老健(介護老人保健施設)「E」の施設内の様子 [リポート]

介護施設1.JPG

私の親友Tさん(60才 男性)は、過去記事「Tさんの脳梗塞発病記」にも記したように、今年の春分の日に 脳梗塞を発症し、中野区江古田のSという病院に入院した。
Tさんは、記憶力や思考力には何の支障も生じなかったが、右半身麻痺となってしまった。

S病院でこれまでリハビリを続けてきたがあまり回復せず、しかしS病院には病院側の決まりとして半年間しか居られないとのことで、S病院の関連施設で かつ地理的にも近い Eという老健(介護老人保健施設)に入所することとなった。
Eは、「在宅介護が困難な65才以上の人」と「40才以上65才未満で特定疾病を患っている人」に入所資格があり、Tさんは後者に当てはまるので、Eに三ヶ月間入所しリハビリを重ねた後に帰宅という運びとなったのだった。
なお、特養(特別養護老人ホーム)と老健はどう違うのかを極めて簡単に説明すると、前者は終の棲家となる施設で、この老健は、利用者各々に合った期間の入所で回復をさせ 最終的には自宅復帰を目指す場所なのだそうだ。

入所したてのTさんから「ここ(E)は、Sのディルームとは様子がぜんぜん違うから 覚悟して来てね。」とメールがあった。

介護施設.JPG

それから約一週間後、私はEへ Tさんの面会に訪れた。

先ずTさんの部屋へ行き 頼まれていた秋冬物の部屋着と映画のDVD数本を渡し、車椅子のTさんと共に 縦横にテーブルの並ぶ 広々とした共同スペースへと移動した。
一見 S病院のディルームと何ら変わりない 広さ・テーブル・椅子の配置だった。

がーーー
Sのディルームでの面会時と同じように Tさんと 最近観た映画や行きつけのカフェの繁盛ぶりや他の友人の話しを始めた私の耳に入ってきたのはーーー
「クスリ まだぁ〜? クスリ まだぁ〜? クスリ まだぁ〜?」
おじいさんのすっとんきょうな声だった。
「お薬はね、お夕飯が終わった後でしょ」
優しく諭す 職員さんの声が聞こえてきた。
けれど間髪おかず、「クスリ まだぁ〜? クスリ まだぁ〜?、、、」は、同じすっとんきょうさで続いていた。
介護施設.JPG

共同スペースをじっくりと見渡すとーーー
あちこちにお年寄りが座っていたが、会話をしている人はおらず、おおかたの人が何も考えていない風に ただただ空間をポカンと眺めていた。

共同スペースの出入り口脇にはL字型の受付があり、カウンター内で職員さんがニ、三人、パソコンに向かったり書類の整理をしたりしていた。
職員さんは、カウンター内にいる人も共同スペースで仕事をしている人も、殆どが30代くらいの男性だった。
そのカウンターに直角に付く形で 車椅子のおばあさんが三人、まっすぐに顔を向けていた。
そのうち二人は後ろ頭しか見えなかったので どんな表情をしているのか判らなかったが、一人は私の位置からお顔が見えた。細面の目の大きなおばあさんだった。
そのおばあさんは般若の如き形相で「ぐわぁぁぁ〜〜〜! ぐわぁぁぁ〜〜〜! ぐわぁぁぁ〜〜〜!、、、」と叫んでいた。
カウンターに向いたおばあさん達とカウンター内の職員さん達の物理的距離は、ちょうどバーカウンターの止まり木に掛けた客とバーテンダーくらいの近さだったが、精神的距離は、一億光年くらい離れているように感じられた。

私とTさんの隣りのテーブルの 顔も身体も丸っこいおばあさんは、職員さんの一人に、「今日はどうしちゃったのー? お顔が険しいよ。笑おう!」と 人差し指で眉間をなでなでされていた。
介護施設.JPG

車椅子で片足だけを使って共同スペース内をぐるぐる廻っている 60代くらいの男性がいた。
男性は廻りながら「あ、初めて見る顔だ」といった感で私を見上げ、再び車椅子を動かしていった。
この男性は、Tさんと同じ理由での入所だと察することができた。
ぐるぐる廻っているのは、車椅子に馴れるためのリハビリだと思われた。

Tさんとのひとしきりの近況話しが終わった時、Tさんは「この間、敬老会ってのがあってね」、急に声をひそめた。
「『ふるさと』って歌あるでしょ、あれをみんなで歌ったんだけどね。 僕の正面に座った○○さんっていう90代のおじいさんは『ふるさとはいい歌ですねぇ』って、さかんに感動を伝えてくれてね、穏やかに世間話もいっぱいしてね、『ではまた明日』って、部屋に帰って行ったんだよ。 で、次の日、僕が○○さんに挨拶したら知らんぷりされてね。 『ふるさと』を歌ったことも僕と話しをしたことも、僕という存在じたいも忘れてるんだよ」と言った。
介護施設.JPG

私は、共同スペースと扉で隔てられている廊下にある 職員さんや面会者用のトイレに立った。
トイレの横のテーブルでは、入所者の家族らしき二人の中年男女と職員さんの一人が、とても深刻そうな張り詰めた空気感で 前のめりに話し合いを行っていた。

私がトイレから戻ると、Tさんの背後に小柄なおばあさんが立っていて、職員さん三人に「今日は帰らないよ。帰るのは明日だよ。 明日になったらご家族の人が迎えに来てくれるからね」と 囲まれていた。
Tさんは再び声をひそめ「本人の意志とは関係なく入れられてる人が大半だからね。帰りたがる人が多いんだよ」と耳打ちした。

介護施設.JPG

「ぐわぁぁぁ〜〜〜!」と叫んでいたおばあさんは、皆より食事の時間が早いらしく、ずっと車椅子を付けていた受付カウンターで、職員さんに スプーンで以て アーンと食べさせてもらっていたが、一口口に入れてもらう度に「ぐわぁぁぁ〜〜〜!」と やはり般若の如き形相で叫んでいた。
職員さんは、淡々とスプーンを運んでいた。

丸っこいおばあさんが「トイレー!」と 幼児が発するのと同じように 天に向かって声を飛ばした。
すぐに職員さんの一人(なでなでしていた人とは別の人)がやって来て、手を引いて 入所者用のトイレに向かった。
さながら、元気のない幼児が親に手を引かれているようだった。
そして、30代男性職員さんと二人で 当たり前の様子で個室トイレに入って行った。

Tさんと二時間半ほどしゃべり、Tさんも夕飯の時間が近くなったので おいとますることにした。

受付で「ありがとうございました」と礼を言い、扉を開け エレベーターに向かった。
すると 職員さんの一人が足早に追いかけてきて「今日は来てくださってありがとうございました!」と会釈をし、エレベーターの下りボタンを押してくださった。
「また来ます!来週来ます!!毎週来ます!!!」と笑顔を向けると、彼は「ありがとうございます!!」と もう一礼してくださった。

エレベーターの扉が開き、私はEを後にした。

介護施設.JPG
ーーー衝撃だった。
人間というのは、ここまで深く老いてしまうものなのか!!!ーーーと。

私は、テレビのドキュメンタリー番組やネットの文面や人様の話しでは、老健というのは どのような所でどのようなお年寄りがいるのか 大まかな知識はあった。
しかし私は、父方の祖父母とも母方の祖父母とも一緒に暮らしたことはなく、父は、私が18才の時に母と離婚し 囲っていた愛人さんの一人を本妻にし 今は「よその人」であり、母は、私が27才の時に 52才の若さで突然の病いで死んだので、「深く老いた人」と全くリアルには接点がないままに生きてきたのだ。

映像や文面や話しで情報を得るのと 自分がその空間の中に入って現実に目の当たりにするのとでは、認識の度合いが段違いに違うことを痛感した。

このような 深く老いたお年寄りを持つ家庭の大変さというものに、恥ずかしながら 初めて気づかされた。
同時に 深く老いたお年寄りの介護・看護をする職員さんたちのお仕事も、これまで以上に尊敬せずにはおれなかった。

私はこれからも、深く老いたお年寄りを身内に持つことは ない。
あるとすれば、それは、長生きした場合の自分自身だけだ。
自分自身の今後の人生設計は、自分なりに すでに明確に出来上がっている。

介護施設1.JPG


nice!(247)  コメント(66) 
共通テーマ:映画