秋葉原に在った喫茶店「古炉奈(コロナ)」の思ひ出 [喫茶店・レストラン・カフェ]

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あれはまだ、私が朗読のレッスンも受けていて、かつブログも始めていた頃だから、およそ十二年ほど前の事になる。
朗読の自主練に使う為の録音機材を、その方面に明るい友人に見立ててもらう という理由で、二人で秋葉原に出向いた。

機材を買い終わり、どこかで一休しようという話しになった時、友人は、「それなら『古炉奈(コロナ)』がいいよ! ぼんぼちちゃん、絶対気に入るから!」と、寸分の迷いもない口調で提案した。

古炉奈は、秋葉原駅に隣接したアキハバラデパートのニ階に在った。
大きな窓から、贅沢過ぎる程に陽が入り、広々としたフロアには、ぽつり ぽつりと、十二分にプライベート空間を満喫出来る間隔で、焦げ茶色のスマートなテーブルと椅子が配置されていた。
友人は、「ここのテーブルと椅子は、長野の松本民芸家具のなんだよ」と指した。
どおりで、細い造りながらも重厚感のある レトロかつ洒落た 品のいいテーブルと椅子だった。
ーーーという事は、ここは数在る喫茶店ジャンルの中では民芸喫茶になるのだな、と思った。

民芸喫茶は、私はかなり好きなジャンルの喫茶店で、中学一年の時からあちこちの民芸喫茶の扉を押して来た。
有名所だと、新宿の「青蛾」あたりには、学校帰りに 勘定不可能なほど立ち寄っていた。

民芸喫茶というと、大抵、ニスの塗られていない木造りの薄暗い内装に、棟方志功の版画 棚には益子焼きの器というのがお決まりだったが、これほど明るくスタイリッシュで まるで軽井沢の高級ペンションのような民芸喫茶は珍しいな、と見回した。

メニューが運ばれて来るや友人は、「ここは炭火焼きのアイスコーヒーが美味しいよ!」と薦めるので、それを頼んだ。
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運ばれて来たのはーーー
ミスト状態に冷やされたフルート型のシャンパングラスに入れられた 氷の入っていない 真っ黒なアイスコーヒーだった。
一口、口に含むとーーー
濃く 苦く ひんやりと、松本家具同様に、重厚感のある味わいだった。
これなら!
私は、ある飲み方を試してみる事にした。
こういう方向性のコーヒーを出す店は、ミルクは、近年開発された植物性のコーヒーフレッシュではなく 100%純正の生クリームに違いないぞ! だとしたら、グラン・エ・ノアール(琥珀の女王)の様に、生クリームをフロートして飲んでみよう! と。
添えられた長いスプーンにピッチャーのミルクを一垂らし流し入れて確認してみると、やはり100%純正生クリームだった。

私は、スプーンの背をグラスの内側にあて、生クリームを静かに一センチ程の厚さに注ぎ、フロートした。
ーーー私は昔、カクテルラウンジでアルバイトしていた経験があるので、フロートのやり方を知っていたのだ。
しかも、リキュールにリキュールをフロートするなどというのは 比重が近い同士なので難しいのだが、生クリームは非常に比重が軽いので、フロートするのは、訳無い技術なのだ。

ちなみに、生クリームをフロートするカクテルの代表格には「エンゼル・キッス」というのがあるが、あれなどは、見た目は凝ってはいるが、バイト初日から作れる極めて簡単なカクテルなのである。

飲んでみると、予想通り! 生クリームの濃厚さと濃くて苦いコーヒーの力強さが上手く共演し、二種の味を同時に享しめた。

ふとカウンターの方を見やると、三人ほど並んで立っていらっしゃるウエイトレスさん達が、揃って 目を丸くして「驚きを隠せない!」といった面持ちで、私のグラスを凝視していた。

友人は、「あと何年かしたら、アキハバラデパートは取り壊されちゃうから、この店も無くなっちゃうんだよ」と耳打ちした。

あれから十二年ーーー
友人の耳打ち通り、古炉奈も無くなり、私の知る限り、街からは、阿佐ヶ谷の「珈司」を最後に、民芸喫茶も一軒も無くなってしまった。

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