映画「エディット・ピアフ 愛の賛歌」  [感想文]

幾多ある映画ジャンルの中に、「劇映画」があります。
シナリオに基づき ストーリー仕立てで展開をみせる おなじみのジャンルです。

この 劇映画には、完全な虚構としての物語と 事実を基に立ちあげた作品があり、後者の中には 「伝記映画」と呼ばれるものが含まれます。
無論 ドキュメンタリーではないので、作品としての完成度を高めるために 多かれ少なかれ 脚色が加えられています。
どのような思想・視点に立って描くかでも、主人公像は変わってきますし、又、オマージュ色強い作品は その人物の良くない部分は極力抑えて描かれます。
が、私達が伝記映画を鑑賞する場合、人となりや時代背景 成し遂げた仕事など、書物の「伝記モノ」と同様に 遺されている資料から はなはだかけ離れて創られてはいない と認識して 間違いはないと思います。
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私は最近、ふとしたきっかけでシャンソンに興味を持ち、シャンソンの世界を 僅かながらでも どんな形ででもいいから知りたい と考えていました。
と、偶然 発見したのが この映画です。

「エディット・ピアフ 愛の賛歌」(原題・La Môme  英題・La Vie En Rose)
監督・オリヴィエ・ダアン
脚本・イザベル・ソベルマン
主演・マリオン・コティヤール

言わずと知れた 世界で最も著名なシャンソン歌手 エディット・ピアフの一生を描いた伝記映画です。

私は それまで、エディット・ピアフについては、代表曲の幾つかを聴き 不運な生涯を送ったらしい というくらいの認識で、鑑賞を前にした時点では、具体的に どのように不運だったのか解ればいい くらいの気持ちでした。
が-----------
本編が始まり ややもするや、私は 身じろぎ一つできなくなり ラストまで 呼吸(いき)もつかずに画面に吸引され続けました。
映画作品としての出来が、あまりにも見事だったからです。

ピアフ.jpg
先ず、とにかく 脚本が心憎い。
大スターとして不動の位置に立つピアフが倒れるところからと、幼少時 娼家に預けられ成長してゆくピアフと、二つの時空が交互に進行し、対比や呼応により 彼女の人生が哀しく鮮やかに浮き彫られます。
本国・仏国民の殆どは-------さしずめ 私達日本人が 美空ひばりのそれを知るように--------本作を観る前から すでに ピアフの一生・人となりは知っているので、単に 生涯の説明に終始しては それらの観客を飽きさせずにラストまで惹き込み続けることはできない訳です。

中でも 殊に私が 舌を巻かずにおれなかったのは、以下の場面です。
人気絶頂期、プロボクサーのマルセルと恋に落ちたピアフは、ある 旅から帰るマルセルを心待ちにする日--------
飛行機の墜落により 彼との永久の別離をつきつけられます。
そして、その後も ピアフは歌手人生を歩み続けます。
この展開を、脚本は ワンシーンで表現しているのです。

帰りを待ちこがれつつ 自室で眠りにつくピアフ
目覚めると、マルセルが そこに微笑んでいる
喜び飛び起き、用意していたプレゼントの時計を 別室に取りにゆくピアフ
時計は見つからない
そこには、ピアフと仕事をともにする仲間達が うち沈んでいる
「時計はどこ?」 叫ぶピアフ
マルセルの死を知らせる仲間
ピアフ、半狂乱になりつつ廊下へ
廊下は、いつかステージ袖になっている
歩きつくと、ライトまばゆいステージ
大スターとして歌うピアフ

このワンシーン表現により、ピアフの 甘い幻想と 突如つきつけられた惨過ぎる現実、それでも、歌手として舞台に立たなければならない厳しさ、同時に、その歌こそが 唯一 彼女を救済もしている・・・・・
という ピアフの内なる嵐が、観る者の胸に 狙い外さぬ数多の矢の如く突き刺さります。
私は何度観ても、このシーンには涙が溢れてしまいます。

ピアフ.jpg

こうして見事な脚本は、私達に 感動の大波となり押し寄せる訳ですが、それが ピアフ役のマリオン・コティヤールさんの演技の力量あってこそなのは、観る者誰れもが深く頷くところだと思います。

現代の 歌のみならず しゃべりや動きが映像として遺されている人物を演じるのは、言うまでもなく 非常に不自由が生じるものです。
演者独自に膨らませすぎると、観客には「一人よがりの裏切り」と映り、逆に、当人の再現に心を砕きすぎると「単なるモノマネ」と 鼻であしらわれてしまいます。
が、コティヤールさんのピアフは-------本物のピアフの映像と照らし合わせてみましたが--------なるほど、本国仏国でも高く評価されるに値する 的の中心を射たものだ と 大きく納得しました。
それと、演技の方向性により 舞台も数多く踏まれているかたなのかな とも思いました。

又、ピアフ本人の歌が、話の展開・場面に相応しい箇所箇所で流れるのも、この映画には必然とも言える 語り落とせない点です。

私はこうして、ちょっとしたシャンソンへの興味をきっかけに、エディット・ピアフの人生を知ることが出来た-------のみならず、芸術のもたらす感動の嵐に身を置くことができ、その尾は 静かに長く我が内に遺り続けています。
書物による伝記モノも 勿論 有意義ですが、映画ならではの表現方法による伝記映画、この素晴らしさを痛烈に実感した一作です。

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sigedonn

観たくなりました。
by sigedonn (2012-02-21 11:26) 

SU-SAN

ミュージシャンの伝記映画は大好きで、
沢山DVD持ってます。
演奏も含め当時の人々の息吹が
良く伝わって来る気がします。
by SU-SAN (2012-02-21 12:35) 

さきしなのてるりん

ボンさんの語りで
わたしも観たくなりました。
どっかでやってない。いやDVDか。
by さきしなのてるりん (2012-02-21 14:36) 

キャスリーン・ケリー

元々ピアフにはとても惹かれるものがありました
是非観なければ。
by キャスリーン・ケリー (2012-02-21 14:48) 

qooo

見たくなりました〜!!!
是非是非、借りてみます。
ピアフについては、ほんとに少しの事しか、
知らないので、わくわくします♪
by qooo (2012-02-21 16:28) 

yoko-minato

エディットピアフを演じる
ことが出来る役者さんは
数少ないと思います。
この映画は観たいですね。
でも依前、日本の舞台でしたが
興奮してしまって寝つけなかった
ことがありました。

by yoko-minato (2012-02-21 18:44) 

ぼんぼちぼちぼち

みなさん

うららかな春初めの今日 こんばんはでやす(◎o◎)/

あっしはめったに、映画にしろ音楽にしろ もしくは食べ物にしろ「オススメ」とは言わないのでやすが
---何故なら、あっしが強烈に気に入ってても 人それぞれ嗜好が違うので---
でも、この作品はオススメと言い切れるかも知れやせん。

ピアフやシャンソンに興味がない人でも、映像理論云々を学んだことのない人でも、
多くの人が理屈抜きに感動する作品だと思うからでやす。

是非、観てみられてくださいでやす\(◎o◎)/

あっしは、音楽映画や実験映画を主に置いてあるレンタル店で借りて観たのでやすが
たぶん、この作品は、大手チェーン店にもあるのではないか と思いやす。


by ぼんぼちぼちぼち (2012-02-21 21:11) 

さといも野郎

私も、ただただ観たくなりました(^^
by さといも野郎 (2012-02-21 22:02) 

carotte

コティヤールさん、どうしてこんなにフランスで人気なのかなと思っていましたが、この映画を見てなるほどと思いました。
現在と過去が複雑に入り交じりながらも、見ている人をぐんぐん引き付けて行く映画ですね。
by carotte (2012-02-22 09:14) 

ryuyokaonhachioj

今日は、昨日のことになるけど~
暖かくて過ごし良かったね・・・。
by ryuyokaonhachioj (2012-02-22 15:54) 

rari

[水槽]д-)ピアフ…初めて声を聞いて存在を知ったのは
中学くらいだったかな
この映画は1度っきり見ただけで、もう1度見たいと思うものの
いたくて、くるしくて、未だに見れないでいるのだった
by rari (2012-02-22 17:12) 

れもん

観たくなりました。
“愛の賛歌”は高校生のとき音楽の授業で習いました。以降40年好きな歌の一つです。
by れもん (2012-02-22 19:46) 

そらへい

たくさんの読んでおかなければいけない本
見ておかなければいけない映画がありますが
「エディット・ピアフ 愛の賛歌」
もそうしたうちの一つです。
by そらへい (2012-02-22 20:41) 

cafelamama

マリオン・コティヤールのオーバーアクトが気になりますが、
僕も好きな作品です。
1974年の「愛の讃歌 エディット・ピアフの生涯」のように
モンタンとのエピソードをどう描くかに興味があったのですがちょっと残念。モンタンをソネブロのアイコンにするほど僕はモンタンが好き。


by cafelamama (2012-02-22 22:22) 

ぼんぼちぼちぼち

みなさん

そこはかとなく春の匂ひを感じた今夜 こんばんはでやす(◎o◎)/

やはり この作品は、観られたかた多いみたいでやすね。

確かに、コティヤールさん ---特に手の動きが---オーバーアクトでやしたね。
あっしもその辺りで「舞台の仕事を沢山されている役者さんなのかな?」と感じやした。
でも、それでも余りある感動を与えてくれやしたね。

みなさんからのコメントを読ませていただき、
ピアフをお好きなかた あっしが予測していたより多いことが解りやした。
因みにあっしは、ピアフの歌では「パダン」が一番好きでやす(◎o◎6~♪
by ぼんぼちぼちぼち (2012-02-22 23:52) 

にすけん

 素晴らしいオリジナルを手本に何を追及するかは、あらゆる活動において永遠の課題ですね。
 ここで手本のフルコピーが不可能であるからこそ進化も生まれるわけで、結局は苦痛と希望を味わいつつ全力を尽くすしかなくなると…
by にすけん (2012-02-23 12:07) 

rantan-nya

伝記映画は演じる役者さんも観客の思いを壊さないように・・
ほんとに力量のある人でないと無理でしょうね~
愛の賛歌というと越路吹雪さんを思い浮かべてしまうわたしですが
これは観てみたいです!

なにやら近々「鉄の女サッチャー」という伝記映画(といえるのかな?)が
封切られるらしいです
by rantan-nya (2012-02-23 21:18) 

ぼんぼちぼちぼち

にすけんさん

コピーとカバーについては、あっしなりに 近いうちに一つの記事にしたいと考えてやす(◎o◎)b

時々、「カバーを演るミュージシャンは オリジナルを創ってもらえない あるいは創れないからなんだから、カバーを演る時点でダメ」というような おかしなことを言う人がいやす。
まったくもって その思考回路には首を真横になるくらいひねりたくなりやす。
なら そう考えるなら、シェイクスピアやチェーホフやベケットを演じる役者は 当て書きしてもらえない駄目な役者だと思っているのか というと 
芝居に関しては思っていない。
・・・不思議でやす。

因みにあっしは、ブロードウェイをただただコピーするだけの芝居が何より嫌いでやす。
なんか、記事にしたい内容が固まってきやした。
コメントありがとでやす。

by ぼんぼちぼちぼち (2012-02-23 21:22) 

ぼんぼちぼちぼち

rantan-nya さん

近現代の人物を演じるの 難しいでやすよね。

そう、「愛の賛歌」 我々日本人には 越路吹雪さんのカバーでお馴染みでやすね。
以前、テレビの劇場中継でやしたが
ピーターさんが、越路さんの半生を舞台で演じられているのを観やした。
オマージュ的に創られていて ファンの期待を裏切らずに成功だったと思いやす。

サッチャーの映画でやすか・・・
日本では、田中真紀子の映画が創られたりして・・・?
by ぼんぼちぼちぼち (2012-02-23 21:36) 

カリメロ

私も以前に見ています。
「愛の賛歌」をおめでたい席で歌う事が多い日本。
この映画を見て、もっと多くの人に歌詞の意味、奥深さを知って貰いたいです。
by カリメロ (2012-02-23 22:07) 

ぼんぼちぼちぼち

カリメロさん

カリメロさんのコメント、全く同じことをあっしも思ってやした。

ものすごく生意気なことを言わせていただくと-----
なにもピアフのコピーをしろとか 不倫をしろとか そんなことは望んでないけど
優雅な美しさだけじゃない もうちぃと、深さ 愛の苦しさ
そういったものを追究していただきたい と思いやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2012-02-23 22:30) 

トトマス

ピアフの人生、映画を観てみます!
ピアフについては名前とシャンソン歌手という位の知識しかなかったのですが、ぼんぼちぼちぼちさんの記事を読んで惹きつけられました。
「愛の賛歌」は越路吹雪さんの方で知っていましたが、この方が歌われていたのですか・・・。
シャンソン歌手の半生は、哀しい出来事や悲劇に彩られていることが多いように思います。その歌声に我々は悲しみを癒され、時に涙を流して心を揺り動かされますが・・・。是非、歌詞の意味を味わって歌を聴きたいですね。

ぼんぼちぼちぼちさんの文章にもぐいぐい引き込まれました。

by トトマス (2012-02-23 23:41) 

ぼんぼちぼちぼち

トトマスさん

あっしの拙い文章をそんなふうに思っていただけたなんて 光栄でやす・ぺこりっ。
自分が感動したものは、みなさんに伝えたくてならなくなりやす。

「愛の賛歌」 作詞もピアフさんなんでやす。
妻子ある恋人・マルセルへの思いを託したものだそうでやす。
あっしも、直訳詞と越路さんが歌われた日本語詞と 
両方 改めてかみしめてみようと思いやす。

あ、そうそう、劇中のピアフの青いドレスの時の頭のリボン
「へー、こーいう位置につけても成立するんだー!」って つけかたしてやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2012-02-24 00:19) 

fumiko

ぼんぼちぼちぼちさん、これは激同(激しく同意・笑)です!
アカデミー主演女優賞をゲットしたマリオン・コティヤールの演技も見事でした。3~4回観ています! 私はイブ・モンタンが大好きだったのですが、ここではそれも強調されず、さらりと。
コティヤールの演技の幅は、『プロヴァンスの贈りもの』を観ると良くわかります。素晴らしい女優さんですよね。
最後に・・・2作品ともに素敵なワインが出てきます。
これもお気に入りの理由かな、ルン!

by fumiko (2012-02-25 17:16) 

ぼんぼちぼちぼち

fumiko さん

ワイン・・・「天下のピアフがこぼしたわ」ってシーンを思い出しやした。

『プロヴァンスの贈りもの』機会をみつけて観てみやすo(◎o◎)o


by ぼんぼちぼちぼち (2012-02-25 23:32) 

beny

 シャンソンと言えば愛の賛歌ですね。ラ・メール、パリの下セーヌは流れる、枯葉、ラビィアンローズもいいですね。
by beny (2012-02-26 18:33) 

ぼんぼちぼちぼち

beny さん

おぉ! どれもシャンソンといえば・・・という代表曲でやすね(◎o◎)b
以前よく行っていた国立の邪宗門という喫茶店でもよく流れてやした(◎o◎6~♪
by ぼんぼちぼちぼち (2012-02-26 21:31) 

sig

マリオン・コティヤールのピアフもみごとでしたが、今回のアカデミー賞関係でサッチャー首相とマリリン・モンローのあまりにもそっくりなメイクには驚かされました。

by sig (2012-02-28 15:59) 

ぼんぼちぼちぼち

sig さん

おぉ!そうでやすか! チェックしてみやす。
特にモンローは大好きなので 気になりやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2012-02-28 23:56) 

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