これから・中  [作文]

まともに職らしい職に就いていないあっしは、平日だろうが土日だろうが 足早に目指す場所があるわけではありやせん。
アパートの玄関の鍵を閉め、しばしの逡巡の後、やはり今日も 吉祥寺の街中を ペタペタと徘徊することにしやした。

眼帯をしていないほうの一つ目玉に映る 西へと延びる井の頭通りは、いつもより少ぅしだけ両側の店々が削られて いつもより少ぅしだけぺたんこでやした。
三十メートルほど先の信号機が、まるで 手の届く所に置かれたミニチュアのようでやす。

吉祥寺駅北口のハモニカ横丁内「ちんらい亭」で お気に入りの油ラーメンをすすり----「いらっしゃーーい」と こちらに向いた店の姐さんは 瞬間 小さく「まぁ!」という顔をしやしたが、「きっと、モノモライにでもなっちゃったのね」と思ってくれたのでやしょう、すぐに いつもの溢れんばかりの笑顔に戻りやした。

4112.jpgそして、プレハブ仮設小屋に 週替わりの 嘘のように安い鞄やら靴下やらを売る 看板もかかげない店の最近目立つアーケードを ひやかし抜けやした。

桜には まだ早うございやしたが、-----あっしが今だ 真冬のいでたちに固めていたからでやしょうか----脳細胞の存在が稀薄に感じられるほどの暖かさに、あっしの足は 自ずと 井の頭公園に向きやした。
丸井の脇から公園への小路は エスニック店やカフェや花屋がひしめき合い、いつだって 祭りのようでやす。
そんな中に ガチャポンの並ぶ一角がありやす。
最近のガチャポンは、子供だましどころか、石膏像のミニチュアや 人体模型の縮小版など 大の大人をも魅了してしまうほどの小さなリアリズムがけっこうありやす。

そんな中、新しく「本物そっくり生玉子」というガチャポンを発見しやした。4111.jpg
しかし、ゆで玉子なら容易に想像のつくものの、果たして いくら近頃のガチャポンが精巧に出来ているからといって 「生玉子」の本物そっくりが可能なものでやしょうか?
まぁ、百円でもありやすし 期待というよりも どれくらいお粗末なシロモノなのか笑い飛ばしてやる といった気持ちで、ポケットから 小銭入れを探り出しやした。
そして、ハンドルを操作し、丸い うす茶色のプラスチックのケースを掌におさめ、また 坂を下りやした。

花見以前の平日の公園は、そこここのベンチの空く 日常の景でやした。
これが あと数日もすると、公園中の桜の木の下は言わずもがな 松の下だろうが杉の下だろうが べかべかの青いビニールシートが びっしりと ジグソーパズルの完成を見るが如くに敷きつめられ、一年分の社会的抑圧の吐露なのか 人間の声かと疑うほどの雄叫びが、夜中 響きわたりやす。

あっしは 両の手に だんごを丸めるように プラスチックのマチエールを確かめながら、狂気寸前の桜下を進み入りやした。
チャチなニセモノの正体への嘲笑を 唇の内側に用意しながら・・・・・



      -----続き「これから・下」は、一つ短歌をはさんで4月17日の公開でやす----- 

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これから・上 [作文]

三月二十七日 土曜日。
別に 気がかりな夢を見た というわけではないんでやすが、目覚めてみると 左のまぶたが重く 開ききりやせんでやした。
そっと 指の腹をやると、明らかに 尋常ではないのが解りやす。

ずるりと ふとんから抜け出し、恐る恐る 洗面所の 歯磨き粉のはねが点々と付く鏡を覗き込んだあっしは、「あっっっ!」 と 大仰な新劇の芝居のように 二、三歩後じさりしてしまいやした。
白い点々の向こうにいるのは、向かって左のまぶたのでろんと腫れあがった どう見ても「殴られた人」でやす。
が ややもして、「ああ、そうでやした・・・」 と、点々越しのアンシンメトリーのへんてこな顔に 軽く息を飛ばしやした。452.jpg

何の事はないんでやす。
昨夜、風呂で 泡だらけの頭を流そうと 蛇口があるであろうほうに手を伸ばした時、つるりとつんのめり、蛇口に眉毛の下辺りを ぶつけてしまったんでやす。
酔っていた というのもあったのでやしょう。
さほど痛みも感じず、次の瞬間には もう 無意識の動きの流れに戻り、風呂からあがると サッとドライヤーをあて、鏡も見ずに床につきやした。

451.jpg目が開ききらないほど といっても、こういう類の腫れは じきに----そう 今日の夕方くらいにはおさまるでやしょう。
しかし、何処へゆくにもネズミ色のゴムぞうりのあっしでも、この顔で表に出るわけにはいきやせん。
すれ違う人は 誰もが、「アイツは見るからに弱そうなのに ケンカに挑んで殴られたな、身の程知らずの阿呆めが」 と 腹で笑うに違いないんでやす。
誰かとすれ違うたびに 「いやはや、頭を洗っていて 蛇口に 眉毛の下をぶつけてしまうとは・・・・」 と 独白ではない独白を繰り返したところで、それは 余計に 殴られたことへの弁解としか聞こえやせん。
人間というものは そいう受け取り方をするものでやす。

あっしは、押し入れの奥の救急箱から 幸いに眼帯を発見し、表では今日一日 眼帯の人 でいることにしやした。

押し入れを閉めた時、擦り切れた畳の上 元日以来 壁に立てかけてある 蟹田氏の謎の年賀状が、ツィ とすべりやした。
毎日眺めているうちに この 年賀状ともいえない年賀状の言わんとしていることが 浮かび上がってくるかと思ったんでやす。
まっ青の絵の具の「文明」と真っ赤な絵の具の「文化」が、あっしを真上に見つめやした。
それは、「ぼんぼちぃ、お前、わいが こないにして ばちこーんと新の初めのごあいさつしたったのに なしのつぶてやさかい、おまけに どん底にも あれから一ぺんも顔出しとらんが、そら バチや! バチが当たったんや!!」 と、あお向けに寝っ転がり 両手を頭の後ろに組み 片足首をもう片方の立てた膝に乗せてプラプラさせながら 口の端をひんまげて笑う 蟹田氏そのものでやした。

蟹田氏も 底意地の悪い男でやす。
こんな どう解釈してよいやら まるで煙草の煙を掴むような謎をよこしてきて、返事はおろか 顔を合わせるなど ますますしづらくなるに決まっているじゃあないでやすか!
これから あっしは どうすればいいんでやしょう?
-----否、この年賀状は 届かなかったんでやす。 郵便局のミスで あっしのアパートの郵便受けには入らなかったんでやす-----
あっしは、「そういうことにしようかな」 と思いやした。
そういうことにしておけば、氏とあっしの関係は 皆さんに 「それから・前編・後編」 でお話した 宙ぶらりんのあの日のままで、あっしは ここまで うにょうにょとした訳の解らなさに思いわずらわされ 圧されることもないんでやす。

眼帯の白いゴムを、左 そして右 と 耳へ掛けやした。
やっかいなべかべかの謎を くずかごの真上へつまみ上げやした。
が、落下させるのは 帰ってからでもいいかな と思い、それをまた 畳の上に立てかけ、いつものネズミ色のゴムぞうりに 足をすべらせやした。

453.jpg


     -----続き「これから・中」は ひとつ短歌をはさんで 4月11日の公開でやす-----
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それから・後編 [作文]

蟹田氏と顔を合わせたのは、皆さんに告白した 「いきさつ」 の日から 二月ほど経った、十一月半ばの 一度だけでやした。

蟹田氏は、薄暗いいつもの席に あっしだと認識するや
「なんや、死んだったんかと思うたわ」
すぐに、ビールグラスに視線を戻し、泡のついた口角を しきりに 上げたり下げたりしやした。
あっしらは、申し合わせずとも 行けばたいてい居る という仲で、週に一度は顔を合わせておりやしたから、なんとなく照れくさく 又 少々の気まずさも 否めやせんでやした。
氏は、あっしが しばらく来なかったことについては一言もふれず、あっしも又 あの夜の顛末や、ソネットブログを始め そして順調に更新させていることなどは 一切言わず、季節や 天気や 芸能人のスキャンダルといった してもしなくてもいい様な 極めて日本人的な 挨拶の延長の如き無意味を 延々と 交わしやした。
いえ、今 思い返すと 蟹田氏にとっては、それは 大きな意味だったのでやす。01082.jpg

氏は、ふと 独白ともあっしにともつかない調子で 天井へ 息を飛ばしやした。
「・・・・・宝くじ・・・・・当たらんのう・・・・・」
「ソネくじのほうが 確率 いいでやすよ」
大脳の思考以前に、ポロリと あっしの口から こぼれやした。
「・・・・・・・・・・・・ソネくじぃ? 何や、それ」
別に あっしは、氏と アナログ協定を結んでいた訳ではありやせんが、氏の ギロリとこちらに動いた黒々としたまなこには 「何や、ぼんぼちも ついに けったくそ悪い世界に飲まれてしもーてからに」 と 侮蔑されているも同然でやした。
あっしは 呼吸が出来やせんでやした。
こうしてブログを始めてみると、パソコンの世界は、 無意味でも 無機質でも 無情でも 無慈悲でも 無味乾燥でも無く、単に 言葉を運ぶ舟が違うというだけだと あっし自身は 十二分に理解出来たのでやすが、それを 蟹田氏に どういう順序で説明したらいいのでやしょう。
あっしは
 「・・・・・・あ、あ、あ・・・・・えっと・・・・・・」
口の中で モゴモゴするばかりでやした。01081.jpg
「勘定!」
氏は、すっくと立ちあがり さっきまで泡のついていたその口角には 薄笑みが浮かんでやした。
「ぼんぼち、お前 今日は 何ーーーんも 挑戦しに来ーへんかったな」

氏の、肩幅だけはある ずんぐりとした後ろ姿が 扉を押して 消えてゆきやした。
あっしは、氏の気持ちを計りかねたまま 宙ぶらりんで いつまでもぽつねんと ぐい呑みを手に おりやした。

この、年賀状とは言いがたい二つの言葉が、氏の答えなのでやしょうか。
あっしは、文化の赤 と 文明の青 の 接点のうにょうにょを 見つめやした。
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それから・前編 [作文]

二千十年 一月一日 金曜日。

皆さん、あけまして おめでとうございやす。 ぼんぼちぼちぼちでやす。

皆さんは、新年を迎えるにあたって 何かを新しくしましたでやしょうか?
表札 ケータイ テーブルクロス 下着 コーヒーカップ 車 亭主 心構え カツラ もう一枚の舌・・・・・・・

あっしは、昨日の大晦日、ゴムぞうりを 近所の安売り店 大黒屋・西荻窪店にて購入いたしやした。
己れのたどり着きたい場所へたどり着けたことでやすし、今年こそは ぱあっと鮮やかなブルーでも、と 勇んで行ってはみたものの、気がつくと 結局 それまでと同じ ねずみ色を レジのお兄さんへ手渡していやした。
人間、己れらしからぬ所へ羽ばたこうとしても 所詮は 同じ所へ着地するものでやす。

けれど、いくら同じねずみ色とはいえ 新品のゴムぞうりは あっしの心にくすぐったく、又 淡い光が差し込んだようで、昼前に目を覚ますや アパートの 四畳半のすり切れた畳の上を ぐるぐると履き初めをしておりやした。
と、コトリ・・・・ かすかな冷気と共に 玄関ドアの郵便受けが、音をたてやした。

201001022.jpgこの日ばかりは、あっしも スタタ・・・ と そのほうへ向かいやす。
輪ゴムで束ねられたそれは 去年より一枚多く、全部で三枚ありやした。
一枚は お定まりの杉並郵便局から、もう一枚は これも お定まりにほぼ近い 高円寺の焼き鳥屋・大将から、そして 最後の一枚は----年賀状と言い切ってよいものか、それらしいものは ありきたりに印刷された 右上の 「謹賀新年」 と、左下の雄雄しく口を開けた虎の図のみで、差出人の筆によるものは、それらの白黒印刷をまるで無視して葉書いっぱいに書かれた 二つの語でやした。
右側には、真っ赤な絵の具で 「文化」。201001021.jpg
左側には、真っ青で 「文明」。
おそらく、子供用の十二色の水彩絵具でもって しかも まるで他色と混ぜもせずに用いたのでやしょう。
真っ赤も 真っ青も どちらが主役ともつかず、同じほどの極めて高い彩度で主張し合い そのぶつかっている部分は、ウルトラQのオープニングさながらに うにょうにょと 渦を巻いたまま 固まっていやした。
筆も、百円ショップの丸筆か何かだったのでやしょう。
太く 角の丸い文字のあちこちに 抜けた毛がこびりついてやした。

--------差出人は、蟹田氏でやした。


 ---------続き 「それから・後編」 は、5日に短歌をはさんだ後の8日に公開でやす---------
  

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いきさつ・第九章 [作文]

「So-netブログへ ようこそ ぼんぼちぼちぼちさん」0901.jpg
という 光輝く文字がありやした。

プァップァ-------------ッ!!!!!
「死にてぇのかっ!!」
大型トラックから片肘を突き出した でっぷりと太ったオバチャンが睨んでいやした。
白い顔がパソコンをあっしに投げ渡し、いえ あっしのほうが奪い取ったのかも知れやせん。
気が付くと、あっしは 両腕を交差させノート型パソコンを抱きかかえ、ルノアールや魚民やビッグエコーの入る交差点の西側のビルの前に 息を切らせておりやした。0902.jpg
振り返ると --------------
山高帽の白い顔も 黒子二人も もう何処にも姿はありやせんでやした。
いつもの朝と同じく、車とビジネスマンの群れが行き交っていやす。

その後 -------------
あっしは 何度か挫折しかかりながらも、ようやっと あのジャグラーの如き姿勢を 一日一時間と四十分は維持出来る迄になりやした。
皆さんに 「予告でやす」から本編開始まで 半月以上かかってしまったのは、そんな お恥ずかしい理由によるものでやす。

人生 どういういきさつで 己れのたどり着きたい場所にたどり着けるか、人の数だけあるのかも知れやせん。
キーボードの F12 に 今も挟まったままになっている三角の雪を見つめつつ、そう感ずるあっしでやす。
 
                
0904.jpg
                 

               --------------おしまいでやす---------------
タグ:So-netブログ
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いきさつ・第八章 [作文]

何処で待機していたのか カイザー髭の口の閉じるか閉じぬ内に、黒子が二人 あっしの足元に音も無く走り寄0802.jpgり しゃがみやした。
まぶしいアスファルトの上に、黒子は黒子である事が 非常に強い存在感を打ち出しておりやした。
向かって右の黒子は 靴みがきに使う時の台を、左側のは あっしのもう片っぽのゴムぞうりを、何か大事な物をささげ持つ様に持ち 片ひざを立てて静止しておりやした。
そして、そのポーズとは裏腹に、互いに 「三角だ!」 「四角だ!」 と、小声で主張し 睨み合っておりやした。0805.jpg

あっしは、「ははぁ、この奇妙な山高帽の白い顔と黒子は、昨夜の割烹と同じ経営下でショーを演る店の従業員で、あっしの忘れ物を届けに来てくれたんでやすな」 と、憶測しやした。
いえ、それ以外 あっしには思いつく理由が無かったので、無理にでもそう己れを納得させ、あっしの今おかれている状況のつじつまを合わせたかった、と言ったほうが正しかったかも知れやせん。
ただ 「三角」と「四角」の意味だけは、かいもく謎でやしたが。

「さあ、どうぞ!」
白い顔に促されるままに、左 そして右とぞうりを履き、いつものあっしが完成しやした。0804.jpg

「おめでとうございます!!」
白い顔が拍手をしやした。
同時に、目の前のその山高帽も見えぬ程の紙吹雪が あっしを包みやした。
いつの間にか黒子二人は、やや離れた所から 長い棒の先に付けたカゴを 「三角だ!」「四角だ!」と、矢張り睨み合いながら揺すっていやす。
「三角」「四角」というのは、どうやら 「三角形の雪のほうが美しく舞う」 「いや、四角形だ」 といった 黒子業界の論法の違いだった様でやす。
いえいえ、あっしに降りかかる雪は、三角も四角も どちらもとても美しく舞っておりやしたよ。

殿様の様にぞうりを履かせてもらった事と、紅白のトリを務めるサブちゃんさながらに紙吹雪に包まれた事に あっしは、単純に緊張がほぐれ、そして 気分が高揚してきやした。0801.jpg
と、唐突に 白い顔は真顔になり
「アナタのやりたい事は何ですか?」
と、あっしの顔を覗き込むのでやす。
あっしは、昨夜の己れの内を読まれた様な気持ちに やや気圧され、しかし同時に その気持ちにくすぐったさを感じつつ、そして 又一方では、こんな妙な奴に理解出来るのか という挑戦的感情を持って、ついぞ誰にも打ち明けた事の無い -------無論、蟹田氏にも------ 本心を答えやした。
「吐露でやす。内なるものの吐露でやす!」

「成程、それは良いですね」
白い顔は トロ を音ですぐ理解出来たと見え、その上 自身に共感するものがあったのか、大きくうなづきやした。
「--------- しかし、キミがそれを知ったところで・・・・・・」
黒子が既に用意していたのか、次の瞬間 白い顔は ノート型パソコンらしき物を左手に抱え、右手でその一部を クルクルと撫で回していやした。

「それを知ったところでどうなるんでやす? それは、パソコンでやしょう」
「ですから、これで 内なるものの吐露をなさるんですよ」
あっしは、馬鹿にしてやがる と思いやした。
こんな機械でもって、あっしの心の奥底の、淀みや 揺らぎや 苔を 伝えられる筈無いでやす、と。
もしかしたら 白い顔は、吐露の意味を間違って解釈しているのではないかしらん、と。
「だいたい、それには マウス という物が生えてないじゃあないでやすか。 パソコンにマウスが生えてる事位、あっしだって知っていやすよ」
こう突っ込んでやりやした。0802.jpg
「マウスのほうが宜しければお付けします」

すると、これも黒子が構えていたのか、即座にノート型パソコンにマウスが生やされ、山高帽の白い顔は、左手にパソコンを抱きかかえたまま 右足を九十度に上げ 右腿の上でマウスをクルクルと回しやした。
まるで、ジャグラーの様でやす!

「先日、デスクトップを購入したので これはもう必要ないのです。 一応、情報は全て消去したつもりなのですが、私は用心深いので オークション等で売って もしもハッカー並みに知識のある人間の手に渡ってしまったら、と思うと不安で仕方が無いのです」
カイザー髭の下から吐かれる言葉は 何が何だかサッパリ解からず、あっしの頭の中は ジャグリングの様にグルグル混乱しやした。
「ですから、私自身の判断する極めて正直なかたへと。 先程は試すような真似をしてしまって 大変失礼しましたが、アナタこそが それに相応しいかただと・・・・・」
あっしにゴムぞうりを選ばせたものは、別にあっしの正直さでは無く 単に あっしにとっての価値基準だったのでやすが。

とにかく、この白い顔は 自身のいらなくなった物を 自身の判断する安心安全な者に譲りたい、という事だけは理解出来やした。
「でやすが、そのパソコンで 吐露 が、本当に可能なのでやしょうか? あっしが表現したいのは・・・・・・」

「勿論! 否、むしろ最適といっていいでしょう」
白い顔は、ジャグラーの姿勢を続けやした。
------------ たとい物理的に可能だったとしても、平衡感覚の鈍いあっしに あんなジャグラーみたいな姿勢が 長時間続けられるものかどうか 自信がありやせんでした。
「ほら!!!」
紙吹雪のいっそうの舞いと共に パソコンの画面が、ぐうっと こちらを向きやした。
「わぁっっっっっ!!!!!」
余りのまぶしさに あっしは、子供向けの芝居の様に 両手の甲で己れの顔をおおいやした。
ゆっくりと手を下ろすと、そこには --------------
       
                     
0805.jpg


             ---------------次回に続くでやす--------------
 

 
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いきさつ・第七章 [作文]

息も切れ切れに 気が付くと、あっしは新宿西口ガード下脇 元ショんンベン横丁、現 思い出横丁端の交差点に へたり込んでいやした。 
陽は既に高く、濃紺のビジネスマン達が、あっし等 まるで見えていないかの様に 目の前を 足早に行き交っていやす。0701.jpg

あの時 あっしを救ったのは、皮肉な事に あっしのあきらめの心でやした。
「最早、これまで」 と腰が抜けたあっしは、壁に体重をあずけ ずるずると沈みこんでゆきやした。
その時 背中に何やら突起物の様な物があたり、そのまま あっしの背中は それを押し下げたのでやした。
同時に店内は、墨を塗りたくった如く 闇一色となったのでやした。
あきらめの心が己れを救う ------------ 人生には、ままある事かも知れやせんね。
それにしても、あれだけ 割れたガラスの間を走りまわったのに、足の裏に破片一つ刺さらなかったのは 奇跡としか言いようがありやせん。 それと、ウニを踏まなかった事も。
あっしは 歩道の上にあぐらをかき、足裏を撫でまわしやした。

と、青信号の横断歩道の真ん中で、右手に白い靴 左手にはネズミ色のぞうりをはめ、こちらに向かって 大きくゆっくりと 何やら合図を送る者がありやす。0702.jpg
「あっ!」
左手のは、あっしの長年の伴侶 鼻緒の伸び切ったゴムぞうりかも知れやせん。
それにしても、靴とぞうりを手にはいたその者のいでたちといったら、遠目にも 何と奇妙な事でやしょう。
ひよろひょろと やたらに上背があり クモの様に長い手足は、安売り店で求めたツルシのものでやしよう、ありきたりの紺の背広から 思い切りツンツルテンに突き出ていやす。
髪は ぼうぼうに肩より長く、 山高帽をかぶり、 顔は どういう訳か 牛乳の様に真っ白で 口髭をはやしているようでやす。
あっしは、恐る恐る その奇妙極まりない者のほうへ近づきやした。

真っ白なわし鼻の下の ピンと跳ねかせたカイザー髭の一部も うっかり白くなっていやすので、その牛乳色の顔は、どうやら 水白粉かドーランのホワイトを べったりと塗りたくっていると見えやす。
歳は、間近で見ても かいもく解りやせん。
二十代半ばにも見え、又 五十と言われればそうとも思える堂々ぶりでやす。
山高帽の白い顔は、右の靴と左のぞうりを 一旦 手から外し、あっしのほうへ 二つのかかとをキチンと揃えて差出しやした。
「どちらがアナタのものですか?」
あっしは再び、その白い顔を まじまじと見上げやした。
何故ならその声は、西口ガード脇交差点中に うわんうわんと反響していたからでやす。
耳のすぐ上辺りの髪の毛の間から 小さなマイクがチラと見えやした。

「どちらがアナタのものですか?」
あっしは 八ッと気を取り直し、目の前の二つを見つめやした。
右のは、ピカピカの 未だ一度も履かれていないでやしょう、真っ白なエナメルでやす。
左のネズミ色のぞうりは、足の型の黒ずみといい 鼻緒のびろびろに伸びきった様といい、まごう事なくあっしのでやす。
それにしても この白い顔は、何故 あんなどさくさの内に無くしたあっしのぞうりを こうして持っているのでやしょう。おそらく 新宿中を探しまわり やっと裸足の者を発見した という事なのでやしょうが ------------ 今時は、浮浪者でも 靴くらいは履いていやすからね ------------ 又 何故、新品のエナメルの靴との二択を求めるのでやしょうか?

「どちらが・・・・・・・」
優しくも やや強い調子で、滑舌の良い低音は迫りやした。
・・・・・・・・・・・・
もし、新品のエナメルと答えたら 白い顔は、「はい、そうですか」 と、そっちをくれるのでやしょうか。
しかし、いくら値が張ろうと 格好が良かろうと、又 サイズがピッタリであろうと あっしは、白いエナメル靴なぞには からきし興味はありやせん。
貰ったところで、あっしにとっては ただのゴミでやす。

「こっちの・・・・・・この ネズミ色のゴムぞうりでやす」0703.jpg
テカテカ光るカイザー髭の口角がキュッと上がり
「三角!!四角!!」
西口中に響き渡りやした。


          --------------次回へ続くでやす---------------
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いきさつ・第六章 [作文]

「ひ、ひ、ひぇ------------------------------------------------------------っ!」
小上がりから転げ落ちたあっしには、最早 逃げるしか選択肢が残されていやせんでした。
と、唐突に アニメ 「キャンディ・キャンディ」のテーマ曲の電子音が 鳴り響きやした。0601.jpg
キュウリ男の胸ポケットが、ホタルでも入れているかの様に 点滅していやす。
しかし、男は そんな音など何一つ聞こえていないかと思われる程に クラブを振り上げたまま 土足で 小上がりを駆け越えて来やす。
あっしは、はじかれたビリヤードの玉さながらに 店の中を駆けめぐりやした。
ガシャ-------------------ン!!!
あっしの頭上すれすれに、クラブが打ち込まれやす。0603.jpg
サバやスズキやハマチが、滝に乗って飛び出しやした。
ガシャ-------------------ン!!!
右頬をかすめやした。
ガシャ-------------------ン!!!
今度は、左でやす。
----------最早、これまでか?!

あっしには、やりたい 否 やらなければならない事が、未だ 残されていやす。
それをやらずして、人生に終止符を打つ訳にはいかないのでやす。
人間は誰しも そういった「己れの星」に向かって 突き動かされる様に 歩を進めざるを得ないのでやす。
そして、その「星」にたどり着いた時に 初めて 「人生の帳尻」が合うとでもいうのでやしょうか、ほっと一息ついて 己れの人生をしみじみと振り返る 余裕の如き感慨に 身を置くことが出来るに違いないのでやす。
そこいら中にピチピチと跳ねる魚達をまたぎ走りながら、あっしの頭蓋に そんな思いが駆けめぐりやした。
あっしが未だ、それに着手せずにいた理由は 唯一、その「方法論」を見つけられずにいたのでやす。
その「方法論」が、世の中に存在すれば、の話でやすが。0602.jpg

と、穴子だったのでやしょうか、うっかり長い物の上に足を乗せてしまったあっしは すべり、コの字型のレジの囲いの内側に 体当たりしやした。
パッと振り返ると、ざんばらな髪に 片方のメガネのツルの外れた キュウリ男の勝ち誇った薄笑いが、その荒い鼻息がかかる程に おおいかぶさってきていやした。
キャンディ・キャンディが止まりやした。
ゆっくりと、クラブが 高々と振り上げられやす。
-----------さいなら、蟹田さん!
-----------さいなら、見付けられずにいた方法論!
-----------さいなら、あっしの星!
0604.jpg

  
          -------------------次回へ続くでやす-------------------
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いきさつ・第五章 [作文]

そこには、ゴルフクラブを 「今すぐにでも殴りかかってやるぞ!」 とばかりに構えた男が、ものすごい形相で立っておりやした。
歳の頃は三十代半ばでやしょうか、ブルーのボタンダウンシャツにアイボリーのチノパン、短い髪を七三に分けた 銀縁メガネの 一見 公務員か銀行員、といった風でやす。
日陰になりそこねたキュウリの様なその顔は、元々青白いのか、その精神状態のためか、切ったら真っ青な血が流れるのではないでやしょうか?と思われる程 蒼白でやした。05-01.jpg
あっしが瞬時に
「やっぱりこの店は、後で取り立てが来るシステム・・・・」
と、傍白するかしないかの内に、男は
「俺の愛しいマドンナに、酌婦をさせているのはどいつだ!!!」
と、甲高い声で叫び、ママさんを上目使いにチラと見やり、ゴルフクラブを ブンブン力まかせに振り回しやした。
「愛しい」 「マドンナ」 「酌婦」・・・・・・今時こんな台詞を吐く人間がいる事に、恐怖と訳の解らなさの中にも あっしは、ある種の「おかしさ」を感じてしまいやした。
特に 「酌婦」 は、聞いた後の二、三秒後に 「あ、そういう意味でやすか」 と納得した訳で、既に死語となっている熟語は 字面ではすぐ解るものの 音だけでは 前後関係の掴めていない者にとっては 非常に解り辛いものでやす。

キュウリ男の痩せこけた体は、振り回すゴルフクラブの勢いに その度、右に左にと回転し、回転しながらあっしの小上がりの脇を通過し、正面カウンターのまん前で止まりやした。
そして名古屋板長に、真っ直ぐクラブの先を向けやした。05-02.jpg
「きさまか?」
「いえ」
板長は、顔色一つ変えずに まな板の上を片付けながら答えやした。
「ならば-----------」
クラブの先は、横の若い板さんに向けられやした。
「いえ」
「ならば----------」05-03.jpg
「いえ」
「いえ」
「いえ」
「ならば、きさまだな-------------!」
男はくるりと振り返り、クラブの先をあっしの鼻先に突きつけやした。

指名制自己申告という 余りにも単純な消去法により 悪党と決定付けられてはたまりやせん。
あっしは、単なる一見の客である事を説明しようと
「あ、あ、あ、あっしは・・・・・・・・」
と、ママさんを すがる様な気持ちで見上げると
「そうよっ!この人よっ!! 私をこんな所に売り飛ばしたのは!!!」
と、美しい目を吊り上げて、キッ!と、あっしを指差すのでやす。
「そうだ!こいつだ!」05-04.jpg
「こいつだ!」
「こいつだ!」
「こいつだ!」
「こいつだ!」
板さん達も一斉にあっしを指差し、あっしが悪党である事は、多数決という 極めて非論理的で理不尽な方法により 決定付けられてしまいやした。
「やっぱりな、ここに一歩 足を踏み入れた時から きさまだと目星は付いていたんだ!」
「自分が無い」 「他人に流される」 とは、こうこいう人間の事を指すのでやしょう。

男は、振り上げたクラブに じりじりと力を込め、あっしを小上がりの角へ追い詰めやした。


              --------------次回に続くでやす--------------




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いきさつ・第四章 [作文]

健康保険証を提示し コピーを取られたあっしは、早速 正面のメインの水槽に一番近い小上がりに、かろうじて04-01.jpg片足に引っかかっていたゴムぞうりを脱ぎ捨て 駆け上がりやした。
腹がグーグー鳴っていやした。
あっしは、手と顔を冷たいおしぼりでゴシゴシ拭きながら、既に 水槽前の踏み台に片足を掛け、持ち手の長い網をかまえる若い板さんに
「まずは、鯛と平目を お造りでお願いいたしやす」
と、普段から自腹では まずありつけない二品を注文しやした。

それぞれのテーブルには、白と緑とえんじ色の観葉植物が、どういう仕掛けか ゆらゆらとゆらめいておりやした。
いえ、目をこらすと、ゆらめいているのは、観葉植物の鉢のみならず、白木の店内 ------------ 全てのものが、まるで 水中であるかの如くゆらめいていやした。
多分、あっしが、酔っていたからでやしょう。
毎夜ごと、酔いの底に堕ちてゆくあっしも、こんな酔いかたは初めてでやしたが、それは、先程 頭を打ったせいもあるでやしょう。
いえ、思いもかけぬ吉事の転がり込んだ 心の酔いのせいだったかも知れやせん。

防風とほじそで小粋に化粧をした 鯛のお造りが運ばれると同時に、名古屋板長は ぺらぺらの痩せっぽちになった鯛を 再び水槽へ移し、見事に泳がせてくれやした。
思わず拍手するあっしに合わせて、ママさんも 静かに微笑みながら手をたたいてくれやした。
平目でも同様にしてくれやしたが、すぐ底に張り付き、これは 泳いでいるのかどうか よく解りやせんでした。
ママさんのお酌で飲る熱燗と、透きとおる身のコリコリとした淡い旨みに あっし自身もゆらめきやした。04-02.jpg
ママさんは
「飛び魚と太刀魚を焼かせましょうか」
と、サービスをアピールしてくれやしたが、福岡育ちのあっしにとっては、飛び魚と太刀魚は イワシと同じくらい日常的に食していた雑魚なので
「いえ、食べ切れないともったいないでやすから」 と、やんわり上手に断りやした。
「では・・・・・」
ママさんは、伊万里の染付けに乗った赤いものを 平目の横に置きやした。
「これくらいは召しあがれるでしょう」

それは、二つの 茹でた蟹爪でやした。
あっしは必然的に、蟹田氏を思い起こさない訳にはいきやせんでやした。
------------ 蟹田氏は今頃・・・・・・・
先とは別の意味で、あっしは 蟹田氏が急に気の毒な男に思えてきやした。
------------ バリバリと柿ピーを食みつつ、心理の勝利のほうを選ばざるを得ない業の元に生まれた蟹田氏を。
何故、あっしの内に こんな哀れみの感情が沸き出でたかというと、他でもない あっしが今 至福の山頂に立っている -----------ただで 鯛や平目や蟹爪にありつけた幸運 -----------からでやす。
決して、過去の蟹田氏の言動に 今 気付かされたものがあった という訳ではありやせん。
人間なんて、こんなものでやす。04-04.jpg

蟹爪の、殻と身の間に 箸を差し入れやした。
その時
「くすぐったいがな」
という蟹田氏の照れ笑いの声が 聞こえてきた様でやした。
が、その声は 無理に明るく振舞っている風でもありやした。

あっしは、蟹爪の爪と爪の間から 店内を キャメラを構える様に覗きやした。
目の輪郭にも似た 紡錘型のフレームを、先ず 左に九十度回転させやした。
フレームはママさんをとらえ、彼女は蟹キャメラに向かって 小首を傾け 揃えた指で 美智子様の様にごあいさつをしてくださいやした。
次に 正面に戻り、板長や若板さん達のニッコリやピースを収め、そのままぐるぐると 右にパンを続けてゆきやした。
ただでさえ、これが現実とは信じかねる程の至福の中にゆらめいていた あっしの覗く蟹フレームの中の世界は、より一層 何か おとぎ話の如き 遠い遠い別世界の様でやした。

そのままキャメラを回し、あっしが真後ろに体をひねった時でやす。
蟹キャメラが、あっしが転がり落ちて来た入り口を捉えると 同時に、そこには -------------04-05.jpg


          -------------次回に続くでやす---------------
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