映画「SPACY」  [感想文]

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飲食店などで、店の雰囲気にぴったりの映像が流れているのは 実にいいものである。
夕の裏浅草の居酒屋で 水戸黄門の再放映であるとか、アンティークなシャンデリアやソファの配されたカフェで 白黒のヨーロッパ映画であるとか、インド料理店なら他でもなく へそを出したきらびやかな美女の舞い踊るインド映画・・・・と。
映し出される映像は、店内の内装や 家具 置物 店員さんのファッション 食器などと相まって、表で食べる・飲むという行為のプラスアルファの大きな愉しみを 強力に後押ししてくれる。

「SPACY」という映画がある。
今や、日本の実験映画界を代表する作家と成った伊藤高志氏により 1981年に創られた10分間の短編で、体育館内部写真が置かれた同体育館のモノトーンの写真 約700枚から構成される スチルアニメーションである。

映像は、先ず、ブルーのグリザイユ調で、パッ パッ と天井があおられる。
次に、置かれた写真に ぐーーーーっと近づくと その写真が画面全体となり、また ぐーーーーっと近づき・・・・、そのスピードはじょじょにアップする。
今度は、横に横にと反復され、そして、先とは逆に、画面全体が 置かれた写真へと ぎゅーーーーっと引き、スピードに比例して 鮮赤が効果的に挿入され、黄色味がかったグリザイユ調なども加わり・・・・ショットはめくるめくテンポで次から次へとたたみこまれてゆく。

スペイシー.jpg

つまり、無意識のうちに、鑑賞者は、視覚に於けるあらゆる計算により、引っ張り込まれ 揺さぶられ 翻弄されてしまう訳である。
かのスタンブラッケージのキャメラアイが、意思ある自分の肉体にキャメラが埋め込まれた如き であるのに対し、これは、制御不可能な機材の突端に人間の眼がついた・・・・そんな作品である。
そして、ラストの カメラを構える伊藤氏のセルフポートレートに、突き放されると同時に 「視る という行為を内に向かって改めて考察せざるを得なくなる」という作品の意図が明確に立ち現われる。

無論、劇場の座席で、「映画であること」を真正面から受け止めつつ鑑賞する本来的な観方も有意義ではあるのだけれど、それを踏まえた上で、私は一度、この「SPACY」は 以下のように愉しんでみたい。
終電のとうに了くなった深夜の都心のバー-----
コンクリートと金属の内装に 黒の革張りのソファに斜めに埋もれ、何杯目かも定かならぬウォッカをあおりつつ、壁一面に繰り返し映し出される作品をインスタレーションのようにかぶりながら、思考できぬ思考を展開させる・・・・・
「私は、座っているのか 走っているのか 飛んでいるのか・・・・・果たして、私の眼は私の肉体に今まで通りついているのだろうか・・・???」------と。

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コメント 10

きょん

どんな映像なのか想像するしかないのですが、
お酒に酔いながら見るとさらに目が回りそうです(^^;
by きょん (2012-06-02 18:37) 

ぼんぼちぼちぼち

きょんさん

そうでやすそうでやす、そーいう感じの映画でやす(◎o◎)b
「ジェットコースタームービー」と評されてて、あっしも 初めて観たとき そう感じやした。
で、もっと詳らかにその感覚を説明すると---
あっしは 「目玉だけが身体を離れてジェットコースターに乗ってるような」・・・そう感じやした。

この作品、海外でも かなり驚かれ 高い評価を受けている 隙のない計算され尽くした秀作でやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2012-06-02 20:34) 

おきぬ

たぶん想像しているものより、とてもすごい映像なのでしょうが、
浮いたり沈んだり振り回されたり、もみくちゃにされてる
気分になりそうですね~!
漕ぎすぎてポーンと放り出されるブランコに乗っているような…。
一度見てみたいです。

by おきぬ (2012-06-02 22:22) 

ぼんぼちぼちぼち

おきぬさん

そう、まさに もみくちゃにされてる感覚になりやす(◎o◎)b
こういう方向性の映画は、あまりレンタルされてなかったりしやすけれど
もしも 鑑賞される機会があったら 是非!

あっしは どこで初めて観たかというと---
イメージフォーラムという映像の学校の夏季講座に参加したときでやす。
そのとき、膨大な数の実験映画がテキストに扱われていたんでやすが
80年以降の近年のものでは この作品が ダントツ一番に脳裏に焼き付いてやした。
で、それから何年も経って、DVDが発売されることを知り 迷わず購入しやした。

あっしは、それほど 大画面に拘るほうではないんでやすが
今回ばかりは「プロジェクターあればなぁ」と思いやした(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2012-06-02 22:49) 

まほ

あー、私もアルコールと一緒では目が回ると思いました。
でもそれが心地良い?
by まほ (2012-06-03 02:56) 

ぼんぼちぼちぼち

まほさん

たまーーには そんな夜を送るのも心地いいかもでやす(◎o◎)b

因みに この作品、一見して、日本実験映画界の第一人者・松本俊夫監督の代表作「アートマン」に強く影響を受けているのが解りやす。
「アートマン」を観て、「自分も映画撮ってみたい!」と憧れた人は多いと思いやす。
あっしも その一人でやした。「こーいう方向性の映画なら創ってみたい!」と。
で、「SPACY」の凄いところは、単なる憧れ、つまり、亜流のモノマネに終っていないところでやす。
映画に限らず、どの分野でも、既にある誰かしらの作品に影響を受けて生み出す場合が殆どな訳でやすが
そこに はっ!とさせるプラスアルファがあるかどうかでやすよね。
この作品を観たとき、「うわっ! やられたー!」と思いやした(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2012-06-03 20:24) 

koume

ジェットコスターのような感じですね。
想像するしかないのですが、視覚も感覚も全部
引き込まれていく映画なんでしょうね。
一度観てみたいです。
by koume (2012-06-04 15:10) 

ぼんぼちぼちぼち

koumeさん

そう、まさに 全部引き込まれていく映画でやす(◎o◎)b
そして、ラストで パッと突き放される。
機会があったら 是非 観てみられてくださいでやす。

世の中には、映画というと、劇映画とドキュメンタリーの二つだけと 漠然と思っているかたって わりに多いように感じてるんでやすが
この作品を観ると、映画というものは もっと間口の広いものであることが 詳らかにみえてきやす。
同時に、映画というものの根源性も。

by ぼんぼちぼちぼち (2012-06-04 16:48) 

oira

「終電のとうに了くなった深夜の都心のバー」で、何杯目かも定かならぬウォッカの力で、バーで壁面いっぱいに、展開される内なる ぼんぼちぼちぼちさんの脳の産物「SPACY」なのでしょうか。
 自分の酔いどれまなこに何が飛び込んできますか・・・。

今夜も、アルコールが回ってきまし・・・・た。
by oira (2012-06-04 22:07) 

ぼんぼちぼちぼち

oiraさん

粋な暖簾や気のきく女将を観ながらの酒 いいものでやす。
で、たまーーーーーーには、こんな あえてトランス状態に身をおいてみるのも面白いな・・・と この作品を観て 思いやした。
酒で 半麻痺させた脳だとよけいに この作品にぐるんぐるんにされそうだなー と(◎o◎)b

by ぼんぼちぼちぼち (2012-06-06 08:48) 

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