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第18回第19回の演技のレッスンを受けて [リポート]

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今日は、11月3日(木)第18回「リチャード三世」、11月30日(水)第19回「夏の夜の夢」のレッスンのリポート&感想をつづらせていただきたいと思います。

先ず、11月3日(木)「リチャード三世」。
冒頭の、リチャード三世が、現在の自国の状況を鼻で笑い、己れの容姿の醜さと狡猾さを語り、これからの生き方の戦略を独白するという まるまる一頁の長台詞と、リチャード三世と 彼が主人を殺したために未亡人となった美しきアンのダイヤローグで、リチャードが巧妙にアンを口説き落とす場を勉強しました。

冒頭の長台詞は、私は二箇所、褒められました。
一つ目は、一回目に「では、ぼんぼちさん、読んでみて」と言われて、リチャードの言わんとしている内容・感情が変わる箇所箇所を、読み方を変えて読んだら、とても肯定的に評価されました。
二つ目は、二度目に「では、ぼんぼちさん、今度は、一回目の変えながら読む読み方に加えて、キッチンの排水口からゲボッと嫌ぁ〜な悪臭が湧き上がってくる事ってあるじゃない。そういうイメージで読んでみて」と言われ、そのイメージを思い描きながら読んだら、「嫌ぁ〜な臭さ、出てるねぇ!」と褒められました。
あぁ、この読み方で良かったんだ!と、とても嬉しかったです。

次に、リチャードとアンのダイヤローグの部分。
このダイヤローグは、相手役が前に言ったセンテンスを そのまま次の役の人がなぞるように言って、最後の言葉で否定したり、相手役の台詞と次の役の台詞がひとつながりになっている様に言う様に書かれた 非常に秀逸なダイヤローグで、私はこの部分を自主練期間中に読んだ時に、2月からシェイクスピアの勉強を始めて、ここにきて初めて、シェイクスピアがいかに優れた 世界演劇史に遺り続ける大人物であるのかが、納得できました。
レッスン日当日、先生が仰るに、シェイクスピアには、こういった見事な掛け合いのダイヤローグが、他の作品にも幾つもある、という事でした。

さて、このダイヤローグでは、私はアンの役を演ったのですがーーー
アンは怒り心頭している と受け取れたので、一度目、そう読んだら、先生に「アンは、怒っているだけではなく、リチャードに対して恐れの感情も抱いているので、怒り+恐れ の感情で読むように」と言われ、二度目、そのような二つの感情を同居させて読んだら、ダメは出されなかったので、この感情表現で良かったんだな、と思いました。

ダメ出しされたのはーーー
二人でひとつながりの台詞になる所が二箇所あったのですが、一度目、リチャード役の人より低いトーンで発したら「(トーンを)落とさないで、間無く円滑に流れる様に」と指示されました。
もう一度、先生のご指示通りに読んだら、ダメは出なかったので、ご指示通りに読めていた様です。

そして、先生は、「では、この二箇所を、レベルアップして、違う読み方をしてみましょう。あえて、間を空けて。ぼんぼちさん、解りますか?」と聞かれたので、私は、「あぁ、一間、空ければいいんだな」と思い「はい」と答えました。
で、単に一間空けて、読み方は一つ前と同じ読み方をしたら、「『間を空けて』という事は、それに伴って、台詞の言い方も変わって来なければいけない。一間空ける というのは、アンがリチャードの言葉によって驚いて返すという事だから、そういう言い方をしなければならない。 現場では(要するに、プロの役者さんは)、『一間空けて』の監督の一言で、そこまで解るものなんです」と仰いました。
私は、「あぁ、やっぱりプロの役者さんっていうのはすごいんだな。そこまで瞬時に理解が及ぶなんて」と思ったのと同時に、「私はプロの役者を目指している訳ではないけれど、次からは、この様な臨機応変が出来るようになろう!」と拳を固くしました。

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次に、11月30日(水)「夏の夜の夢」。
この回は、人数が少なかったために 非常に濃密なレッスンとなり、得るところも非常に多くあったのですが、特に書き記しておきたい事は、以下の四点です。

先ず、最初に長台詞を読んだ時、先生は、こういう内容の事を仰いました。
「ぼんぼちさん、今までの中で、声の出し方、一番いいね。そういうこと! ぼんぼちさんは、初回から今まで、これは違うあれも違うと 僕に言われて、ジタバタ暴れていた鯉だったけど、ここにきてやっと、まな板の上で、いい意味で死んで、いかようにも調理出来る状態に到達したね」ーーーと。
私の側も、「あー、この声の出し方は違うのかー」「これでもダメなのかー」と暗中模索していて、前々回あたりに先生の、「ぼんぼちがこの台本の状況に置かれた時に 発する声を出せばいいんだよ」というご指摘に、「あっ!そういうことなのか!!」と、ストンと腑に落ちた自覚があり、今回ようやっと、それが声にきちんと表出されたようです。
自分にとってはとても高い階段を一段のぼり切れて、大きな達成感を覚えました。

次に、ダメ出しされた箇所三つ。
一つ目は、声の高低や強弱で説明的に感情を伝えようとしない事。
現実に、人間が言葉を発する構造というのは、まず感情があって、それに伴って思わず口をついて そのようなニュアンスの言葉が出るので、演技も、それと同じ順序をなぞらなければならない。
「まず、○○な感情になる」→「自然と、それに伴った わざとらしくない深味のある台詞が出る」ように。
これからは、「まず、内なる感情!」で、頑張って出来るようになろう!と、心しました。

二つ目のダメ出しはーーー
「森」とか「ヘレナ(登場人物の名前)」とか、シェイクスピア演劇では、次にどういう場という設定で芝居が行われるのか、次に誰が舞台に初登場するのかを、その前に舞台にいる人物が、それとなく判らせる仕組みとなっているので、そういうキーワードになっている言葉を立てるように、でした。
これからは、下読みの段階で、そこまで察する事が出来るようになろう!と思いました。

三つ目はーーー
シェイクスピアは、まるでデュエットを歌っているかのような 相手との掛け合いのダイヤローグが多いわけですが、そこを、単に 自主練して来た通りにやるのではなく、あたかも身体まで相手と一体化したような、そのくらいにひとつながりになって、台詞を言うように、でした。
これは難易度高いぞ! 一朝一夕に出来そうにないな、、、と直感しましたが、でもいつかは、出来るようになりたいです!

そして最後に、「夏の夜の夢」のレッスンの回では、必ずやってきた、パック(いたずら妖精)の16行の口上の暗記を、一人づつ発表しました。
これまでの回は、先生が、「今日は、観ている人、一人一人の顔を覗き込みながら、上手から下手へ」とか「今日は、ゴミ箱を持って、二つゴミを拾ったところで口上を言い始めて」等と、ご指示が出ていたのですが、「今日は、『夏の夜の夢』は最後だから、何でもいいから自由にやってみて!」と、フリー課題を出されました。
私は、パックの口上を自主練しながら、「あ〜、秋だなあ。野外舞台で、落葉舞う中、パックが口上を言うっていうのも、画になりそうだなあ」というのが、ぼんやりと頭の中にあったので、その日、自分が着てきたコートを使う事を思いつきました。

「ちょっと寒いな」という感じで舞台を歩いて来ると、まだ余韻に浸って席に残っているお客さんが、何人もいらっしゃるのに気づく。
嬉しくなって、思わず この口上を言い出す。
口上の感情がちょっと変わる所でコートを脱ぎ、肩に掛けてポーズをキメて声を飛ばす。
口上の終わりかけには、再びコートをまとい、フードをかぶり、残っているお客さんに〆めの一言を言って、手を温めながらトコトコと舞台を去る。

ーーーというのを演りました。
すると先生は、しきりに拍手をされながら、「いいね!今までぼんぼちさんがやってきた中で、これが一番いいよ!!」と、最上級のお褒めの評をいただけました。
もちろん、最上級に嬉しかったです。

早いもので、今の先生についてからのレッスンも、19回を了えました。
私なりにではありますが、確実に上達しているのを、実感しました。
継続は力なり!ですね。
ぼんぼち、これからも、継続して、階段をのぼってゆきます!

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第16回、第17回の演技のレッスンを受けて [リポート]

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今日は、第16回10月10日(月)「ハムレット」、第17回10月24日(月)「夏の夜の夢」のレッスンのリポート&感想、加えて、どういったきっかけで、私が演技のレッスンをお習いしようと決意したかを、つづらせて頂きたいと思います。

先ず、10月10日(月)「ハムレット」。
この回は、以前もやった、ハムレットの独白「このままでいいのか、、、」から、オフィーリアとのダイヤローグ「尼寺へ行け!」までをお勉強しました。

以前のハムレットのレッスンとは全く別のアプローチの仕方ーーーダイヤローグを充実したものにする為に、紙コップを糸電話の様に使って台詞を言ったり聞いたり、オフィーリアが精神的に苦しめられてゆく感情を、先ず、肉体的に解るようにとの目的で、自分の首を絞めて肉体の苦しさを感じながら、台詞を言ってみる、という試みをしました。
「こんなアプローチの方法もあるのか!」と、とても新鮮でした。

主にダメ出しをされたのはーーー
ハムレットの独白の部分で、私は「ら行」が正確に言えていないという事で、それを直す方法として、最初にあえて、正しくないら行、つまり、Rの舌の位置(舌を丸めて口腔内の上部に舌がつかない)で言ってみて、次に正しい舌の位置であるLの発音(舌が上歯茎の前の方につく)で言ってみる、という練習をしました。
この練習法は、先生が私の為に独自に考案して下さったそうです。 ありがたい限りです。
家でもこの方法で、何度も自主練しようと思いました。

あと、前回のレッスンで、「作り声ではなく、地声で台詞を読む様に」と注意されたので、今回は地声で読んだつもりだったのですが、私は「地声」を、自分が無理なく出せる声域、と解釈したのですが、そうではなく、「ぼんぼちが、台本の設定にある状況に置かれた時に、ぼんぼちの感情で出てくる声」だと、先生の詳らかな説明により、解りました。
次回のテキストからは、「これがぼんぼちだったら、、、」と心して、自主練しようと思いました。
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次に、10月24日(月)「夏の夜の夢」。
この回は、最初に、身体のウォームアップ、次に、感情を入れない基本の読み方をお勉強しました。
この時にも、やはり「ら行」を注意されたので、もっともっと自主練をしようと、拳を固くしました。
後半は、まじないにかけられた為にぐちゃぐちゃになった4人の男女の登場人物を、次々と役を入れ替えて、3回読みました。
ですから、3人の、それぞれ違う感情の役が演れて、最高に楽しかったです。

中ーーー主に私がダメ出しを受けた所はーーー
シェイクスピアでは、前に相手役が言った台詞を次の人が受ける言葉の掛け合いが多いので、家で自主練してきたそのままを言うのではなく、相手役がどんなしゃべり方で台詞を発したか、それをよく聞いて、瞬時に、それを真似た返しをする様に、でした。
難しくて緊張してしまって、何度もトチってしまいました。

それから、目の前にいる3人のうちの1人だけに言う台詞を、小さく言わずに、大きな声のままで、1人だけに言っているのだと、観客に解らせる言い方をする様に、でした。
先生に、「これ、理解出来ますか?」と問われたとき、私は間髪置かずに「はい、解ります」と答える事が出来ました。
それは、私は以前、(これもあくまで趣味としてですが、シナリオ作法を勉強していたので)傍白の理屈と同じだな、とピンときたからです。

又、前回のレッスンで注意された、本当の地声の意味は、今度は正しく解釈・実践出来ていた様で、そこに関しては、何も注意されなかったので、「ああ、これでいいんだ。ステップアップ出来たな!」という実感がありました。

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さて、最後に、私がどうして、演者を目指す訳でもないのに、こんなに熱意を持って(出来る出来ないは別として)レッスンに臨むようになったのか、そのきっかけですがーーー
それはーーー
中学に入った時、映画部に入りたかったんですね。
映画部に入って、1人1作のスチルアニメーション(役者さんが登場しないで、写真がパパパパッと動く、あれね)を作りたかったんです。
だけど、うちの中高には、映画部がなかった。
何らかの部に所属する事は、ほぼ強制に近い圧力で、学校側から言われていたので、仕方なく演劇部に入りました。
私はその頃はまだ、将来は、舞台衣裳のスタイリストになるという夢を、毒母の為に諦めなくていい年齢だったので、学芸会で衣裳係りをやらせてもらおうと。

しかし、入部してみると、高校生の先輩の指導で、部員全員が演者の訓練をするならいとなっていました。
先輩達の考えは、揃いに揃ってこうでした。
「映画なんていう下劣なジャンルに興味がある人はダメ! 映画なんて、時系列で撮っていかないし、カメラに向かって台詞を言ったりするのよ! そんなんで、演技なんて出来る筈ないじゃない!! 大きな舞台の演劇だけが、演技が出来る場なのよっ!!!」
その他にも、先輩達が足を組んでふんぞり返って、私達後輩を指導するメソッドって、ぜーーーんぶ間違ってるんじゃなかろうか??? と、私は疑問でいっぱいになりました。

で、ある部内会議の時、私は、「プロのコーチを呼んで、プロのコーチに指導していただきたい」と発言しました。
すると先輩達は、「私達がちゃんと教えてあげてるじゃないの!」、同輩達にも、「そうだよ、先輩がたが、ちゃんと教えて下さってるじゃん!」と、袋叩きにされました。

私はこんな疑問の塊の演劇部なんて、1日も早く辞めたいと思いました。
同時に、それまで全く関心がなかった「演技」というものに対し、「正しい演技って、どういうんだろう? プロ中のプロの先生に、正しいメソッドを指導して頂いて、この疑問を解明したい!!!」という欲求が、私の奥底から、マグマの如くに溢れ出しました。
演劇部は高1の途中で、「美術科予備校の講習会と重なるから」という、誰にもぐうの音も出せない理由が出来たので、やっと辞める事が出来ました。

そしてーーー
自分に自由な時間が出来た30代後半から、信頼出来る演技の先生探しが始まりました。
けれど、「わ!たどり着けた!」と思っても、すぐにメッキが剥がれてしまう、薄っぺらい無知な先生だったり、中には、演技の先生詐欺に合ってしまった事もありました。

と、今年の2月から教わり始めた今の先生は、心底、信頼出来る、詳らかに深く広く教えて下さる、大変優秀な先生だという事が、回を重ねる毎に、より確実に解ってきました。

私は、「プロ中のプロの先生に、正しいメソッドを教えて頂きたい!」という願望が、48年間願い続けて、ようやっと叶ったのです!
だから、演者を目指している訳でもないのに、これだけ熱意があるのです。
熱意を通り越して、執念、怨念の発露、と言っても、過言ではないかも知れません。

演劇部の先輩達、それから、自分達が先輩になったら先輩と同じ事をやっていた同輩達、これが演技のレッスンというものですよ。
あなた達、振り返ってみて、ご自分達がやっていた事、恥ずかしくないですか???

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第14回第15回の演技のレッスンを受けて [リポート]

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今日は、9月12日(月)第14回「ロミオとジュリエット」、9月26日(月)第15回「夏の夜の夢・第三幕」のレッスンのリポート&感想を、つづらせていただきます。

先ず、第14回「ロミオとジュリエット」。
この日は、誰もが知る バルコニーでの二人の密会の場をやりました。

前半では、私は「夜空」と「あの人」が正しく発音出来ていないという事を指摘されました。
自分自身でも充分に自覚があった言葉であっただけに、何度言ってみてもなかなか正確に発音出来なかったのが、もどかしかったです。
私にはこの様に、正しく発音出来ない言葉が(特に、早い台詞になると)幾つもあるので、時間はかかるには違いないけれど、日常会話の中でも気をつけながら、少しづつ直してゆこうと思いました。

後半は、本来戯曲にあるバルコニーという設定を離れて、現代のタワマンにジュリエットが住んでおり、階下からロミオが呼びかける、といった応用編をやりました。
その中でダメ出しを受けたのは、「遠くにいる人に呼びかける台詞が、単に大きな声になってしまっている」でした。
家に帰って、この二つの声の飛ばし方の違いが出来るようになるまで、何度も復習しようと、拳を固くしました。
又、ロミオ役を演った時に、「今度は照れながら」「今度は二枚目のロミオで」等、一行の台詞の中にも応用を求められました。
ちゃんと出来たか否かは別として、この応用編は、私個人的に、非常に楽しかったです。
加えて、通常は、レッスン生が各々椅子に座ったまま台詞を読むのですが、この回では、動きもつけたレッスンもやり、それも新鮮で面白かったです。

いつもの様に大きな勉強になった事は勿論ですが、この回は、今までのレッスンの中でも一番楽しく、様々な応用編をやって 様々な人格を疑似体験出来たからか、カタルシスに浸れ、とてもスッキリした気持ちになれました。

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次に、第15回「夏の夜の夢・第三幕」。
三幕の前半部分の、パック(いたずら妖精)が、妖精の王様に面白い話しを報告する 一頁近くの長台詞と、妖精のまじないにかけられたために若い男女の恋愛関係がぐちゃぐちゃになる 観客を笑わせる場をやりました。

パックの長台詞では、先生が「この長台詞全部を、笑い転げ続けながら最後まで読み切るように」との条件を付けられました。
私は必死に、大笑いしながら読みましたが、半分くらい読んだ辺りで笑い方のパターンが尽きてしまい、なんだか、やけっぱちっぽい笑いになってしまいました。
読み了ると、先生は、ズバリと私の心中を見抜いておられ、「途中から笑いのパターンが尽きて、やけっぱちで読んでたね」と仰いました。
この課題は難しかったけれど、最高に楽しかったです。
家でも、この長台詞に限らず、登場人物が「面白い」と思って発している長台詞を、笑い転げ続けながら読む練習をしてみよう、と思いました。

それから、私はこれまで、役によって様々な声色を作って台詞を読んでいたのですが、「これからは地声で読むように」と注意されました。
理由はーーー
「声優であれば、すでに画が決まっていて、そこに声を当てはめてゆくので、作り声をするのは正しいけれど、役者は、自らの身体が表現手段だから、先ず、素の自分ありきで、そこから出発しないといけない。最初に声を作ってしまっては。 巧い役者さんは、役によってあらゆる声を作っている様に聞こえはするけれど、あれは作り声をしているのではなく、違う役を演じる事によって 声まで違って聞こえるという事なんです」という意味の内容でした。
「だって、ぼんぼちさんは、舞踏(この日のレッスンの最初の方で、私は舞踏が好きで、舞踏の理論を勉強していました、と話していたので)を踊る時に、良い人と悪い人を踊り分ける場合、最初に形から決めますか?」
「いえ、先ず感情ありきです。」
「そうでしょう。 演技も同じなんですよ。」
私はこの時まで、舞台演劇というものは、作り声を出すものだと、何の疑問も抱かずに思い込んでいたので、このご指摘に、鯨くらいに巨大なウロコが目からボロッと落ち、何て大きな気づきをさせていただいたのだろう!!と思いました。

この気づきは、私の中で大変に大きな収穫で、これからは全ての役を地声で読もう!と、瞬時に舵の方向を、先生のご指示通りに向けました。

レッスンを受けていると、毎回、ドーン!ドーン!と、大きな収穫があり、それが高層ビルの如くに積み上がっていっています。
無知でアマチュアの私はその高層ビルの階段を、一段一段、よいしょよいしょと素足で以て昇っています。
ですが、一段一段昇る事そのものが、私の享しみであり、この上ない幸せになっているのです。
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第12回第13回の演技のレッスンを受けて [リポート]

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今日は、第1回目から定期的につづらせていただいている シェイクスピアの台詞のレッスンの、第12回「マクベス」(8月8日)第13回「夏の夜の夢」第2幕後半(8月29日)の、リポート&感想を書きたいと思います。

先ず、第12回「マクベス」。
以前、同戯曲をテキストとした時と同じく、現・王の暗殺を決行すべきかせざるべきかを思い悩むマクベスを、マクベス夫人が、入れ知恵をし 巧く誘導し、マクベスの決意を固くさせる、という場を勉強しました。 

主にダメ出しをされた所はーーー
「人間というのは、あらゆる時々で、複数の感情が同居していてしゃべるものだから、台詞を言う時にも、少なくとも2つ、出来れば5つくらいの感情を入れ込んで発するように」でした。
「わぁ、、、難しいテクニックを要求されたなぁ」と思いましたが、理屈として、先生の仰る通りだと大きく頷けましたし、これまで、舞台や映像で 巧い役者さんの演技を観ていて「何と、深み・厚みのある演技なのだろう!!」と感嘆できたのは、それは、役者さんがこのテクニックを使われているからだと、理論的に理解ができました。
とても難易度の高いテクニックだと直感したので、すぐにはできなくても、いつかは私でもできるようになりたい!目指そう!と、心の空の上方を見上げました。

それから、またしても今回も、「慌てるな」と、注意されました。
そして先生は、「台詞が早過ぎる。 何か強迫観念にせっつかれているような読み方をしている」と、ご指摘されました。
まさにその通りだったので、私は、「はい、すごく『早く読まなければ!』という強迫観念に追われています。 以前、教わっていた先生(20年前の研究所の日曜クラスの先生で、あまりにもメチャクチャでトンチンカンな指導をしているのが校長にバレ、研究所の講師をクビになった先生)に、歌舞伎のようにゆっくり読まされていたので、それではいけないと思って 必死に早く読んでいます」と打ち明けると、先生は、「(その先生に教わってた事を)忘れれば?」と仰いました。
私は間髪おかずに、「はい!忘れます!!」と答え、20年前の日曜クラスの先生に教わっていた事は、何一つとして吸収して良い事が無かった と改めて感じ、キレイサッパリ忘れる事にしました。
同時に、毎回注意されていた「慌てるな」は、「早く読み過ぎている」という事なのだと、ようやっと気づき、次回のレッスン日までに、適切なテンポで読めるようにしておこう、これは 何が何でも絶対に掴んでおこう!!と 拳を固くしました。

又、後半、嬉しいお言葉もいただけました。
「ぼんぼちさん、初回からすると、ずいぶん良くなったよ」ーーーと。
納得できる指導法の先生に「良くなった」と褒められるほど嬉しいものはありません。
これからも、このペースで頑張って、アマチュアなりにも上達してゆこう!と、より、前向きな気持ちになれました。
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次に、第13回目「夏の夜の夢」第2幕後半。
女の子は片思いで男の子は嫌っている場と、男女とも両想いの場をやりました。

中、先生に、ジェスチャーを使って事細かに指摘されたのは、「どの場面でも、相手役との身体的な距離感や動き、手はどういう状態になっているか、そこまで明確にイメージして、そのような台詞の発し方をするように」でした。
このシリーズのレッスンは、台詞に特化したレッスンなので、レッスン生達は、各々が椅子に座って1列になって、ある程度離れて読むのです。
現実にはその身体の状態であっても、口から出てくる台詞は、「いかにも投げ飛ばされた直後のように」であったり「いかにも顔を接近させているように」であったりしなければならない、と教わりました。
これからは、もっとよく考えて、明確にイメージしてから予習しよう、と思いました。

そして、前回、この日のレッスンまでにはできるようにしておこう!と自分に課した 「適切なテンポで読めるようにしておく事」に関しては、できるようになっていました。
先生から一度も、「慌てるな」「早過ぎる」というダメ出しは受けませんでしたし、そのテンポだと、つっかえたりトチったりが一度もありませんでした。
「あぁ、適切なテンポというのは、このくらいなのだ、これを身体に染み込ませよう」と思いました。
他の部分はたくさんダメ出しされましたが、この回の私の課題は「とにかく適切なテンポを掴んでおく事」だったので、本望でした。

ーーー以上が、第12回第13回のレッスンのリポート&感想です。
が、少なからずのかたがた、今回の記事を読まれて、こういう疑問を持たれているのではないでしょうか?
「20年前の研究所の日曜クラスの先生がクビになった後、日曜クラスはどうなったの?」ーーーと。
以降は、本科(本格的にプロを目指す人のクラス)の先生と校長が、交代で教えてくださってました。
この二人の先生のレッスンでは、「台詞(戯曲)を読む」という事は一度もなく、エチュード、無対象、ストラスバーグのメソード演技に基づいた課題を教わっていました。
このお二人の先生に教わった事は、吸収しておいて良かったな、と実感しました。
何故なら、今の先生のレッスンが始まってから、何度目かのレッスンの時に、ダイヤローグを円滑にする為の 身体も使った基礎勉強をした回があったのですが、その時に私は、かつてそのお二人の先生に教わった方法論を記憶の中から引っ張り出して演ったら、今の先生にも肯定的に言われたので。

ですから、私・ぼんぼち、台詞(戯曲)を読む事に関しては、ピッカピカの1年生!です。

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第10回第11回の演技のレッスンを受けて [リポート]

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先日の7月11日(月)25日(月)に、第10回第11回の演技のレッスンを受けたので、今日は、その時のリポート&感想をつづらせていただきます。

第10回は「マクベス」の、マクベスが、現・王を暗殺し、自分が次の王になる計画を迷っているところを、気丈でしたたかなマクベス夫人に、背中を押され 入れ知恵を吹き込まれ、現・王を殺す決意に至る件りを勉強しました。

私は、マクベス夫人の台詞で、先生に、「なんでそこで下げるの?なんで下げるのか解らない。 ここは、〜という意味だから、下げちゃダメ」とダメ出しを受け、その瞬間、クジラくらいに大きな目から大きなウロコがボロッ!と落ちました。
そして、レッスン終了後の質疑応答の時間に、「そのご指摘に、目からウロコが落ちました。 私は今まで、しばしば すっとんきょうに高い声を出したり 低い声を出すのが良い事だと思っていました」と打ち明けると、先生は、「現実の会話で、突然 そんな極端な高低はつけないでしょ。演技は現実の『模倣』なんだから。 そんな高低でしゃべる人がいるとしたら、それは狂人だけです。」と仰いました。
私は、いたく納得し、これからは、すっとんきょうな高低は出さずに、あくまで 意味に基づいた 現実の人間がしゃべる範囲の高低の台詞を言おうと、キモに命じました。

何故、私がそれまで、すっとんきょうな極端な高低が良いと思い込んでいたかというとーーー
20年前にいた研究所の日曜クラス(私が在籍していたアマチュアのクラス)の先生に、「演劇っていうのは、『嘘事』なんだよ。嘘事芸術の世界。 だから、現実にしゃべっている高低で台詞を言っても、嘘事芸術・演劇にはならないんだよ。 だから、一つの芝居の中で、何度も、自分が出しうる最も高い声と最も低い声を使いなさい。 上がり〜下がり〜上がり〜下がり〜を繰り返すんだよ。 演劇は嘘事なんだから、意味より語感が大事なんだよ。」と教わったからです。
その教えを長年、私は、「へー、演劇っていうのは、そういうものなんだー」と、漠然と信じていたのです。

しかし、今回の先生の質疑応答での説明・理由により、今回の先生が仰る事が正しく、20年前の日曜クラスの先生が間違っていたと、火を見るより明らかに解りました。
これは私にとって、非常に大きな気付きであり、収穫でした。

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第11回は「夏の夜の夢」の二幕全部がテキストで、ラストのパック(妖精)の16行の口上を暗記して来るのも宿題でした。

この回に第二幕全部がテキストとなるという事は、だいぶ前から告知されていたので、第一幕全部のレッスン日の翌日、つまり一ヶ月前から、戯曲を買って自主練していました。
第一幕全部の時は、あまりにも読めなくて 自分自身とても悔しかったので、第二幕は、たっぷりと自主練期間を取って、「これが今の私に出せ得る最大の力です!」というところまで出来るようにしていたので、晴れやかな気持ちで レッスンに向かえました。
勿論、ゴマンとダメ出しされるのは百も承知でしたが、未消化のない状態で、どれほどダメ出しを受けても、それは本望というものです。

主にダメ出しをされた所はーーー
妖精の王様が、仲の悪い妖精の女王(妻)に悪態をつく台詞を、悪代官の様な声で発したら、「そういう安直で安っぽい声では、田舎芝居になる。 シェイクスピアは美しい戯曲だから、アリアを歌う様なつもりの声の出し方で」と、指摘されました。
指摘されて初めて、「あ!ほんとだ!安直で安っぽい!」と、気付かされました。

あとやはり、毎回注意されている滑舌の悪さを 今回も指摘されたのですが、今回は、その原因が、先生のお言葉によって、ハッキリ解りました。
「感情に台詞が追いついていない」
自分でも、うすうす感づいてはいたのですが、「やっぱり、それか!」と思いました。
そして先生は、「感情と台詞を明確にしゃべる事では、台詞を明確にしゃべる事の方が大事なので、そちらを優先させるように」とのご指示を受けました。
私はつい感情優先になってしまうので、これもキモに命じました。

それから、レッスンの最後に、パックの口上の暗記を発表しました。
これは、第一幕のレッスンの日にもやったので、今回は、間違えたり間が空いたりせずに言えました。
が、先生が、「今のは、単なる『報告』という感じだったので、もう一度、今度は 観客に語りかけるように」との条件をつけられて、もう一回やりましたが、「さっきよりは、少しだけ語りかけるようになってたけど、もっともっと語りかけるように。 それは家で練習してきて」と仰ったので、頑張って、来月の三幕の日まで 出来るようにしておこう!と、拳を硬くしました。

今回の先生のレッスンを受ける度に、痛感している事があります。
それは、20年前にいた研究所と今回の先生のレッスンは、幼稚園と大学院ほどにレベルが違うという事です。
しかも、私が通っていた幼稚園は、間違ったヘンテコな教育をする幼稚園でした。
中学一年の時から、今回の先生のようなレッスンを受けたい受けたいと望み続けていました。
まわりにまわったまわり道をしてしまいましたが、ようやっと この歳になって、辿り着けました。
本当に、ここに辿り着けて良かったです。

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第8回第9回の演技のレッスンを受けて [リポート]

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今回は、第8回第9回の演技のレッスンのリポート&感想を、つづらせていただきたく思います。

先ず、第8回、6月6日(月)、メインレッスンは、「ハムレット」の、ハムレットといえば〜の独白の後の オフィーリアとのダイヤローグ、「〜尼寺へ行け!」までを勉強しました。

私は最初にハムレット役をやったのですが、先生から開口一番、「ハムレットは、そんなに単純ではない」とのダメ出しを受けました。
この場面のハムレットは、オフィーリアを愛していながらも、彼女の前でも狂気を演じなければならない、という非常に複雑で、相反する感情が同居している、それを台詞で解らせなければならない、という難解なものでした。

狂人というのは、ワンセンテンスワンセンテンスが、つじつまの合わない 突拍子もない感情になったり、また逆に、妙に神妙に理屈をこねたりする。
ということで、「ここは、一匹一匹アリをつぶす様にネチネチ言ってみて」とか、「ここは、如何にも狂人といった風に、けたたましく笑ってみて」とか、「ここは、永遠の別れの様に 大げさに『さようなら』と言ってみて」とか、「ここは、泣きながら言ってみて」とか、「ここは、どんな感情なのか観客に解らない様な言い方をしてみて」とか、とてもハードルの高いご指示だったのですが、先生の例えが解りやすくて、何を求められているかは、すぐに理解が出来ました。 私がその通りに出来たか否かは別として。

この日のレッスンは、ーーーあらゆる様々な感情を求められたからでしょう、出来はどうあれ、カタルシスを感じ、最高に気持ちが良かったです。
同時に、これまで8回参加してきたレッスンの中で、最も得るところも大きく感じました。
この晩は、あまりにも気分が昂揚して、なかなか寝付けないほどでした。

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次に、第9回、6月20日(月)は、主に、「夏の夜の夢」の一幕をお習いしました。

いつもは、テキスト台本が三枚くらいとウォームアップの短いダイヤローグが一枚くらいの量で、四日くらい前にテキストが送られて来、レッスン日まで、食べる 風呂に入る 眠る 以外の全ての時間を自主練に費やしているのですが、この回は、テキストが、一幕全部で十枚、加えて十六行の台詞を暗記して来る、というものでした。

これまで、自分自身の中で、「アマチュアの私には、これが精一杯、私なりにマックスの力を出せます」というところまで自主練できていたのですが、これだけ膨大な量の台本と暗記だと、もはや睡眠時間を削って自主練するしかありませんでした。
もぅ、脳みそが、ぶっ壊れそうでした。
なので、自分なりのマックスまで行けずに、「あー、あと10日、練習日があればいいのになあ!」という状態で、レッスンに向かわねばなりませんでした。

レッスン日当日は、グッタリヘロヘロで、マックスな状態まで読み込めていれば、「ここは、こういう言い方をして」のご指示にも すぐに対応出来たところが、「あー、あそこもここも、出来なかったなー」と反省しきりでした。
おまけに、今までよりももっと滑舌が悪くなってしまっていて、先生に、「何を言ってるのか解らない」とまで指摘されてしまいました。
覚えたつもりの暗記の台詞も、いざ先生やプロデューサーさんや他のレッスン生の前でやってみると、何秒間か間が空いてしまったり、間違った行の台詞を言ってしまったりして、何度も先生に助け舟を出していただきました。

ほんとにこの回のテキストはハードでした。
だから以降、このくらいハードなテキストが来たら、せめて前夜くらいは しっかり眠っておこうと思いました。
けれど、これも良い経験になりました。
この回で激しく鍛えられた事は、言うまでもありません。

好きで受け始めたレッスン、どんなにハードでも、結果的に出来なくても、牛歩、否、蝸歩であっても進歩して、アマチュアなりにも頑張り続けたいと拳を硬くしています。

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第6回第7回の演技のレッスンを受けて [リポート]

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今日は、先日の 5月16日5月23日に行われた 演技のレッスンのリポート&感想をつづらせていただきます。

先ず、5月16日は、「ハムレット」でした。
前半では、男女がペアになって、極めて短い いかようにも解釈出来る言葉で構成されたダイヤローグを使って 即興劇を作ったり、指定された単語を スタジオ中を動きながら発し、その後をもう一人が影のようにコピーする という事をやりました。
これらのレッスンは、私は以前にいた研究所で、全く同じではないけれど かなり似た様な事を経験していたので、何を要求されているのかが解り、戸惑いや迷いなく実行出来ました。

メインレッスンの「ハムレット」では、この戯曲中、最も有名な「このままでいいのか、いけないのか、、、」のハムレットの独白を、レッスン生一人一人の不得手としている部分を 綿密に指導していただきました。
私は当然の事ながら、言葉が明瞭でない所を、くり返し指摘されました。

やはり今回も「滑舌の悪さ」の話しになり、先生は、「普段しゃべっている時や無感情で下読みする時は、全く滑舌の悪さはないけれど、感情を込めた台詞になると悪くなるね。 それには何か原因があるんだよ。 もしかしたら、今までやってきた事の何かが 引っかかっているのかも知れないね。 その原因が『何か』は、ぼんぼちさんが見つけるしかないんだよ」と仰いました。

私は家に帰って、「何が原因になっているか」を、過去に在籍していた 演技の研究所と朗読の研究所にいた時を思い出し、一晩考え、ある一つの原因が思い当たりました。
それはーーー
今まで演ってきた・読んできたホンは、担当のクラスの先生の書き下ろしだったり、私が中学生の時から慣れ親しんできた近代文学だったり、難しいところでも、アーサー・ミラーだったのです。
対して今度は、「わわわぁ〜! 天下のシェイクスピアだぞ!! 今まで、高尾山(東京の小学生が遠足で登る山)しか登った事しかない者が、エベレスト登山に挑むが如きだ!」と、非常に大きな圧迫感 プレッシャー 緊張感 を覚えずにおれなかったのです。
おそらくは それが原因だ、と自己判断しました。

そして、第7回の「リア王」のテキストが来た時には、「これは、天下のシェイクスピアではなく、無名のしがない劇作家が書いた戯曲だ」と思い込んで自主練しました。

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一週間後の「リア王」レッスン当日ーーー
そう思い込んでいたにも関わらず、何度もトチったり、明瞭に発音出来ない音がありました。
先生に、前述の、思い当たった原因と 自分の中でどういう思い込みをしたかを話したら、「それをやって直るなら、そういう思い込みの方法を取ってもいいけど、原因は違うと思うよ」と言われました。
先生の仰るとおりだと、瞬時に気がつきました。
試した思い込みが正しい解決法であったなら、今回、淀みなく読めた筈なのです。
「何が原因か、また考えてみます」と答えました。
最後に先生は、「(ぼんぼちさんは)ある程度の事は出来てるからね」と仰られ、そのお言葉がとても嬉しく、同時に、自分が、プロやプロを目指しているレッスン生達の中で、ほんとは来てほしくないお荷物になってはいない と解り、ホッとしました。

帰路ーーー
先生にもご指摘を受けたように、私は、無感情で台詞を読むと 淀みなく明瞭に読め、感情を込めると、とたんに滑舌の悪さが露呈する事を思い出しました。
なので原因は、余りにも強く感情に引っ張られて、台詞がそれに追いつかなくなるからではないか?!と思いました。

次のテキストが来た時には、感情に引っ張られないように、常に冷静に、言葉がアップアップフウフウにならないようにキモに命じよう!と、鋼鉄の様に拳を固くしました。
どうか!これが本当の原因で、この解決法が正解でありますように!!

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第5回目の演技のレッスンを受けて [リポート]

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今日は、4月16日に行われた 第5回目のレッスン「リア王2」の、リポート&感想をつづらせていただきます。

前半は、主に、日本語のどの音は口腔内や鼻腔や声帯がどの様な状態になるか、という先生のお話しでした。
理屈では解っても、台詞を発しながら これらの状態で明確な音を出すのは難しそうだぞ! でも、出来る様にならなければ!と思いました。

後半は、メインレッスンで、「リア王」の、前回でやった 娘二人とリアの会話と、リアが死に至るラストの場の一部の長台詞を勉強しました。

先生に、「一度目にやった緩急の付け方と逆の緩急でやってみて!」と指示されてやったら、「そのほうが良い」と言われ、なるほど、パッ!と一度目に浮かんだ台詞の読み方を 自分の中で決定してしまわないで、あれこれ幾通りもやってみる事が必要なのだ と学びました。
それから、またしても滑舌の悪さを指摘されたのと(これはおおいに自覚があったので、「やっぱり!」と思いました。)「役になり切って感情大放出で陶酔してはいけない。 あやつり人形を動かす様に、自分は一歩引いた位置から演技をする様に」とのダメ出しを受けました。
この瞬間、私は、あーーーーーーっっっ!!!と、心の中で叫ばずにおれませんでした。

それはーーー
以前、演技論の講義を机上で学んでいた時、「陶酔型の演技は宜しくない。 役者は、あやつり人形を動かすが如くに 一歩後ろに下がって冷静に演技をしなければならない。」と教えられ、「あぁ、なるほど なるほど、その通りだ!」と頷き、それをスラスラとノートに書き記していたのです。

今回 自分がやった読み方が陶酔型だったと、先生に指摘された時点で初めて、「あっ!ほんとだ! 今、自分、陶酔していた、、、陶酔型の演技というのは、こういう事なのだ!」と、ハッ!としました。
同時に、ゆっくり無感情で台詞を読むと、滑舌の悪さは出ないのに、昂ぶった感情になると悪さが露呈してしまうのは、感情が、うわーーーーーーっっっ!!!と湧き上がってくるにまかせて台詞を発しようとするから、つい台詞が早くなって滑舌が追いつかなくなるのではないか、とも先生は分析され、先生の仰る通りだと気づかされました。

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これからは先生のご指示通り、そして机上の演技論でも学んでいた「あやつり人形を動かす様に、自分は一歩引いた位置に立って冷静に」台詞を読む事を目指そうと心しました。
しかし、これ、ものすごくハードル高そうだなあ、、、
でもとにかく、おいそれとは出来ないかも知れないけれど、そこに向かう心づもりで、何度も何度も自主練しようと、拳を硬くしました。
それが出来る事によって、滑舌の悪さも露呈しなくなれば、そちらの問題も解決される訳だし、、、

今回のレッスンほど、「言うは易し 行うは難し」を身に沁みて感じた事は、これまでの私の人生経験で 他にありません。
そういえば、だいぶ前のブログの過去記事でも、机上の理論で習った通りに「陶酔型の演技は宜しくない。 あやつり人形をあやつるが如くに、、、」と、偉そうな演技論を書いていたのです。
自分が出来もしない事を偉そうに書き連ねていた自分を 恥じました。
そして、かつて自分がプロの画家だった時、美術業界誌に美術評論家に、私の作品について(決して否定的な評ではなかったのですが)あれこれ書かれた事に、「評論家ってヤツは、自分が描けもしないくせに、偉っそうな事ばかり書きおって! けっ!」と、不快に感じていたのを、演技の世界に於いては、自分が全く同じ事をしていたのに気づき、二重に恥じました。

又、この一連のレッスンを受けに来るレッスン生は、私の他は、プロを目指している方や すでにプロとして活躍されている方ばかりです。
特にベテランのプロの方の台詞を聴いていると、「すっごいなぁ!」と、それだけでも とてもとても勉強になります。
私のような一アマチュアが、このような方々と一緒にレッスンを受けられるなんて、おそれおおい限りです。 ありがたい限りです。
そういった観点からも、このレッスンのシリーズは、大変に有意義であります。

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第3回第4回の演技のレッスンを受けて [リポート]

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今日は、2月の末から受け始めた演技のレッスンの、第3回(3月28日)第4回(4月4日)のリポート&感想を書かせて頂きます。

先ず、第3回「ハムレット」。

前半のレッスンでは、「助詞」が台詞に於いて如何に大切か、という事を学びました。
助詞というのは、無論 強く前に出てはいけないのだけれど、ただそれだけではなく、弱く小さくありつつも 大切に感情を込めて、つまり 助詞で以て感情が如何に伝わるか が違ってくる、という事でした。
ほんとうに巧い役者さんというのは、助詞の使い方のテクニックに非常に長けているそうです。
私が過去に通っていた演技の研究所と朗読の研究所では、いずれも「助詞は強く言い過ぎなければそれでいいです」としか指導されていなかったので、目からウロコでした。
これからは先生のご指導通り、助詞をおざなりにしない様、気をつけて台詞を読んでゆこう! と思いました。
でも、頭では理解できても行うは難しで、出来るかどうか、、、

メインレッスンは「ハムレット」の部分戯曲で、ハムレット作品中最も有名な、「このままでいいのか、いけないのか〜尼寺へ行け!」までを勉強しました。
中、私がダメ出しをされたのは、「台詞中に言葉頭で韻を踏んでいる箇所があるので、そこを韻を踏んでいる事を意識しつつ 観客に心地良く聞かせるように」と、あと、滑舌が悪い事でした。

滑舌の悪さは子供の頃からの強いコンプレックスで、高校生の頃までは、日常生活で、ニ、三度聞き返されてやっと私が何を言っているのか聞き取ってもらえ、毎日 頬の内側と舌を噛んでしまい、いつも口の中が傷だらけになって 血が滲んでいたほどでした。

けれど以前にいた研究所二ヶ所では、ただの一度も滑舌の悪さを指摘された事がなくて、「こんなにこんなにこんなに滑舌が悪いのに、なんで注意されないのだろう???」と 不思議でなりませんでした。
ですから、滑舌の悪さ改善の方法論を乞うきっかけが何も掴めませんでした。

で、今回の先生は、母音と子音の舌の位置まで細かく分析し 教えてくださる先生なので、近いうちに絶対にこの点を注意されるに違いない と予測していたら、あんのじょう、注意されました。
私が、「昔から自覚はあるのですが、改善の方法論が解りません」と言うと、「アナウンサーのように感情抜きで読む練習をすると良いですよ」とアドバイス頂いたので、毎日 アナウンサー読みを自主練する事にしました。
滑舌の悪さは長年の強いコンプレックスであるだけに、時間はかかるかも知れませんが、何としても直したい 自分の中の課題です。

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次に、第4回「ロミオとジュリエット2」。

前半は、「振り返る」レッスンでした。
街で見知らぬ人に突然声を掛けられて「はい?」と振り返る。
この振り返り方にも、クビや腕や足、身体全体の動かし方やテンポなどの細かい計算が必要なのを知りました。
あぁ、役者さんというのは、こういう何気ない動き一つにも、細心の意識を込めて演技をされているのだなあと、驚きました。

私はアマチュア映画評論家として、ブログにしばしば映画評(感想文)を綴っていますが、これまでは 劇映画であっても、監督 脚本 編集 キャメラの目線からばかり評を書いていて、役者さんの演技については一つもふれない、主役の役者さんの名前すら出さない評論が殆どだったので、これからは もっと役者さんの演技に注目して、演技についても書いてゆかなければ役者さんに失礼だな、と思わずにおれませんでした。

メインのレッスンは、第1回の「ロミオとジュリエット」でやらなかった部分で、今回は誰もが知る バルコニーでの密会の場でした。
私がダメ出しされたのは、ロミオの台詞のワンセンテンスの中に「傷」という語が二つ出てくる所の「傷」を、韻を踏む様に という事と、ロミオの台詞とジュリエットの長台詞で、心情的にテンションが上がってくる件りで「慌てないで!」と注意されました。
あぁ、登場人物の心情がテンションが上がっても、そんなに早く読んではいけないんだな、これからは気をつけよう!と心しました。

又、「ハムレット」の日に先生にアナウンサー読みをすすめられたので、「この一週間、毎日 必死にアナウンサー読みをしました」と言ったら、「そんなにやらなくていいですよ、週一回くらいで」というお答えが返ってきたので、週一のペースでアナウンサー読みの自主練をする事にしました。
「ロミオとジュリエット」の部分戯曲も、テキストが送られてきて当日まで4日間あったので、3日間をアナウンサー読みに費やして、4日目の1日だけを感情を込めた自主練をしたのですが、次回からはテキスト戯曲も、アナウンサー読みは最初の1日だけでいいのかな?と思いました。

私はこのレッスンに通っていると、中学生に戻れた気持ちになります。
というのは、中学一年で衣裳係りだけをやりたくて入った演劇部で、高校生の先輩(中高一貫の学校だったので)に、演技の基礎レッスンは部員全員がやる事を強いられ、コーチを呼ばずに先輩が後輩を指導する形を取っていたのですが、「先輩達って、演技の事何も知らないで、間違った事ばかり教えてるんじゃないか???」という疑問を常に抱えていて、プロのコーチに正しいメソッドをビシビシ指導して頂けたらどんなに気持ちがスッキリするだろう!と思い続けていたからです。
その 中学一年からの夢が、ようやっと今、こういう形で叶ったのです。

私の人生は、前半、マイナスばかりでしたが、後半になって自由を獲得できた為に、一つ また一つと、何十年もかけて、人生前半の取り戻しをしてきています。
それが今、私が生きている目標です。
そして、あれもこれも、もうおおかた、取り戻しが出来ました。
こうして、納得出来る先生に演技のレッスンを受けられる事が、人生 最後の取り戻しになっています。
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演技のワークショップを受けて [リポート]

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2月28日、3月7日と、念願だった演技のワークショップを受けてきました。
このワークショップは、私のようなアマチュアからプロとしてお仕事をされている幅広い人を対象とした 台詞向上のためのレッスンです。
テキストは、毎回、シェイクスピアのいずれかの戯曲からで、講師は、シェイクスピアを専門分野とする プロ中のプロの先生です。

第一回目も第二回目も、受講生の人数は5人で、初回はプロを目指している初心者の若い人が多く、二回目は、私以外は、全員 プロを目指している人、又は すでにプロとして活躍している人でした。

第一回目のテキストは「ロミオとジュリエット」で、私はロミオ役を誉められました。
けれどこれは、初回だったので、多分に先生が、点数を甘くつけておだてて下さったのだと察します。

第二回目は殆どの受講生がプロ という理由ででしょう、レッスンは初回より遥かにハイレベルのものを要求され 厳しかったです。
テキスト戯曲は「リア王」でした。

私はこの回で、主に三つのダメ出しをされました。
先ず一つ目はーーー
「ぼんぼちさん、そういう芝居もあるんだけど、それは田舎芝居です。 それでは台詞を発する前から 観客に全て『あぁ、この役者は次にこういう言い方をするな』と読まれてしまいます。 読まれてしまってはいけないんです。 役者は観客が読んでいる事の逆、逆をやっていく事で、観客をグッ!と惹きつけるんです」と指摘されました。
私はこの瞬間、目からウロコがポロポロポロポロ〜〜〜ッと落ち、この先生にこそ!これからもついて行きたい! と強く思いました。

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というのはーーー
私は20年くらい前に、某演劇研究所の週一のクラスに通っていたのですが、そのクラスの先生の教えというのは、「観客が、この役者はこうやるだろうな、と予測している事を裏切ってはダメなんです。 例えば、失恋した人が海辺に来たら、観客は、この登場人物はきっと『ばっかやろー!』と叫びながら、海に向かって石を投げるだろうな、と予測しますよね。 その通りの事をやらなければいけないんです。 それが『演技を解る』という事なんです。」というものでした。
そういう演技が出来るようになった時、私はその先生から「そうそう、演技っていうのはそういう事。 100点満点です!」と 合格のハンを押されました。
けれど、私の中には、釈然としない もやもや〜っとしたものが残り続けました。
「こういう方向性の演技って、果たして正しいのだろうか? 又、こんな程度の演技で100点って、もっともっともーーーっと上があるんじゃないだろうか?」ーーーと。
今回の先生のご指摘で、もやもや〜は一気に晴れ、こちらの先生のお考えこそ納得出来る!と 心底思えました。

二つ目のダメ出しはーーー
「母音で始まる台詞の母音が少し長く、台詞終わりに余韻を持たせるクセがあります。 それも直すように。」でした。
これも、以前にいた研究所や15年くらい前に週一で通っていた朗読のスタジオでは、「ぼんぼちさんは少しもクセが無くて良いですね。」と誉められていた事なので、やはり目からウロコでした。
例えるならーーー
過去にお習いしていた先生が、裸眼で見て、「あー、綺麗なお肌ですねー! 完璧ですねー!」と 先生ご本人からして気が付かれなかった事を、今回の先生は、顕微鏡の目を持っていらして、「あっ!ここにシワがある!ここにはシミがある! これ、どうにかしないといけないです。」というくらいに、細かく鋭いご指摘でした。
あぁ、プロをさらに上達させる立場の先生というのは、ここまで細かい部分を見抜いて下さるのだ!と 驚きました。

三つ目はーーー
長台詞の中の区切りになる意味の時には、間(ま)を取るわけですが、その間の後の台詞は、間以前の台詞とカラー(ニュアンス)が変わっていなければいけない、という事でした。
これも又、以前の研究所や朗読のレッスンでは、単に「適切な間が取れれば良いです。」とだけ言われていたので、やはりやはり目からウロコでした。

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次回のレッスンは3月28日で、テキストは「ハムレット」なので、その時までにその三点を直せるようにしておかねば!と 拳を硬くしています。
そして次回のレッスンでは、又 新たなダメ出しを幾つもされるに違いないと思います。
そしたら次々回までに直し、次々回には又新たなダメ出しが、、、と、そうやって、一段毎にステップアップしてゆきたいです。

又、今回の先生を非常に尊敬出来る、と深く頷けた事が、もう別の側面からもあります。
今回の先生は、「『何故』そうなのか、を詳らかに説明して下さる」「先生自らがお手本をやってみて下さる」「扱うモチーフについての、広く深いお話しを色々として下さる」という事です。
この三点は、私が以前、私塾で絵を教える仕事をしてきた中で、大変に重要だと考え、必ずやっていた事なので、ジャンルは違ってもそこは同じに違いなく、先生のレッスンは、とても解りやすく、疑問を感じず、説得力のあるものでした。

私はこれまで、複数人の演技・朗読の先生にレッスンを受けてきましたが、さすがにプロを教える立場の先生というのは、頭抜けたクオリティの先生なのだなあと、嬉しく驚いています。

私は、中学一年の時から、このような先生に、厳しくレッスンを受けるのが夢だったのです。
50年近くかかって、ようやっと、その夢が叶いました!
あ〜!幸せ!!
レッスン・自主練共に真剣に勉強し、より、映画・演劇についての造詣を深めたいと思っています。
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