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第10回第11回の演技のレッスンを受けて [リポート]

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先日の7月11日(月)25日(月)に、第10回第11回の演技のレッスンを受けたので、今日は、その時のリポート&感想をつづらせていただきます。

第10回は「マクベス」の、マクベスが、現・王を暗殺し、自分が次の王になる計画を迷っているところを、気丈でしたたかなマクベス夫人に、背中を押され 入れ知恵を吹き込まれ、現・王を殺す決意に至る件りを勉強しました。

私は、マクベス夫人の台詞で、先生に、「なんでそこで下げるの?なんで下げるのか解らない。 ここは、〜という意味だから、下げちゃダメ」とダメ出しを受け、その瞬間、クジラくらいに大きな目から大きなウロコがボロッ!と落ちました。
そして、レッスン終了後の質疑応答の時間に、「そのご指摘に、目からウロコが落ちました。 私は今まで、しばしば すっとんきょうに高い声を出したり 低い声を出すのが良い事だと思っていました」と打ち明けると、先生は、「現実の会話で、突然 そんな極端な高低はつけないでしょ。演技は現実の『模倣』なんだから。 そんな高低でしゃべる人がいるとしたら、それは狂人だけです。」と仰いました。
私は、いたく納得し、これからは、すっとんきょうな高低は出さずに、あくまで 意味に基づいた 現実の人間がしゃべる範囲の高低の台詞を言おうと、キモに命じました。

何故、私がそれまで、すっとんきょうな極端な高低が良いと思い込んでいたかというとーーー
20年前にいた研究所の日曜クラス(私が在籍していたアマチュアのクラス)の先生に、「演劇っていうのは、『嘘事』なんだよ。嘘事芸術の世界。 だから、現実にしゃべっている高低で台詞を言っても、嘘事芸術・演劇にはならないんだよ。 だから、一つの芝居の中で、何度も、自分が出しうる最も高い声と最も低い声を使いなさい。 上がり〜下がり〜上がり〜下がり〜を繰り返すんだよ。 演劇は嘘事なんだから、意味より語感が大事なんだよ。」と教わったからです。
その教えを長年、私は、「へー、演劇っていうのは、そういうものなんだー」と、漠然と信じていたのです。

しかし、今回の先生の質疑応答での説明・理由により、今回の先生が仰る事が正しく、20年前の日曜クラスの先生が間違っていたと、火を見るより明らかに解りました。
これは私にとって、非常に大きな気付きであり、収穫でした。

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第11回は「夏の夜の夢」の二幕全部がテキストで、ラストのパック(妖精)の16行の口上を暗記して来るのも宿題でした。

この回に第二幕全部がテキストとなるという事は、だいぶ前から告知されていたので、第一幕全部のレッスン日の翌日、つまり一ヶ月前から、戯曲を買って自主練していました。
第一幕全部の時は、あまりにも読めなくて 自分自身とても悔しかったので、第二幕は、たっぷりと自主練期間を取って、「これが今の私に出せ得る最大の力です!」というところまで出来るようにしていたので、晴れやかな気持ちで レッスンに向かえました。
勿論、ゴマンとダメ出しされるのは百も承知でしたが、未消化のない状態で、どれほどダメ出しを受けても、それは本望というものです。

主にダメ出しをされた所はーーー
妖精の王様が、仲の悪い妖精の女王(妻)に悪態をつく台詞を、悪代官の様な声で発したら、「そういう安直で安っぽい声では、田舎芝居になる。 シェイクスピアは美しい戯曲だから、アリアを歌う様なつもりの声の出し方で」と、指摘されました。
指摘されて初めて、「あ!ほんとだ!安直で安っぽい!」と、気付かされました。

あとやはり、毎回注意されている滑舌の悪さを 今回も指摘されたのですが、今回は、その原因が、先生のお言葉によって、ハッキリ解りました。
「感情に台詞が追いついていない」
自分でも、うすうす感づいてはいたのですが、「やっぱり、それか!」と思いました。
そして先生は、「感情と台詞を明確にしゃべる事では、台詞を明確にしゃべる事の方が大事なので、そちらを優先させるように」とのご指示を受けました。
私はつい感情優先になってしまうので、これもキモに命じました。

それから、レッスンの最後に、パックの口上の暗記を発表しました。
これは、第一幕のレッスンの日にもやったので、今回は、間違えたり間が空いたりせずに言えました。
が、先生が、「今のは、単なる『報告』という感じだったので、もう一度、今度は 観客に語りかけるように」との条件をつけられて、もう一回やりましたが、「さっきよりは、少しだけ語りかけるようになってたけど、もっともっと語りかけるように。 それは家で練習してきて」と仰ったので、頑張って、来月の三幕の日まで 出来るようにしておこう!と、拳を硬くしました。

今回の先生のレッスンを受ける度に、痛感している事があります。
それは、20年前にいた研究所と今回の先生のレッスンは、幼稚園と大学院ほどにレベルが違うという事です。
しかも、私が通っていた幼稚園は、間違ったヘンテコな教育をする幼稚園でした。
中学一年の時から、今回の先生のようなレッスンを受けたい受けたいと望み続けていました。
まわりにまわったまわり道をしてしまいましたが、ようやっと この歳になって、辿り着けました。
本当に、ここに辿り着けて良かったです。

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第8回第9回の演技のレッスンを受けて [リポート]

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今回は、第8回第9回の演技のレッスンのリポート&感想を、つづらせていただきたく思います。

先ず、第8回、6月6日(月)、メインレッスンは、「ハムレット」の、ハムレットといえば〜の独白の後の オフィーリアとのダイヤローグ、「〜尼寺へ行け!」までを勉強しました。

私は最初にハムレット役をやったのですが、先生から開口一番、「ハムレットは、そんなに単純ではない」とのダメ出しを受けました。
この場面のハムレットは、オフィーリアを愛していながらも、彼女の前でも狂気を演じなければならない、という非常に複雑で、相反する感情が同居している、それを台詞で解らせなければならない、という難解なものでした。

狂人というのは、ワンセンテンスワンセンテンスが、つじつまの合わない 突拍子もない感情になったり、また逆に、妙に神妙に理屈をこねたりする。
ということで、「ここは、一匹一匹アリをつぶす様にネチネチ言ってみて」とか、「ここは、如何にも狂人といった風に、けたたましく笑ってみて」とか、「ここは、永遠の別れの様に 大げさに『さようなら』と言ってみて」とか、「ここは、泣きながら言ってみて」とか、「ここは、どんな感情なのか観客に解らない様な言い方をしてみて」とか、とてもハードルの高いご指示だったのですが、先生の例えが解りやすくて、何を求められているかは、すぐに理解が出来ました。 私がその通りに出来たか否かは別として。

この日のレッスンは、ーーーあらゆる様々な感情を求められたからでしょう、出来はどうあれ、カタルシスを感じ、最高に気持ちが良かったです。
同時に、これまで8回参加してきたレッスンの中で、最も得るところも大きく感じました。
この晩は、あまりにも気分が昂揚して、なかなか寝付けないほどでした。

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次に、第9回、6月20日(月)は、主に、「夏の夜の夢」の一幕をお習いしました。

いつもは、テキスト台本が三枚くらいとウォームアップの短いダイヤローグが一枚くらいの量で、四日くらい前にテキストが送られて来、レッスン日まで、食べる 風呂に入る 眠る 以外の全ての時間を自主練に費やしているのですが、この回は、テキストが、一幕全部で十枚、加えて十六行の台詞を暗記して来る、というものでした。

これまで、自分自身の中で、「アマチュアの私には、これが精一杯、私なりにマックスの力を出せます」というところまで自主練できていたのですが、これだけ膨大な量の台本と暗記だと、もはや睡眠時間を削って自主練するしかありませんでした。
もぅ、脳みそが、ぶっ壊れそうでした。
なので、自分なりのマックスまで行けずに、「あー、あと10日、練習日があればいいのになあ!」という状態で、レッスンに向かわねばなりませんでした。

レッスン日当日は、グッタリヘロヘロで、マックスな状態まで読み込めていれば、「ここは、こういう言い方をして」のご指示にも すぐに対応出来たところが、「あー、あそこもここも、出来なかったなー」と反省しきりでした。
おまけに、今までよりももっと滑舌が悪くなってしまっていて、先生に、「何を言ってるのか解らない」とまで指摘されてしまいました。
覚えたつもりの暗記の台詞も、いざ先生やプロデューサーさんや他のレッスン生の前でやってみると、何秒間か間が空いてしまったり、間違った行の台詞を言ってしまったりして、何度も先生に助け舟を出していただきました。

ほんとにこの回のテキストはハードでした。
だから以降、このくらいハードなテキストが来たら、せめて前夜くらいは しっかり眠っておこうと思いました。
けれど、これも良い経験になりました。
この回で激しく鍛えられた事は、言うまでもありません。

好きで受け始めたレッスン、どんなにハードでも、結果的に出来なくても、牛歩、否、蝸歩であっても進歩して、アマチュアなりにも頑張り続けたいと拳を硬くしています。

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第6回第7回の演技のレッスンを受けて [リポート]

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今日は、先日の 5月16日5月23日に行われた 演技のレッスンのリポート&感想をつづらせていただきます。

先ず、5月16日は、「ハムレット」でした。
前半では、男女がペアになって、極めて短い いかようにも解釈出来る言葉で構成されたダイヤローグを使って 即興劇を作ったり、指定された単語を スタジオ中を動きながら発し、その後をもう一人が影のようにコピーする という事をやりました。
これらのレッスンは、私は以前にいた研究所で、全く同じではないけれど かなり似た様な事を経験していたので、何を要求されているのかが解り、戸惑いや迷いなく実行出来ました。

メインレッスンの「ハムレット」では、この戯曲中、最も有名な「このままでいいのか、いけないのか、、、」のハムレットの独白を、レッスン生一人一人の不得手としている部分を 綿密に指導していただきました。
私は当然の事ながら、言葉が明瞭でない所を、くり返し指摘されました。

やはり今回も「滑舌の悪さ」の話しになり、先生は、「普段しゃべっている時や無感情で下読みする時は、全く滑舌の悪さはないけれど、感情を込めた台詞になると悪くなるね。 それには何か原因があるんだよ。 もしかしたら、今までやってきた事の何かが 引っかかっているのかも知れないね。 その原因が『何か』は、ぼんぼちさんが見つけるしかないんだよ」と仰いました。

私は家に帰って、「何が原因になっているか」を、過去に在籍していた 演技の研究所と朗読の研究所にいた時を思い出し、一晩考え、ある一つの原因が思い当たりました。
それはーーー
今まで演ってきた・読んできたホンは、担当のクラスの先生の書き下ろしだったり、私が中学生の時から慣れ親しんできた近代文学だったり、難しいところでも、アーサー・ミラーだったのです。
対して今度は、「わわわぁ〜! 天下のシェイクスピアだぞ!! 今まで、高尾山(東京の小学生が遠足で登る山)しか登った事しかない者が、エベレスト登山に挑むが如きだ!」と、非常に大きな圧迫感 プレッシャー 緊張感 を覚えずにおれなかったのです。
おそらくは それが原因だ、と自己判断しました。

そして、第7回の「リア王」のテキストが来た時には、「これは、天下のシェイクスピアではなく、無名のしがない劇作家が書いた戯曲だ」と思い込んで自主練しました。

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一週間後の「リア王」レッスン当日ーーー
そう思い込んでいたにも関わらず、何度もトチったり、明瞭に発音出来ない音がありました。
先生に、前述の、思い当たった原因と 自分の中でどういう思い込みをしたかを話したら、「それをやって直るなら、そういう思い込みの方法を取ってもいいけど、原因は違うと思うよ」と言われました。
先生の仰るとおりだと、瞬時に気がつきました。
試した思い込みが正しい解決法であったなら、今回、淀みなく読めた筈なのです。
「何が原因か、また考えてみます」と答えました。
最後に先生は、「(ぼんぼちさんは)ある程度の事は出来てるからね」と仰られ、そのお言葉がとても嬉しく、同時に、自分が、プロやプロを目指しているレッスン生達の中で、ほんとは来てほしくないお荷物になってはいない と解り、ホッとしました。

帰路ーーー
先生にもご指摘を受けたように、私は、無感情で台詞を読むと 淀みなく明瞭に読め、感情を込めると、とたんに滑舌の悪さが露呈する事を思い出しました。
なので原因は、余りにも強く感情に引っ張られて、台詞がそれに追いつかなくなるからではないか?!と思いました。

次のテキストが来た時には、感情に引っ張られないように、常に冷静に、言葉がアップアップフウフウにならないようにキモに命じよう!と、鋼鉄の様に拳を固くしました。
どうか!これが本当の原因で、この解決法が正解でありますように!!

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第5回目の演技のレッスンを受けて [リポート]

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今日は、4月16日に行われた 第5回目のレッスン「リア王2」の、リポート&感想をつづらせていただきます。

前半は、主に、日本語のどの音は口腔内や鼻腔や声帯がどの様な状態になるか、という先生のお話しでした。
理屈では解っても、台詞を発しながら これらの状態で明確な音を出すのは難しそうだぞ! でも、出来る様にならなければ!と思いました。

後半は、メインレッスンで、「リア王」の、前回でやった 娘二人とリアの会話と、リアが死に至るラストの場の一部の長台詞を勉強しました。

先生に、「一度目にやった緩急の付け方と逆の緩急でやってみて!」と指示されてやったら、「そのほうが良い」と言われ、なるほど、パッ!と一度目に浮かんだ台詞の読み方を 自分の中で決定してしまわないで、あれこれ幾通りもやってみる事が必要なのだ と学びました。
それから、またしても滑舌の悪さを指摘されたのと(これはおおいに自覚があったので、「やっぱり!」と思いました。)「役になり切って感情大放出で陶酔してはいけない。 あやつり人形を動かす様に、自分は一歩引いた位置から演技をする様に」とのダメ出しを受けました。
この瞬間、私は、あーーーーーーっっっ!!!と、心の中で叫ばずにおれませんでした。

それはーーー
以前、演技論の講義を机上で学んでいた時、「陶酔型の演技は宜しくない。 役者は、あやつり人形を動かすが如くに 一歩後ろに下がって冷静に演技をしなければならない。」と教えられ、「あぁ、なるほど なるほど、その通りだ!」と頷き、それをスラスラとノートに書き記していたのです。

今回 自分がやった読み方が陶酔型だったと、先生に指摘された時点で初めて、「あっ!ほんとだ! 今、自分、陶酔していた、、、陶酔型の演技というのは、こういう事なのだ!」と、ハッ!としました。
同時に、ゆっくり無感情で台詞を読むと、滑舌の悪さは出ないのに、昂ぶった感情になると悪さが露呈してしまうのは、感情が、うわーーーーーーっっっ!!!と湧き上がってくるにまかせて台詞を発しようとするから、つい台詞が早くなって滑舌が追いつかなくなるのではないか、とも先生は分析され、先生の仰る通りだと気づかされました。

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これからは先生のご指示通り、そして机上の演技論でも学んでいた「あやつり人形を動かす様に、自分は一歩引いた位置に立って冷静に」台詞を読む事を目指そうと心しました。
しかし、これ、ものすごくハードル高そうだなあ、、、
でもとにかく、おいそれとは出来ないかも知れないけれど、そこに向かう心づもりで、何度も何度も自主練しようと、拳を硬くしました。
それが出来る事によって、滑舌の悪さも露呈しなくなれば、そちらの問題も解決される訳だし、、、

今回のレッスンほど、「言うは易し 行うは難し」を身に沁みて感じた事は、これまでの私の人生経験で 他にありません。
そういえば、だいぶ前のブログの過去記事でも、机上の理論で習った通りに「陶酔型の演技は宜しくない。 あやつり人形をあやつるが如くに、、、」と、偉そうな演技論を書いていたのです。
自分が出来もしない事を偉そうに書き連ねていた自分を 恥じました。
そして、かつて自分がプロの画家だった時、美術業界誌に美術評論家に、私の作品について(決して否定的な評ではなかったのですが)あれこれ書かれた事に、「評論家ってヤツは、自分が描けもしないくせに、偉っそうな事ばかり書きおって! けっ!」と、不快に感じていたのを、演技の世界に於いては、自分が全く同じ事をしていたのに気づき、二重に恥じました。

又、この一連のレッスンを受けに来るレッスン生は、私の他は、プロを目指している方や すでにプロとして活躍されている方ばかりです。
特にベテランのプロの方の台詞を聴いていると、「すっごいなぁ!」と、それだけでも とてもとても勉強になります。
私のような一アマチュアが、このような方々と一緒にレッスンを受けられるなんて、おそれおおい限りです。 ありがたい限りです。
そういった観点からも、このレッスンのシリーズは、大変に有意義であります。

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第3回第4回の演技のレッスンを受けて [リポート]

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今日は、2月の末から受け始めた演技のレッスンの、第3回(3月28日)第4回(4月4日)のリポート&感想を書かせて頂きます。

先ず、第3回「ハムレット」。

前半のレッスンでは、「助詞」が台詞に於いて如何に大切か、という事を学びました。
助詞というのは、無論 強く前に出てはいけないのだけれど、ただそれだけではなく、弱く小さくありつつも 大切に感情を込めて、つまり 助詞で以て感情が如何に伝わるか が違ってくる、という事でした。
ほんとうに巧い役者さんというのは、助詞の使い方のテクニックに非常に長けているそうです。
私が過去に通っていた演技の研究所と朗読の研究所では、いずれも「助詞は強く言い過ぎなければそれでいいです」としか指導されていなかったので、目からウロコでした。
これからは先生のご指導通り、助詞をおざなりにしない様、気をつけて台詞を読んでゆこう! と思いました。
でも、頭では理解できても行うは難しで、出来るかどうか、、、

メインレッスンは「ハムレット」の部分戯曲で、ハムレット作品中最も有名な、「このままでいいのか、いけないのか〜尼寺へ行け!」までを勉強しました。
中、私がダメ出しをされたのは、「台詞中に言葉頭で韻を踏んでいる箇所があるので、そこを韻を踏んでいる事を意識しつつ 観客に心地良く聞かせるように」と、あと、滑舌が悪い事でした。

滑舌の悪さは子供の頃からの強いコンプレックスで、高校生の頃までは、日常生活で、ニ、三度聞き返されてやっと私が何を言っているのか聞き取ってもらえ、毎日 頬の内側と舌を噛んでしまい、いつも口の中が傷だらけになって 血が滲んでいたほどでした。

けれど以前にいた研究所二ヶ所では、ただの一度も滑舌の悪さを指摘された事がなくて、「こんなにこんなにこんなに滑舌が悪いのに、なんで注意されないのだろう???」と 不思議でなりませんでした。
ですから、滑舌の悪さ改善の方法論を乞うきっかけが何も掴めませんでした。

で、今回の先生は、母音と子音の舌の位置まで細かく分析し 教えてくださる先生なので、近いうちに絶対にこの点を注意されるに違いない と予測していたら、あんのじょう、注意されました。
私が、「昔から自覚はあるのですが、改善の方法論が解りません」と言うと、「アナウンサーのように感情抜きで読む練習をすると良いですよ」とアドバイス頂いたので、毎日 アナウンサー読みを自主練する事にしました。
滑舌の悪さは長年の強いコンプレックスであるだけに、時間はかかるかも知れませんが、何としても直したい 自分の中の課題です。

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次に、第4回「ロミオとジュリエット2」。

前半は、「振り返る」レッスンでした。
街で見知らぬ人に突然声を掛けられて「はい?」と振り返る。
この振り返り方にも、クビや腕や足、身体全体の動かし方やテンポなどの細かい計算が必要なのを知りました。
あぁ、役者さんというのは、こういう何気ない動き一つにも、細心の意識を込めて演技をされているのだなあと、驚きました。

私はアマチュア映画評論家として、ブログにしばしば映画評(感想文)を綴っていますが、これまでは 劇映画であっても、監督 脚本 編集 キャメラの目線からばかり評を書いていて、役者さんの演技については一つもふれない、主役の役者さんの名前すら出さない評論が殆どだったので、これからは もっと役者さんの演技に注目して、演技についても書いてゆかなければ役者さんに失礼だな、と思わずにおれませんでした。

メインのレッスンは、第1回の「ロミオとジュリエット」でやらなかった部分で、今回は誰もが知る バルコニーでの密会の場でした。
私がダメ出しされたのは、ロミオの台詞のワンセンテンスの中に「傷」という語が二つ出てくる所の「傷」を、韻を踏む様に という事と、ロミオの台詞とジュリエットの長台詞で、心情的にテンションが上がってくる件りで「慌てないで!」と注意されました。
あぁ、登場人物の心情がテンションが上がっても、そんなに早く読んではいけないんだな、これからは気をつけよう!と心しました。

又、「ハムレット」の日に先生にアナウンサー読みをすすめられたので、「この一週間、毎日 必死にアナウンサー読みをしました」と言ったら、「そんなにやらなくていいですよ、週一回くらいで」というお答えが返ってきたので、週一のペースでアナウンサー読みの自主練をする事にしました。
「ロミオとジュリエット」の部分戯曲も、テキストが送られてきて当日まで4日間あったので、3日間をアナウンサー読みに費やして、4日目の1日だけを感情を込めた自主練をしたのですが、次回からはテキスト戯曲も、アナウンサー読みは最初の1日だけでいいのかな?と思いました。

私はこのレッスンに通っていると、中学生に戻れた気持ちになります。
というのは、中学一年で衣裳係りだけをやりたくて入った演劇部で、高校生の先輩(中高一貫の学校だったので)に、演技の基礎レッスンは部員全員がやる事を強いられ、コーチを呼ばずに先輩が後輩を指導する形を取っていたのですが、「先輩達って、演技の事何も知らないで、間違った事ばかり教えてるんじゃないか???」という疑問を常に抱えていて、プロのコーチに正しいメソッドをビシビシ指導して頂けたらどんなに気持ちがスッキリするだろう!と思い続けていたからです。
その 中学一年からの夢が、ようやっと今、こういう形で叶ったのです。

私の人生は、前半、マイナスばかりでしたが、後半になって自由を獲得できた為に、一つ また一つと、何十年もかけて、人生前半の取り戻しをしてきています。
それが今、私が生きている目標です。
そして、あれもこれも、もうおおかた、取り戻しが出来ました。
こうして、納得出来る先生に演技のレッスンを受けられる事が、人生 最後の取り戻しになっています。
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演技のワークショップを受けて [リポート]

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2月28日、3月7日と、念願だった演技のワークショップを受けてきました。
このワークショップは、私のようなアマチュアからプロとしてお仕事をされている幅広い人を対象とした 台詞向上のためのレッスンです。
テキストは、毎回、シェイクスピアのいずれかの戯曲からで、講師は、シェイクスピアを専門分野とする プロ中のプロの先生です。

第一回目も第二回目も、受講生の人数は5人で、初回はプロを目指している初心者の若い人が多く、二回目は、私以外は、全員 プロを目指している人、又は すでにプロとして活躍している人でした。

第一回目のテキストは「ロミオとジュリエット」で、私はロミオ役を誉められました。
けれどこれは、初回だったので、多分に先生が、点数を甘くつけておだてて下さったのだと察します。

第二回目は殆どの受講生がプロ という理由ででしょう、レッスンは初回より遥かにハイレベルのものを要求され 厳しかったです。
テキスト戯曲は「リア王」でした。

私はこの回で、主に三つのダメ出しをされました。
先ず一つ目はーーー
「ぼんぼちさん、そういう芝居もあるんだけど、それは田舎芝居です。 それでは台詞を発する前から 観客に全て『あぁ、この役者は次にこういう言い方をするな』と読まれてしまいます。 読まれてしまってはいけないんです。 役者は観客が読んでいる事の逆、逆をやっていく事で、観客をグッ!と惹きつけるんです」と指摘されました。
私はこの瞬間、目からウロコがポロポロポロポロ〜〜〜ッと落ち、この先生にこそ!これからもついて行きたい! と強く思いました。

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というのはーーー
私は20年くらい前に、某演劇研究所の週一のクラスに通っていたのですが、そのクラスの先生の教えというのは、「観客が、この役者はこうやるだろうな、と予測している事を裏切ってはダメなんです。 例えば、失恋した人が海辺に来たら、観客は、この登場人物はきっと『ばっかやろー!』と叫びながら、海に向かって石を投げるだろうな、と予測しますよね。 その通りの事をやらなければいけないんです。 それが『演技を解る』という事なんです。」というものでした。
そういう演技が出来るようになった時、私はその先生から「そうそう、演技っていうのはそういう事。 100点満点です!」と 合格のハンを押されました。
けれど、私の中には、釈然としない もやもや〜っとしたものが残り続けました。
「こういう方向性の演技って、果たして正しいのだろうか? 又、こんな程度の演技で100点って、もっともっともーーーっと上があるんじゃないだろうか?」ーーーと。
今回の先生のご指摘で、もやもや〜は一気に晴れ、こちらの先生のお考えこそ納得出来る!と 心底思えました。

二つ目のダメ出しはーーー
「母音で始まる台詞の母音が少し長く、台詞終わりに余韻を持たせるクセがあります。 それも直すように。」でした。
これも、以前にいた研究所や15年くらい前に週一で通っていた朗読のスタジオでは、「ぼんぼちさんは少しもクセが無くて良いですね。」と誉められていた事なので、やはり目からウロコでした。
例えるならーーー
過去にお習いしていた先生が、裸眼で見て、「あー、綺麗なお肌ですねー! 完璧ですねー!」と 先生ご本人からして気が付かれなかった事を、今回の先生は、顕微鏡の目を持っていらして、「あっ!ここにシワがある!ここにはシミがある! これ、どうにかしないといけないです。」というくらいに、細かく鋭いご指摘でした。
あぁ、プロをさらに上達させる立場の先生というのは、ここまで細かい部分を見抜いて下さるのだ!と 驚きました。

三つ目はーーー
長台詞の中の区切りになる意味の時には、間(ま)を取るわけですが、その間の後の台詞は、間以前の台詞とカラー(ニュアンス)が変わっていなければいけない、という事でした。
これも又、以前の研究所や朗読のレッスンでは、単に「適切な間が取れれば良いです。」とだけ言われていたので、やはりやはり目からウロコでした。

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次回のレッスンは3月28日で、テキストは「ハムレット」なので、その時までにその三点を直せるようにしておかねば!と 拳を硬くしています。
そして次回のレッスンでは、又 新たなダメ出しを幾つもされるに違いないと思います。
そしたら次々回までに直し、次々回には又新たなダメ出しが、、、と、そうやって、一段毎にステップアップしてゆきたいです。

又、今回の先生を非常に尊敬出来る、と深く頷けた事が、もう別の側面からもあります。
今回の先生は、「『何故』そうなのか、を詳らかに説明して下さる」「先生自らがお手本をやってみて下さる」「扱うモチーフについての、広く深いお話しを色々として下さる」という事です。
この三点は、私が以前、私塾で絵を教える仕事をしてきた中で、大変に重要だと考え、必ずやっていた事なので、ジャンルは違ってもそこは同じに違いなく、先生のレッスンは、とても解りやすく、疑問を感じず、説得力のあるものでした。

私はこれまで、複数人の演技・朗読の先生にレッスンを受けてきましたが、さすがにプロを教える立場の先生というのは、頭抜けたクオリティの先生なのだなあと、嬉しく驚いています。

私は、中学一年の時から、このような先生に、厳しくレッスンを受けるのが夢だったのです。
50年近くかかって、ようやっと、その夢が叶いました!
あ〜!幸せ!!
レッスン・自主練共に真剣に勉強し、より、映画・演劇についての造詣を深めたいと思っています。
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タブレット端末、17ヶ月で壊れる・の巻 [リポート]

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8月31日、起床するや いつものようにブログ画面を観るために タブレット端末(アンドロイドのキュアタブ大型)のスイッチを押すと、起動途中に表示される2つの画面が交互にループし続け、起動に至りませんでした。
再起動を試みようとスイッチをもう一度押しましたが、起動途中のループは繰り返されるばかりでした。
ーーー昨夜までは何の滞りもなくスムーズに稼働してたのに、、、

「これはauショップに行って治してもらうしかないな」
私は、これまでの経験上、近場で最も 技術・知識が優秀で接客態度も良いと認識している 隣街のauショップ・吉祥寺北口大通り店へと向かいました。

カウンターで担当にあてられた若い女性に診ていただき、担当女性は、不具合サポートの部署であるらしき所へ電話を掛け、その指示通りに ICカードを取り出してからアダプターにつなぎ再起動するか否かをやってみておられましたが、ループは全く変わらず、「お客様、こちらの商品、修理か交換という方法になります」と仰いました。
私は、ショップなら簡単に治していただける程度の問題だと思っていたので、購入からたったの17ヶ月で修理か交換となるという結果に かなり驚きました。
修理だと約2週間 交換だと翌日か翌々日に届くとの説明だったので、迷わず交換を選択しました。
いずれにしろ2年間の保険期間内なので、自己負担金は僅かな手数料で しかも貯まっていたポイントから使えるとのことでした。
担当女性は、物静かで丁寧な態度のかたでしたが、カードの入っている場所を見つけるのに時間が掛かったり カードの取り出し方がおぼつかなかったりと、一生懸命やって下さっていることは解りましたが、まだキャリアの浅い これからの人だな、という印象でした。
「ありがとうございました」と一度だけお礼を言い、auショップ吉祥寺北口大通り店を出ました。

これから先に私がやることとなると、故障紛失サポートセンターからの電話待ちと その電話で諸々の確認をしていただいた後、商品発送を待ち、新しい商品を受け取り、ICカードを入れ起動させ、細々とした設定をして今までのと同じにすることでした。
auメールアドレスはICカードに情報が入っているので新たにメール設定をする必要はなく、けれど、自分で後からインストールした画像加工アプリは、ストックしてある画像も アプリをインストールした状態もゼロになります、とのことでした。
ーーー幸い私は、「これぞ!ブログに使える!」と判断した画像は、早々に加工縮小し、公開時未定であっても ブログの管理画面のファイルに移していたので、安心でした。

31日の午後から夜までは用事が入っていて電話に出られないので、9月1日と2日に電話に出られる状況にしておきます、とショップに伝えたので、その2日間の9時〜20時までの間に、au故障紛失サポートセンター担当のかたが掛けて下さる、とのことでした。

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1日 午前11:30
スマホからチマチマとブログ訪問をしていると、早速サポートセンターから掛かってきました。
若い女性の声で「こちら、ぼんぼち様のお電話で宜しいでしょうか?」
「はい、ぼんぼちです」
「ワタクシ、本日ご案内させていただく担当のHと申します。 今から10分ほどお時間を取らせていただきますが、大丈夫でしょうか?」
「はいっ!大丈夫ですっ!」
すると、担当のHさん、「この度は ぼんぼち様のタブレットに不具合が生じてしまいまして、まことに申し訳ありませんでした」と仰ったのです! しかも、その口調には、心の底から本当に申し訳なかったです!という感情が溢れていたのです!
私は、何という優秀な担当のかただろう!!と いたく感激してしまいました。
そして、住所・氏名・電話番号の確認や 商品の到着が 早ければ今日の夕方、遅くとも明日の昼くらいまでになることを伝えて下さいました。
それらのお話しかたも最上級に丁寧で温かみのある ますます優秀さを感じさせるものでした。
私は何度も何度もお礼を言い、電話を切りました。

その日ーーー
15時くらいから自室で待機し、お気に入りのビールをチビチビやりながら、交換品の到着を待ちました。
18:00くらいになった時ーーー
宅配便のお兄さんが交換品を届けて下さいました。

早速 開封し、ICカードを入れ、充電をしながら起動を開始させました。
起動は、「同意」や「次へ」をポチポチとタップしてゆけば良いだけだったので、予想外に簡単に完了しました。
次に、音を全て出ないようにしたり 文字を大きくしたり 天気予報が表示されるようにし、そして、自分のブログをログイン状態にしました。
それから、今まで使っていた画像加工アプリ2つをネット上から探し出し、インストールしました。
そのうち1つは横文字のアプリ名なのですが、横文字に疎い私はスペルを正しく記憶していなかったために、探し出すのにちょっと手間取ってしまいました。
そうして、これまで使っていたタブレットと全く同じ使い勝手に出来、ほっとひと息つきました。
呑みながらのんびりやったので、その間 2時間くらいだったかと思います。

今回のタブレット不具合騒動、たったの17ヶ月で壊れてしまうとは思いもしなかったのですが、優秀な担当者さんや 迅速な発送によって、不便を覚える時間も短く、再び、タブレットと共に生きる快適な生活を復活させることが出来ました。
めでたし、めでたし。
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6月24日(水)の新宿の様子 [リポート]

6月24日(水)、「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」を観に行くために、若干早起きをして、新宿・歌舞伎町に在るゴジラビルに向かう。

am10時。
新宿東口は、自粛期間以前とほぼ同じほどの人出。
歌舞伎町に一歩足を踏み入れると、やはり以前と同じく 危険な匂い立つ怪しげな特有の空気感に瞬時に変わる。さながら異界である。
明け方まで呑んでいたらしき若者達数人が、解散しがたくハイテンションで立ち話をしている様が、あちらこちらに見受けられる。

12:40開演のチケットを、券売機にて購入する。
ゆうに300は入るであろう客席は、残り3席しかなく かなり驚く。
おそらく 客席を一席おきに閉鎖しているためだと憶測する。
券売機のある広々としたロビーに、人は殆どいなかった。

20200630_101551.jpgブランチを摂るためと尺合わせのために、東南口の喫茶店タイムスへ。
自粛以前と同じ人の多さ。ほぼ満卓。
密接して置かれた席は、まびかれてはいなかった。
ブラックコーヒーとホットドッグ。
この店のホットドッグは、ソーセージの下に挟み込まれているキャベツがザワークラウトである所が個性的である。

開演時間近くになったので、ゴジラビルへーーー。
早足で歩いたので、開演20分前に着いてしまったが、既に開場していた。ーーー以前は10分前開場だった。
自粛前はひしめく様に開場待ちの客がいたロビーに殆ど人がいなかった理由が、この時 判った。

指定席に掛け、次々と入る客を観察していると、案の定 席は一つおきに開放され、つまり 千鳥格子状に客を入れていると判った。

本編、始まる。
「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」は、タイトルからも解る様に、1969年に東大内で開催された 三島と東大全共闘によるシンポジウムのドキュメンタリーであった。
TBSテレビが所蔵していたこのシンポジウムの映像に、かつて 楯の会や全共闘に在籍していた人達へのインタビューを織り込んだものであったが、サブタイトルの「50年目の真実」は、客寄せ目的の無理矢理のこじつけとしか感じられなかった。

20200630_101405.jpg三島は、いかにも三島らしいしゃべり口調で 三島なら言うに違いない内容を発しており、この一年半後の自死を予感させる発言もしているのだが、監督は、この部分を「ほら!この時、つまり一年半もの前から、彼は自死を考えていたんですよ!新発見でしょう!!」とテーゼしたかったらしく、ラスト近くでその部分の映像だけを再びまわしているのだが、三島が周到に自死を計画していたのは何年も前からの事だったと、その直後から多くの人物によって いとも簡単に解き明かされていた。
今さら「何が、これが『50年目の真実』なのだ?!」と 失笑しない訳にはゆかなかった。
まあ、三島と東大生達の血気溢るるダイヤローグは、観ていてなかなか面白かったが。

再度 東南口へ戻り、自粛以前 タイムス同様行きつけにしていた名曲喫茶らんぶるで、カフェオレで一休。
天井が高く広い地下席は、先の映画館同様 千鳥格子状にだけ卓を活かしていた。
活かされた客席はほぼ埋まっており、以前通りに 買い物途中に立ち寄り談笑する人や商談で前のめりに向き合う人達で、控え目なクラシック音楽とともに温かな空気が流れていた。

5時近くになり小腹も空いたので、中野の一人でも寛げる居酒屋へ向かうべく、紅色のソファを立った。


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老健(介護老人保健施設)「E」の施設内の様子 [リポート]

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私の親友Tさん(60才 男性)は、過去記事「Tさんの脳梗塞発病記」にも記したように、今年の春分の日に 脳梗塞を発症し、中野区江古田のSという病院に入院した。
Tさんは、記憶力や思考力には何の支障も生じなかったが、右半身麻痺となってしまった。

S病院でこれまでリハビリを続けてきたがあまり回復せず、しかしS病院には病院側の決まりとして半年間しか居られないとのことで、S病院の関連施設で かつ地理的にも近い Eという老健(介護老人保健施設)に入所することとなった。
Eは、「在宅介護が困難な65才以上の人」と「40才以上65才未満で特定疾病を患っている人」に入所資格があり、Tさんは後者に当てはまるので、Eに三ヶ月間入所しリハビリを重ねた後に帰宅という運びとなったのだった。
なお、特養(特別養護老人ホーム)と老健はどう違うのかを極めて簡単に説明すると、前者は終の棲家となる施設で、この老健は、利用者各々に合った期間の入所で回復をさせ 最終的には自宅復帰を目指す場所なのだそうだ。

入所したてのTさんから「ここ(E)は、Sのディルームとは様子がぜんぜん違うから 覚悟して来てね。」とメールがあった。

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それから約一週間後、私はEへ Tさんの面会に訪れた。

先ずTさんの部屋へ行き 頼まれていた秋冬物の部屋着と映画のDVD数本を渡し、車椅子のTさんと共に 縦横にテーブルの並ぶ 広々とした共同スペースへと移動した。
一見 S病院のディルームと何ら変わりない 広さ・テーブル・椅子の配置だった。

がーーー
Sのディルームでの面会時と同じように Tさんと 最近観た映画や行きつけのカフェの繁盛ぶりや他の友人の話しを始めた私の耳に入ってきたのはーーー
「クスリ まだぁ〜? クスリ まだぁ〜? クスリ まだぁ〜?」
おじいさんのすっとんきょうな声だった。
「お薬はね、お夕飯が終わった後でしょ」
優しく諭す 職員さんの声が聞こえてきた。
けれど間髪おかず、「クスリ まだぁ〜? クスリ まだぁ〜?、、、」は、同じすっとんきょうさで続いていた。
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共同スペースをじっくりと見渡すとーーー
あちこちにお年寄りが座っていたが、会話をしている人はおらず、おおかたの人が何も考えていない風に ただただ空間をポカンと眺めていた。

共同スペースの出入り口脇にはL字型の受付があり、カウンター内で職員さんがニ、三人、パソコンに向かったり書類の整理をしたりしていた。
職員さんは、カウンター内にいる人も共同スペースで仕事をしている人も、殆どが30代くらいの男性だった。
そのカウンターに直角に付く形で 車椅子のおばあさんが三人、まっすぐに顔を向けていた。
そのうち二人は後ろ頭しか見えなかったので どんな表情をしているのか判らなかったが、一人は私の位置からお顔が見えた。細面の目の大きなおばあさんだった。
そのおばあさんは般若の如き形相で「ぐわぁぁぁ〜〜〜! ぐわぁぁぁ〜〜〜! ぐわぁぁぁ〜〜〜!、、、」と叫んでいた。
カウンターに向いたおばあさん達とカウンター内の職員さん達の物理的距離は、ちょうどバーカウンターの止まり木に掛けた客とバーテンダーくらいの近さだったが、精神的距離は、一億光年くらい離れているように感じられた。

私とTさんの隣りのテーブルの 顔も身体も丸っこいおばあさんは、職員さんの一人に、「今日はどうしちゃったのー? お顔が険しいよ。笑おう!」と 人差し指で眉間をなでなでされていた。
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車椅子で片足だけを使って共同スペース内をぐるぐる廻っている 60代くらいの男性がいた。
男性は廻りながら「あ、初めて見る顔だ」といった感で私を見上げ、再び車椅子を動かしていった。
この男性は、Tさんと同じ理由での入所だと察することができた。
ぐるぐる廻っているのは、車椅子に馴れるためのリハビリだと思われた。

Tさんとのひとしきりの近況話しが終わった時、Tさんは「この間、敬老会ってのがあってね」、急に声をひそめた。
「『ふるさと』って歌あるでしょ、あれをみんなで歌ったんだけどね。 僕の正面に座った○○さんっていう90代のおじいさんは『ふるさとはいい歌ですねぇ』って、さかんに感動を伝えてくれてね、穏やかに世間話もいっぱいしてね、『ではまた明日』って、部屋に帰って行ったんだよ。 で、次の日、僕が○○さんに挨拶したら知らんぷりされてね。 『ふるさと』を歌ったことも僕と話しをしたことも、僕という存在じたいも忘れてるんだよ」と言った。
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私は、共同スペースと扉で隔てられている廊下にある 職員さんや面会者用のトイレに立った。
トイレの横のテーブルでは、入所者の家族らしき二人の中年男女と職員さんの一人が、とても深刻そうな張り詰めた空気感で 前のめりに話し合いを行っていた。

私がトイレから戻ると、Tさんの背後に小柄なおばあさんが立っていて、職員さん三人に「今日は帰らないよ。帰るのは明日だよ。 明日になったらご家族の人が迎えに来てくれるからね」と 囲まれていた。
Tさんは再び声をひそめ「本人の意志とは関係なく入れられてる人が大半だからね。帰りたがる人が多いんだよ」と耳打ちした。

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「ぐわぁぁぁ〜〜〜!」と叫んでいたおばあさんは、皆より食事の時間が早いらしく、ずっと車椅子を付けていた受付カウンターで、職員さんに スプーンで以て アーンと食べさせてもらっていたが、一口口に入れてもらう度に「ぐわぁぁぁ〜〜〜!」と やはり般若の如き形相で叫んでいた。
職員さんは、淡々とスプーンを運んでいた。

丸っこいおばあさんが「トイレー!」と 幼児が発するのと同じように 天に向かって声を飛ばした。
すぐに職員さんの一人(なでなでしていた人とは別の人)がやって来て、手を引いて 入所者用のトイレに向かった。
さながら、元気のない幼児が親に手を引かれているようだった。
そして、30代男性職員さんと二人で 当たり前の様子で個室トイレに入って行った。

Tさんと二時間半ほどしゃべり、Tさんも夕飯の時間が近くなったので おいとますることにした。

受付で「ありがとうございました」と礼を言い、扉を開け エレベーターに向かった。
すると 職員さんの一人が足早に追いかけてきて「今日は来てくださってありがとうございました!」と会釈をし、エレベーターの下りボタンを押してくださった。
「また来ます!来週来ます!!毎週来ます!!!」と笑顔を向けると、彼は「ありがとうございます!!」と もう一礼してくださった。

エレベーターの扉が開き、私はEを後にした。

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ーーー衝撃だった。
人間というのは、ここまで深く老いてしまうものなのか!!!ーーーと。

私は、テレビのドキュメンタリー番組やネットの文面や人様の話しでは、老健というのは どのような所でどのようなお年寄りがいるのか 大まかな知識はあった。
しかし私は、父方の祖父母とも母方の祖父母とも一緒に暮らしたことはなく、父は、私が18才の時に母と離婚し 囲っていた愛人さんの一人を本妻にし 今は「よその人」であり、母は、私が27才の時に 52才の若さで突然の病いで死んだので、「深く老いた人」と全くリアルには接点がないままに生きてきたのだ。

映像や文面や話しで情報を得るのと 自分がその空間の中に入って現実に目の当たりにするのとでは、認識の度合いが段違いに違うことを痛感した。

このような 深く老いたお年寄りを持つ家庭の大変さというものに、恥ずかしながら 初めて気づかされた。
同時に 深く老いたお年寄りの介護・看護をする職員さんたちのお仕事も、これまで以上に尊敬せずにはおれなかった。

私はこれからも、深く老いたお年寄りを身内に持つことは ない。
あるとすれば、それは、長生きした場合の自分自身だけだ。
自分自身の今後の人生設計は、自分なりに すでに明確に出来上がっている。

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Tさんの脳梗塞発病記 [リポート]

私にはTさんという友人がいる。
彼は、私より少し年長の60才。 糖尿病の持病を持っている。
Tさんとは5年ほど前に 某所で開かれた徘句のイベントで知り合い、共に 過去に映画の勉強をしていたという共通点があることが判り、意気投合し、今では一番の親友と言えるほどにひんぱんに逢っては 映画談議に花を咲かせている。

先日の春分の日----
いつものように、高円寺の駅から10分ほど歩いた所に在る 昔ながらの喫茶店Bで待ち合わせ、ひとしきり話した後、駅近くのカフェYで飲もう(といってもTさんはソフトドリンクだが)と約束した。
待ち合わせの時間は3時だったが、2時半くらいにTさんから、「高円寺駅ホームのベンチに座ってます」とのメールが来た。
私は家を早めに出ており 2時半少し過ぎに高円寺駅に着いたので、ベンチを探し Tさんを見つけた。
Tさんは胸に手を当て苦しそうに、「先、Bに行って待ってて。後から行くから。 低血糖か脳梗塞のどっちかかも知れない」と つぶやいた。
「えっ!?脳梗塞かも知れないんですか? 大丈夫ですか?」と驚くと、「いや、まだどっちか判らないから、先 行って待ってて」と 掌を向けた。
私は、Tさんにうながされるままに Bに向かった。

Tさんは、数日前に一緒に出掛けた時にも低血糖を起こし、近くのカフェでココアを飲んだらみるみる回復し、夜には蕎麦屋で、たらふく 蕗の薹の天ぷらやキンピラやポテトサラダやきしめんを食べられていたので、今日もBに来て甘い物を摂れば良くなるかな・・・・と思った。
しかし、「脳梗塞かも・・・・・」という言葉には引っかかった。 そうでなければ良いのだが・・・・・・と。

Bでコーヒーを飲み終えた頃、Tさんからメールが来た。
「Bまでは歩けません。 Yに直接行ってます」
カフェYは、高円寺駅から 徒歩2分の場所に在る。

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私はBを出、Yへと足早に歩いた。
Yに着くと、Tさんは椅子に直角に座っていた。 テーブルのコーヒーは飲み干されていた。
「大丈夫ですか?!」
「ちょっと・・・・様子をみてみる」
Tさんの口はロレツがまわっていなかった。
Tさんは、コーヒー用の砂糖の塊を一つ口に含んだ。 低血糖だったら これで良くなるだろうと考えているようだった。
「大丈夫ですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・右足が・・・・・・・・右足が動かない・・・・・」
ますますロレツのまわらない口調で発した。
「えっ!? 救急車 呼んだほうがいいですよ!」
これは脳梗塞だろうと思った。
「いや・・・・・もうちょっと、様子をみてみる・・・・・・・良くなるかも知れないから・・・・・・・」
「救急車、呼びましょうよ!」
「店に迷惑がかかるから・・・・・」
「だって、足が動かなかったら帰れないでしょ!」
「店に迷惑がかからないように 静かに・・・・・」
「救急車なんだから、ピーポピーポって来ますよ」
Tさんは、ますますロレツがまわらなくなってきていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・あ、右手も動かなくなってきた・・・・・・・」
私は、脳梗塞に間違いないと判断し、救急車を呼ぶことにした。
「Tさんっ!救急車 呼びますよっ!・・・・・Hさん(カフェYのマスターの名) 救急車 呼んでいただけますか?! Tさんが脳梗塞みたいなんです」
カウンターの中のマスターに声を飛ばすと、マスターは嫌な顔一つせず 瞬時に119をしてくれた。

Tさんは私に、かかりつけの病院の診察券を 動くほうの左手で渡してくれた。
5分も経たないうちに ピーポピーポの音が近づいてきた。
途中、店の場所を確認するらしい折り返しの電話があり、ピーポの音が大きくなってきた。
Yはビルの一階に在り、マスターと私は「ここです!」と判るように 並んで店から一歩出て片手をあげ、救急車の到着を待った。
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救急車が店の入り口前に停められるや、救急隊員のかたがたが店の中に入ってきた。 車の付いた担架も、すっと入ってきた。
「こちらです」 
私は片手掌でTさんを示し、もう片手でTさんの診察券を隊員さんの一人に手渡した。
「ご関係は?」
その隊員さんが私に向いた。
「友人です」
間髪置かずに答えた。
そして、「ロレツがまわらなくなって、それから左足が・・・・じゃなくて右足が・・・・」
状態を説明しようとしたが、焦ってしどろもどろになってしまっていると、隊員さんは、「ご本人に聞きますので」と、先ずTさんを担架に乗せた。
「私も一緒に乗るんでしょうか?」
「はい、お願いします」
私はYのマスターにお礼を言い、Tさんのリュックを抱え救急車に乗り込んだ。

Tさんはすでに左人差し指に血圧計を挟まれ、担架に固定されていた。
上方の血圧表示の横にある無機質な黒文字の時計が、ちょうど5時を指していた。
隊員さんの一人がTさんに、「舌がまわりづらくなってきた自覚症状を感じ始めたのは いつくらいからですか?」と質問すると、Tさんは、「昨日の夜から」。
私は心の中で、「えっ!? そんなに早くから!!」と驚愕すると同時に、高円寺駅のホームの段階で Tさんの意思に反して駅員さんを通して救急車を呼べばよかった・・・・と強く悔やんだ。
隊員さんはTさんに、「今日は何月何日ですか?」「生年月日は?」「既往症は?」「昨夜から今までの身体の状態は?」と尋ね、Tさんは、ロレツこそまわっていなかったが、間なく考えこむことなく答えていた。
その後の「高円寺にはお仕事で来られたんですか?」の質問には、「いいえ」と言った後に 何故だか「んふふ~」と 口角をあげて笑っていた。
私の横に座った先とは別の隊員さんが、「ご関係は?」と こちらに顔を向けた。
「友人です」
「・・・・・・・・では、ここにお名前を・・・・」と、間柄の欄に隊員さんの手で「友人」と書かれた書類を渡された。
「はいっ!」
「フルネームでお願いします」
「名前だけでいいですか?」
「はい、結構です」

Yの営業の邪魔になってはいけないという理由から 救急車はYから少し離れた道の傍に停められ、前方に座っている隊員さんが電話で、搬送先の病院の交渉にかかった。 「脳卒中・・・・・男性・・・・・・60才・・・・・」
Tさんのかかりつけの病院は高円寺からかなり遠くに在るため、極力 近くで受け入れてくれる病院を探すとのことだった。

「江古田の病院に行きます」
江古田は、高円寺から北東に位置する別沿線の街で、おそらく15分から20分くらいで着くだろうと思った。
「救急車、乗るの初めて?」
Tさんは、私に目を向けた。
「うん、初めて」
「僕、4度目」
血圧計の付いた指で四と掲げ トホホ・・・・と笑った。
私は救急車というものが 想像以上にかなりガタゴト揺れるということを初めて知った。
救急車は北東へ北東へと進んだ。
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約、15分後----
救急車は、大きな病院であるらしき建物の脇に横付けされるや、前方に乗っていた隊員さんがすかさず降り 後方にまわり、後ろの扉を押し上げた。
「お気をつけてお降りください」
私はリュックを抱え 駆け降りた。
Tさんの担架は、救急搬送用らしき扉にスーーッと入れられ、隊員さんの一人が「付き添いのかたはこちらへ」と 正面入り口へと誘導した。
私は小走りで入った。

正面受付で「たった今 搬送されたTの友人です」と申し出ると、書類に Tさんの氏名と電話番号を書くように言われた。
書き終え顔をあげると、誘導してくれた隊員さんが脇で待っており、「付き添いのかたはこちらへ」と、救急患者付き添い者用であるらしいソファに案内された。 病院内は、祝日のためであろう、がらんとしていた。

先の隊員さんが再び来て、「これから検査に入りますのでお待ちください」と仰った。
「おおよそどのくらい時間がかかりますか?」と尋ねると
「解かりません。 お帰りでしたら(Tさんの)お荷物をお預かりします」
「いえ、待ってます」
私はどれほど時間がかかろうとも 待っておらずにはいられなかった。

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2時間ほど経った頃だろうか----
引き継がれたのであろう 今度は看護師さんが、「Tさんの付き添いのかた!」と呼び、看護師さんについて行くと、車の付いているベッドに寝かされているTさんがいた。
Tさんはそれまでの服ではなく、胸から下をガーゼのような布で包まれ点滴をされていた。 顔には血の気がなかった。
私はぜんぜん大丈夫ではないのは判っていたのに、「大丈夫?」という言葉しか出なかった。
Tさんは、「あぁ」といった様子で 私の顔を認めた。

Tさんのベッドはエレベーターを使って、あんのじょう高度治療室に運ばれて行った。
看護師さんのベッドを動かす速度や落ち着きはらった態度から 命に別状はないだろうとは予測したが、頭の片隅で「このままTさんが死んでしまったらどうしよう・・・・」との不安も僅かばかりよぎった。
帰り際に、高度治療室の受付窓口で、ダメ元で「今の病状を教えていただけますか?」と頼んだが、やはり、「申し訳ありません。 お身内のかた以外には何もお教えできません。面会もできません」とのことだった。
廊下に貼られている「院内地図」により、ここがSという病院であると この時知った。

タクシーと電車を乗り継ぎ 高円寺まで戻り、Yにお礼と報告かたがた寄った。
と、Tさんからメールが入った。
「やっぱり、脳梗塞と診断されました」-----と。
Y店内の小洒落た白い時計は、ほぼ8時を指していた。

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