映画「他人の顔」---すべてに於いてバランスの取れた最高傑作 [感想文]

「他人の顔」----
「おとし穴」「砂の女」に続き、安部公房の同名小説を 安部氏自身が脚本化し、勅使河原宏の手により監督された長編劇映画作品である。 1966年製作。

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シノプシスは、仕事中の事故で顔全体を酷いケロイドに火傷してしまった男が、精神科医に事故前とは別の新たな顔を作ってもらい 火傷後自分を拒絶した妻を誘惑する というもので、自己と他者 自己と社会の関係、己れが己れであることを証明するものはいったい何なのか が、安部氏ならではの理論的論法によって 緻密に深くえぐり出される。
これが、仲代達矢 京マチ子 平幹二朗 岸田今日子 岡田英次 等々、日本を代表する名優という舟によって多方向から追及されるのである。
のみならず、この作品を語る上で決して欠くことのできないのは、美術 音楽 キャメラの秀逸さである。
前衛的な病院内の装置 主人公の男の心情を裏打ちする悲しげなワルツのテーマ曲 ハイコントラストの白黒でのワンショットワンショット構図の完成されたキャメラ使い・・・・。

----映画に於いて、ひいてはすべてのジャンルに於いての「作品」というもののクオリティ・出来を決定づけるのは、「バランスが取れているか否か」と言っても過言ではない。
そのくらい「バランス」は、作品創りに於いて重要な力点である。
ある部分は優れていてもバランスが取れていないがために秀作とは言えなくなってしまっている残念な映画というものが 世の中には非常に多い。
リアリズムの方向性でありながら 一人大仰な型芝居をする役者がいたり、アート系の作品なのに キャメラが具象的説明に終始してしまっていたり、乾いたマチエールで創られているのに音楽だけが妙に湿っていたり・・・・。
しかし、この「他人の顔」は、すべてのスタッフ・キャストがこの映画がどういった色合いで以って どういう方向に突き進むのかを 根本からしっかりと把握している。
哲学的テーマを非リアリズムによって重々しく理論的に創るのだ と、携わるブレーン全員が正確に理解している。
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又、私は、この映画の脚本---決定稿---を所有していて しばしば本編DVDと照らし合わせながら読むのだが、照らし合わせることによって 如何に 決定稿から本編完成まで 練りに練られ 肉付けされ 無駄を落され 順序が入れ替えられ 濃密度の作品へと結実していったかが解る。
中でも殊に大きく変えられているのは、主人公の男が観た映画という設定で 主軸のストーリーに度々折り込まれる形で挿入されている もう一つの物語である。
決定稿では、戦争で顔半分がケロイドとなってしまった元美女が、強姦すらされなくなったと思い込み 医者に口づけを求め受け入れてもらった末に自死する とあるが、本編では、ケロイドの元美女は 実兄に関係を迫り結ばれた末に自死する となっている。
がぜん、本編のほうがいい。
このほうが、「顔が変わってしまうと 人間関係というものが根底からくつがえってしまう」と、作品テーマをぐぐっと強烈に後押しすることになるからだ。

「他人の顔」----
映画好きのかたと安部公房ファンは既にご覧になっていることと思うが、とりたてて映画に興味を持たれていないかたや 哲学書や心理学の専門書などを愛読されているかたにも 是非とも観ていただきたい、「映画ってこんなにも面白く 深い表現が可能だったのか!」と 映画という表現ジャンルを見直すこと必至の 日本劇映画史に輝き続ける大傑作である。

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※3月4日のオフ会、どんなご趣味のかたも大歓迎でやすよん!
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green_blue_sky

映画の中身を考えない人、鑑賞のみです(^_^;)
by green_blue_sky (2017-02-01 06:33) 

taekozue

ちょっと怖さが漂う感じですが、
レンタルショップにあれば、見てみたい気はします。
勅使河原宏氏は、華道や陶芸というイメージが強かったのですが、
映画監督という一面もあったのですね。

by taekozue (2017-02-01 08:45) 

よーちゃん

どうしても顔の見た目の第一印象で
性格まで決めつけがちですよね。
うーん、深そうな映画。。。
by よーちゃん (2017-02-01 08:45) 

なかちゃん

ボクも手術によって顔の一部が変わってしまったので、ちょっと興味が湧きますね。
まぁ、ボクの場合は説明しないと分からん程度の変化ですけどね(^^;

by なかちゃん (2017-02-01 08:51) 

きよたん

この映画は見ていません
興味を引くテーマですね
by きよたん (2017-02-01 09:17) 

馬爺

おはようございます。
映画は暫く見ていないですね、テレビも余り見ないので余計ですね。
by 馬爺 (2017-02-01 09:49) 

侘び助

ちょっと寒気がしてきちゃった~~
by 侘び助 (2017-02-01 11:00) 

kyon

ちょっと怖いですねぇ^^;切ない...
by kyon (2017-02-01 11:03) 

柴犬

ペルソナでしょうか...
おどろおどろしい雰囲気、想像してしまいます。
by 柴犬 (2017-02-01 11:15) 

ミケシマ

人は見た目じゃないって言いますけど、見た目で判断されること多いですよね。
自分だってそうだもん。
それにしてもこの映画、とても丁寧に制作されたもののようですね。
興味がわきます。
by ミケシマ (2017-02-01 11:18) 

hana2017

「バランスが取れているか否か」・・・は映画に限らず、作品のテーマとなっている「顔」についても言えることのようです。
先日読んだ百田 尚樹の「モンスター」は、整形に整形を重ね、昔の男に会いに故郷へ帰ってくる女の話。・・・その中に、そうした文章がありましたよ^^
by hana2017 (2017-02-01 16:23) 

saru

ケロイドって火傷と思うけれど
怪我をしてもケロイドになるんだよ。
オラ、傷痕がケロイドになっているのだ~

by saru (2017-02-01 19:56) 

ackylacky

あの時代の心理学をモチーフにした映画ですね。
ラストの方で顔のない群衆とすれ違うシーンがありましたが、脳の障害で全部おなじ顔に見える病気があるそうです。
もしかすると精神科医が、実は患者という設定だったのかもしれませんね。

自分の顔が違っていたらなんて考えた事ありました。もっと美男だったら、どんな人生を送っていただろうとか。
でも、違う顔の自分は自分ではあり得ないので、無駄な思考でした。
by ackylacky (2017-02-01 20:28) 

センニン

安部公房は読んだことがありません。
映画、気になります。
by センニン (2017-02-01 20:56) 

藤並 海

僕は生け花を過去に習っていたので
勅使河原宏と聞くとどうしても華道草月流家元が先に頭に浮かびます
ちょうどお稽古をしていたころに家元が宏先生に変わって
特に「どの視点からも作品として見られる」ということを
言われるようになりました
これはきっと、映画監督として作品を作られてきた姿勢が
そのまま華道にも反映されたのでしょうね
by 藤並 海 (2017-02-01 22:54) 

るね

「他人の顔」……原作で読んでみたくなりました(^^;)
って「砂の女」も「箱男」も未読なんですが。
by るね (2017-02-02 02:38) 

HIDEe

「他人の顔」は見たことありませんでしたが、何事もバランスは大事ですね。
調和が取れてないと、どこかに違和感を覚えてしまいますから。
by HIDEe (2017-02-02 02:42) 

kiyotaka

この映画見たことはありませんが、
何か凄そうな感じです。

by kiyotaka (2017-02-02 08:33) 

sigedonn

こんにちは。
観てませんね。安部公房は何かにと高校時代に読みましたが
「壁」で、止まったような記憶が、なんだかほとんど覚えていないな。
バベルの狸の微笑みがいつまでも記憶の底に残ってるだけ。
by sigedonn (2017-02-02 11:43) 

lequiche

安部公房かぁ〜。
なつかしいですね。
なんか昔を思い出してしまいました。
音楽は武満が書いていますが、傑作です。
by lequiche (2017-02-02 12:09) 

JUNKO

安部公房は好きな作家です。映画化されたものもかなり見ました。興味ありますね。
by JUNKO (2017-02-02 13:23) 

リンさん

すごいキャストですね。
面白そうです。見てみたい。
by リンさん (2017-02-02 15:26) 

fuyu

これは面白そうですね。今度見てみようと思います。見てみたいと思っている「顔のない眼」という作品ともイメージが重なります。
by fuyu (2017-02-02 15:44) 

えーちゃん

仲代達矢と言えば、今年からツィッターを始めたそうです。
現在84歳らしいんだけど精力的だよね。
と、3月4日のオフ会は何とか参加出来そうなので参加します。
よろしくお願いします。
by えーちゃん (2017-02-02 16:40) 

ミムラネェ

こんばんは! 観たくなりました
顔って それだけで自分を識別されるものですものねぇ
ぼんぼちさんの感想を読んだだけでドキドキしました(≧ω≦。)
by ミムラネェ (2017-02-02 17:45) 

末尾ルコ(アルベール)

このお記事を拝読しながら、無性にミケランジェロ・アントニオーニを久々に観たくなりました。  RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2017-02-02 17:45) 

未来

この映画は封切られた時に見ましたが、とても印象に残る作品でした。
同作家、同監督の、砂の女は、最も好きな映画でした。
武満徹の音楽も素晴らしかったです。
by 未来 (2017-02-02 19:13) 

ぼんぼちぼちぼち

みなさん

この作品を観たことのあるかたもまだ観てないかたも こんばんはでやす。
未だ観てなくて興味のおありのかた、チャンスがあったら是非 ご覧になってくださいでやす。
「砂の女」と並んで「映画好きなら観ておくべき作品」に必須で入る作品でやす。

そう、勅使河原宏氏、本業は華道家でやすね。
でもこうして映画というジャンルでも 素晴らしい仕事を遺されてやすね。
今回あっしは、この作品のバランスにズームして綴らせていただきやしたが
バランスをとってゆく計算式はすべての表現ジャンルに共通しているから
ある分野ですぐれた作品を作れる表現者は他の分野でも偉業を遺せるのでやすよね。

音楽は武満徹氏でやしたね。
劇中で何度も流れる悲しげなワルツのテーマ曲、ビアホールのシーンでは、店の歌姫役の前田美波里さんが歌われてやしたね。

hana2017さん 仰るとおり、顔の美しさもバランスで決まりやすね。
我々は、無意識のうちに バランスの取れた顔ほど美しいと感じているんでやすよね。
その小説の主人公、やはり別人になりすまして昔の男に会いにゆくのかな?

顔で判断される部分は多いでやすよね。
決定稿にあって本編にはなくなっていた主人公の台詞に
「君(会社の同僚)は、もしも君にそっくりな人に会ったよ、と言ったら、君は自分の顔とよく似た顔の人間を思い浮かべるだろう。良く似た手でも良く似た足でもなく」
というのがあったんでやすが、その人がその人であることは、やはり顔で判断しやすね。
そして、顔から中身がどんな人間なのかを想像し臆測し、時には決めつけて接したりしやすね。
「人間を観た目で判断してはいけない」というのは、表向きの理想論であって
我々の多くは、そうは考えていない。
あっし自身を振りかえっても---
先日、若い頃はニキビが酷かったことを記事にしやしたが、その頃と今とでは周囲の人の態度が「あの頃いたのと今いるのが同じ国とはとうてい思えない」というほど違いやす。

なかちゃんさん そうでやしたか、手術で。
でも、説明しないと判らないくらいで良かったでやすね。

saruさん そう、傷もケロイドになったりしやすよね。
皮膚が過剰に引っ張られたりするとなりやすいようでやすね。

原作(小説)の「他人の顔」は、叙述形式がまったく違って、主人公が妻に書きおきした手紙という形で綴られてやす。
読み比べてみるのもまた一興と思いやす。

えーちゃんさん オフ会ご参加、承りやした。
お逢いできるのを楽しみにしてやす(◎o◎)/
by ぼんぼちぼちぼち (2017-02-02 20:41) 

レインボーゴブリンズ

この映画、「仲代達也氏主演」というくくりで特集された番組で、昨年やっていました。気になってはいたのですが、見ませんでした。ぼんぼちさんの記事を読み、俄然見たくなりました。(^^)/
by レインボーゴブリンズ (2017-02-02 20:57) 

そらへい

話題になって、気になっていた気がしますが
映画見ていないし、小説も読んでないですね。
映画はまだ高校生の頃だったのと田舎だったので
見られなかったと思うのですが
小説はいつでも読めるのになぜ読まなかったのか・・・
by そらへい (2017-02-02 21:00) 

sakamono

学生時代は安部公房ばかり読んでいましたが、映画化された作品は
「砂の女」くらいしか知りませんでした。「砂の女」も、かなりのインパクトを
私に残しましたが、初めて読んだ「第四間氷期」が、一番インパクトが
強かったかなぁ...。
by sakamono (2017-02-02 22:39) 

風来鶏

シドニー・ショルダンの小説に「真夜中は別の顔」と言うのがあったと思いますが、井上陽水の「リバーサイドホテル」の替え歌で、♪誰も知らない素顔の八代亜紀〜と嘉門達夫が歌っていましたね(^^;;
by 風来鶏 (2017-02-03 00:38) 

hypo

安倍公房さんの小説はほとんど読みました。
映画も見てみたいです!
by hypo (2017-02-03 06:50) 

moz

今年のアカデミー賞のノミネートで13部門と言うものがあるそうですが、それもきっとバランスが取れているのでしょうね。
ここで言うバランス、言い換えれば一つの焦点に向かってすべてが収斂していることだと思いますが、作品にとってはとても大切なことだと思います。あまり深刻なものは疲れてしまうので最近見たり読んだりできなくなっていますが、ご紹介いただいたものは興味があります。
by moz (2017-02-03 06:54) 

palpal

本でもマンガでも「己れが己れであることを証明するものはいったい何なのか」がテーマの作品は好きです!あまり映画は見ないのですが見てみたくなりました(^o^)
by palpal (2017-02-03 10:03) 

ぼんぼちぼちぼち

みなさん

画像の包帯の人が仲代達矢さんでやす。で、後ろにぼんやりと映っているのが医者役の平幹二朗さん。
仲代さんのお顔は、医者に新たな顔を作って貰ったその新たなお顔として登場しやす。
包帯の状態の演技など、役者として難しいながらもやりがいのあるお仕事だったのではないかとお察ししやす。

安部公房は、若者をとりこにする魅力がありやすよね。
「砂の女」も、原作も映画もともに秀作でやすよね。
この「他人の顔」は、「砂の女」と比較すると、テーマを登場人物に具体的に言わせているので
解釈として解かり易いように思いやす。
もしもまだ読まれていなかったら、「人間そっくり」も読まれてみてくだされ!
あっしの個人的なイチオシ安部作品でやす(◎o◎)b

己れが己れであることを証明するもの・・・・安部氏に通底するテーマでやしたね。
時代や国を越えた普遍的なテーマだと思いやす。

♪誰も知らない素顔の八代亜紀〜 あぁ、それ、流行りやしたね。憶えてやす。
さしずめ今なら、誰も知らない素顔のきゃりーぱみゅぱみゅでやしょうか(◎o◎)b

by ぼんぼちぼちぼち (2017-02-03 20:18) 

hirometai

ぼんぼちぼちぼち様
こんばんは
別の顔は欲しくないです。
そんなに美人でもありませんが・・
やはり、今の自分が良いです。
ちょっと、怖い映画ですね。
by hirometai (2017-02-03 21:25) 

yossy

石川に劇団を作ってますよね
by yossy (2017-02-03 21:58) 

rannyan

他人の顔、就職試験の作文に取り上げた思い出があるのですが..
何を書いたか、そもそも小説の粗筋も思い出せないくらい遠ざかっています^^;
まずは読みなおしてから鑑賞しようかしらん~
by rannyan (2017-02-04 10:34) 

ぼんぼちぼちぼち

hirometai さん

今のご自分が良いというの、精神的にとても健康な証拠だと思いやす。
自分が嫌いだと自分の顔も嫌いになってしまうように思いやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2017-02-04 21:38) 

ぼんぼちぼちぼち

yossy さん

そうだったのでやすか。知りやせんでやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2017-02-04 21:39) 

ぼんぼちぼちぼち

rannyanさん

なるほど、就職試験の作文に。
どんなふうに書かれたのか気になりやす。
機会があったら、再読・鑑賞されてみてくだされ(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2017-02-04 21:41) 

伊閣蝶

勅使河原宏監督作品は、どれも極めて実験的で、映像・美術・音楽・照明その他映画表現における全ての要素が、それぞれ有機的に絡まり合って昇華していくという感覚があります。
その中でも「他人の顔」の完成度は極めて高く、私も大好きな作品の一つで、このメインテーマのドイツ・ワルツを、恥ずかしながら私の結婚披露宴の折、連れ合いのお色直しの入場の際に使わせてもらったりしたものです。
それはともかく、仰る通り、この作品における決定稿が映画に移し替えられた際の大いなる飛躍には驚かされました。
どのシーンをとってもサスペンスフルで、仲代達矢が顔をなでるシーンがストップモーションで終わるまで、正に手に汗を握る想いで観たことを思い返しています。
by 伊閣蝶 (2017-02-09 14:51) 

ぼんぼちぼちぼち

伊閣蝶 さん

勅使河原映画の数ある秀作の中でも特に 非常に完成度の高い作品でやすよね。
で、ありながら、テーマに直結する言葉を登場人物に台詞てして言わせているので
非リアリズムでありながらも 解釈は難解ではないんでやすよね。
ラストのシーンも見事で、照明の使われ方も演劇的で効果的でやしたね。

そうでやしたか、あのテーマ曲を披露宴で使われたのでやすか。
伊閣蝶 さんにとって、そういった観点からも思い入れのある映画なのでやすね(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2017-02-09 19:53) 

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