いきさつ・第三章 [作文]

一瞬間記憶を失ったあっしは、------------ いえ、それは数時間だったかも知れやせん。
とにかく、頭といい 肘といい ひざといい 尻といい したたか打ちつけたあっしは、真っ暗やみの中に ズキズキ痛むそれらをさすりながら のろのろと 体を起こしにかかりやした。
と、パッ! と目の前がスポットライトを浴びた様にまばゆくなると同時に03-01.jpg
「いらっしゃいませ-----------!!!」
勢のいい声に囲まれたのでやした。
「ようこそ、当店をお選び頂き ありがとうございます」
あっしの真正面には それはそれは美しい 生まれてこのかた 未だ一度も陽に当たった事が無いのではないでやしょうか と思われる程の色白の女性 ------------ おそらく ママさんなのでありやしょう ------------ が、黒目勝ちな目で こちらを覗き込みながら 品良く微笑んでおりやした。
ママさんは、------------ これが、新宿の最新流行なのでやしょうか ----------- 黒々とした長い髪の一部を 頭のてっぺんで二つの輪の形に結い、韓国の民族衣装にも似たドレスを ふわふわとまとっておりやした。
見まわすと、あっしがいるのは ------------

人一人がやっと通れる程の間口の店がひしめき合っていた地上からは およそ想像もつかない 十づつの座椅子に囲まれたテーブルを乗せた小上がりが、九つ 島の様に浮かぶ 広々とした店内なのでやした。
そして、壁の三面には、水族館かと見まごう程の大きな水槽がしつらえられ、鯛や 平目や 鯖や ホウボウや 飛び魚や 太刀魚や ウニや 蛸や 烏賊や・・・・・・・それはもう ありとあらゆる海の魚が、重なり ゆきかい きらめいていやした。
水槽の前はカウンターになっており 名古屋章似の板さんが、あっしと目が合うや
「へい! 何でも お好きなものをおっしゃって下さい!」03-02.jpg
掌を ポポン!と打ちやした。
両脇に従える 四人の若い板さんも、いっせいに 「どうぞっ!!」とばかりに 水槽に両手を向けやした。

「持ち合わせもカードも無いんでやす」 とは言いづらいあっしは
「あ・・・・・・一寸、間違って・・・・・・・・」
と、何か格好の付く言い訳を とっさに考えやした。
今 思い返すと、本当に間違って転がり落ちたのでやすが。
その時のあっしは 余りにも慌てていた為、その言葉も ママさんや板さん達には 「モゴモゴ・・・・」 としか聞こえなかったかと思いやす。
すると、ママさんが
「当店は、本日 プレオープンでございます。 会員登録をして下さったお客様に限り、本日は 全て無料で提供させて頂きます」
と、軽く会釈しやした。
「えっ・・・・・・いくら飲んでも食べても 後払いでもなく・・・・・・・でやすか?」
「はいっ!!!」
ママさんと板さん達は 満面の笑顔で声をそろえやした。03-04.jpg


         --------------次回に続くでやす---------------

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いきさつ・第二章 [作文]

あっしは、戦利品の ファミリーマートじか巻きおにぎりの 山頂に飾られたイクラを、舌先で ひとつぶひとつぶ絡め取る様に享楽しながら、要通りから靖国通りへと ゆらゆら歩いておりやした。
「どん底」の飲み代を払ったあっしには、も早 切符を買う小銭すら無く、徒歩で 西荻窪のアパートへ帰るしかないのでやした。
まぁ、これは いつもの事なのでやすが。02-01.jpg

蟹田氏は、哀れといえば哀れな男でやす。
ジャンケンに 異常な程の執着を燃やしているものの、その執着ゆえに いつも敗北し、己れの人生に於いての大切なものを切り捨ててゆかざるを得ないのでありやした。
それを切り捨てさせているのは、まぎれも無くこのあっしであり、氏から何かを奪い 勝利の喜びに溺れる為に、あっしは氏と仲良くしている といっても過言では無いのでやした。
人からは 「お人良し」 と失笑されるあっしも、蟹田氏の前にだけは 狡猾な切れ者である己れに酔い、そういう意味で 氏は、あっしにとって 唯一無二の 貴重な存在なのでやした。

表通りの性に合わないあっしは、ネオンと ヘッドライトと 騒音のひしめき合う靖国通りを越え、花園神社の脇道へと入りやした。
しかし------------
ふと、あっしの頭蓋の側面に 「蟹田氏には、全てを見抜かれているのではないでやしょうか?」 という思いがかすめやした。
------------氏は、あっしのこの思惑を何もかも見抜いた上で、負けると承知で 毎度 勝負に付き合ってくれているのではないでやしょうか?
だとしたら、二人の関係に於いての敗者は 言わずもがなあっしでやす。02-02.jpg

あっしは、薄暗いゆるやかな坂の小路に立ち止まり、山頂に残った二つぶのイクラを見つめやした。
------------このおにぎりも、あっしへの哀れみに あらかじめ用意されていたのかもしれやせん。
氏は、物理的勝利よりも遥かに高いところに在る 心理という勝利に 今頃、舌鼓を打っているのかも知れやせん。 いや、そうに違いないでやす。
あっしの内に、ふつふつと 氏への憎しみの情がたぎってきやした。
瞬間、このおにぎりを 吐寫物で汚れたアスファルトの上に 叩きつけてやろうかとも考えやしたが、内部にも トロリとしたイクラをたっぷりと秘めているに違いない ファミリーマートじか巻きおにぎりは、あっしの今夜の 代償のきかない 特上ディナーに他ならないのでやした。
次 蟹田氏に逢った時には、「あの時のおにぎりは、食べようとした矢先 汚いものの上に落としてしまいやしたよ。 美味しそうだったのに 残念でやす」 と、大きな落胆の芝居を打つ事にし、朱色に輝く 二つぶの玉を乗せた頂に向かって 思い切り 「あ」 と 口を開けやした。

「邪魔だよ!」
黒いベストに黒い蝶ネクタイの バーテンと思しき中年男が、ジョボジョボと水を吐き出すホースを持って すぐ脇に立っておりやした。02-03.jpg
「あっ!すいやせん」
あっしは、慌てて二、三歩退きやした。
と、吐寫物と混じり合ってヌルリとした水が、鼻緒のびろびろに伸びきり すり切れた あっしのネズミ色のゴムぞうりの下にも 既に流れ込んでいたのでやしょう。
あっしは、ツルリとすべり、同時に あっしの特上ディナーは中高く舞いやした。

特上ディナーは、青いホースの二軒隣の 真っ暗な地下への階段へ、「あ」という間無くころがり消えてゆきやした。
それを追うあっしの気持ちは、自ずと あっしの体をも その方へひっぱりこんでゆきやした。
「バチ」というものが世の中に存在するとしたら、正に これは あっしの蟹田氏への感情に対する「バチ」でやしょう。
日頃から信心深さのまるで皆無の 理論派のあっしも、この時ばかりは そう思わない訳にはゆきやせんでやした。

地下階段の最初の一段で ゴムぞうりの脱げかかったあっしの足は、既に 完全にバランスを失っていやした。
「うわぁ---------------------------------------------------っ!!!」
                           
                         
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               -------------次回に続くでやす--------------
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いきさつ・第一章 [作文]

平成二十一年、九月十八日 金曜日。
新宿東口裏通りにも、しっとりと どこか懐かしさを覚える初秋の暮れかたの匂いは、隙なく流れ込んで来ていやした。01-1_01.jpg
あっしは、共に 現代の裏街道 「アナログ人生」を歩み続ける 唯一の呑み仲間である蟹田氏と、「どん底」という店で、一寸した勝負に興じておりやした。
いえ、勝負といっても、「有刺鉄線を強く握れるか」 とか、「アルミホイールを思い切り噛めるか」 といった類の、酔っ払いのよくやる他愛ない武勇伝の掛け合いをしていたに過ぎやせん。
「金閣寺へは何度行った事があるか勝負」では、蟹田氏は一度 あっしは二度で あっしの楽勝でやした。

と、蟹田氏は
「己れの中での最も古い記憶は幾つや?」
と、既に茹であがった様な真っ赤な顔をややこちらに向け、黒い目をテラと光らせやした。
あっしは、余裕の内に
「三つでやす。東京から福岡に引っ越した日、今日から住むという家の玄関に向かって 父に抱かれて庭を進んだのを憶えておりやすよ」
と、即答しやした。
あっしは、この勝負だけは 未だ誰にも負けた事が無かったものでやすから、「連勝でやす」と、心の中の両の拳に軽く力がこもりやした。
すると、蟹田氏は、「ふふん」と ごつい顎をしゃくり
「わいは、もっと幼い頃の記憶があるで。 これも、わいの勝ちや」01-1_02.jpg
と、ますます テラテラと、その小さな目を光らせるのでやす。
あっしも
「なら、幾つの時で、どの様な状況でか、具体的に聞かせてもらおうじゃないでやすか!」
と、大人気無い感情に つい強い言葉が出てしまいやした。
すると、早くも気圧されたのか
「・・・・・なんや、コワい服 脱いだったの憶えとる。・・・・・・あれは、確か・・・・・・0歳や!産まれてすぐや!!」
蟹田氏は、やたら 瓶ビールを注ぎ足しては飲み 注ぎ足しては飲みし、口の周りを泡で真っ白にしやした。
あっしは、蟹田氏の平たい横顔を、椅子の背もたれに体重をかけ、ぼんやり眺めやした。

記憶とは、捏造されるものでやす。 言葉とは、創作されるものでやす。 歴史とは、書き換えられるものでやす。
しかし、それが 捏造や 創作や 書き換えだと明確に証明出来る術は、大抵の場合 何所にも無いのでやす。
一瞬でも 子供じみた感情に陥ってしまった己れの阿呆さを恥じつつも、蟹田氏だけには負けたくないあっしは、いつもの如く 視覚に於ける数学的勝負の手段を提案しやした。
----------- ジャンケンでやす。01-1_03.jpg 

蟹田氏は、いつもの如く 前のめりに乗ってきやした。
「今日は・・・・・」
と、あっしは、昼間 ドンキ・ホーテ歌舞伎町店で五本指ソックス五足組みを求めた折り、衝動買いした 「お得用・柿ピー 小袋三パックサービス」 の、小袋の一つを、己れの冷や酒の前に ペシッ!と放りやした。
「蟹田さんも、何か食べ物をお願いしやす」
「・・・・・しゃーない。これしか無いがな」
氏は、独白めいた調子で ボロボロに破けたボストンバックから、てっぺんをきちんと結わえたレジ袋を取り出し 解きやした。
ファミリーマートの じか巻きおにぎり、しかも イクラでやす!
今日の夜食用にと 大切に取ってあったのでやしょう。
あっしは、心の中の拳に、再び しかも先ほど以上に力がこもりやした。
あっしは、さっきから小腹が空いているものの お茶漬けや 焼きおにぎりを頼むほどの現金は、既に持ち合わせていなかったのでやす。
又、クレジットカード、銀行のカードの類も持たない、いえ 持てる程の身分でも無いのでやす。

蟹田氏は、興奮のためか景気付けのためか よりいっそうビールを意味無くあおり、口の周り中を泡だらけにしながら 大仰に 骨太で毛むくじゃらの腕を振りやした。
「ジャ--------イ ケ----------ン・・・・・・」   
                     
01-1_04.jpg

 
               ------------次回に続くでやす-------------

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