いきさつ・第四章 [作文]
健康保険証を提示し コピーを取られたあっしは、早速 正面のメインの水槽に一番近い小上がりに、かろうじて片足に引っかかっていたゴムぞうりを脱ぎ捨て 駆け上がりやした。
腹がグーグー鳴っていやした。
あっしは、手と顔を冷たいおしぼりでゴシゴシ拭きながら、既に 水槽前の踏み台に片足を掛け、持ち手の長い網をかまえる若い板さんに
「まずは、鯛と平目を お造りでお願いいたしやす」
と、普段から自腹では まずありつけない二品を注文しやした。
それぞれのテーブルには、白と緑とえんじ色の観葉植物が、どういう仕掛けか ゆらゆらとゆらめいておりやした。
いえ、目をこらすと、ゆらめいているのは、観葉植物の鉢のみならず、白木の店内 ------------ 全てのものが、まるで 水中であるかの如くゆらめいていやした。
多分、あっしが、酔っていたからでやしょう。
毎夜ごと、酔いの底に堕ちてゆくあっしも、こんな酔いかたは初めてでやしたが、それは、先程 頭を打ったせいもあるでやしょう。
いえ、思いもかけぬ吉事の転がり込んだ 心の酔いのせいだったかも知れやせん。
防風とほじそで小粋に化粧をした 鯛のお造りが運ばれると同時に、名古屋板長は ぺらぺらの痩せっぽちになった鯛を 再び水槽へ移し、見事に泳がせてくれやした。
思わず拍手するあっしに合わせて、ママさんも 静かに微笑みながら手をたたいてくれやした。
平目でも同様にしてくれやしたが、すぐ底に張り付き、これは 泳いでいるのかどうか よく解りやせんでした。
ママさんのお酌で飲る熱燗と、透きとおる身のコリコリとした淡い旨みに あっし自身もゆらめきやした。
ママさんは
「飛び魚と太刀魚を焼かせましょうか」
と、サービスをアピールしてくれやしたが、福岡育ちのあっしにとっては、飛び魚と太刀魚は イワシと同じくらい日常的に食していた雑魚なので
「いえ、食べ切れないともったいないでやすから」 と、やんわり上手に断りやした。
「では・・・・・」
ママさんは、伊万里の染付けに乗った赤いものを 平目の横に置きやした。
「これくらいは召しあがれるでしょう」
それは、二つの 茹でた蟹爪でやした。
あっしは必然的に、蟹田氏を思い起こさない訳にはいきやせんでやした。
------------ 蟹田氏は今頃・・・・・・・
先とは別の意味で、あっしは 蟹田氏が急に気の毒な男に思えてきやした。
------------ バリバリと柿ピーを食みつつ、心理の勝利のほうを選ばざるを得ない業の元に生まれた蟹田氏を。
何故、あっしの内に こんな哀れみの感情が沸き出でたかというと、他でもない あっしが今 至福の山頂に立っている -----------ただで 鯛や平目や蟹爪にありつけた幸運 -----------からでやす。
決して、過去の蟹田氏の言動に 今 気付かされたものがあった という訳ではありやせん。
人間なんて、こんなものでやす。
蟹爪の、殻と身の間に 箸を差し入れやした。
その時
「くすぐったいがな」
という蟹田氏の照れ笑いの声が 聞こえてきた様でやした。
が、その声は 無理に明るく振舞っている風でもありやした。
あっしは、蟹爪の爪と爪の間から 店内を キャメラを構える様に覗きやした。
目の輪郭にも似た 紡錘型のフレームを、先ず 左に九十度回転させやした。
フレームはママさんをとらえ、彼女は蟹キャメラに向かって 小首を傾け 揃えた指で 美智子様の様にごあいさつをしてくださいやした。
次に 正面に戻り、板長や若板さん達のニッコリやピースを収め、そのままぐるぐると 右にパンを続けてゆきやした。
ただでさえ、これが現実とは信じかねる程の至福の中にゆらめいていた あっしの覗く蟹フレームの中の世界は、より一層 何か おとぎ話の如き 遠い遠い別世界の様でやした。
そのままキャメラを回し、あっしが真後ろに体をひねった時でやす。
蟹キャメラが、あっしが転がり落ちて来た入り口を捉えると 同時に、そこには -------------
-------------次回に続くでやす---------------
腹がグーグー鳴っていやした。
あっしは、手と顔を冷たいおしぼりでゴシゴシ拭きながら、既に 水槽前の踏み台に片足を掛け、持ち手の長い網をかまえる若い板さんに
「まずは、鯛と平目を お造りでお願いいたしやす」
と、普段から自腹では まずありつけない二品を注文しやした。
それぞれのテーブルには、白と緑とえんじ色の観葉植物が、どういう仕掛けか ゆらゆらとゆらめいておりやした。
いえ、目をこらすと、ゆらめいているのは、観葉植物の鉢のみならず、白木の店内 ------------ 全てのものが、まるで 水中であるかの如くゆらめいていやした。
多分、あっしが、酔っていたからでやしょう。
毎夜ごと、酔いの底に堕ちてゆくあっしも、こんな酔いかたは初めてでやしたが、それは、先程 頭を打ったせいもあるでやしょう。
いえ、思いもかけぬ吉事の転がり込んだ 心の酔いのせいだったかも知れやせん。
防風とほじそで小粋に化粧をした 鯛のお造りが運ばれると同時に、名古屋板長は ぺらぺらの痩せっぽちになった鯛を 再び水槽へ移し、見事に泳がせてくれやした。
思わず拍手するあっしに合わせて、ママさんも 静かに微笑みながら手をたたいてくれやした。
平目でも同様にしてくれやしたが、すぐ底に張り付き、これは 泳いでいるのかどうか よく解りやせんでした。
ママさんのお酌で飲る熱燗と、透きとおる身のコリコリとした淡い旨みに あっし自身もゆらめきやした。
ママさんは
「飛び魚と太刀魚を焼かせましょうか」
と、サービスをアピールしてくれやしたが、福岡育ちのあっしにとっては、飛び魚と太刀魚は イワシと同じくらい日常的に食していた雑魚なので
「いえ、食べ切れないともったいないでやすから」 と、やんわり上手に断りやした。
「では・・・・・」
ママさんは、伊万里の染付けに乗った赤いものを 平目の横に置きやした。
「これくらいは召しあがれるでしょう」
それは、二つの 茹でた蟹爪でやした。
あっしは必然的に、蟹田氏を思い起こさない訳にはいきやせんでやした。
------------ 蟹田氏は今頃・・・・・・・
先とは別の意味で、あっしは 蟹田氏が急に気の毒な男に思えてきやした。
------------ バリバリと柿ピーを食みつつ、心理の勝利のほうを選ばざるを得ない業の元に生まれた蟹田氏を。
何故、あっしの内に こんな哀れみの感情が沸き出でたかというと、他でもない あっしが今 至福の山頂に立っている -----------ただで 鯛や平目や蟹爪にありつけた幸運 -----------からでやす。
決して、過去の蟹田氏の言動に 今 気付かされたものがあった という訳ではありやせん。
人間なんて、こんなものでやす。
蟹爪の、殻と身の間に 箸を差し入れやした。
その時
「くすぐったいがな」
という蟹田氏の照れ笑いの声が 聞こえてきた様でやした。
が、その声は 無理に明るく振舞っている風でもありやした。
あっしは、蟹爪の爪と爪の間から 店内を キャメラを構える様に覗きやした。
目の輪郭にも似た 紡錘型のフレームを、先ず 左に九十度回転させやした。
フレームはママさんをとらえ、彼女は蟹キャメラに向かって 小首を傾け 揃えた指で 美智子様の様にごあいさつをしてくださいやした。
次に 正面に戻り、板長や若板さん達のニッコリやピースを収め、そのままぐるぐると 右にパンを続けてゆきやした。
ただでさえ、これが現実とは信じかねる程の至福の中にゆらめいていた あっしの覗く蟹フレームの中の世界は、より一層 何か おとぎ話の如き 遠い遠い別世界の様でやした。
そのままキャメラを回し、あっしが真後ろに体をひねった時でやす。
蟹キャメラが、あっしが転がり落ちて来た入り口を捉えると 同時に、そこには -------------
-------------次回に続くでやす---------------
呑み仲間、蟹田氏の登場ですね!
by kiyoakit (2009-10-20 07:00)
心の酔いは 酒の酔いとは違って 突如醒めるような気がします。
by kurakichi (2009-10-20 08:12)
いつもご訪問ありがとうございます!
次回作・・お待ちしておりやす・・・ん?(*^^)v
by 空飛ぶ食欲魔人 (2009-10-20 09:06)
kiyoakitさん
蟹田氏・・・・・幾度となく呑んでおりやすが、
今だに素性の解からない男でやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2009-10-20 18:54)
kurakichiさん
その通りでやす。
次回、あっしの心の酔いは 突如 冷めざるを得ない状況に陥りやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2009-10-20 18:59)
空飛ぶ食欲魔人さん
こちらこそ ありがとうございやす。
次回は、22日・木曜 公開でやす!
by ぼんぼちぼちぼち (2009-10-20 19:02)
又、来ますね。
面白い展開になって来ましたね。
by ねじまきけんいち (2009-10-21 07:04)
ねじまきけんいちさん
ありがとうございやす。
そう言っていただけると 孤独と戦いつつ書いた甲斐がある というものでやす。
また、お待ちしておりやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2009-10-21 20:28)
そこには・・・
なになになに?
なに~っ(@@)?
by 淳司 (2009-10-21 21:27)
淳司さん
人生、次の瞬間 何が起こるか解からないものでやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2009-10-22 18:19)
ご訪問&nice ありがとうございました♪
by よしころん (2009-10-24 07:03)
よしころんさん
こちらこそ ありがとうございやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2009-10-24 20:44)