あっしがボウフラだったころ  [小説]

これは、あっしが前世で ボウフラだったころのお話でやす。

あっしは、まばゆい光に呼び起こされるように 意識のめばえを感じやした。
あっしの存在は、きらきらと揺れる 水面すれすれの水の中にありやした。

きらきらのずっと向うには、やや濃いめの白群色の空が高く、そのところどころには これ以上はないというくらい真っ白な雲が、解るか解らないかくらいに わずかに 形を変えながら ゆったりと流れてやした。
そして、空ときらきらの間には、若草色の枝先がせり出し、あったかみのある まあるい黄色の 五枚の花弁が 裏葉の間から ちらちらと かすかな風に合わせて 顔をのぞかせてやした。
ぼうふら1.jpg眼下には------流線型の朱の和金と 何とも愛嬌のある顔立ちの黒の出目金と 尾っぽのひらひらの紅白のだんだらのりゅう金が 一匹づつ、うろろぅんと揺れる金魚藻の間を 遅廻しのフイルムのように 重なっては離れ また重なりしているのでやした。
横をぐるりと見やると、そちらは、白地に落ち着きのある藍で 鳳凰鳥が、右を向いたり左を向いたりと びっしりていねいに描かれた なだらかな壁面なのでやした。
あっしがいるのは、内側にも染付けのほどこされた 伊万里焼きの睡蓮鉢のようでやした。

天をあおいでも 見下ろしても 横に首を回しても、この世というのは 何と美しいものだけで創られているのでやしょう!と あっしは うちふるえやした。
この世には、汚らわしいものや 気持ちの悪いものや 吐き気をもよおしたくなるものなんか 何一つとしてないのでやす!!
この世界というものは、美しいものだけで成り立っているのでやす!!!
あっしは、この世に生を受けたことへの幸福に ぴょこぴょこ ぴょこぴょこ と 全身でもって 踊り泳がずにはおれやせんでやした。

夜は夜で、水面ごしに、ちぎれては又あわさる白金色の月の妖しさに 酔いしれやした。
そして又、自分の幸福に ぴょこぴょこ ぴょこぴょこ と 舞い泳ぎやした。

ある日------ぼうふら2.jpg
あっしは いつものように、幸福のダンスに身体を弾ませておりやした。
と、うわん!と 水が大きく揺らぎ、あっしの周りの世界が 一面 朱色になりやした。
あっしは、朱の和金に飲みこまれてしまったようでやす。
朱色の世界の彼方に 大きな金色に光るウロコが かすかに ぼんやりと 透けて観えてやした。
とろけそうなくらいに美しい眺めだったので、あっしは 時を忘れて観惚れやした。
いえ、あっしはこの時 実際に とろけ始めていたのでやす。
この朱色の世界も綺麗でやすが、けど 今 とろけてしまったら、白群色の空や ほわほわの雲や 若草色の葉っぱや まあるい花弁や つんとすました鳳凰や くりくりの出目や だんだらのひらひらを観ることは できなくなりやす。
そんなの嫌だと思いやした。
いるだけで幸福でいっぱいに包まれる美しい世界を もう二度と観ることができなくなるなんて 絶対に嫌でやす!
美しいものだけで成り立つこの世界から あっしがいなくなるなんて、絶対に 絶対に嫌でやす!!
あっしは、とろけかかったあっしの 全身全霊でもって叫びやした。
「神様! あっしが次に生まれてくるときも、必ず、必ず、必ずボウフラにしてくださいでやすっっ!!!」

あっしの存在すべてが とろりと とろけてゆくのを感じやした。

こうして、あっしがボウフラだったころの生は 終わりやした。

ぼうふら3.jpg

 
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水無月

単語の一つ一つが、とても美しいです。
それをつないだ文章は「ゆらぎ」があって心地良いです。。
by 水無月 (2011-02-17 09:42) 

ミムラネェ

こんにちは
ボウフラにはボウフラの幸せがあるのだと知りました。
そして私も・・・ボウフラの人生を送ってみて
とろりと溶けてみたい感覚におそわれました~(//‐//)
by ミムラネェ (2011-02-17 10:44) 

オレンジポピー

ボウフラの生から、色んな生物にとっての生を
考えてしまいました(^^)
小説、毎回 とても面白いです~♪
by オレンジポピー (2011-02-17 17:46) 

デルフィニウム

ボウフラの動きはダンスだったのですね@@
by デルフィニウム (2011-02-17 19:20) 

ナツパパ

すべてのものが美しいものでできあがっている世界...
その表現そのものが美しく感じます。
ふと、法悦、という言葉が思い浮かびました。
by ナツパパ (2011-02-17 20:01) 

Pittorice

ご訪問、nice! 有り難うございました。文面の色彩豊か。
by Pittorice (2011-02-17 20:16) 

palette

なんて美しいボウフラの人生(?)なんでしょう!
次に生まれてくるときも、必ずボウフラに・・・
幸せな生涯だったんですね(涙
そのようでありたいと、思ってしまいました。
by palette (2011-02-17 20:16) 

そらへい

小説というより散文で書かれた詩ですね。
昇華させようという作者のパワーを感じました。
by そらへい (2011-02-17 21:27) 

のこたん

はじめまして!ご訪問ありがとうございましたm(__)m
楽しく読ませていただきました^^
by のこたん (2011-02-17 21:56) 

ぼんぼちぼちぼち

みなさん

今回も コメントありがとーでやすっ・ぺこりっ。
みなさんがどう感じてくださるのか とても知りたかったので
非常に興味深く読ませていただきやした。

このボウフラは、自己から他者に向けての観察眼・感受性は豊かなんでやすが
他者からみた己れという視点の方向は まるで欠落している ゼロなんでやすね。
そこに この作品の力点を置きやした。

他者がこちらを醜いと嘲笑しているのに自分は美しいと思い込んでいる---つまり 勘違い は、滑稽でやすね。
しかし、他者から見たこちら というものが思考そのものにないのは
これは あわれ でやすね。 この上なく悲しいでやすね。
笑えないものがありやすね。
そんなことを提示したくて 今回の作品書いてみやした。

で やすから、ボウフラが和金に飲まれるまでは 
とにもかくにも 美しい世界でなければ
この提示は意味を持たなくなってしまうので
ゆらゆらと揺らぐ 夢のように美しい世界であるということを伝えむと
あっしなりに心を砕きやした。

そこのところ みなさんに伝わっていたようで
とても嬉しく思いやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2011-02-17 22:01) 

PATA

ボウフラの生がこんなにも美しく感じられる世界。
文章を読んでいて、その様子が頭に浮かびました。
毎回読み甲斐のある文章、ありがとうございます。

by PATA (2011-02-17 23:02) 

Far-East

昨日大江健三郎さんの本を読んでいたのですが
幼い頃、いろんな空想をしていたそうです。
アザラシの子を飼っている妄想していて名をつけて歩いている・・。
その様子を見て学校の先生とか級友からからかわれていたって。

自分もそういうところ、あったから
ぼんぼちぼちぼちさんや大江さん
に親近感、もちましたよー。私は、創作、できませんけど。。
by Far-East (2011-02-18 12:41) 

せいじ

ご訪問ありがとうございました。
by せいじ (2011-02-18 13:43) 

イヴママ

ウフフ・・・ボウフラをとりまく美しい環境。
面白いです~。
うちにも金魚飼ってたな~。名前は魚ピ(ぎょぴ)。
ボウフラがわいたら食べちゃってただろうか・・・?
by イヴママ (2011-02-18 14:52) 

リンさん

美しいものだけを見て、生涯を終えるなんて、ボウフラって幸せなんですね。
それにしても表現が素晴らしいですね。
見習いたいです。
by リンさん (2011-02-18 19:24) 

ほ・ほ・ほ

宮沢賢治の「やまなし」を読んだ時と同じ読後感、こんな文が作れたらいいですね。
by ほ・ほ・ほ (2011-02-18 19:33) 

ぼんぼちぼちぼち

みなさん

あっしが自己満足で書いた作品に お誉めの言葉 恐縮でやす・ぺこりっ。

ボウフラから視た美しい世界の表現は
あっしなりにでやすが ちいと考えやした。
豊かな 老成した ~のようなという形容は
ボウフラが 知識人(知識ボウフラ)であるかのように思えてしまうので 極力 避けやした。
ここが意外と難しかったでやす。
豊な形容を避けながら 豊かに美しさを表現する というところが。

知識ボウフラに見えてしまったら 単なるうぬぼれ屋の勘違いボウフラで
ただの滑稽な話に終結してしまうので。

Far-East さん 大江健三郎氏の逸話 興味深く読ませていただきやした。

ほ・ほ・ほさん コメントありがとでやすっ・ぺこりっ。
「やまなし」読んでみやす\(◎o◎)/
by ぼんぼちぼちぼち (2011-02-18 20:16) 

お針子姫

ぼんぼちぼちぼちさんの提示しているテーマに気づかずに読んでしまいました。
金魚を綺麗に飾って鑑賞するための世界は・・・やっぱり綺麗なんだなぁ・・・って。
ボウフラの姿が想像できなかったので、ボウフラちゃんが醜かったのかよくわからないです。
でも、世界が美しいと思っているボウフラさんは美しい人だったのではないかしら?
きっと心がキラキラしていたと思うの。

・・・ボウフラさんって、虫さんになってお空へ飛んでいってしまうのですよね?
ほんとの世界を見ても美しいと思ってくれるのかしらって、ちょっぴり気になってたら、お外を見ないで食べられちゃったのですね。

ボウフラさんを検索したら、意外と可愛いお写真がありました。
この子だったのかな?
by お針子姫 (2011-02-19 01:27) 

cafelamama

このシリーズ、ショートフィルムにしたらおもしろいと思いました。
by cafelamama (2011-02-19 10:44) 

hanabi

とろりととける…このような感覚は人間の魂がなくなる時も感じるのでしょうか。
今回も文に合った画像たち、ミステリアスで素敵ですね。
by hanabi (2011-02-19 12:11) 

ぜろこ

面白くて・・・でも、なんか切ないですね。
by ぜろこ (2011-02-19 14:42) 

淳司

ぼんぼちぼちぼちさんは、
前世はボウフラですか・・・。
わたしの前世は・・・
恥ずかしくて言えません(><)b
by 淳司 (2011-02-19 14:42) 

ひろん

読んでいて、自分がまるでボウフラになってそこにいるような...
その美しいものが脳裏に浮かび上がりました。
ぼんぼちぼちぼちさんの文章を読むと、いつも想像力がかき立てられます。
by ひろん (2011-02-19 14:51) 

拳客

うまく言えませんが、単純に面白かったです。

by 拳客 (2011-02-19 19:21) 

ぼんぼちぼちぼち

みなさん

様々な視点からの感想 とても参考になり
ふむふむ なるほど~ と読ませていただきやした。

ボウフラは、ウジ虫と並んで 醜いモノの代名詞みたいなものなんでやすね。
なので、このボウフラが世界には存在しないと信じ込んでいる
 汚らわしいものや 気持ちの悪いものや 吐き気をもよおしたくなるもの というのは
客観視すると このボウフラ自身なんでやすね。

で やすから、もしも このボウフラが 食われずに成体(蚊でやすね)になって 上から かつての自分のようなボウフラが
幸福のダンスを踊っているのを目にしたとき どう思うのか?! 
ということも あっしのこの作品の 大きなテーゼの一つになっているんでやすね。

みなさんがボウフラだったら 己れの何たるかがまるで見えないで 幸せいっぱいで死んでゆくのと
己れを知って 他者から見たらどうかということを正しく認識して 恥ずかしさとみじめさでいっぱいになって生きてゆくのと
どっちの行き方をしたいでやすか? という。

勿論これは、解釈とは別のことなので
こっちに思ってもらえたら・・・というのがあるわけではありやせん。

なるほど、このボウフラの人生肯定派のかたが 結構おられるのだな と思いやした。
別段 迷惑をかけて生きているのではなし、本人が幸せであれば それでいいわけでやすしね。
まぁ、あっしの気質からして、あっし自身は こういう人生 嫌だなぁ・・・
(自分の前世の話という設定で書いてるくせに でやすが・笑)
by ぼんぼちぼちぼち (2011-02-19 21:04) 

fumiko

視覚から惹かれた・・・
ボウフラが住む水面下すれすれの水を連想させるきれいなブルー
niceを入れる直前のきれいな数字の列48484!
by fumiko (2011-02-20 00:31) 

ぼんぼちぼちぼち

fumiko さん

写真、ブルーと朱赤が入っていて 具体的でないもの
という基準でこれらに決めやした(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2011-02-20 20:50) 

sig

こんにちは。遅くなりました。
読みながら、このぼうふらのように美しいものだけを感じて一生を終えられたらそれはそれですばらしいなあ、と思いました。伊万里焼の狭い鉢の中というところが意味深長ですよね。自分の殻に閉じこもってはいたくないですけど。
by sig (2011-02-21 11:43) 

ぼんぼちぼちぼち

sig さん

いえいえ、コメント どんだけ過去の記事にも大大大歓迎でやすよん(◎o◎)b

狭くて美しい睡蓮鉢であることには拘りやした。
第一稿では、描かれているものは 宝づくし と書いたんでやすが
もっと相応しいものはないかな と ちと考えて
たくさんの鳳凰にしやした。
何故なら、やはり鳳凰のほうが 擬人化して考えやすく
美しい鳳凰達が 周囲からぐるりと じっとボウフラを観ている という 皮肉も
含めることができるからでやす。

なるほど、 sig さんも このボウフラの人生肯定派でやすか。
みなさんがどちらに思われるのか すごく興味深いあっしでやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2011-02-21 18:54) 

tochimochi

美しいものに囲まれたボウフラも居れば、汚いものに囲まれたボウフラも居ます。とろける不幸も現実です。
by tochimochi (2011-02-21 22:00) 

ぼんぼちぼちぼち

tochimochi さん

へい、汚いものに囲まれたボウフラは当たり前なので
美しいものに囲まれて 己れがどういう存在なのかまるで解らずにいるあわれさを
こういった状況設定にて表現しやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2011-02-21 22:44) 

つなみ

私の前世は、なんだろな~☆
いつも高い塔に逃げて行ってる夢を見るけどw
津波に襲われてて♪w
by つなみ (2011-02-22 11:39) 

ぼんぼちぼちぼち

つなみさん

怖い夢でやすね・・・(◎o◎:
だから つなみさんとされたんでやすか?

何故だか 同じ夢ってくり返し観やすよね(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2011-02-22 19:31) 

hatumi30331

読んでて、鉄男に繋がってるものを感じました。
何か・・・上手くいえませんが・・・・浮かんだんです。
by hatumi30331 (2011-02-23 14:57) 

ぼんぼちぼちぼち

hatumi30331 さん

あぁ なるほど。
鉄男は 生まれ直し願望が根底に流れる作品だと思うので
通底するものがあるかも知れやせん。

by ぼんぼちぼちぼち (2011-02-23 23:33) 

白りんご

素敵でした。
読み終えて切なくてでも充実感があるお話・・・。好みです。

実際、ボウフラ集めて子育てします・・・。ボウフラ美味しそうに食べるんですよ・・・ははは・・・。
by 白りんご (2011-03-01 20:11) 

ぼんぼちぼちぼち

白りんごさん

切なくて充実感があると感じていただけたとは
この作品を書いた甲斐があったというものでやす・ぺこりっ。

ボウフラ 両生類や金魚にとっては美味いんでやしょうか?
栄養は、あるような気がしやす・・・(◎o◎:

by ぼんぼちぼちぼち (2011-03-01 22:26) 

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