いきさつ・第五章 [作文]
そこには、ゴルフクラブを 「今すぐにでも殴りかかってやるぞ!」 とばかりに構えた男が、ものすごい形相で立っておりやした。
歳の頃は三十代半ばでやしょうか、ブルーのボタンダウンシャツにアイボリーのチノパン、短い髪を七三に分けた 銀縁メガネの 一見 公務員か銀行員、といった風でやす。
日陰になりそこねたキュウリの様なその顔は、元々青白いのか、その精神状態のためか、切ったら真っ青な血が流れるのではないでやしょうか?と思われる程 蒼白でやした。
あっしが瞬時に
「やっぱりこの店は、後で取り立てが来るシステム・・・・」
と、傍白するかしないかの内に、男は
「俺の愛しいマドンナに、酌婦をさせているのはどいつだ!!!」
と、甲高い声で叫び、ママさんを上目使いにチラと見やり、ゴルフクラブを ブンブン力まかせに振り回しやした。
「愛しい」 「マドンナ」 「酌婦」・・・・・・今時こんな台詞を吐く人間がいる事に、恐怖と訳の解らなさの中にも あっしは、ある種の「おかしさ」を感じてしまいやした。
特に 「酌婦」 は、聞いた後の二、三秒後に 「あ、そういう意味でやすか」 と納得した訳で、既に死語となっている熟語は 字面ではすぐ解るものの 音だけでは 前後関係の掴めていない者にとっては 非常に解り辛いものでやす。
キュウリ男の痩せこけた体は、振り回すゴルフクラブの勢いに その度、右に左にと回転し、回転しながらあっしの小上がりの脇を通過し、正面カウンターのまん前で止まりやした。
そして名古屋板長に、真っ直ぐクラブの先を向けやした。
「きさまか?」
「いえ」
板長は、顔色一つ変えずに まな板の上を片付けながら答えやした。
「ならば-----------」
クラブの先は、横の若い板さんに向けられやした。
「いえ」
「ならば----------」
「いえ」
「いえ」
「いえ」
「ならば、きさまだな-------------!」
男はくるりと振り返り、クラブの先をあっしの鼻先に突きつけやした。
指名制自己申告という 余りにも単純な消去法により 悪党と決定付けられてはたまりやせん。
あっしは、単なる一見の客である事を説明しようと
「あ、あ、あ、あっしは・・・・・・・・」
と、ママさんを すがる様な気持ちで見上げると
「そうよっ!この人よっ!! 私をこんな所に売り飛ばしたのは!!!」
と、美しい目を吊り上げて、キッ!と、あっしを指差すのでやす。
「そうだ!こいつだ!」
「こいつだ!」
「こいつだ!」
「こいつだ!」
「こいつだ!」
板さん達も一斉にあっしを指差し、あっしが悪党である事は、多数決という 極めて非論理的で理不尽な方法により 決定付けられてしまいやした。
「やっぱりな、ここに一歩 足を踏み入れた時から きさまだと目星は付いていたんだ!」
「自分が無い」 「他人に流される」 とは、こうこいう人間の事を指すのでやしょう。
男は、振り上げたクラブに じりじりと力を込め、あっしを小上がりの角へ追い詰めやした。
--------------次回に続くでやす--------------
歳の頃は三十代半ばでやしょうか、ブルーのボタンダウンシャツにアイボリーのチノパン、短い髪を七三に分けた 銀縁メガネの 一見 公務員か銀行員、といった風でやす。
日陰になりそこねたキュウリの様なその顔は、元々青白いのか、その精神状態のためか、切ったら真っ青な血が流れるのではないでやしょうか?と思われる程 蒼白でやした。
あっしが瞬時に
「やっぱりこの店は、後で取り立てが来るシステム・・・・」
と、傍白するかしないかの内に、男は
「俺の愛しいマドンナに、酌婦をさせているのはどいつだ!!!」
と、甲高い声で叫び、ママさんを上目使いにチラと見やり、ゴルフクラブを ブンブン力まかせに振り回しやした。
「愛しい」 「マドンナ」 「酌婦」・・・・・・今時こんな台詞を吐く人間がいる事に、恐怖と訳の解らなさの中にも あっしは、ある種の「おかしさ」を感じてしまいやした。
特に 「酌婦」 は、聞いた後の二、三秒後に 「あ、そういう意味でやすか」 と納得した訳で、既に死語となっている熟語は 字面ではすぐ解るものの 音だけでは 前後関係の掴めていない者にとっては 非常に解り辛いものでやす。
キュウリ男の痩せこけた体は、振り回すゴルフクラブの勢いに その度、右に左にと回転し、回転しながらあっしの小上がりの脇を通過し、正面カウンターのまん前で止まりやした。
そして名古屋板長に、真っ直ぐクラブの先を向けやした。
「きさまか?」
「いえ」
板長は、顔色一つ変えずに まな板の上を片付けながら答えやした。
「ならば-----------」
クラブの先は、横の若い板さんに向けられやした。
「いえ」
「ならば----------」
「いえ」
「いえ」
「いえ」
「ならば、きさまだな-------------!」
男はくるりと振り返り、クラブの先をあっしの鼻先に突きつけやした。
指名制自己申告という 余りにも単純な消去法により 悪党と決定付けられてはたまりやせん。
あっしは、単なる一見の客である事を説明しようと
「あ、あ、あ、あっしは・・・・・・・・」
と、ママさんを すがる様な気持ちで見上げると
「そうよっ!この人よっ!! 私をこんな所に売り飛ばしたのは!!!」
と、美しい目を吊り上げて、キッ!と、あっしを指差すのでやす。
「そうだ!こいつだ!」
「こいつだ!」
「こいつだ!」
「こいつだ!」
「こいつだ!」
板さん達も一斉にあっしを指差し、あっしが悪党である事は、多数決という 極めて非論理的で理不尽な方法により 決定付けられてしまいやした。
「やっぱりな、ここに一歩 足を踏み入れた時から きさまだと目星は付いていたんだ!」
「自分が無い」 「他人に流される」 とは、こうこいう人間の事を指すのでやしょう。
男は、振り上げたクラブに じりじりと力を込め、あっしを小上がりの角へ追い詰めやした。
--------------次回に続くでやす--------------
いい気になったとたん 縮み上がる
まさに自分を見ているようです。
さて次は?
by kurakichi (2009-10-22 06:59)
おはようございます!
次回作が楽しみでしょうがありません・・・・
by 空飛ぶ食欲魔人 (2009-10-22 09:49)
この男は誰なのだろう?
by kiyoakit (2009-10-22 10:04)
kurakichiさん
共鳴していただけて良かったでやす。
あっしの恥ずかしい一夜を打ち明けた甲斐があった というものでやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2009-10-22 18:25)
空飛ぶ食欲魔人さん
あっしの とんでもない体験を
こうして楽しんでいただけて幸いでやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2009-10-22 18:33)
kiyoakitさん
この男、入り口に立っているのを見た一瞬間は
てっきり 理不尽な取立てに怒り狂った客かと思ったのでやすが・・・・・
by ぼんぼちぼちぼち (2009-10-22 18:43)
どんどん展開が楽しみになってきました。
次回が楽しみです。
by ねじまきけんいち (2009-10-22 19:41)
「いえ」と言えばよかったのに・・・。(笑)
by がま親分 (2009-10-22 21:53)
ねじまきけんいちさん
次回、ますます危機的状況に追い詰められてしまいやす・・・・・
by ぼんぼちぼちぼち (2009-10-23 11:34)
がま親分さん
今 思い返すと
つくづく 間髪置かずに 「いえ」 と言えば良かった・・・・
と 悔やまれやす。
あっしは、いつも どんくさく 理不尽に貧乏くじを引かされてしまうんでやす・・・・
by ぼんぼちぼちぼち (2009-10-23 11:40)