かんちがいな絵の生徒 [画家時代]

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長くこのブログを閲覧くださっているかたは既にご存じのことと思いますが、私・ぼんぼちは、18才から26才まで 母親を養うために画家をやっていました。
プロの画家をやっていると、個展での売上げ状況や受賞歴などを見て、「ぼんぼち先生の弟子になりたいんです。 教えてください!」 という人が幾人も来ました。
月謝は収入になるので、したがって 毎日曜日の1時から4時までは生徒を自宅に寄せて 絵を教えていました。
生徒はあくまで遊びで習うのですから、「趣味」というスタンスを越境しない領域で、「あらぁ! いいですねぇ!」「ここは ちょっとこうしたほうが、もっと良くなりますよ!」 と、上達することより、「わぁ!楽しい!」「まぁ!綺麗!」 と喜んでもらえることを一にも二にも念頭に置いて指導していました。

すると、生徒の中に、稀に必ず こういう人が出現するのでした。
「アタシ、ぼんぼち先生のようなプロの絵描きさんになりたいんです」
そういう人は例外なく 子供が社会人になったくらいの年齢の ちょっと経済的に余裕のある専業主婦でした。
私は内心、「随分 思いきった人生の転身に踏み切る決意をしたものだなぁ。 のみならず御主人も、心の広い 理解のあるかただなぁ」 と驚きつつ、
「では貴女には、プロの画家になるためのカリキュラムを組みますね。 今、他の生徒さん達はお花やフルーツを描いていますが、貴女は石膏デッサンをしてください。ウチに石膏像は何体もありますから。 お宅でも石膏像を購入してください。 それで毎日5時間はデッサンをし、ここに来た時に見せてください。講評します。 それから、美術理論と美術解剖学と西洋及び東洋美術史の本をお貸ししますので、十二分に読みこんで 頭に叩き込んでください。 石膏デッサンは、2000枚くらい描くと 大抵の人は基礎を習得できるレベルまで到達しますから、先ず2000枚描いてください。 それが、プロの画家を目指すための いろはの「い」です。」
と、サラッと返すと
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「えぇっ!? ここのお教室以外でも 家でも描くんですか?? アタシ、家事もあるし、主人のお世話もしなければならないし、息子もしばしば遊びに来るし、お友達とのお付き合いもあるので、家で描いたり本を読んだりする時間はとてもありません!」
と、驚いた顔をする。
「では貴女は、週に3時間 教室で描くだけでプロの画家になれるというおつもりだったのですか? 貴女はご自分を天才だと思っておられるのですか?」
と、疑問を向けると
「いいえーーっ! 天才だなんて思ってませんっ!・・・・・・・・だって、ぼんぼち先生は、そんなにお若いのにプロの絵描きさんになれていらっしゃるから・・・・・・・・・」
「私は美術中学校の学生だった時に 何の努力もしないで学年で一番だったんです。 美術高校に進んだら 親友も作らずに 学友達が遊んでいる時間に学友達の何倍も自主勉強をしていたんです。 公募展では、受賞しやすい方向性の作品を狙って描いて受賞を重ねて 値の付く画歴を作って画商に見初めさせたんです。 画商が付いてからは 次から次へと注文が来るので、毎日18時間仕事をこなしていますよ。徹夜仕事もしょっちゅうです。 それも注文通りの作品を描かないと売れませんから 自分の描きたいものなんて一つも描けませんよ。 プロの絵描きになるということは こういうことですよ。」
と答えると、驚愕し
「・・・・・・・・・・・・・・そうだったんですか」
と、うなだれ
「アタシ、やっぱり 今まで通り 皆さんと一緒に趣味がいいです・・・・・・・」
と、シュンとしぼむのでした。

私が画家になったのは、「母親を養わなければならなかった」 ただそれだけの理由でした。
養ってくれる御主人がいるのなら わざわざ人生の全てを犠牲にしなければならないプロの画家なんぞにならずに、趣味で、楽しく、描きたいものを描きたい時だけに描いていればいいじゃないか、そっちのほうが絶対的に幸せじゃないか、と思うのでした。

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タグ:絵描き 画家
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