石井隆監督を偲んで「ヌードの夜」 [感想文]
先日、5月に、映画監督の石井隆氏が、大病のために亡くなっていた事が解った。 享年75才。
という事で、今回は、石井隆監督作品中、私が最も 愛して愛して愛し抜いた作品「ヌードの夜」の感想を つづらせて頂こうと思う。
「ヌードの夜」 1993年製作 脚本も石井隆氏
先ず、シノプシスは、孤独で哀しい女・名美が、夜の世界に生きる男・行方に脅され続け、やむにやまれず殺してしまい、その後処理を、偶然、街で貼り紙を見つけた事により知った 何でも代行屋・村木に だます形で させようとする。
一度はこの理不尽さに逆上した村木だったが、行方の弟分のチンピラに暴力を振るわれ 恐怖の極地に立たされている名美をほっておけず、銃を手に入れ、名美を救い出し、のち、エロティックにむすばれる。ーーーが、実はそれは村木の幻影で、名美は、村木に行方とのいきさつを打ち明けた直後の時点で 車で海にダイブして死んでいた、というものである。
とにかく、映像が美しい。
名美の涙を象徴する 幾多のシーンで使われる雨、クジラの模型や人形や転がるメリーゴーランドの置き物の配置、名美が、サラ金屋に打たれ殺される時に、名美の背後に山と盛られた黄色い向日葵と サラ金屋の片手に下げられた青いビニール傘の補色の対比（この場面も、ラストで幻影だったと判る）等等等、、、
中でも、私がダントツに美しいと感嘆したのは、小雨降る波止場で、名美が村木に、行方とのいきさつを打ち明けるシーンである。
名美は、ケンケンパをしながら、いつの間にか遠くのコンクリートの塊の上に登り 隠れてしまうのだが、これがロングで撮られていて、名美の孤独さ・哀しさが、実に巧く表現されているのである。
私はこの映画のシナリオの決定稿を所有しているが、決定稿にも「名美、ケンパをしながら小さくなってゆく」と ト書きに書かれていて、このシーンは、早い段階から 石井監督の頭の中に明確に描かれていたと判る。
又、秀逸なのは、映像美のみならず、名優がたの名演技である。
名美役の余貴美子さんの、リアリズムでありながらも、時々フッ！とハズシを入れる事で観客をグッ！と惹きつける計算され尽くした演技、村木役の竹中直人さんの、実直な人柄でありながらも、濡れ場の後で見せるユーモラスさ、行方役の根津甚八さんの、肝の座った底知れぬ怖さ、チンピラ役の椎名桔平さんの、迫力に満ち かつ 預けられた仔犬に重ね合わせる 拾われた自分の哀しみ、、、
映画監督には、一にもニにも映像美重視で、役者さんの演技に関しては、「こういう風貌の人が、ここにいてくれれば、それでいい」くらいに 演技までは細かくこだわらない人がいる。
一方、逆に、「役者さんがいい演技をしてくれれば、キャメラが役者さんに合わせて追うから、とにかくいい演技をして自由に動いて！」ーーーつまり、背景との重なり・構図などは重要ではない、という人もいる。
この様に、どこに重点を置くか にムラがあり、「それでいいんだ！」という監督は、少なからずおられる。
しかしーーー
石井隆監督作品は、映像美にも役者さんの演技にも 両方 寸分たりとも手抜かりがなく、両者を相乗効果で高め合い、見事に成立させているのである。
私は、石井隆監督作品の真骨頂というのは、そこにあると思わずにおれない。
何故、石井監督が、この様な映画を撮れる監督になられたかというとーーー
石井隆氏は、学生時代は、早稲田の映画研究会に在籍しており、早大の映研は、主に 商業の劇映画を研究するハイレベルな研究会だった（否、今現在も進行形だが）というから、そこで商業の劇映画の基本を徹底的に学ばれたのだろう。
そして卒業後は、劇画作家として、自ら絵も描かれていたので、映像の審美眼は、自ずと高められていったのだろう。
この二つの経験が、映像美にも役者さんの演技にも、厳しく高度なものを要求し、スキなく完成させられる原動力になったに違いあるまい。
虎が死して皮を遺す様に、石井隆監督は、完全無欠な映画を遺してくださった。
石井監督、我々映画ファンに、多大な感動をありがとう！
監督の大好きだった雨の彼方の空で、安らかにお眠りください。
nice! 1番頂きました。(^^)
by 我流麺童 (2022-07-12 06:30)
映像美の素晴らしさは勿論！「ヌードの夜」はタイトルからして素敵です。
本作での余貴美子の存在は雰囲気たっぷりで、また故・根津甚八なくしては、語れない一作！
根津甚八若くして亡くなったのが残念でなりません。
by hana2022 (2022-07-12 12:57)
この映画は知らなかったのですが
そうそうたる役者さんたちが出ているのですね。
余貴美子さんの演技は引き込まれますね。
根津甚八さん・・好きな俳優さんでした。
by yoko-minato (2022-07-12 17:05)
余貴美子さん、大好きな女優さんの一人です(*^^*)
by ミケシマ (2022-07-12 17:20)
こんにちは。
石井監督の「劇画作家として、自ら絵も描かれていたので・・・」の文字あり、撮影前に緻密なイメージングが出来上がっている印象です。ところで、根津甚八さん、数十年前の丁度今頃の時期に渋谷の宇田川通りで何回か遭遇。白い麻のスーツを身を包みカッコ良かったです！？(=^･ｪ･^=)
by Boss365 (2022-07-12 17:38)
この映画のDVDもあるようですので、機会あれば見たいですね。
by たいちさん (2022-07-12 17:49)
偉大な方が亡くなられるという事はとても寂しい気持ちですが
こうやって作品の感想で追悼して頂けることは
映画監督さんとして本当に嬉しいことだと思います。
by erena (2022-07-12 17:57)
旅先にて押し逃げです。
by johncomeback (2022-07-12 19:54)
石井監督 名前は知っていましたが作品は見てみよう
と思いながらまだ見たことがありません
ヌードの夜 ぜひ観て観たいです。
by kiyotan (2022-07-12 20:15)
残念ながら、見たことがありませんでした。
９３年の作品ですか
見てなかったですね、その頃の映画は。
by 八犬伝 (2022-07-12 20:22)
この記事、googleニュースかヤフーニュースに転載
されていなかったですか。
読み出して、あれさっき読んだのと同じだとびっくりしました。
by そらへい (2022-07-12 20:57)
映像が美しい映画って、それだけで見る価値がありますよねぇ。
それで内容までよければ完璧♪
by werewolf (2022-07-12 20:57)
相米監督の「ラブホテル」の脚本を担当されていました。（自分が好きな作品）
ヌードの夜もラブホテルもヒロインは名美という名前ですがヌードの夜は観ていないので何か共通性があるのかしりたいなぁ？
by 青い森のヨッチン (2022-07-12 21:54)
この映画の出演者を観て、すごい人たちがそろっているのにびっくりしました。私は特に根津甚八が好きです。観てみたいですね。
by coco030705 (2022-07-12 22:25)
おはようございます＾＾
↑、わたくしも出演者を見てちょっと驚きました。ほとんど映画関連は知らないですが、この出演者知っていました^^
根津甚八さん、わたくしも好みでした＾＾
by mm (2022-07-13 06:28)
みなさん
この作品をご覧になったかたも、ご覧になってないかたも、おはようございやす。コメントありがとうございやす。
石井監督、亡くなられたのは5月だったそうでやすが、ネットなど公表されたのは、6月10日くらいだったと記憶してやす。
慌てて感想記事を書く必然もないので、今になってしまいやしたが、
そうでやすか、グーグルニュースかヤフーニュースに転載されてやしたか。
それは嬉しいでやすなあ。
SSブロガーの方はもちろんなんでやすが、それ以外のたくさんのかたがたにも読んでいただきたいと考えているので。
その旨、教えてくださり、ありがとうございやす。
石井監督の書くホンには、全然設定は違っても、ヒロインは名美、相手役は村木、という名前が多いでやす。
監督なりに、拘りがあったのでやしょう。
ちにみに、少し前に、同監督の「夜がまた来る」の感想をあげてやすが、
この作品でも、ヒロインは名美、相手役は村木でやす。
みなみに村木は、根津甚八さんが演られてやす。
何人ものかたが書き込まれているように、キャストがそうそうたる顔ぶれでやすね！
他にも、オカマ役の田口トモロヲさんの綿密に計算された演技や、室田日出男さんのユーモラスなお坊さんなども良かったでやす。
根津さん、ほんとにいい役者さんでやしたね。
ご病気をされて役者をやれなくなって、そしてあまりにも早く亡くなられてしまったことが残念でやすね。
余貴美子さんの演技はねぇ、あっしは、すべての女優さんの演技の中で、この作品の余さんの演技がダントツ一番に好きなんでやすよ。
この作品を観て、余さんのファンになりやした。
石井監督も余さんには特別思い入れがおありだったようで、ずいぶん前から希望はしていたけれど、なかなか叶わなくて、この作品でようやっと叶ってくれた、というような事を仰ってやした。
DVDになってやすよ。今回付けた画像は、DVDのパッケージを撮ったものでやす。
石井監督はメジャーな監督だから、大きなビデオ屋さんには、この作品も置いてあると思いやす。
で、DVDには、特典映像がついていて、竹中直人さん、椎名桔平さん、石井監督、プロデューサーさんのインタビューが入ってるんでやすが、
ここで、プロデューサーさんがどれほど石井監督が作品の画作りの下準備に綿密で計算高いかという一例をあげておられやして、
服の生地によって、雨のしずくの落ちた状態が違ってくるから、この生地の服を選びたい、ということまで拘っておられたそうでやす。
つまり、そこまで逆算して頭の中で完成画を考えておられたわけでやすね。
あと、竹中直人さんが「ヌードの夜」というタイトルに惹かれました、とも仰ってやした。
あっしは逆に、DVDでは勘定不可能なほど観てやすが、劇場では観ていないので、今後、もしどこかの劇場で追悼上映があるとしたら、是非とも大きなスクリーンでも観たいと思ってやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2022-07-13 09:03)
こんにちは～
映画館が無いから映画には縁が無く……の暮らしです。
根津甚八さんはよく知ってますが～～余貴美子さんも味のある演技が好きです。
by せつこ (2022-07-13 09:19)
「ヌードの夜」と言う映画、演技や台詞は本当に奥が深いんですね～。ぼんぼちぼちぼちさんの解説もとても分かり易く、映像が頭の中に浮かんできました＾＾。
by drumusuko (2022-07-13 17:29)
映画をほとんど観てこなかったのでいろんな方の感想や評論から観たい映画のリストを作っています。
DVDを借りてまでは観ていませんがケーブルテレビなので毎月チェックしています。
出演者も興味ありますし機会があればみてみたいです。
by つぐみ (2022-07-13 20:16)
追悼感想文がステキで、感動～♡
by ロコときどきキナコ (2022-07-13 21:22)
何かを残せる人はすごいですね
by mau (2022-07-13 21:24)
みなさん
映画をよく観るかたも、あまり観ないかたも、おはようございやす。
映画って、作品によっては、「万人受けはしないだろうから、やみくもにオススメとは言えないよなあ」というのと、「この作品なら、すべての人にオススメと言い切れる！」という方向性があって、「ヌードの夜」は、明らかに後者なので、興味を持ってくださったかた、機会があったら、是非ともご覧になってくださいでやす。
そう、キャストもそうそうたる顔ぶれで、もぅ震えがくるほど感動的な演技をされてやす。
ちなみに、椎名桔平さんは、この作品が、メジャー作品初だったそうでやす。
この作品をきっかけに、メジャー役者さんの階段をどんどんのぼられていったとか、、、
今作品では、監督のほか、根津甚八さんも室田日出男さんも、すでに亡くなられてやすね。
映画って、ご本人は亡くなられても、こうして何度も何度も遺された人に感動を運んでくれる、、、
まさに虎のようなお仕事だなと思いやす。
石井監督はじめ、根津甚八さん、室田日出男さんにも合掌でやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2022-07-14 08:39)
残念ながら映画は、1990年頃から見なくなりました。
仕事が出張とかが多く忙しすぎて･･･。
オマケに単身赴任なども。。。
ただ、亡くなられたことは年齢も近いので･･･(;ﾟロﾟ)です。。
by 横 濱男 (2022-07-14 09:11)
全く知らない映画でしたが、俳優さんの名前はすべてわかるので、想像しながら読ませていただきました。
けんけんぱのシーン、目に浮かぶようです
by よいこ (2022-07-14 10:21)
劇画作家と書かれていたので、えっ、あの人？ と一瞬勘違い
してしまいました。その人は石井いさみでした＾＾；。
美しい映像というものには、惹かれるものがあります。
by sakamono (2022-07-14 14:53)
「ヌードの夜」ですか。
ミステリアスでおもしろそうな映画ですね。
余貴美子さんも、すっかりおばちゃんになってしまいましたが・・・。
by JUNJUN (2022-07-14 21:32)
この映画を観たことのない人もあなたの名解説で、観たくなる気分になるんじゃないかな。この映画への思い入れが伝わってきます。
by 暁烏 英（あけがらす ひで） (2022-07-14 22:02)
ぼんぼちぼちぼち様
こんばんは
石井隆監督を余り知りませんでした。
記事を読んませて頂いても映像美を大事にされていたのですね。
(^－^)
by hirometai (2022-07-14 22:11)
前々から「見たい」と思いつつ、機会無くまだ未見です。
公開当時、かなり評判になっていた映画だったので、
気にはなっていたのですがー。
（まだ年齢的に見に行くのが難しかったような気が。。）
今から思うと（当時でも？）物凄いキャスティングですよね。
「追悼のスクリーン上映」。。
どこかでやってくれないかしらね。。
by 向日葵 (2022-07-15 03:02)
みなさん
この作品、ブログを始めた当初から、感想を書きたい！感想を書きたい！と思いつつ、いいなあと思うところがたくさんあり過ぎて、簡潔にまとめることができないでいたのでやすが、
先月、5月に石井監督が亡くなられていたのを知って、これは何がなんでも書いて、一人でも多くのかたに、どれだけ秀逸な映画を遺された監督か知ってもらわねば！との気持ちに突き動かされ、思いきって書きやした。
記事本文には書ききれなかったシーンや表現でも、感嘆するところがいくつもありやす。
ケンケンパのシーンは、ほんとに巧い表現だなあと、舌を巻きやすね。
台詞は聞こえているんだけど、名美がどんどん遠くに行ってしまって、みえなくなってしまう、空は小雨、、、こういう撮り方とシチュエーションで登場人物の気持ちを表現できるなんて！
あっしは、だから、演劇よりも映画のほうが好きなんでやす。
余貴美子さん、今はそれなりのご年齢になられやしたね。
でも、演技が飛び抜けて上手い女優さんであることには変わりがないので、これからも、年相応の役を演られてゆかれて、観客を感動させていただきたいでやす。
そうでやすね、今の時代、70代で病死というと、早かったなあ、、、と、いう感じでやすね。
ご病気は癌で、亡くなる何年か前からは、治療に専念されていたそうでやす。
石井監督は、かなりたくさんの映画を遺されているので、追悼上映がされる可能性は高いのではないか？！と思ってやす。
追悼上映された折には、この作品と、少し前に感想を書いた「夜がまた来る」の他にも、まだ観ていない作品をいくつか観たいと考えてやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2022-07-15 10:06)
映画監督は3つに区分けされそうですね。次に見るときは、そんな視点も持って映画を見たいと思います。
by yokomi (2022-07-16 00:51)
yokomiさん
そうでやすね、「ここに着目して観るぞ！」という心積もりで観ると、
漠然と鑑賞しているより、100倍面白く観られると思いやす。
ちなみにあっしは、以前は監督目線でばかり観ていたので、
演技のレッスンを受け始めてからは、もっと役者さんの演技も深く観てゆこう！と思っているところでやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2022-07-16 09:10)