銘菓ひよ子に対する極めて個人的な感情 [戯曲]
ぼんぼち、一人、空舞台で背を向け、ピンスポを浴びている。
「みなさん、、、みなさんには、おありでやしょうか? 理屈では理解出来ても感情ではそれが許せない ということが」
ぼんぼち、顔を半分だけ客席に向け、横目で客席を見る。
「あっしにはありやす。、、、、、それは、、、」
身体ごと完全に向き直り、仁王立ちになる。
「銘菓ひよ子は、東京銘菓なぞではなく、福岡のみの銘菓なのでやす!!!」
懐からひよ子を一つ取り出し、声を落とし
「えぇ、あっしだって、理屈では百も承知なんでやすよ。理屈ではね、、、、、ひよ子の製造会社『吉野堂』の社長さん自らが、元々 福岡のみで銘菓として販売していたひよ子を、第一回東京オリンピックで東京に進出させ、その後の東北新幹線開通の折りには『東京土産ひよ子』として売り出した事を。、、、、、しかし、(徐々に 声、荒いでくる)あっしら、昭和四十年代を福岡に過ごした子供達にとって、ひよ子は、福岡銘菓以外の何者でもなく、福岡一の人気菓子だったのでやす! その刷り込みは、今以て、みぢんも薄れていないのでやす!!」
ひよ子の袋をはぐり、ひよ子の背を あたかも生きているひよこを愛でるが如くに撫で
「このひよ子愛、東京人には解らないでやしょうねぇ。 東京人のそこのアナタ!そこのアナタ!!中でも江戸っ子のそこのアナタなんぞには!!!」
次々と客席にいる東京人を指差す。
「えぇ、解る筈なんぞありやしぇん。じぇんじぇん解る筈なんぞ、、、、、なんせ、東京には、昔から 数え切れないほどの それはそれは美味しい銘菓がありやすからねぇ。、、、東京ばな奈、雷おこし、人形焼き、舟和の芋ようかん、梅園の豆かん、銀座ウエスト、資生堂パーラーのクッキー、何故か回文のごまたまご、、、、、、、しかし、昭和四十年代の福岡には、たったの五つ(片手で五と示す)の銘菓しかなかったのでやす。、、、鶴乃子、にわかせんべい、チロリアン、梅が枝餅、そして、、、(ひよ子をもう片手に乗せかかげ)ひよ子。、、、この五つの福岡銘菓の中で、ひよ子はあっしら子供達にとって、ダントツ一番人気のお菓子だったのでやす。 父親や親戚のおじさんや近所の人がひよ子を土産にくれた時は、それはもぅモミジのような小さな手を天に向けて『嬉しかー!!』と 部屋中を跳ね回ったものでやす。、、、土産が鶴乃子だった時の『何でマシュマロと黄身餡なんてありえない組み合わせするんだー』的な違和感。 にわかせんべいと対面した時の、あの 人を小馬鹿にした様なタレ目の焼き印の恐怖感。 チロリアンという商品名でありながらも『これのどこがチロル地方なんだー?』的な疑問。 今、思い返すと『グリコのコロンと同じぢゃないかー』的な懐疑感。 梅が枝餅は美味しいには美味しかったけれど、日持ちがしない為に『早く食べなきゃー』的な焦燥感。 食べたら食べたで『そんなに食べると夕ご飯のがめ煮が食べられなくなるけんねー』というばあちゃんからの忠告。、、、それにひきかえ、ひよ子は、『日持ちがする』『類似商品がない』『単純明快に美味しい』、、、そして何より、この愛らしい姿でやす! どこぞの巨大テーマパークのキャラクターのようには少しも媚びを売らない、素朴かつシンプルな姿でやす。(ひよ子の口先に、あたかも愛しい者にするが如くキッスをする)、、、フッ、、、東京人のみなさんに、この ひよ子愛はありやすか?、、、、、(ニヤリと含み笑いをし)東京人のみなさんは、ひよ子を食する時に、流儀というものはお持ちでやしょうか?、、、、、昭和四十年代の福岡の子供達は皆、各々がひよ子を食べる時には『自分の流儀』というのを持っていたのでやす。、、、アタマからかじる派、お尻からかじる派、外側の焼き皮だけを剥いて先に食べておいて、中の黄身餡を最後のお楽しみに取っておく派、、、ちなみにあっしは、アタマからかじるのが忍びなくて、お尻からかじる 優しさと慈悲に満ちた派でやした。(と、ひよ子のお尻をひとかじりする)、、、、、それに、東京人のみなさんは、ちゃぶ台に背を向け 座布団を腹に敷いた体勢で マンガを読みながら、ちゃぶ台の上のひよ子を取る事が出来やすか? ワン ツー スリー のスリー目で、あたかも掌にひよ子キャッチレーダーがあるようにひよ子を手中に収めることができやすか? 東京人のそこのアナタ!そこのアナタ!!中でも江戸っ子のそこのアナタなんぞに!!!、、、フフッ、できないでやしょう。なんせ、東京人の掌には、ひよ子キャッチレーダーが着いていないでやすからねぇ。 昭和四十年代の福岡っ子の掌には、全員、ひよ子キャッチレーダーが着いていたのでやすっ!!!」
いつしか、ぼんぼちの周囲には、ひよ子のお尻の破片が散らばっている。
ぼんぼち、残ったひよ子の身体もほおばり始める。
「ひよ子は、、、ひよ子は、、、吉野堂の社長さんが何と仰ろうが、全東京人にどれほど否定されようが、、、うぐっ、、、むぐっ、、、福岡銘菓なのでやすっ!!、」
ぼんぼち、懐から次々と銘菓ひよ子を取り出し、袋をはぐっては尻から食べ、をくり返す。
「銘菓ひよ子は、、、んぐっ、、、銘菓ひよ子は、、、ほぐっ、、、福岡、、、んがっ、、銘菓、、、げほっ、、、以外の、、、ぐぐっ、、、お菓子では、、、ぐむっ、、、、、」
台詞、しだいにモノローグめいてきて、客席に観客がいる事など、ぼんぼちの頭から消えている。
なおかつ、ひよ子をほおばり、ぼんぼちの周囲は、ひよ子の袋と破片でいっぱいに汚れ、
ピンスポ絞られ、点となり、暗転。
嗚呼!忘れじのサンチュの思ひ出 [戯曲]
(ぼんぼち、一人 みなのほうを向き 正座)
みなさん、サンチュといふのを御存じでやしょうか?
そう、あの 焼き肉を包んで食す 緑色のでこぼこつやつやの葉っぱでやす。
今日は、あっし・ぼんぼちが、忘れやうにも一生忘れることのできないサンチュの思ひ出を みなさんにだけ そっと (掌の内側を口にそえる) 打ち明けやうと思いやす。 (うつむき しばしの間)
-----あれは、とろりとうららかな ある休日でやした。 (遥か彼方をみる)
あっしは、ちょいと早めの晩酌の肴は好物の焼き肉にしやうと、隣町のスーパーにて、エビスビールと ラッキーなことに賞味期限の近いために半額になっていたコチュジャンと、そして もっと運のいいことに カルビをタイムサービスの大特価で求むることができやした。
ねずみ色のゴムぞうりをぺたぺたと、けれど心の中は 思ひもかけぬ幸運にスキップせずにはおれなく、その思ひは つい 白いレジ袋の前後に揺るるリズムとなって あらわれてしまふのでやした。
-----と、あっしは 重要なものを買ひ忘れていることに気づきやした。
(目を丸く見開き) サンチュでやす。
さきのスーパーまで戻るのも もはやめんどうで、かといって、アパートまでの道すがら 別のスーパーも八百屋もなく (やや 眉をハの字にする)・・・・
と、(ぱっ!と眉を上げ) ほとんどの商品を百円にて売る店が 丁度 目の前にたたずんでやす!
こういう店は大抵、スタンダードな野菜しか置いてないものでやすが、まぁ、サンチュがなくとも レタスかキャベツならあるでやしょう と、自動扉のマットを踏むや、野菜コーナーに ひょこひょこと歩をすすめやした。
なんと! (目を よりいっそう大きく見開き) あるではありやせぬか! サンチュ!!
しかも、淡い草色が 今まで目にしたこともないほどに新鮮そうでやす! (身を乗り出す)
ねずみ色のゴムぞうりをぺたぺたと、けれど 心の中は より思ひもかけぬ幸運にツーステップを踏まずにはおれなく、その思ひは 白いレジ袋二つの大きく前後に揺るるリズムとなって あらわれてしまふのでやした。
擦り切れた四畳半の我がアパートに着き ゴムぞうりをすっとばし脱ぐや、あっしは、大繁盛の居酒屋の店員のやうな勢いで、一人用プレートを出し カルビを皿に並べ コチュジャンをむらちょこに絞り、そして サンチュを水道でピャーーーッと洗ひ、どっかとあぐらに落ちつき、「ぼんぼち、お疲れ!」 (無対象の手でカンパイ) 破れたふすまに立ててある埃でぼやけた鏡に向かって 労をねぎらいやした。
そして、肉汁したたる幸運を絶妙なミディアムレアに焼き 甘辛い幸運をピョピョッと小粋につけ 新鮮な幸運で手際よく包み、あーーーんと (大きくあーーーんの口) 口へ運びやした。
「・・・・・なんか ざらっとするでやすな。 そして 微かにぷちぷちっとも・・・」 (小首を傾げる) と思いやした。
でも ちゃんと洗ったんでやすし、第一 こんなに若々しい草色なんでやすし・・・・
も一つ、そして も一つと、あっしは、幸運に幸運をつけ幸運で包んで、「あーーーん」と 我が内を幸運で満たしてゆきやした。
・・・・それにしても「ざらっ&ぷちっ」が どうも気になりやす。 (腕組みをして首をひねる)
つまりは、新鮮そのものの色味と舌触りの間に 不条理を覚えずにはおれないのでやす。
新鮮を一枚 手に取り (片掌を出し) じーーーーーーっとまなこを近づけると (その掌に顔をぐーーーーーっと近づける)
そこには・・・・・・・・(間。 大きな呼吸づかい)
若草色のアブラムシ【別名・アリマキ】が、びーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっしりと、さながら五分でチケットが完売する人気ミュージシャンのスタンディングライヴ会場のやうに 隙間なく くっついていたのでやす!!! (長き間。 より大きな呼吸づかいに身体揺れる)
(眉はハの字に) ふ・・・ふ ふ・・・・・あっしは 何と幸運なのでやしょう! 何と幸運で満たされた人間なのでやしょう!! (言い了えぬ内に 涙あふれる)
アブラムシ【別名・アリマキ】が居心地良く住む・・・・つまりそれは要するに、農薬も放射能も浴びていないといふ証しではありやせぬか!!!
ふふふふ(涙をぬぐう。 拍子に眼鏡かしぐ)
ふふ は は・・・・あっしほどの幸運な人間は、は は・・・そうそう居るもんぢゃあありやせぬ。 (涙あふれる。 眼鏡 完全にずり落ちる)
は は ははははは・・・・・・(虚空を見、声を飛ばす。 涙 とめどなくあふれる)
(ふいに正面を向き) 残りのサンチュはどうしたか でやすか?
(たてた掌を左右に大仰に振り) あっしだけがこんな幸運を頂戴するのは みなさまに申し訳ないと・・・バチ当たりだと・・・謙虚に博愛精神の元に そこで食するのをやめやした。
苦渋の選択で以って、幸運は、庭のドクダミの根方に 丁重にお供えさせて頂きやした。 (合掌)
(手を合わせたまま、その身体 激しく前後に揺れ)
あっしだけ・・・・うっ うっ・・・あっしだけが、これ以上幸せになる訳にはまいりやせぬっっっ・・・
う うーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ (突っ伏し 嗚咽)
みなさん、サンチュといふのを御存じでやしょうか?
そう、あの 焼き肉を包んで食す 緑色のでこぼこつやつやの葉っぱでやす。
今日は、あっし・ぼんぼちが、忘れやうにも一生忘れることのできないサンチュの思ひ出を みなさんにだけ そっと (掌の内側を口にそえる) 打ち明けやうと思いやす。 (うつむき しばしの間)
-----あれは、とろりとうららかな ある休日でやした。 (遥か彼方をみる)
あっしは、ちょいと早めの晩酌の肴は好物の焼き肉にしやうと、隣町のスーパーにて、エビスビールと ラッキーなことに賞味期限の近いために半額になっていたコチュジャンと、そして もっと運のいいことに カルビをタイムサービスの大特価で求むることができやした。
ねずみ色のゴムぞうりをぺたぺたと、けれど心の中は 思ひもかけぬ幸運にスキップせずにはおれなく、その思ひは つい 白いレジ袋の前後に揺るるリズムとなって あらわれてしまふのでやした。
-----と、あっしは 重要なものを買ひ忘れていることに気づきやした。
(目を丸く見開き) サンチュでやす。
さきのスーパーまで戻るのも もはやめんどうで、かといって、アパートまでの道すがら 別のスーパーも八百屋もなく (やや 眉をハの字にする)・・・・
と、(ぱっ!と眉を上げ) ほとんどの商品を百円にて売る店が 丁度 目の前にたたずんでやす!
こういう店は大抵、スタンダードな野菜しか置いてないものでやすが、まぁ、サンチュがなくとも レタスかキャベツならあるでやしょう と、自動扉のマットを踏むや、野菜コーナーに ひょこひょこと歩をすすめやした。
なんと! (目を よりいっそう大きく見開き) あるではありやせぬか! サンチュ!!
しかも、淡い草色が 今まで目にしたこともないほどに新鮮そうでやす! (身を乗り出す)
ねずみ色のゴムぞうりをぺたぺたと、けれど 心の中は より思ひもかけぬ幸運にツーステップを踏まずにはおれなく、その思ひは 白いレジ袋二つの大きく前後に揺るるリズムとなって あらわれてしまふのでやした。
擦り切れた四畳半の我がアパートに着き ゴムぞうりをすっとばし脱ぐや、あっしは、大繁盛の居酒屋の店員のやうな勢いで、一人用プレートを出し カルビを皿に並べ コチュジャンをむらちょこに絞り、そして サンチュを水道でピャーーーッと洗ひ、どっかとあぐらに落ちつき、「ぼんぼち、お疲れ!」 (無対象の手でカンパイ) 破れたふすまに立ててある埃でぼやけた鏡に向かって 労をねぎらいやした。
そして、肉汁したたる幸運を絶妙なミディアムレアに焼き 甘辛い幸運をピョピョッと小粋につけ 新鮮な幸運で手際よく包み、あーーーんと (大きくあーーーんの口) 口へ運びやした。
「・・・・・なんか ざらっとするでやすな。 そして 微かにぷちぷちっとも・・・」 (小首を傾げる) と思いやした。
でも ちゃんと洗ったんでやすし、第一 こんなに若々しい草色なんでやすし・・・・
も一つ、そして も一つと、あっしは、幸運に幸運をつけ幸運で包んで、「あーーーん」と 我が内を幸運で満たしてゆきやした。
・・・・それにしても「ざらっ&ぷちっ」が どうも気になりやす。 (腕組みをして首をひねる)
つまりは、新鮮そのものの色味と舌触りの間に 不条理を覚えずにはおれないのでやす。
新鮮を一枚 手に取り (片掌を出し) じーーーーーーっとまなこを近づけると (その掌に顔をぐーーーーーっと近づける)
そこには・・・・・・・・(間。 大きな呼吸づかい)
若草色のアブラムシ【別名・アリマキ】が、びーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっしりと、さながら五分でチケットが完売する人気ミュージシャンのスタンディングライヴ会場のやうに 隙間なく くっついていたのでやす!!! (長き間。 より大きな呼吸づかいに身体揺れる)
(眉はハの字に) ふ・・・ふ ふ・・・・・あっしは 何と幸運なのでやしょう! 何と幸運で満たされた人間なのでやしょう!! (言い了えぬ内に 涙あふれる)
アブラムシ【別名・アリマキ】が居心地良く住む・・・・つまりそれは要するに、農薬も放射能も浴びていないといふ証しではありやせぬか!!!
ふふふふ(涙をぬぐう。 拍子に眼鏡かしぐ)
ふふ は は・・・・あっしほどの幸運な人間は、は は・・・そうそう居るもんぢゃあありやせぬ。 (涙あふれる。 眼鏡 完全にずり落ちる)
は は ははははは・・・・・・(虚空を見、声を飛ばす。 涙 とめどなくあふれる)
(ふいに正面を向き) 残りのサンチュはどうしたか でやすか?
(たてた掌を左右に大仰に振り) あっしだけがこんな幸運を頂戴するのは みなさまに申し訳ないと・・・バチ当たりだと・・・謙虚に博愛精神の元に そこで食するのをやめやした。
苦渋の選択で以って、幸運は、庭のドクダミの根方に 丁重にお供えさせて頂きやした。 (合掌)
(手を合わせたまま、その身体 激しく前後に揺れ)
あっしだけ・・・・うっ うっ・・・あっしだけが、これ以上幸せになる訳にはまいりやせぬっっっ・・・
う うーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ (突っ伏し 嗚咽)