割り合いで睨み合いやした。
ドンドンドンドンドンドン、、、、!!!
奴らの中の一頭が、両手で交互に胸を強く叩き、ドラミングをしやした。
乱闘開始の合図でやす!
あっしらは、素手で殴ったり蹴りを入れたり、午前中のお土産をゲットする時間にもぎ取っていた、、、そう、人間の世界でいうと ちょうど木刀のような太さと長さの木の棒で叩いたりして、ボコボコにやり合いやした。
近くにいた家族連れのゴリラ達は、「怖いわねぇ」「大きくなっても あんなふうになったらお終いだからね」などと 遠巻きに眺めてやした。
「こらーーーーーーっっっ!!!」
あっしらのゴリラ中学の腕が丸太ほどに太い 木渡りの教師が止めに入り、あっしらより遥かに強靭な力で以て、あっしらはどちらが勝ったとも負けたとも決着のつかぬまま、ちりぢりにされてしまいやした。
結果、あっしらは砂浜に正座させられ、
「お前達、まだバナナを食べていないな! 全員バナナ没収だーっ!!」
あっしらが大の楽しみにしていたバナナを、全部奪い取ってしまいやした。
あっしはこの時初めて、センパイ達の忠告が理解できやした。
加えて「やっぱ センパイ達の仰ることは絶対だ!」と よりセンパイ達を尊敬するようになりやした。
次の日ーーー
「あー、お母さんが持たせてくれたバナナ、美味しかったなー」
クソ真面目な同級生が、これみよがしに横目で発しやした。
普段は あっしらに鼻もひっかけてもらえなかったくせに。
ゴリラ中学を卒業して何年か後ーーー
クソ真面目な同級生は人間にスカウトされて、上野動物園という安心安全・健康管理まで至れり尽くせりのテーマパークのキャストに選ばれ、永久就職をした、、、と 風の便りで聞きやした。
そいつは今は、バナナは日に一房以上、のみならず、リンゴとかミカンとかキーウィフルーツだとかいう あっしらが食べたことも見たこともないような美味しい果物を たらふく口にしているのだーーーと。
かまぼこ嫌いの理由 [作文]
ぼんぼちは、かまぼこが嫌いでやす。
蕎麦屋で一杯やる時、間違っても板わさは所望しやせんし、かけそばに一切れ乗っているのも残しやす。
なんで かまぼこをそんなに嫌うのかって?
それには深い理由(わけ)があるのでやす。
今日は、あっしがかまぼこ嫌いな理由を、みなさんにだけ そっと打ち明けたいと思いやす。
あれは、あっしが前世でノラ猫だった頃のことでやす。
あっしは顔を硯に突っ込んだ様な 鼻先の黒い牛柄の痩せこけた雄猫で、とある郊外の住宅街をねじろにしてやした。
あっしは、近所の良心的な人がくれるカリカリのキャットフードやゴミ置き場のゴミを漁って その日その日をしのいでおりやしたが、同じねじろには、あっしより強い猫が何匹もいたので、あっしはいつも おこぼれをほんのちょびっとしか食べられず、日々、腹をきゅーきゅー鳴らしておりやした。
そんなある日、-----ちょうど今と同じくらいの年明けしばらくしてからの小寒い日の夕-----
ぽつねんとゴミ置き場にたたずんでいると、目の前に ポン!とゴミが置かれたのでやす。 収集時刻にはまだまだ間があるというのに。
-----かまぼこの匂いがしやす!
かまぼこは、あっしらノラ猫にとって 特上のご馳走でやす。
あっしはこんなチャンスは又とないと、袋をビリビリと破り 袋内のどこかにあるかまぼこを探しやした。
縁がピンクで赤く「寿」と描かれたかまぼこが五枚 見つかりやした。
あっしは「寿」を、人間界の文字という意味のあるものだとは知らずに、単なる図柄だと思いやした。
けれど、そんなことはどうだっていいのでやした。
あっしは寿のかまぼこに食らいつきやした。
だいぶ粘り気があるな と思いやした。そして何か変な匂いもするな とも。
でも、かまぼこはかまぼこでやす!
あっしはむしゃむしゃと五枚の寿を平らげやした。
しかし----
変な匂いは、あっしの胃袋から鼻腔にいつまでもまとわりついていて、あっしは思わず ゲホ!と ひとかたまりに吐き出してしまいやした。
吐き出した後も変な匂いはあっしの内から消えず、何とも言い難い不快感だけが残りやした。
この忌まわしい前世の記憶は、こうして現世でかまぼこを目の当たりにする度にもよみがえってくるのでやす。
そんな理由で、ぼんぼちは、かまぼこが嫌い という訳なのでやす。
蕎麦屋で一杯やる時、間違っても板わさは所望しやせんし、かけそばに一切れ乗っているのも残しやす。
なんで かまぼこをそんなに嫌うのかって?
それには深い理由(わけ)があるのでやす。
今日は、あっしがかまぼこ嫌いな理由を、みなさんにだけ そっと打ち明けたいと思いやす。
あれは、あっしが前世でノラ猫だった頃のことでやす。
あっしは顔を硯に突っ込んだ様な 鼻先の黒い牛柄の痩せこけた雄猫で、とある郊外の住宅街をねじろにしてやした。
あっしは、近所の良心的な人がくれるカリカリのキャットフードやゴミ置き場のゴミを漁って その日その日をしのいでおりやしたが、同じねじろには、あっしより強い猫が何匹もいたので、あっしはいつも おこぼれをほんのちょびっとしか食べられず、日々、腹をきゅーきゅー鳴らしておりやした。
そんなある日、-----ちょうど今と同じくらいの年明けしばらくしてからの小寒い日の夕-----
ぽつねんとゴミ置き場にたたずんでいると、目の前に ポン!とゴミが置かれたのでやす。 収集時刻にはまだまだ間があるというのに。
-----かまぼこの匂いがしやす!
かまぼこは、あっしらノラ猫にとって 特上のご馳走でやす。
あっしはこんなチャンスは又とないと、袋をビリビリと破り 袋内のどこかにあるかまぼこを探しやした。
縁がピンクで赤く「寿」と描かれたかまぼこが五枚 見つかりやした。
あっしは「寿」を、人間界の文字という意味のあるものだとは知らずに、単なる図柄だと思いやした。
けれど、そんなことはどうだっていいのでやした。
あっしは寿のかまぼこに食らいつきやした。
だいぶ粘り気があるな と思いやした。そして何か変な匂いもするな とも。
でも、かまぼこはかまぼこでやす!
あっしはむしゃむしゃと五枚の寿を平らげやした。
しかし----
変な匂いは、あっしの胃袋から鼻腔にいつまでもまとわりついていて、あっしは思わず ゲホ!と ひとかたまりに吐き出してしまいやした。
吐き出した後も変な匂いはあっしの内から消えず、何とも言い難い不快感だけが残りやした。
この忌まわしい前世の記憶は、こうして現世でかまぼこを目の当たりにする度にもよみがえってくるのでやす。
そんな理由で、ぼんぼちは、かまぼこが嫌い という訳なのでやす。
さいなら・Ⅲ [作文]
いつものように朝遅く目覚めたあっしは、ゆうべは 唯一無二の呑み仲間である蟹田氏に パソコンの調子を診てもらい、氏の正体が何物であるか ますます翻弄されつつも、すれ切れた畳に丸くなり 高いびきをかく氏を横に あっしも眠りについたことを思い出しやした。
あっしが氏を何物であるかを探れば、氏は またいつもの如く ヒラリと交わすと解っていながらも 追求せずにはおれないものがありやした。
中身の解らぬ匣は 開けずにはおれない------人間というものは そういうものなのかも知れやせん。
氏が丸まっていびきをかいていた場所には、あっしが掛けた毛布が きちんと畳まれておりやした。
-------「蟹田さん?」
便所でやしょうか?
しかし、我がすり切れた四畳半一間は 隅々まで しんと静まりかえってやした。
すぐそこのコンビニにでも行っているのでやしょうか?
画面はまっくろでやしたが、氏が切ってから二人共眠った筈のパソコンの電源が ОNになってやした。
キーボードのF5を押しやした。
あっしのブログの 今日十二月十六日公開記事「短歌『絶望』」が立ち現われやした。
記事の下方の ナイス欄とコメント欄を表示しやした。
みなさんからの 幾つものナイスマーク あたたかいコメント・・・
その中に-----
「さいなら by 蟹田」
・・・・???
あっしは ごしごしと瞼をこすりやした。
-----えっ?! 蟹田さん、さいなら って・・・・?!
さいなら って どういう意味でやすか?
そう言えば、ゆうべ 「わいの役目は終わりや」って言ってやしたね。
役目が終わったって どういうことでやすか?
さいなら って 永久の別れのさいならでやすか?
来年も再来年も一緒に呑みたいでやす! さいならなんて嫌でやす!!
コメントが書き込まれた時刻を見ると、まだ ほんの二十分ほど前でやす。
あっしは、顔も洗わず髪も整えず ねずみ色のゴムぞうりをつっかけ すり切れた四畳半を飛び出しやした。
今なら 氏はまだ 西荻窪駅で電車を待っているかも知れやせん。
中華料理屋や安売り店がガラガラとシャッターを上げる まぶしい西荻商店街を駆け抜けやした。
蟹田さん! あなたはやっぱり あっしに勝るとも劣らぬアナログ人間だったなんていうのは嘘だったんでやすね!
あっしより後にパソコンを始めたなんてのも嘘だったんでやすね!
だって よくよく考えると、「ソネクジ」の一言で、インターネットをやっていて プロバイダーはソネットを利用しているなんて、アナログ人間に察することのできる筈はありやせんものね。
米屋の前、スズメの群れが飛び立ちやした。
「カイザーのド素人めが」って言ってやしたね。
あなたはパソコンのプロなのでやしょう?
カイザーって、「いきさつ」で あっしに中古のノート型パソコンをくれた 山高帽に白塗りカイザーひげの のっぽの男でやすよね。 ゆうべの画面にも現れた。
あの男とは知り合いだったのでやすね!
それに、その前の晩に あっしがころがり落ちて騒動に巻き込まれた店-----あんなにめちゃくちゃになった店内の動画を観ても ちっとも驚かないなんて。
もしかして-------
肉屋のコロッケを揚げる音が 一瞬にして過ぎやした。
もしかして 蟹田さん、あなたは ほんとは IT関係で成功して 新宿で幾つもの飲食店を経営する実業家なんじゃないでやすか?
あの よれよれの黒いTシャツやトレーナーに ボサボサの白髪頭からは いささかとっぴな臆測だと思いやしたが、しかし そう考えると 何もかもつじつまが合うのでやした。
あっしがいつも呑んでいる新宿東口のあの界隈には 氏の経営する飲食店が点在し、すると あっしが偶然ころがり落ちた巨大な水槽のある座敷の店も 蟹田氏の店だったとしても そう不思議なことではなく、カイザーも 氏の経営する 芝居を演る飲食店の従業員である-----と。
カイザーは、あっしが水槽の店で失くしたあっし愛用のゴムぞうりをあずかっていた。
のみならず、「ぼんぼちぼちぼち」というあっしのニックネームも 最初っから知っていた。
あなたは 変わり者でひねくれ者で一筋縄ではゆかないに決まっているあっしに、こんな作戦でもって ブログデビューに導いてくれた。
これで、何もかもつじつまが合うのでやす。
否、あっしが 無理矢理 つじつまを合わせようとしているだけに過ぎないのかも知れやせん。
山らしきものの一部を見ると そこにあるのは山である と思いたい、山である筈だ-----人間というものは、そう思考せずにはおれないものなのかも知れやせん。
駅前アーケードのピンクの象さんの下を駆けやした。
蟹田さん! まだホームにいてくださいでやす!!
西荻窪の駅舎に着きやした。
改札を通ろうと------ あっしは 余りにも動転していたために 財布もスイカカードも持って出なかったことに気づきやした。
中央線上りホームの見える場所は・・・・
あっ! あの場所からなら!!
駅北側の交差点に出やした。
上りホームにパラパラと人影が見えやす。 電車は行ったばかりではないようでやす。
ホームを真正面に向き立ちやした。
「蟹田さーーーーん 蟹田さぁーーーーーーーん」
あっしは 両手を口の脇にそえ、全身でもって ありったけの声を飛ばしやした。
北口商店街の人達や通行人になぞ どう思われてもいいと思いやした。
「蟹田さぁぁーーーーーーーーーん! 蟹田さぁぁぁーーーーーーーーーーーーん!!」
これっきりなんて嫌でやす! 来年も再来年もその次の年も お互いに毒づき合いながら呑みやしょうでやす!!
「蟹田さぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!・・・・・・かっ・・・・・」
駄目だと思いやした。
氏は もうすでに、中央線上り電車に揺られて行ってしまったのでやしょう。
がっくりと 両膝に掌を置きやした。
あっしは裸足であることに気づきやした。
全身で駆けてきた途中、愛用のゴムぞうりは どこかにすっとんでしまったようでやした。
師走のアスファルトが あっしの足裏を ひた と冷してやした。
「おぅ ぼんぼちぃ、来てくれたんか」
あっしが顔をあげると------
ホームの上、蟹田氏が微笑んでやした。
その微笑みには、優しさと 寂しさと あっしを包み込むような何か大きなものが溢れてやした。
「蟹田さんっ! さいならって あっしともう一緒に呑まないってことでやすか? わいの役目は終わりやって どういう意味でやすか?! なんで さいならしなきゃならないんでやすか?!!」
氏のぶしょうヒゲに囲まれた口元が 寂しく笑いやした。
「蟹田さんっっ!! 蟹田さんっっっ!!!」
氏は、焦点の合わないようなまなこで あっしを見下ろすばかりでやした。
-----「蟹田さん! あなたは 一体 誰なんでやすか??!!」
一旦 足元に視線を落とした氏のまなこが 力強く テラ と光り、まっすぐに あっしに注がれやした。
氏は、一つ 大きく深呼吸しやした。
「わいのソネットブログのニックネームはな・・・」
氏の前を 特別快速がゴーーーーッと通り過ぎてゆきやした。
再び姿が見えた時、すでに言葉を終えた氏は 苦笑してやした。
「わいのブログマークはな・・・」
あっしの前を 2tトラックが永ちゃんの歌を響かせながらジャガジャガ過ぎてゆきやした。
すでに言い終えた氏は、足元を見ながら 首を左右に振って笑ってやした。
再び 氏のまなこがテラと光り、あっしにより強く注がれやした。
「わいが誰かっちゅうとな、・・・・わいはな」
氏は ホームの屋根を見て 大きく呼吸をしやした。
「わいは・・・」
また 上りの中央線がすべり込みやした。
が、今度の電車は 停車しやした。
車扉の大きな窓に 氏の姿が現れやした。
と、その脇には、山高帽に白塗りのカイザーひげの男が立ってやす。
乙姫様のように美しいママさんと 名古屋章似の板長 若い板さん達も、並んで こちらを見下ろしてやす。
車窓からは、黒子二人が 互いに 押し合いへし合いしながら 上半身を乗り出し、棒の先に付いたカゴから 紙吹雪をユサユサまいてやす。
蟹田氏の口が パクパクと動きやした。
「・・・・えっ?」
そうしたところで聞こえる筈もないのに、あっしは 耳の後ろに 掌を やや丸めて沿わせやした。
電車がすべり出しやした。
氏は かすかに寂しく微笑んだまま、まっすぐ前を向いておりやした。
「・・・・蟹田さん・・・・蟹田さん・・・・」
カラのホームに 紙吹雪だけが舞い踊りやした。
あっしの視界に映るものは------ホームも 信号機も パン屋サンジェルマンも タクシーも 横断歩道も------何もかもが 水底にあるように うにょうにょに歪みやした。
あっしの足の甲に うにょうにょの三角の紙吹雪が一枚 舞い落ちやした。
あっしはいつから蟹田氏と呑み交してしたのか------ブログを始めた去年の九月よりは前であったことは明らかでやすが------それがいつからだったのか 思い出せやせん。
カラの椅子にボワッとその存在が浮かびあがり 動き出すように、氏は いつの間にやら あっしの横で ビールの泡を口角にくっつけて 揺れていたのでやした。
あっしの臆測は、荒唐無稽で トンチンカンで まるきし見当はずれかも知れやせん。
単なる偶然を 必然と思い込みたいだけかも知れやせん。
氏を あっしの人生に於ける水先案内人と信じたいだけかも知れやせん。
しかし------
あっしは ブログという手段にたどり着き、この一年余の間 とどこおりなく つつがなく更新を続け、己れの何がなんでも吐き出したいものを吐き出し終わり、そして これからは 余裕の気持ちでもって続けてゆけるという幸せを掴めたのは まごうことなき事実でやす。
その日の夜、飲み屋「どん底」の扉を押してみやした。
が、氏の姿は 薄暗いカウンターの一番奥に 見えやせんでやした。
次の日もその次の日も、ぐい呑みを手に 待ってみやした。
しかし やっぱり、よれよれのトレーナーにボサボサの白髪頭は、現れやせんでやした。
あっしのブログのナイス&コメント欄に 蟹田氏は毎日のように入力してると言ってやしたが、相変わらず それがどれなのか 解りやせんでやした。
けれど ソネットブログは、同ブロガーの多くのみなさんが「重い重い」と書かれている時も、あっしのは それほどでもなくなってやした。
蟹田氏は 目前に居るのにそこに居ないような 存在自体が虚構のような 不思議な男でやした。
いえ、虚構のような ではなく あっしが居ると思いこんでいただけの 虚構だったのかも知れやせん。
ブログの世界 インターネットの世界といったものも、あっしらが頭の中で必死に創り上げているだけの 虚構なのかも知れやせん。
否、あっしという人間そのものも、あっしが自分は実在していると思い込んでいるだけの 虚なのかも知れやせん。
しかし、だとしても、あっしは ブログを書き続けないわけにはおれないのでやす。
虚なるあっしの 虚なる 虚しい作業だとしても、ブログを書くことで あっしは 初めて呼吸(いき)づくことができたのでやす。
たとい、それすらも、虚なる呼吸であったとしても。
-------完-------
あっしが氏を何物であるかを探れば、氏は またいつもの如く ヒラリと交わすと解っていながらも 追求せずにはおれないものがありやした。
中身の解らぬ匣は 開けずにはおれない------人間というものは そういうものなのかも知れやせん。
氏が丸まっていびきをかいていた場所には、あっしが掛けた毛布が きちんと畳まれておりやした。
-------「蟹田さん?」
便所でやしょうか?
しかし、我がすり切れた四畳半一間は 隅々まで しんと静まりかえってやした。
すぐそこのコンビニにでも行っているのでやしょうか?
画面はまっくろでやしたが、氏が切ってから二人共眠った筈のパソコンの電源が ОNになってやした。
キーボードのF5を押しやした。
あっしのブログの 今日十二月十六日公開記事「短歌『絶望』」が立ち現われやした。
記事の下方の ナイス欄とコメント欄を表示しやした。
みなさんからの 幾つものナイスマーク あたたかいコメント・・・
その中に-----
「さいなら by 蟹田」
・・・・???
あっしは ごしごしと瞼をこすりやした。
-----えっ?! 蟹田さん、さいなら って・・・・?!
さいなら って どういう意味でやすか?
そう言えば、ゆうべ 「わいの役目は終わりや」って言ってやしたね。
役目が終わったって どういうことでやすか?
さいなら って 永久の別れのさいならでやすか?
来年も再来年も一緒に呑みたいでやす! さいならなんて嫌でやす!!
コメントが書き込まれた時刻を見ると、まだ ほんの二十分ほど前でやす。
あっしは、顔も洗わず髪も整えず ねずみ色のゴムぞうりをつっかけ すり切れた四畳半を飛び出しやした。
今なら 氏はまだ 西荻窪駅で電車を待っているかも知れやせん。
中華料理屋や安売り店がガラガラとシャッターを上げる まぶしい西荻商店街を駆け抜けやした。
蟹田さん! あなたはやっぱり あっしに勝るとも劣らぬアナログ人間だったなんていうのは嘘だったんでやすね!
あっしより後にパソコンを始めたなんてのも嘘だったんでやすね!
だって よくよく考えると、「ソネクジ」の一言で、インターネットをやっていて プロバイダーはソネットを利用しているなんて、アナログ人間に察することのできる筈はありやせんものね。
米屋の前、スズメの群れが飛び立ちやした。
「カイザーのド素人めが」って言ってやしたね。
あなたはパソコンのプロなのでやしょう?
カイザーって、「いきさつ」で あっしに中古のノート型パソコンをくれた 山高帽に白塗りカイザーひげの のっぽの男でやすよね。 ゆうべの画面にも現れた。
あの男とは知り合いだったのでやすね!
それに、その前の晩に あっしがころがり落ちて騒動に巻き込まれた店-----あんなにめちゃくちゃになった店内の動画を観ても ちっとも驚かないなんて。
もしかして-------
肉屋のコロッケを揚げる音が 一瞬にして過ぎやした。
もしかして 蟹田さん、あなたは ほんとは IT関係で成功して 新宿で幾つもの飲食店を経営する実業家なんじゃないでやすか?
あの よれよれの黒いTシャツやトレーナーに ボサボサの白髪頭からは いささかとっぴな臆測だと思いやしたが、しかし そう考えると 何もかもつじつまが合うのでやした。
あっしがいつも呑んでいる新宿東口のあの界隈には 氏の経営する飲食店が点在し、すると あっしが偶然ころがり落ちた巨大な水槽のある座敷の店も 蟹田氏の店だったとしても そう不思議なことではなく、カイザーも 氏の経営する 芝居を演る飲食店の従業員である-----と。
カイザーは、あっしが水槽の店で失くしたあっし愛用のゴムぞうりをあずかっていた。
のみならず、「ぼんぼちぼちぼち」というあっしのニックネームも 最初っから知っていた。
あなたは 変わり者でひねくれ者で一筋縄ではゆかないに決まっているあっしに、こんな作戦でもって ブログデビューに導いてくれた。
これで、何もかもつじつまが合うのでやす。
否、あっしが 無理矢理 つじつまを合わせようとしているだけに過ぎないのかも知れやせん。
山らしきものの一部を見ると そこにあるのは山である と思いたい、山である筈だ-----人間というものは、そう思考せずにはおれないものなのかも知れやせん。
駅前アーケードのピンクの象さんの下を駆けやした。
蟹田さん! まだホームにいてくださいでやす!!
西荻窪の駅舎に着きやした。
改札を通ろうと------ あっしは 余りにも動転していたために 財布もスイカカードも持って出なかったことに気づきやした。
中央線上りホームの見える場所は・・・・
あっ! あの場所からなら!!
駅北側の交差点に出やした。
上りホームにパラパラと人影が見えやす。 電車は行ったばかりではないようでやす。
ホームを真正面に向き立ちやした。
「蟹田さーーーーん 蟹田さぁーーーーーーーん」
あっしは 両手を口の脇にそえ、全身でもって ありったけの声を飛ばしやした。
北口商店街の人達や通行人になぞ どう思われてもいいと思いやした。
「蟹田さぁぁーーーーーーーーーん! 蟹田さぁぁぁーーーーーーーーーーーーん!!」
これっきりなんて嫌でやす! 来年も再来年もその次の年も お互いに毒づき合いながら呑みやしょうでやす!!
「蟹田さぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!・・・・・・かっ・・・・・」
駄目だと思いやした。
氏は もうすでに、中央線上り電車に揺られて行ってしまったのでやしょう。
がっくりと 両膝に掌を置きやした。
あっしは裸足であることに気づきやした。
全身で駆けてきた途中、愛用のゴムぞうりは どこかにすっとんでしまったようでやした。
師走のアスファルトが あっしの足裏を ひた と冷してやした。
「おぅ ぼんぼちぃ、来てくれたんか」
あっしが顔をあげると------
ホームの上、蟹田氏が微笑んでやした。
その微笑みには、優しさと 寂しさと あっしを包み込むような何か大きなものが溢れてやした。
「蟹田さんっ! さいならって あっしともう一緒に呑まないってことでやすか? わいの役目は終わりやって どういう意味でやすか?! なんで さいならしなきゃならないんでやすか?!!」
氏のぶしょうヒゲに囲まれた口元が 寂しく笑いやした。
「蟹田さんっっ!! 蟹田さんっっっ!!!」
氏は、焦点の合わないようなまなこで あっしを見下ろすばかりでやした。
-----「蟹田さん! あなたは 一体 誰なんでやすか??!!」
一旦 足元に視線を落とした氏のまなこが 力強く テラ と光り、まっすぐに あっしに注がれやした。
氏は、一つ 大きく深呼吸しやした。
「わいのソネットブログのニックネームはな・・・」
氏の前を 特別快速がゴーーーーッと通り過ぎてゆきやした。
再び姿が見えた時、すでに言葉を終えた氏は 苦笑してやした。
「わいのブログマークはな・・・」
あっしの前を 2tトラックが永ちゃんの歌を響かせながらジャガジャガ過ぎてゆきやした。
すでに言い終えた氏は、足元を見ながら 首を左右に振って笑ってやした。
再び 氏のまなこがテラと光り、あっしにより強く注がれやした。
「わいが誰かっちゅうとな、・・・・わいはな」
氏は ホームの屋根を見て 大きく呼吸をしやした。
「わいは・・・」
また 上りの中央線がすべり込みやした。
が、今度の電車は 停車しやした。
車扉の大きな窓に 氏の姿が現れやした。
と、その脇には、山高帽に白塗りのカイザーひげの男が立ってやす。
乙姫様のように美しいママさんと 名古屋章似の板長 若い板さん達も、並んで こちらを見下ろしてやす。
車窓からは、黒子二人が 互いに 押し合いへし合いしながら 上半身を乗り出し、棒の先に付いたカゴから 紙吹雪をユサユサまいてやす。
蟹田氏の口が パクパクと動きやした。
「・・・・えっ?」
そうしたところで聞こえる筈もないのに、あっしは 耳の後ろに 掌を やや丸めて沿わせやした。
電車がすべり出しやした。
氏は かすかに寂しく微笑んだまま、まっすぐ前を向いておりやした。
「・・・・蟹田さん・・・・蟹田さん・・・・」
カラのホームに 紙吹雪だけが舞い踊りやした。
あっしの視界に映るものは------ホームも 信号機も パン屋サンジェルマンも タクシーも 横断歩道も------何もかもが 水底にあるように うにょうにょに歪みやした。
あっしの足の甲に うにょうにょの三角の紙吹雪が一枚 舞い落ちやした。
あっしはいつから蟹田氏と呑み交してしたのか------ブログを始めた去年の九月よりは前であったことは明らかでやすが------それがいつからだったのか 思い出せやせん。
カラの椅子にボワッとその存在が浮かびあがり 動き出すように、氏は いつの間にやら あっしの横で ビールの泡を口角にくっつけて 揺れていたのでやした。
あっしの臆測は、荒唐無稽で トンチンカンで まるきし見当はずれかも知れやせん。
単なる偶然を 必然と思い込みたいだけかも知れやせん。
氏を あっしの人生に於ける水先案内人と信じたいだけかも知れやせん。
しかし------
あっしは ブログという手段にたどり着き、この一年余の間 とどこおりなく つつがなく更新を続け、己れの何がなんでも吐き出したいものを吐き出し終わり、そして これからは 余裕の気持ちでもって続けてゆけるという幸せを掴めたのは まごうことなき事実でやす。
その日の夜、飲み屋「どん底」の扉を押してみやした。
が、氏の姿は 薄暗いカウンターの一番奥に 見えやせんでやした。
次の日もその次の日も、ぐい呑みを手に 待ってみやした。
しかし やっぱり、よれよれのトレーナーにボサボサの白髪頭は、現れやせんでやした。
あっしのブログのナイス&コメント欄に 蟹田氏は毎日のように入力してると言ってやしたが、相変わらず それがどれなのか 解りやせんでやした。
けれど ソネットブログは、同ブロガーの多くのみなさんが「重い重い」と書かれている時も、あっしのは それほどでもなくなってやした。
蟹田氏は 目前に居るのにそこに居ないような 存在自体が虚構のような 不思議な男でやした。
いえ、虚構のような ではなく あっしが居ると思いこんでいただけの 虚構だったのかも知れやせん。
ブログの世界 インターネットの世界といったものも、あっしらが頭の中で必死に創り上げているだけの 虚構なのかも知れやせん。
否、あっしという人間そのものも、あっしが自分は実在していると思い込んでいるだけの 虚なのかも知れやせん。
しかし、だとしても、あっしは ブログを書き続けないわけにはおれないのでやす。
虚なるあっしの 虚なる 虚しい作業だとしても、ブログを書くことで あっしは 初めて呼吸(いき)づくことができたのでやす。
たとい、それすらも、虚なる呼吸であったとしても。
-------完-------
さいなら・Ⅱ [作文]
蟹田氏とあっしは、終電よりひとつだけ前の 中央線下り電車に 揺られておりやした。
あっしのデスクトップパソコンが 買ってまだ半年にしては重すぎるようなので 蟹田氏に診てもらうために。
車窓に映る あっしと並んで吊り皮を掴む氏を ちらと見やした。
氏の小さな黒いまなこは、何か思いつめたように ただ真正面を凝視しておりやした。
「どん底」でのただならぬうち沈みようといい、パソコン初心者の筈なのに 突然 あっしのパソコンを診る と言い出すところといい、元々 謎に満ちていたこの男は、一旦は解明できたかに見えても やっぱり相変わらず あっしにとってのパソコンの中身のように 謎だらけなのでやした。
その 尋常ならぬ無言の緊張に、あっしは、何も話しかけることができやせんでやした。
パソコンを始めて一年ちょっとのあっしよりも後に始めたのに違いない あっしに勝るとも劣らないデジタル初心者の筈の氏が パソコンの調子を診るなど できるのでやしょうか?
-----あっしの頭蓋に 夏 ノート型パソコンに踊っていた 氏の魔法のような指使いが 再び よぎりやした。
デジタル初心者だという事と あの指使いは どう つじつまを合わせればいいのでやしょうか?
人一倍負けん気の強い氏のことなので、あっしにおいてけぼりを喰らうのがよほど嫌で 命がけで 毎日 キーボードを叩き続けていたのでやしょうか?
-----それとも もしや、あっしに勝るとも劣らないアナログ人間だったなんていうのは・・・・?
だとしたら 何の為に・・・・?
あっしんちのある西荻窪駅に着きやした。
駅からあっしのアパートへの路、氏は あっしの一歩後を 重たい無機質の塊のように あっしと まるで同じ速度で 影のようについてきやした。
無機質の塊は あっしを圧迫し、あっしは ますます声すらだせなくなり、擦り切れた畳の四畳半一間のアパートへ ただただ 歩を進めるしかありやせんでやした。
いつものあったか商店街が 海底に並ぶ鉛のように 冷たく 口をつぐんでやした。
部屋の鍵を開け 畳すれすれまで足した蛍光灯のヒモを引っ張りやした。
氏は ずかと上り、パソコンの前にあぐらをかき、電源を入れやした。
ブログが重いのは ソネット プロバイダーの問題の筈なのに、それを軽くするなど 可能なのでやしょうか?
蟹田氏の両手の指が あの夏の日と同じに パラパラと魔法のように踊りやした。
瞬時に 数字や記号のびっしりと並ぶ あっしが見たこともないような画面が 現われやした。
氏は やはり、あっしより後にパソコンに触れたデジタル初心者などというのは 嘘だったに違いありやせん。
毛むくじゃらの指が踊り、別の数字や記号のられつが現われやした。
一体 何の為に そんな嘘をつく必要があったのでやしょうか?
再び 魔法の指が、数字と記号を 立ち現わせやした。
あっしは 茶を入れようとしていたことも忘れ、蟹田氏の脇に正座をして 魔法の指と 画面と 氏の横顔に 見入りやした。
氏は、氏自身もデジタルの一部になったように 淡々と 無表情に 画面に向いてやした。
隣りの部屋の住人が帰ってきたらしく ガチャリと鍵の開く音がしやした。
「ぼんぼち、お前 前のパソコンから これに替えた時、自分で中身の引っ越し作業やったんか?」
魔法の指を踊らせながら 突然、ぶしょうヒゲに囲まれた 氏の口が動きやした。
「えっ?・・・・・いや、あっし一人じゃ とても出来やせんよ。 散歩仲間に・・・・過去記事『薄暮より白暮』に登場した 中央線沿線の友達にやってもらったんでやす」
「前に入ってたモン、丸丸移したやろ」
「へい・・・・だって、プログを書くのに必要なこと以外は 入ってないでやすから」
「ふっ・・・それは、どやろな」
魔法の指が、また パラと舞いやした。
すると------
白塗りにカイザーひげの山高帽の男の顔が 画面いっぱいに映し出されやした。
「いきさつ」でみなさんにも打ち明けた 新宿西口で 中古のノート型パソコンを あっしが正直者だからとくれた 奇妙なのっぽの男でやす。
キャメラ目線で 大仰に口を動かしてやす。
白塗りのカイザーひげが いっぱいの紙吹雪に 見えなくなりやした。
キャメラが右にパンし、長い棒のついたカゴから 紙吹雪をゆさゆさする黒子が、そして 今度は左にパンし、やはり ゆさゆさの 別の黒子を捉えやした。
「いきさつ」で、白塗りカイザーのシモベのようにかしずいていた 「三角」と「四角」と呼ばれていた 黒子二人でやす。
チラ と手前に写る 頭やテーブルの上の物から、どうも 飲食店の一部にしつらえられた舞台のようでやす。
魔法の指が またまた パラ と舞いやした。
粉粉になったガラスの上、あちこちに 魚がぴちぴち跳ねてやした。
小上がりの座敷席、ぽっかりとシシの口のように穴の開いた巨大な水槽、立ち尽くす乙姫様のような美女と 名古屋章似の板長 若い板前達・・・・
まごうことなく あっしが「いきさつ」の日に転がり落ちた店内でやした。
そして再び パラと魔法が舞いやした。
よれよれの黒いトレーナーに ボサボサの白髪頭のずんぐりした後ろ姿が 画面いっぱいに出現しやした。
「あっ!!!」
白髪頭が振り向こうと・・・
あっしは息を飲み、そのまま呼吸ができなくなりやした。
「ふふっ・・・カイザーのド素人めが・・・」
-----えっ?! カイザー?・・・というと、あの白塗りにカイザーひげの男は 蟹田氏の知り合い???
蟹田氏は苦笑し、また魔法をちらしやした。
一本の 横に伸びる棒グラフみたいなのが、満ちては消え 満ちては消え もっかい満ちては消えやした。
今度は 新宿の様々な場所が、それはもう 数え切れないほど次から次へと 出現しやした。
花園神社 三丁目の交差点 思い出横丁 大久保へと抜ける小路・・・・
棒グラフが、満ちては消え 満ちては消えを これもまた 数え切れないほど 繰り返しやした。
「ふぅぅっ・・・」
氏は、あぐらの膝に両手首をだらりと置き、枯れたヒマワリのようにうなだれやした。
「これで だいぶん 軽ぅなったわ。 ま、プロバイダーそのもんか停止してもうた時は しゃあないけどな。 ぼんぼちに 前のパソコンくれたモンが 動画消したつもりで なーーーんも消えとらんかったんや。 それが重ぅなってた原因や」
ポソリと あぐらの足の間に 声を落としやした。
そして、ごろりと丸くなり 目をつむりやした。
「お前、おととい公開したブログまでで 己れの何がなんでも吐露したかったモン ぜーーーーんぶ吐きだしたやろ」
かすかに寂しく口元が笑ったかと思うや、ガーガー高いびきをかき始めやした。
その通りでやした。
あっしは おとといの十二月十三日公開の「山田孝之氏・探し続けていたリアリズム演技」という記事まででもって、己れの どうしても 吐露せずにはおれなかった 言わば 内的な膿のしぼり出しの如き作業を 終えることができたのでやした。
どの流派にも所属することのない 無手勝流の短歌をこさえ、表現の何たるかの持論を説き、己れの精神を大きく救い上げてくれた五人の表現者へのオマージュを綴ることで、あっしは、あっしがそれまで手段が解らず たどり着きたくてもたどり着けなかった所へ 身を置くことが叶ったのでやす。
そして、これからは 余裕のうちに 少ぅしのんびりとした気持ちで ブログを続けてゆこうと 考えていたのでやす。
まったく いつだって、蟹田氏からは 何もかもお見通しなのに あっしときたら 氏を何ひとつ解っていない、どころか 舞台でライトが強く当たれば当たるほど 客席から舞台上は実に詳らかに観察できるのに 舞台上の者からは客席は皆目見えなくなるといった 一方通行状態なのでやした。
ここまできたら 氏をアッパレと仰ぐ気持ちよりも、なんだか己れがピエロのようで 哀しみの海に 一人 水没してゆきそうでやした。
「蟹田さん、風邪 引きやすよ。 あっしのふとんで寝てくださいでやす」
魔法の謎の物体を 揺らしやした。
が、いっそうガーガーは高鳴りやした。
あっしは 謎に毛布を掛け、自分はいつものせんべいぶとんにすべり込み、長く垂らした蛍光灯のヒモに 手を伸ばしやした。
ふいに ガーガーが止まりやした。
「・・・わいの役目は・・・これで 終わりや・・・」
-----「えっ!? 蟹田さんっ! どういうことでやすか! それ、どういう意味でやすか?!」
すぐに よりいっそうのガーガーが、擦り切れた四畳半いっぱいに 再び 響きやした。
「蟹田さん!? 蟹田さんっ!!」
ガーガーは 四畳半の隅々にまで反響し続けやした。
-----ずんぐりと盛りあがった謎を見つめ、あっしは 灯りを落とすしかありやせんでやした。
-------「さいなら・Ⅲ」は、一つ短歌を挟んで12月31日の公開でやす------
あっしのデスクトップパソコンが 買ってまだ半年にしては重すぎるようなので 蟹田氏に診てもらうために。
車窓に映る あっしと並んで吊り皮を掴む氏を ちらと見やした。
氏の小さな黒いまなこは、何か思いつめたように ただ真正面を凝視しておりやした。
「どん底」でのただならぬうち沈みようといい、パソコン初心者の筈なのに 突然 あっしのパソコンを診る と言い出すところといい、元々 謎に満ちていたこの男は、一旦は解明できたかに見えても やっぱり相変わらず あっしにとってのパソコンの中身のように 謎だらけなのでやした。
その 尋常ならぬ無言の緊張に、あっしは、何も話しかけることができやせんでやした。
パソコンを始めて一年ちょっとのあっしよりも後に始めたのに違いない あっしに勝るとも劣らないデジタル初心者の筈の氏が パソコンの調子を診るなど できるのでやしょうか?
-----あっしの頭蓋に 夏 ノート型パソコンに踊っていた 氏の魔法のような指使いが 再び よぎりやした。
デジタル初心者だという事と あの指使いは どう つじつまを合わせればいいのでやしょうか?
人一倍負けん気の強い氏のことなので、あっしにおいてけぼりを喰らうのがよほど嫌で 命がけで 毎日 キーボードを叩き続けていたのでやしょうか?
-----それとも もしや、あっしに勝るとも劣らないアナログ人間だったなんていうのは・・・・?
だとしたら 何の為に・・・・?
あっしんちのある西荻窪駅に着きやした。
駅からあっしのアパートへの路、氏は あっしの一歩後を 重たい無機質の塊のように あっしと まるで同じ速度で 影のようについてきやした。
無機質の塊は あっしを圧迫し、あっしは ますます声すらだせなくなり、擦り切れた畳の四畳半一間のアパートへ ただただ 歩を進めるしかありやせんでやした。
いつものあったか商店街が 海底に並ぶ鉛のように 冷たく 口をつぐんでやした。
部屋の鍵を開け 畳すれすれまで足した蛍光灯のヒモを引っ張りやした。
氏は ずかと上り、パソコンの前にあぐらをかき、電源を入れやした。
ブログが重いのは ソネット プロバイダーの問題の筈なのに、それを軽くするなど 可能なのでやしょうか?
蟹田氏の両手の指が あの夏の日と同じに パラパラと魔法のように踊りやした。
瞬時に 数字や記号のびっしりと並ぶ あっしが見たこともないような画面が 現われやした。
氏は やはり、あっしより後にパソコンに触れたデジタル初心者などというのは 嘘だったに違いありやせん。
毛むくじゃらの指が踊り、別の数字や記号のられつが現われやした。
一体 何の為に そんな嘘をつく必要があったのでやしょうか?
再び 魔法の指が、数字と記号を 立ち現わせやした。
あっしは 茶を入れようとしていたことも忘れ、蟹田氏の脇に正座をして 魔法の指と 画面と 氏の横顔に 見入りやした。
氏は、氏自身もデジタルの一部になったように 淡々と 無表情に 画面に向いてやした。
隣りの部屋の住人が帰ってきたらしく ガチャリと鍵の開く音がしやした。
「ぼんぼち、お前 前のパソコンから これに替えた時、自分で中身の引っ越し作業やったんか?」
魔法の指を踊らせながら 突然、ぶしょうヒゲに囲まれた 氏の口が動きやした。
「えっ?・・・・・いや、あっし一人じゃ とても出来やせんよ。 散歩仲間に・・・・過去記事『薄暮より白暮』に登場した 中央線沿線の友達にやってもらったんでやす」
「前に入ってたモン、丸丸移したやろ」
「へい・・・・だって、プログを書くのに必要なこと以外は 入ってないでやすから」
「ふっ・・・それは、どやろな」
魔法の指が、また パラと舞いやした。
すると------
白塗りにカイザーひげの山高帽の男の顔が 画面いっぱいに映し出されやした。
「いきさつ」でみなさんにも打ち明けた 新宿西口で 中古のノート型パソコンを あっしが正直者だからとくれた 奇妙なのっぽの男でやす。
キャメラ目線で 大仰に口を動かしてやす。
白塗りのカイザーひげが いっぱいの紙吹雪に 見えなくなりやした。
キャメラが右にパンし、長い棒のついたカゴから 紙吹雪をゆさゆさする黒子が、そして 今度は左にパンし、やはり ゆさゆさの 別の黒子を捉えやした。
「いきさつ」で、白塗りカイザーのシモベのようにかしずいていた 「三角」と「四角」と呼ばれていた 黒子二人でやす。
チラ と手前に写る 頭やテーブルの上の物から、どうも 飲食店の一部にしつらえられた舞台のようでやす。
魔法の指が またまた パラ と舞いやした。
粉粉になったガラスの上、あちこちに 魚がぴちぴち跳ねてやした。
小上がりの座敷席、ぽっかりとシシの口のように穴の開いた巨大な水槽、立ち尽くす乙姫様のような美女と 名古屋章似の板長 若い板前達・・・・
まごうことなく あっしが「いきさつ」の日に転がり落ちた店内でやした。
そして再び パラと魔法が舞いやした。
よれよれの黒いトレーナーに ボサボサの白髪頭のずんぐりした後ろ姿が 画面いっぱいに出現しやした。
「あっ!!!」
白髪頭が振り向こうと・・・
あっしは息を飲み、そのまま呼吸ができなくなりやした。
「ふふっ・・・カイザーのド素人めが・・・」
-----えっ?! カイザー?・・・というと、あの白塗りにカイザーひげの男は 蟹田氏の知り合い???
蟹田氏は苦笑し、また魔法をちらしやした。
一本の 横に伸びる棒グラフみたいなのが、満ちては消え 満ちては消え もっかい満ちては消えやした。
今度は 新宿の様々な場所が、それはもう 数え切れないほど次から次へと 出現しやした。
花園神社 三丁目の交差点 思い出横丁 大久保へと抜ける小路・・・・
棒グラフが、満ちては消え 満ちては消えを これもまた 数え切れないほど 繰り返しやした。
「ふぅぅっ・・・」
氏は、あぐらの膝に両手首をだらりと置き、枯れたヒマワリのようにうなだれやした。
「これで だいぶん 軽ぅなったわ。 ま、プロバイダーそのもんか停止してもうた時は しゃあないけどな。 ぼんぼちに 前のパソコンくれたモンが 動画消したつもりで なーーーんも消えとらんかったんや。 それが重ぅなってた原因や」
ポソリと あぐらの足の間に 声を落としやした。
そして、ごろりと丸くなり 目をつむりやした。
「お前、おととい公開したブログまでで 己れの何がなんでも吐露したかったモン ぜーーーーんぶ吐きだしたやろ」
かすかに寂しく口元が笑ったかと思うや、ガーガー高いびきをかき始めやした。
その通りでやした。
あっしは おとといの十二月十三日公開の「山田孝之氏・探し続けていたリアリズム演技」という記事まででもって、己れの どうしても 吐露せずにはおれなかった 言わば 内的な膿のしぼり出しの如き作業を 終えることができたのでやした。
どの流派にも所属することのない 無手勝流の短歌をこさえ、表現の何たるかの持論を説き、己れの精神を大きく救い上げてくれた五人の表現者へのオマージュを綴ることで、あっしは、あっしがそれまで手段が解らず たどり着きたくてもたどり着けなかった所へ 身を置くことが叶ったのでやす。
そして、これからは 余裕のうちに 少ぅしのんびりとした気持ちで ブログを続けてゆこうと 考えていたのでやす。
まったく いつだって、蟹田氏からは 何もかもお見通しなのに あっしときたら 氏を何ひとつ解っていない、どころか 舞台でライトが強く当たれば当たるほど 客席から舞台上は実に詳らかに観察できるのに 舞台上の者からは客席は皆目見えなくなるといった 一方通行状態なのでやした。
ここまできたら 氏をアッパレと仰ぐ気持ちよりも、なんだか己れがピエロのようで 哀しみの海に 一人 水没してゆきそうでやした。
「蟹田さん、風邪 引きやすよ。 あっしのふとんで寝てくださいでやす」
魔法の謎の物体を 揺らしやした。
が、いっそうガーガーは高鳴りやした。
あっしは 謎に毛布を掛け、自分はいつものせんべいぶとんにすべり込み、長く垂らした蛍光灯のヒモに 手を伸ばしやした。
ふいに ガーガーが止まりやした。
「・・・わいの役目は・・・これで 終わりや・・・」
-----「えっ!? 蟹田さんっ! どういうことでやすか! それ、どういう意味でやすか?!」
すぐに よりいっそうのガーガーが、擦り切れた四畳半いっぱいに 再び 響きやした。
「蟹田さん!? 蟹田さんっ!!」
ガーガーは 四畳半の隅々にまで反響し続けやした。
-----ずんぐりと盛りあがった謎を見つめ、あっしは 灯りを落とすしかありやせんでやした。
-------「さいなら・Ⅲ」は、一つ短歌を挟んで12月31日の公開でやす------
さいなら・Ⅰ [作文]
あっしの唯一無二の呑み仲間である蟹田氏とあっしは、また いつの間にやら 新宿東口の飲み屋「どん底」で、舟を漕ぐように揺れながら 他愛もない賭けに 興ずるようになっておりやした。
「ぼんぼちぃ、お前、『toyoさん』は 何の仕事されとる人か 知っとるか?」
「馬鹿にしないでくださいでやす! シロアリ駆除屋さんでやす!!」
「『ナカムラさん』のマーク 解るか?」
「コラージュ好きのあっしでやすよ~ん! 目から涙がグラスに落ちてる 白っぽい感じのでやすよ!!・・・・じゃあ、蟹田さんっ! 楓○さんのマークは解りやすか?」
「朱色のラッカンやがな。 あん人、西の人やから わいの勝ちや! このラッキョウは わいのもんやっ!」
シャクシャク・・・
「あっ・・・何でやすか、その理屈はっ!」
・・・・と まぁ、こんな感じで、ソネットブロガーのみなさんについて どれほど知っているかを、以前は どちらがアナログ人間であるかを競っていたかと同じに やり合うようになっていたのでやした。
しかし 蟹田氏に、自身はどんなブログをやっていて どんなマークに設定しているかを聞くと
「ボクは、実は『akiponさん』なんダヨ。 ぼんぼちを喜ばそうって思って こっそり ぼんぼちんちの近所の写真 撮ってるんダヨ」
だとか
「ワタシは『よいこさん』どすえ~。 女性のふりして おリョウリ紹介しとりますどすえ~」
などと、トレース用紙くらいに ぺらっぺらに薄っぺらの 向うが透けて視える真実味のない口調で さも愉快そうにニタニタと 笑みを浮かべるのでやした。
その度にあっしは、下唇を噛み 氏をギロりと睨みつけてやるのでやすが、心の最も深い部分では 決して嫌ではないものがありやした。
あっしにとって 蟹田氏は、常に 追う存在であり かなわぬ存在であり、そして こう思うのは 変かも知れやせんが、あっしは氏という存在に 軽々と笑われていたいのでやす。
で やすから、己れの影が逃げるが如くに ひらりと交わされるのも、それは あっしにとって 氏の理想像を裏切らない どころか より強固なものにする 強烈な要因なのでやした。
人間というものは、こういうおかしなものかも知れやせん。
十二月十五日。
前回から少し間はあったものの、その日も はっきりと約束した訳ではなくも、薄暗いカウンターの一番奥に 今日もいるに違いない蟹田氏の隣を目指し、「どん底」の 焦茶色の古い木の扉を開けやした。
氏は、いつもの隅っこの、バンジョーを抱えて白い歯をむき出して笑う黒んぼの人形の横に、いつもの よれよれの黒いトレーナーに いつもの ちょっと猫背の姿勢で ずんぐりと ビールグラスを片手に 肘をついてやした。
「今日も重かったでやすね~」
ネズミ色のゴムぞうりを忍び足に近づけ、すいと 氏の脇に立ちやした。
「ソネットブログは」。
---- 蟹田氏は、少ぅしだけ 顔を こちらに向けやした。
小さな黒いまなこには、いつもの テラ とした光がありやせん。
----- ははぁん、随分 早い時間から飲ってて もうすっかり出来上がってるんでやすな。
ぷぷっと 口の内側に笑いを含んだあっしは、これは勝てるチャンスと 氏の前のカゴのポップコーンを ガバと掴みやした。
「『matchaさん』は、今 なんて歌を練習されてるでやしょーか!」
カウンターに腰をもたせ 氏の顔を正面に見、ひとつぶ 口に放りやした。
「・・・あ、あぁ・・・」
氏は、焦点の合わないまなこで 一瞬 あっしを見上げ、そして ずるずると 枯れた向日葵の如く 頭を落としやした。
「蟹田さん?」
手の中のポップコーンが 急に 虚ろな 手持無沙汰なものと化しやした。
「・・・蟹田・・さん・・・・」
一度 手にしたポップコーンは カゴに戻す訳にもゆかず、やや逡巡した後 カウンターの上に 静かに掌を広げやした。
あっしは 音を立てないように 氏の隣の椅子を引き、注文を取りに来た店員に なるたけ小声で 「いつもの」 と 身体をねじりやした。
「・・・縁起熊手だけは ふんぱつしたけどなぁ、来年もなぁ・・・」
「・・・ダメよぉ、アタシは一図なんだからぁ・・・」
「・・・いえいえ、こちらこそ お世話になりまして・・・」
周りの酔客の声が いくつもいくつも通り過ぎてゆく中、己れのビールグラスのみに向かう蟹田氏を ちら ちら と 見ながら、あっしもまた 己れのぐい呑みを往復させやした。
この往復運動を止めたら 氏とあっしの間の空気は、ピストルを打ちこまれた写真のように パリン!とひび割れて落下してしまいそうでやした。
どこかの席から 三本〆めが聞こえてきやした。
----- 「ぼんぼち・・・」
「えっ・・・」
ボサボサの白髪まじりの頭の氏の向うで 黒んぼの白い歯が 三日月のように浮かんでやした。
「ぼんぼち、お前 ソネットブログ 重い重い言うとるけど、お前のパソコン この春に買うたばっかの 最新式のhpやろ。 話 聞いとると ちいと重すぎるがな。 わいが診たったる」
氏は、ビールグラスにぼんやりと視線を落としたまま ぼそりと 独白のようにつぶやきやした。
「・・・えっ」
あっしの頭蓋には、「みなさん・3」でお伝えした あの夏の終わりの 吉祥寺スターバックスコーヒー公園口店での ノート型パソコンに踊っていた 氏の魔法のような指使いが パラパラと流れやした。
あっしより後に----- つまり、パソコンにふれて一年も経っていない筈の 蟹田氏の指使いが・・・・
------「さいなら・2」は、一つ短歌を挟んで 12月25日に公開でやす------
みなさん・4 [作文]
「このデカいシウマイ、ごっつい美味いなぁ・・・・おぅ!兄ちゃん!! これ、もう一皿くれや!!!」
丸椅子の上、片方の足をあぐらをかくように乗せた蟹田氏は、身体をそらせて 金髪の店員に 声を飛ばしやした。
そして、客席は和室をぶち抜いたみたいな変わった造りやなぁとか 若いモンもぎょうさん来とるなぁとか 二階も入れたら何百人くらい入れるんかいなとか 壁に並ぶ色紙のサインを指し あれは誰れそれやとか、とにかく この 吉祥寺公園口 焼き鳥屋「いせや」が えらく気に入ったようでやした。
あっしは、近くに住んでいるというだけなのに なんだか あっし自身のことを誉められたような気持ちになり、「ね! いいでやしょう!!」と、氏のグラスに ビールを足しやした。
蟹田氏が 何故今日 吉祥寺に来ていたかは 聞きやせんでやした。
あっしは、氏が何をしている男かも知らない中に、仕事がらみでこちらに来る用事があったのかも知れないな とも思いやしたが、おそらくそうではなく、あっしに逢いたいが為に たまたま この街に来た風を装ったのだと思いやした。 そうに違いないと思いやした。
もし 聞いてみたところで、「ぼんぼちに逢いとうなって」なぞとは 口が裂けても言う筈はないのでやす。
二皿目のシウマイを 揃えた箸でブスリと刺し、その大きさを感心するように眺めまわしながら 氏は、「そう言えば-----」 いかにも 軽く、今朝の天気の話しでもするように つぶやきやした。
「そう言えば、空に兵隊の兵いう人は 何て読めばいいんかいな。 ソラヘイさんかいな、クウヘイさんかいな」
あまりの驚きに、あっしの口の中にあった 七味を真っ赤にまぶした鶏皮が 瞬時に味を失いやした。
『空兵さん』----- それは、ソネットブログ内で あっしがよくコメントのやり取りを交わしているブロガーのお一人に他ならないのでやした。
あっしの知る限り、『空兵さん』という名前は それ以外 どこにも無いのでやした。
あっしは 以前「それから・後編」で みなさんにお話ししたように ついうっかり「ソネくじ」という一語をポロリと発してしまった為に、蟹田氏に インターネットを始めたこと プロバイダーは ソネットを利用していることを 知られてしまったのでやす。
否、知られたからといって 何一つとして後ろめたいことをしている訳ではなし、堂々としていればいいんでやすが、それまで 大洋に浮かぶ小島に進化を止めた生きる化石さながらの ケータイの かけると受けるどまりの アナログ人間だったあっしらでやす。
ネットの世界に足を踏み入れることは、「いち抜け」、もっと言うと「裏切り」という自責の念を覚えずにはおれないものがありやした。
しかし 蟹田氏は、---- あの「それから・後編」の夜の時点では愕然としたものがあったのかも知れやせんが---- その後、氏も 実際パソコンを購入し ソネットブログに接し、デジタルの世界も そう捨てたもんじゃないと 認識したのに相違ないのでやした。
蟹田氏は、あっしの驚きなど まるで気が付かない といった様子で シウマイを カラシの上に チョンチョンと弾ませながら しらしらっと続けやした。
「『漣花さん』は、すらっと読めたで。 漣に花やな。 粋やな。 女性らしいニックネームやがな。 トレードマークのピンクのチューリップからして女性らしいがな」
カラシ側の半分をほおばり
「・・・ボー・・・ベー・・・あぁ、 『b.b.mk2 さん』、あのネームは どんな意味があるんやろなぁ・・・あん人 気になるんや・・・わい、あの辺に住んどったことあんねん。 あと・・・『 hatumi30331 さん』とこの近くにもや」
残りの半分を ポン!と口に収め
「『未来さん』は詩人やなぁ~」
皿のパセリも 手づかみで茎までムシャムシャとやり、こちらに ニヤリ と笑みをよこしやした。
氏は、こんな形で デシタルの世界でも あっしと肩を並べられたぞ!ということを アプローチしているのでやした。
あっしの中で、驚きは 微笑ましい気持ちへと 丸味をおびやした。
さっきの身をそがれた魚は、今朝 閲覧した『kurakichさん』の記事「魚のさばき方」であったと気付きやした。
「『リンさんさん』のショートストォリィはオモロいがな・・・・『tacit_tacetさん』の写真は 個性的やなぁ・・・・『つなみさん』は、バレエ 熱心に勉強しとるなぁ・・・・『 rari さん』のウーパールーパー かぁいらしいな。『 ulyssenardin36000 さん』の猫もや。 ・・・ようけ動物 観察しとるな『えれあさん』は。 『akiponさん』と『NОNОNオヤジさん』は ここいらに住んどるらしいな。『hayama55 さん』は・・・『もりけんさん』は・・・『風船かずらさん』は『ぽん吉さん』は『МIKEさん』は『sigさん』は『よいこさん』は・・・・・」
氏は、次から次へと ソネットブロガーのみなさんのニックネームと どんな記事を書かれているかを 事細かに挙げ、あっしは「えっと・・・それは、どんなマークのかたでやしょうか?」 と聞くことしばしばでやした。
肩を並べるどころか その詳しさは 完全にあっしを追い抜いており、今度は 「ちょっとくやしいぞ、面白くないぞ」という感情が、ビールの泡の如く ブクブクと沸いてきたのでやした。
加えて 氏は、何故だか あっしのブログについてだけは しらっと何一つとて触れない というのも 実に 愉快ではありやせんでやした。
あっしは、以前から氏に呼ばれている「ぼんぼち」という愛称そのままを使っているので 一目りょう然の筈なのに。
便所に立ちやした。
席に戻る途中、風が吹き込む場所で 足を止めやした。
ざわざわとした話声の中に カナカナゼミの声が混じってやした。
網戸もなく 大きく解放された窓は、まるで 舞台上で群像劇の酔客を演ずる役者達のむこうに放たれた 般出入の扉さながらでやした。
店内とは異質の やわらかな白い光が 井の頭公園の青々とした木々の間から差し 揺らいでやした。
よれよれの黒いTシャツの蟹田氏の背中を ぼんやりと眺めやした。
氏は、丸椅子の上に 両方の足をあぐらにしておりやした。
歌でも口づさんでいるのか、ボサボサの白髪頭が かすかに左右に揺れてやす。
ふいに、氏の顔が こちらを向き、そして ぶしょうヒゲに囲まれた口角が ニンマリと上がりやした。
「ぼんぼちぃ! お前とは 久しぶりでも何でもないんやで!! わいともブログ上で 毎日のように コメントやり取りしとるがな!!!」
あまりに飛ばした声に、群像劇の役者達は静まり返り そろって その方を向きやした。
・・・・・カナカナカナカナカナカナカナカナ・・・・・・・
------「みなさん」おしまいでやす------
丸椅子の上、片方の足をあぐらをかくように乗せた蟹田氏は、身体をそらせて 金髪の店員に 声を飛ばしやした。
そして、客席は和室をぶち抜いたみたいな変わった造りやなぁとか 若いモンもぎょうさん来とるなぁとか 二階も入れたら何百人くらい入れるんかいなとか 壁に並ぶ色紙のサインを指し あれは誰れそれやとか、とにかく この 吉祥寺公園口 焼き鳥屋「いせや」が えらく気に入ったようでやした。
あっしは、近くに住んでいるというだけなのに なんだか あっし自身のことを誉められたような気持ちになり、「ね! いいでやしょう!!」と、氏のグラスに ビールを足しやした。
蟹田氏が 何故今日 吉祥寺に来ていたかは 聞きやせんでやした。
あっしは、氏が何をしている男かも知らない中に、仕事がらみでこちらに来る用事があったのかも知れないな とも思いやしたが、おそらくそうではなく、あっしに逢いたいが為に たまたま この街に来た風を装ったのだと思いやした。 そうに違いないと思いやした。
もし 聞いてみたところで、「ぼんぼちに逢いとうなって」なぞとは 口が裂けても言う筈はないのでやす。
二皿目のシウマイを 揃えた箸でブスリと刺し、その大きさを感心するように眺めまわしながら 氏は、「そう言えば-----」 いかにも 軽く、今朝の天気の話しでもするように つぶやきやした。
「そう言えば、空に兵隊の兵いう人は 何て読めばいいんかいな。 ソラヘイさんかいな、クウヘイさんかいな」
あまりの驚きに、あっしの口の中にあった 七味を真っ赤にまぶした鶏皮が 瞬時に味を失いやした。
『空兵さん』----- それは、ソネットブログ内で あっしがよくコメントのやり取りを交わしているブロガーのお一人に他ならないのでやした。
あっしの知る限り、『空兵さん』という名前は それ以外 どこにも無いのでやした。
あっしは 以前「それから・後編」で みなさんにお話ししたように ついうっかり「ソネくじ」という一語をポロリと発してしまった為に、蟹田氏に インターネットを始めたこと プロバイダーは ソネットを利用していることを 知られてしまったのでやす。
否、知られたからといって 何一つとして後ろめたいことをしている訳ではなし、堂々としていればいいんでやすが、それまで 大洋に浮かぶ小島に進化を止めた生きる化石さながらの ケータイの かけると受けるどまりの アナログ人間だったあっしらでやす。
ネットの世界に足を踏み入れることは、「いち抜け」、もっと言うと「裏切り」という自責の念を覚えずにはおれないものがありやした。
しかし 蟹田氏は、---- あの「それから・後編」の夜の時点では愕然としたものがあったのかも知れやせんが---- その後、氏も 実際パソコンを購入し ソネットブログに接し、デジタルの世界も そう捨てたもんじゃないと 認識したのに相違ないのでやした。
蟹田氏は、あっしの驚きなど まるで気が付かない といった様子で シウマイを カラシの上に チョンチョンと弾ませながら しらしらっと続けやした。
「『漣花さん』は、すらっと読めたで。 漣に花やな。 粋やな。 女性らしいニックネームやがな。 トレードマークのピンクのチューリップからして女性らしいがな」
カラシ側の半分をほおばり
「・・・ボー・・・ベー・・・あぁ、 『b.b.mk2 さん』、あのネームは どんな意味があるんやろなぁ・・・あん人 気になるんや・・・わい、あの辺に住んどったことあんねん。 あと・・・『 hatumi30331 さん』とこの近くにもや」
残りの半分を ポン!と口に収め
「『未来さん』は詩人やなぁ~」
皿のパセリも 手づかみで茎までムシャムシャとやり、こちらに ニヤリ と笑みをよこしやした。
氏は、こんな形で デシタルの世界でも あっしと肩を並べられたぞ!ということを アプローチしているのでやした。
あっしの中で、驚きは 微笑ましい気持ちへと 丸味をおびやした。
さっきの身をそがれた魚は、今朝 閲覧した『kurakichさん』の記事「魚のさばき方」であったと気付きやした。
「『リンさんさん』のショートストォリィはオモロいがな・・・・『tacit_tacetさん』の写真は 個性的やなぁ・・・・『つなみさん』は、バレエ 熱心に勉強しとるなぁ・・・・『 rari さん』のウーパールーパー かぁいらしいな。『 ulyssenardin36000 さん』の猫もや。 ・・・ようけ動物 観察しとるな『えれあさん』は。 『akiponさん』と『NОNОNオヤジさん』は ここいらに住んどるらしいな。『hayama55 さん』は・・・『もりけんさん』は・・・『風船かずらさん』は『ぽん吉さん』は『МIKEさん』は『sigさん』は『よいこさん』は・・・・・」
氏は、次から次へと ソネットブロガーのみなさんのニックネームと どんな記事を書かれているかを 事細かに挙げ、あっしは「えっと・・・それは、どんなマークのかたでやしょうか?」 と聞くことしばしばでやした。
肩を並べるどころか その詳しさは 完全にあっしを追い抜いており、今度は 「ちょっとくやしいぞ、面白くないぞ」という感情が、ビールの泡の如く ブクブクと沸いてきたのでやした。
加えて 氏は、何故だか あっしのブログについてだけは しらっと何一つとて触れない というのも 実に 愉快ではありやせんでやした。
あっしは、以前から氏に呼ばれている「ぼんぼち」という愛称そのままを使っているので 一目りょう然の筈なのに。
便所に立ちやした。
席に戻る途中、風が吹き込む場所で 足を止めやした。
ざわざわとした話声の中に カナカナゼミの声が混じってやした。
網戸もなく 大きく解放された窓は、まるで 舞台上で群像劇の酔客を演ずる役者達のむこうに放たれた 般出入の扉さながらでやした。
店内とは異質の やわらかな白い光が 井の頭公園の青々とした木々の間から差し 揺らいでやした。
よれよれの黒いTシャツの蟹田氏の背中を ぼんやりと眺めやした。
氏は、丸椅子の上に 両方の足をあぐらにしておりやした。
歌でも口づさんでいるのか、ボサボサの白髪頭が かすかに左右に揺れてやす。
ふいに、氏の顔が こちらを向き、そして ぶしょうヒゲに囲まれた口角が ニンマリと上がりやした。
「ぼんぼちぃ! お前とは 久しぶりでも何でもないんやで!! わいともブログ上で 毎日のように コメントやり取りしとるがな!!!」
あまりに飛ばした声に、群像劇の役者達は静まり返り そろって その方を向きやした。
・・・・・カナカナカナカナカナカナカナカナ・・・・・・・
------「みなさん」おしまいでやす------
みなさん・3 [作文]
スターバックス・吉祥寺公園口店 テラス席で あっしを待つ蟹田氏の前には、銀色の長方形が置かれ その中央には かじりかけのリンゴのマークが さかしまに付いてやした。
そして 氏は、両の手と視線を その長方形の内側に集中させ、いかにも「ごきげん!」といった様子で リズミカルに ボサボサの半ば白髪の頭を かすかに左右に振ってやした。
-----あんなにデジタルの世界を嫌っていたのに?!
あっしは、あ然とすると同時に、自分は今 これ程ブログに夢中になっているにも関わらず、何か 蟹田氏に裏切られたような感情が こみ上げてきやした。
人間というものは、己れのことは棚に上げる 理不尽なものでやす。
そして、「文明・文化」とだけ書かれた謎の年賀状が、でかでかと まるでポスター大に拡大コピーをしたように あっしの頭蓋に覆いかぶさりやした。
あっしは、井の頭公園へと下る路を挟んで 茫然と立ちつくしやした。
・・・・・ミンミンミンミンミンミンミンミンミン・・・・・
蟹田氏が、ふいに 顔をあげやした。
「おぅ!ぼんぼちぃ!! お前は間違いなく来る 思うとったわ!!!」
その自信に満ちた上機嫌な言葉に、あっしは 反発を覚えながらも、くやしいかな 気持ちの底の部分では 嬉しさも感じてやした。
不安と 恐怖と 裏切られ感と 反発心と 嬉しさの入り混じった歩を踏みしめながら 氏に近づきやした。
氏と テラステーブルのノート型パソコンを交互に見ながら、おずおずと 氏の横に立ちやした。
「たまたま 井の頭公園を散歩してたんでやす」
こう言ってやりやしたが、思わず すっとんきょうな 高い声になってしまいやした。
パソコンの画面の中には、身をそがれた魚が まん丸の 黒くて大きな目玉を 光らせてやした。
どこかで観たことのある画像だな・・・と思い 覗き込もうとすると
「あかーーーーーん!」
蟹田氏は 大仰に肘を張って 両手で画面をおおいやした。
しかし、肘の下に目をむいた魚は丸見えで、まるで 学校にプラモデルを持ってきて こちらが見ようとすると 見ちゃダメだ と言いながら その実 見せたくてうずうずしている子供そのものでやした。
あまりの馬鹿馬鹿しいポーズに、あっしは呆れてしまいやした。
呆れは、それまでの ごったな感情を ヘリウムでふくらんだ風船のように あっしの内から フワ と浮遊させやした。
「ちいとだけ待ってぇな」
氏は、指先をパラパラとキーボードに踊らせやした。
-----えっ!?
その指使いは、あっしよりも遥かに、どころか まるで魔法のように 軽く 慣れたものでやした。
あっしより後にパソコンを始めたのには違いないのに、あっしと逢わなかった何カ月かの間に どれだけキーボードに向かっていたのでやしょう?
パタム!
銀色の長方形を閉じると、黒いヨレヨレのズボンの尻ポケットから 利休ねずの風呂敷を取り出しやした。
一面に 大小のひょうたんが 小粋に染め抜かれておりやした。
見るや、銀の長方形を 風呂敷でキュキュッと包み、脇にかかえ
「文明と文化の・・・・融合や!」
ポンッ!と叩きやした。
-----あっ! 「文明・文化」とだけ書かれた謎の年賀状の意味って・・・・
あっしの内から 浮遊しかけていた 幾つものヘリウム風船は、いっせいに空高く上昇しやした。
不安と 恐怖と 裏切られ感と 反発心は、みるみる真夏の空に点となり、そして 完全に姿を消しやした。
「蟹田さん、隣 いい店があるんでやすよ、『いせや』っていう焼き鳥屋でやす」
「おぅ! そろそろ わいも、辛っいモン ほしゅうなってたとこや! 三杯目は、流石に舌に ひつこいさかい」
蟹田氏は、透明な器の底に残ったクリィムを ズ・ズ・ズーーーーッ!!と干しやした。
-----「みなさん・4」は、一つ短歌を挟んで8月27日の公開でやす------
そして 氏は、両の手と視線を その長方形の内側に集中させ、いかにも「ごきげん!」といった様子で リズミカルに ボサボサの半ば白髪の頭を かすかに左右に振ってやした。
-----あんなにデジタルの世界を嫌っていたのに?!
あっしは、あ然とすると同時に、自分は今 これ程ブログに夢中になっているにも関わらず、何か 蟹田氏に裏切られたような感情が こみ上げてきやした。
人間というものは、己れのことは棚に上げる 理不尽なものでやす。
そして、「文明・文化」とだけ書かれた謎の年賀状が、でかでかと まるでポスター大に拡大コピーをしたように あっしの頭蓋に覆いかぶさりやした。
あっしは、井の頭公園へと下る路を挟んで 茫然と立ちつくしやした。
・・・・・ミンミンミンミンミンミンミンミンミン・・・・・
蟹田氏が、ふいに 顔をあげやした。
「おぅ!ぼんぼちぃ!! お前は間違いなく来る 思うとったわ!!!」
その自信に満ちた上機嫌な言葉に、あっしは 反発を覚えながらも、くやしいかな 気持ちの底の部分では 嬉しさも感じてやした。
不安と 恐怖と 裏切られ感と 反発心と 嬉しさの入り混じった歩を踏みしめながら 氏に近づきやした。
氏と テラステーブルのノート型パソコンを交互に見ながら、おずおずと 氏の横に立ちやした。
「たまたま 井の頭公園を散歩してたんでやす」
こう言ってやりやしたが、思わず すっとんきょうな 高い声になってしまいやした。
パソコンの画面の中には、身をそがれた魚が まん丸の 黒くて大きな目玉を 光らせてやした。
どこかで観たことのある画像だな・・・と思い 覗き込もうとすると
「あかーーーーーん!」
蟹田氏は 大仰に肘を張って 両手で画面をおおいやした。
しかし、肘の下に目をむいた魚は丸見えで、まるで 学校にプラモデルを持ってきて こちらが見ようとすると 見ちゃダメだ と言いながら その実 見せたくてうずうずしている子供そのものでやした。
あまりの馬鹿馬鹿しいポーズに、あっしは呆れてしまいやした。
呆れは、それまでの ごったな感情を ヘリウムでふくらんだ風船のように あっしの内から フワ と浮遊させやした。
「ちいとだけ待ってぇな」
氏は、指先をパラパラとキーボードに踊らせやした。
-----えっ!?
その指使いは、あっしよりも遥かに、どころか まるで魔法のように 軽く 慣れたものでやした。
あっしより後にパソコンを始めたのには違いないのに、あっしと逢わなかった何カ月かの間に どれだけキーボードに向かっていたのでやしょう?
パタム!
銀色の長方形を閉じると、黒いヨレヨレのズボンの尻ポケットから 利休ねずの風呂敷を取り出しやした。
一面に 大小のひょうたんが 小粋に染め抜かれておりやした。
見るや、銀の長方形を 風呂敷でキュキュッと包み、脇にかかえ
「文明と文化の・・・・融合や!」
ポンッ!と叩きやした。
-----あっ! 「文明・文化」とだけ書かれた謎の年賀状の意味って・・・・
あっしの内から 浮遊しかけていた 幾つものヘリウム風船は、いっせいに空高く上昇しやした。
不安と 恐怖と 裏切られ感と 反発心は、みるみる真夏の空に点となり、そして 完全に姿を消しやした。
「蟹田さん、隣 いい店があるんでやすよ、『いせや』っていう焼き鳥屋でやす」
「おぅ! そろそろ わいも、辛っいモン ほしゅうなってたとこや! 三杯目は、流石に舌に ひつこいさかい」
蟹田氏は、透明な器の底に残ったクリィムを ズ・ズ・ズーーーーッ!!と干しやした。
-----「みなさん・4」は、一つ短歌を挟んで8月27日の公開でやす------
タグ:吉祥寺
みなさん・2 [作文]
あっしは、慣れた井の頭通りを ジワジワと陽にあぶられながら 西へと歩いておりやした。
蟹田氏に逢うことを 逡巡しなかったわけではありやせん。
あの 小さな黒いまなこで テラ と睨まれると、その向こうにある感情を読み取ることができずに、あっしは いつも その場に身動きがとれなくなってしまうのでやした。
しかし、半年以上ぶりに聞いた氏の声に 単純に 理屈抜きに 「逢いたいなぁ」という気持ちがほっこりと沸き上がったのも また事実でやした。
関西人特有の「スターバックス」の ことさら高い「バ」の音が、妙に耳に心地よく 余韻を引いてやした。
それと、何よりも 氏のよこしてきた言葉の謎のとぐろを どうどう廻りに辿るのには、もう ほとほと疲れてしまっていたのでやした。
ののしるなり 今日でお別れと嘲笑うなり 好きにしてくれやす!と唇を噛み、暑さのためだか 精神による油汗だか 自分でも解らない塩辛い水をしたたらせながら、両の掌の内にも また より濃い塩水をにじませながら 歩を速めやした。
吉祥寺駅手前の ピザ屋のある角を 左に折れやした。
この脇道は、スターバックス公園口店まで行くには 駅前の丸井の脇を通るより 人通りが少ないぶん 楽なのでやす。
紅白ストライプのまことちゃんハウスを左手に仰ぎ、立派な一軒家の並ぶ路を 右に曲がりやした。
正面に見えてきた 焼き鳥屋「いせや」は、いつものように まだ十二分に陽が高いこの時刻から もうもうと 煙を吐き出してやした。
その右隣りには 深いグリーンのパラソルが、これも いつもと同じく 都会に生まれ育った大人の女性の如く 決して過美ではない小粋さで すっ すっ と立ってやした。
リボンやカラフルな首輪でめかしこんだ ゴールデンリトリバー チワワ ミニチュアダックスフンドらと 洒落たいでたちの それらの飼い主達・・・・
その中央に-----
なんと まぁ、これ程 カフェというものが不似合いな人間も 他にいないのではないでやしょうか?
そこだけ まるきし違う時空を張り付けたかの如く、あっしを待つ よれよれの黒いTシャツに 半ば白髪のボサボサ頭 ぶしょうヒゲの蟹田氏は おりやした。
そして、テラステーブルの上、氏の前には、カフェよりも 遥かに遥かに 氏に不釣り合いなものが 置かれていたのでやす------
------「みなさん・3」は、一つ短歌を挟んで 8月21日の公開でやす------
みなさん・1 [作文]
「97の55・・・まぁ、大丈夫でしょう。 血圧以外の数値は すべて正常です、肝臓も腎臓も」
定期健診の結果にほっとしたあっしは、ネズミ色のゴムぞうりの足どりも軽やかに 病院斜向かいの100円ローソンで、早々に 今夜の一人乱痴気の材----エビスビール二本 ミミガー少量パック カクテキ とんがりコーン・マヨネーズ味を求めやした。
・・・ミンミンミンミンミンミン・・・・・
アパート脇の青柿の木が、あっしの異常無しを 勢よく祝ってくれやした。
外階段を上るとき、つい 手の先のレジ袋がはしゃいで 手すりをカーーーン!と 響かせてしまいやした。
人間というものは、頭の片隅に もやもやと引っかかるものがある時も 目前の安堵に 手放しでうかれてしまうものでやす。
あっしは、エビスビールの無事を確認しつつ 袋を肘にかけ、擦り切れた畳の四畳半一間の部屋の鍵を 開けやした。
-----ちゃぶ台の湯飲みの横 雑誌の切れ端をコラージュして まるで 紙でこさえた小さなオブジェのように見える あっし愛用のケータイが 点滅してやした。
今日のように 近所の病院に行って ほどなく戻るだけの時には、ケータイは持って出ないのでやす。
紙のオブジェを開くと-----
着信 「あっしの唯一無二の吞友・蟹田さん」「あっしの唯一無二の吞友・蟹田さん」「あっしの唯一無二の吞友・蟹田さん」
そして、三件目の後には 伝言が入っているようでやした。
肘のレジ袋が、ズルリと 鈍く畳に落ちやした。
あっしに勝るとも劣らないほどのアナログ人間 蟹田氏は、あっしがパソコンの世界に足を踏み入れたと知ったからなのか、唐突に 「文明・文化」とだけ書かれた謎の年賀状を よこしてきたのでやした。
その謎は、あっしを取り巻き あっしの周りをぐるぐると廻り 日が経つごとにどんどん加速し、その中心点に立ち往生するあっしは、めまいを覚え 顔をおおい しゃがみこんでしまったのでやした。
そして、一旦はどうでもいいと思えたものの----文明だの 文化だの、蟹田氏の存在そのものも----しかし、人間であることをやめない限り、頭の片隅で 常にぐるぐると巻く とぐろを辿る行為を止めるなど 結局は不可能なのでやした。
紙のオブジェの中に どんな言葉が預けられているのか 恐怖でやした。
罵声を浴びせられるのか 絶縁を言い渡されるのか・・・・。
謎の年賀状は、やっぱり 擦り切れた畳の上に 立てかけておりやした。
ここまで幽かに聞こえていた青柿の祝い声が、ミンミンミンジィィィーーーーと 終止符を打ちやした。
-----おそるおそる再生ボタンに親指をやりやした。
「ただ今 一件の・・・・・一件目、今日の 午後・・・・・ピー・・・ンミンミンミンミンミンミンミン・・・おう!ぼんぼちぃ!! 今な、わい ごっついクリィム乗ったん飲んどるんや・・・ミンミンミン・・・えらい シャレた・・・ミンミン・・・ええなぁ ここ・・・カフェいうんか・・・ンミンミ・・・ス、スタービ・・・ミンミ・・・スターベ・・・ンミ・・・あぁ、スターバックスや! 吉祥寺に来とるんや! 丸井の脇をシュッと曲がった坂ンとこや!! 来いや!!!」
------「みなさん・2」は、ひとつ短歌を挟んで 8月15日の公開でやす------
定期健診の結果にほっとしたあっしは、ネズミ色のゴムぞうりの足どりも軽やかに 病院斜向かいの100円ローソンで、早々に 今夜の一人乱痴気の材----エビスビール二本 ミミガー少量パック カクテキ とんがりコーン・マヨネーズ味を求めやした。
・・・ミンミンミンミンミンミン・・・・・
アパート脇の青柿の木が、あっしの異常無しを 勢よく祝ってくれやした。
外階段を上るとき、つい 手の先のレジ袋がはしゃいで 手すりをカーーーン!と 響かせてしまいやした。
人間というものは、頭の片隅に もやもやと引っかかるものがある時も 目前の安堵に 手放しでうかれてしまうものでやす。
あっしは、エビスビールの無事を確認しつつ 袋を肘にかけ、擦り切れた畳の四畳半一間の部屋の鍵を 開けやした。
-----ちゃぶ台の湯飲みの横 雑誌の切れ端をコラージュして まるで 紙でこさえた小さなオブジェのように見える あっし愛用のケータイが 点滅してやした。
今日のように 近所の病院に行って ほどなく戻るだけの時には、ケータイは持って出ないのでやす。
紙のオブジェを開くと-----
着信 「あっしの唯一無二の吞友・蟹田さん」「あっしの唯一無二の吞友・蟹田さん」「あっしの唯一無二の吞友・蟹田さん」
そして、三件目の後には 伝言が入っているようでやした。
肘のレジ袋が、ズルリと 鈍く畳に落ちやした。
あっしに勝るとも劣らないほどのアナログ人間 蟹田氏は、あっしがパソコンの世界に足を踏み入れたと知ったからなのか、唐突に 「文明・文化」とだけ書かれた謎の年賀状を よこしてきたのでやした。
その謎は、あっしを取り巻き あっしの周りをぐるぐると廻り 日が経つごとにどんどん加速し、その中心点に立ち往生するあっしは、めまいを覚え 顔をおおい しゃがみこんでしまったのでやした。
そして、一旦はどうでもいいと思えたものの----文明だの 文化だの、蟹田氏の存在そのものも----しかし、人間であることをやめない限り、頭の片隅で 常にぐるぐると巻く とぐろを辿る行為を止めるなど 結局は不可能なのでやした。
紙のオブジェの中に どんな言葉が預けられているのか 恐怖でやした。
罵声を浴びせられるのか 絶縁を言い渡されるのか・・・・。
謎の年賀状は、やっぱり 擦り切れた畳の上に 立てかけておりやした。
ここまで幽かに聞こえていた青柿の祝い声が、ミンミンミンジィィィーーーーと 終止符を打ちやした。
-----おそるおそる再生ボタンに親指をやりやした。
「ただ今 一件の・・・・・一件目、今日の 午後・・・・・ピー・・・ンミンミンミンミンミンミンミン・・・おう!ぼんぼちぃ!! 今な、わい ごっついクリィム乗ったん飲んどるんや・・・ミンミンミン・・・えらい シャレた・・・ミンミン・・・ええなぁ ここ・・・カフェいうんか・・・ンミンミ・・・ス、スタービ・・・ミンミ・・・スターベ・・・ンミ・・・あぁ、スターバックスや! 吉祥寺に来とるんや! 丸井の脇をシュッと曲がった坂ンとこや!! 来いや!!!」
------「みなさん・2」は、ひとつ短歌を挟んで 8月15日の公開でやす------
これから・下 [作文]
今日だけ白い眼帯の人のあっしは、ガチャポンの丸みを指の腹に遊びながら、井の頭公園の池の西端 湧水を背にした石橋のらんかんに腰を下ろしやした。
と ほぼ同時に、ガイドマップとカメラを手にした 初老の四、五人の男女が、声を弾ませながら 「あっ!ここよ」「そうだ、そうだ」と 湧水に近づきやた。
この湧水は、神田川の源流であり 江戸時代には殿様が茶をたて云々という 歴史ある名所に数えられる名水でやす。
しかし、もう随分前に 公園のすぐ脇にマンションが建ったために湧かなくなり、今は 時間を限ってポンプで汲み上げている ということでやした。
この話は、いつか 駅近くで吞んでいて 隣の知らぬ者に聞いたことなので ほんとか嘘かは解りやせんが、後日 深夜に通りかかった時には、確かに 水は しんと 真っ暗な闇一色に ゼリーのように静まりかえってやした。
あっしは背後の感嘆をよそに、ぼんやりと 少ぅしだけぺたんこの池の遠景を眺めやした。
噴水 橋の上をまばらに行き交う人々 池に垂れる未だ茶色の桜の木・・・・・
眼帯のゴムを、右 そして左と外しやした。
この場所なら 誰にもまともに顔を見られずにすみやす。
空に向かって両目を痛いくらいギュッとつむり、そして ゆっくりと 向き直りやした。
左のまぶたは だいぶん開くようになってやした。
噴水 橋上の人 桜木・・・・・
先とは ほんの少ぅしだけ奥行きのある ほんの少ぅしだけ広々とした 三月終わりの井の頭公園がありやした。
うす茶色のケースの 赤道にあたる部分にぐるりと巻かれているテープを外しやした。
両端をひねるように回したあっしは、次の瞬間 思わず「あっっ!」と小さく声をあげ、やや上体を退かせやした。
あっしの腿の間 ねずみ色のらんかんには、どう見ても 生みたての生玉子が あたかも目玉焼きになるのを待つかのように 微かに黄緑色を帯びた透明が、不定形にどろりと広がり、中央には こんもりと 新鮮ですよと主張せんばかりの 山吹色のドームが盛り上がり、しかも その両端には 白いクチュとしたものまで付いてやす。
あっしは、恐る恐る 人差し指で バツグンに栄養のつまっていそうなドームを 軽く圧してみやした。
ドームは 凹み、そして あっしの指の戻るのに合わせて また 何事もなかったように プルンと脹らみやした。
人差し指の腹を 鼻へ近づけやした。
微かに しかし確かに ビニールというかプラスチックというか そんな化学物質の匂いがしやした。
生みたての化学物質を、左手で らんかんの縁に圧し出すようにして 右掌にすくいやした。
左手の人差し指と親指に 山吹色のニセ栄養を挟み、目の高さにかかげやした。
つやつやのニセ栄養は、トロン と はじけることなく静止しやした。
人差し指と親指に じょじょに力を込め、二つの指の腹がくっつくほどに圧しつぶしやした。
ニセ栄養は、相変わらず 親指の爪を隠したまま 静かに静止してやした。
つやつやの山吹色の鏡からは、やたらと横長のへんてこな顔が、こちらを見つめてやした。
足元には 餌を貰いなれているらしい鳩が、目前の水面には これも同じであるらしい鴨と鯉が、いつしか あっしを取り巻いてやした。
あっしは、この「本物そっくり生玉子」で ひとつ奴らを騙くらかしてやろうと、何処に放ろうか 指を丸め 勢いをつけ 肩を引きやした。
が、すぐに こんなものに騙されるのは人間だけであることに気づき、拳を下ろしやした。
笑いが 唇の内側からこぼれやした。
遠景の水面が、白くキラキラと きらめいてやした。
左の眉の下に触れると、まだ 腫れは完全には引いていないようでやしたが、けれど あっしは「殴られた人」でも別に構わないと思いやした。
帰ったら まっ先に捨てようと思っていた 蟹田氏からの謎の年賀状も、捨てようが捨てまいが そんなこと自体 どうでもいいように思えてきやした。
「文明」がどうとか「文化」がとうとか どうでもいいように思えてきやした。
のみならず、蟹田氏の存在そのものも もう なんだっていいように思えてきやした。
常にどこかに謎をはらんだあの男と あっしは ほんとうに遭っていたんでやしょうか?
「もうちょっと寄ってーー」
「だめだめ、それじゃあ 湧水が隠れちゃうでしょー」
背後では、声々が ますます弾んでやした。
「これから」 終わり
と ほぼ同時に、ガイドマップとカメラを手にした 初老の四、五人の男女が、声を弾ませながら 「あっ!ここよ」「そうだ、そうだ」と 湧水に近づきやた。
この湧水は、神田川の源流であり 江戸時代には殿様が茶をたて云々という 歴史ある名所に数えられる名水でやす。
しかし、もう随分前に 公園のすぐ脇にマンションが建ったために湧かなくなり、今は 時間を限ってポンプで汲み上げている ということでやした。
この話は、いつか 駅近くで吞んでいて 隣の知らぬ者に聞いたことなので ほんとか嘘かは解りやせんが、後日 深夜に通りかかった時には、確かに 水は しんと 真っ暗な闇一色に ゼリーのように静まりかえってやした。
あっしは背後の感嘆をよそに、ぼんやりと 少ぅしだけぺたんこの池の遠景を眺めやした。
噴水 橋の上をまばらに行き交う人々 池に垂れる未だ茶色の桜の木・・・・・
眼帯のゴムを、右 そして左と外しやした。
この場所なら 誰にもまともに顔を見られずにすみやす。
空に向かって両目を痛いくらいギュッとつむり、そして ゆっくりと 向き直りやした。
左のまぶたは だいぶん開くようになってやした。
噴水 橋上の人 桜木・・・・・
先とは ほんの少ぅしだけ奥行きのある ほんの少ぅしだけ広々とした 三月終わりの井の頭公園がありやした。
うす茶色のケースの 赤道にあたる部分にぐるりと巻かれているテープを外しやした。
両端をひねるように回したあっしは、次の瞬間 思わず「あっっ!」と小さく声をあげ、やや上体を退かせやした。
あっしの腿の間 ねずみ色のらんかんには、どう見ても 生みたての生玉子が あたかも目玉焼きになるのを待つかのように 微かに黄緑色を帯びた透明が、不定形にどろりと広がり、中央には こんもりと 新鮮ですよと主張せんばかりの 山吹色のドームが盛り上がり、しかも その両端には 白いクチュとしたものまで付いてやす。
あっしは、恐る恐る 人差し指で バツグンに栄養のつまっていそうなドームを 軽く圧してみやした。
ドームは 凹み、そして あっしの指の戻るのに合わせて また 何事もなかったように プルンと脹らみやした。
人差し指の腹を 鼻へ近づけやした。
微かに しかし確かに ビニールというかプラスチックというか そんな化学物質の匂いがしやした。
生みたての化学物質を、左手で らんかんの縁に圧し出すようにして 右掌にすくいやした。
左手の人差し指と親指に 山吹色のニセ栄養を挟み、目の高さにかかげやした。
つやつやのニセ栄養は、トロン と はじけることなく静止しやした。
人差し指と親指に じょじょに力を込め、二つの指の腹がくっつくほどに圧しつぶしやした。
ニセ栄養は、相変わらず 親指の爪を隠したまま 静かに静止してやした。
つやつやの山吹色の鏡からは、やたらと横長のへんてこな顔が、こちらを見つめてやした。
足元には 餌を貰いなれているらしい鳩が、目前の水面には これも同じであるらしい鴨と鯉が、いつしか あっしを取り巻いてやした。
あっしは、この「本物そっくり生玉子」で ひとつ奴らを騙くらかしてやろうと、何処に放ろうか 指を丸め 勢いをつけ 肩を引きやした。
が、すぐに こんなものに騙されるのは人間だけであることに気づき、拳を下ろしやした。
笑いが 唇の内側からこぼれやした。
遠景の水面が、白くキラキラと きらめいてやした。
左の眉の下に触れると、まだ 腫れは完全には引いていないようでやしたが、けれど あっしは「殴られた人」でも別に構わないと思いやした。
帰ったら まっ先に捨てようと思っていた 蟹田氏からの謎の年賀状も、捨てようが捨てまいが そんなこと自体 どうでもいいように思えてきやした。
「文明」がどうとか「文化」がとうとか どうでもいいように思えてきやした。
のみならず、蟹田氏の存在そのものも もう なんだっていいように思えてきやした。
常にどこかに謎をはらんだあの男と あっしは ほんとうに遭っていたんでやしょうか?
「もうちょっと寄ってーー」
「だめだめ、それじゃあ 湧水が隠れちゃうでしょー」
背後では、声々が ますます弾んでやした。
「これから」 終わり
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