あっしがマッチの炎だったころ  [小説]

カサ・・・これは、あっしが前世で
シュッ・・・マッチの炎だったころの
ボッ!・・・お話しでやす。

目を開けると---- 三日月型の白いものがありやした。
切られた爪でやした。
やや厚く すじがいっぱい入っていて、内側が ちょっと黄ばんでいやした。
それは、黒々と汚れた アルミの灰皿の中にありやした。
あっしが近づけられやした。
ジュワ・・・
「・・・やっぱ くっせ」
あっしはフッと吹き消されやした。

あっしがマッチの炎だったころの生は、こうして終わりやした。

--------虚ろでやした。
あっしは、燃え尽きもせず 不完全燃焼でもなく、ただただ 虚ろなのでやした。

あっしは 決して、不幸な少女を照らす荒唐無稽な夢物語を思い描いていたわけでも、川に流す弔いの火つけという高尚な大役を期待していたわけでもありやせん。
けれど、マッチの炎はマッチの炎なりにも、炎と生まれたからには 何か もう少し 炎らしいことができていれば、あっしは こんなにも虚ろではなかったのではないかと思うのでやす。
たとい それが、砂糖に近づいた蟻を焼くという 殺生だったとしても・・・・

まっち.jpg

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 あっしが乾燥ワカメだったころ  [小説]

シャッ!
紙が破かれる音とともに あっしは、フゥと 呼吸(いき)づきやした。
サラサラ・・・
アルミの小さなボウルに あっしの細かにカットされた身体が 投げ入れられやした。
シャーーー
あっしの上に、なみなみと 水道水が注がれやした。
あっしは、ちりぢりの身体のあちこちが ほろ ほろ と 柔らかくなってゆくのを感じやした。
------これは、あっしが前世で 乾燥ワカメだったころのお話しでやす。

薄桃色のツヤツヤの爪が、チョンチョンと 軽く あっしを水中に圧し入れ、淡い黄色のヒヨコが一面に描かれたパジャマらしい袖が、ボウルのあっしの頭上から離れやした。
パチン!と 灯りが落とされやした。

わかめ1.jpgブクブク ブクブク ブクブク
言うまでもなく、あっしは 膨らみ始めやした。
ブクブク ブクブク ブクブク
海にいたころの記憶など すでに まるきし失くしていたあっしでやしたが、細胞の一つ一つに刻みこまれているのか あっしは 本来のワカメらしい姿へと ただひたすらに突き進んでゆくようでやした。
しかし、膨らみ始めたあっしは、すぐに あっし自身の身体の量と注がれた水に対して ボウルが あまりにも小さすぎることに気付きやした。
このままでは 見る間に 膨らんだあっしは、ボウルから溢れ出してしまいやす。
しかし、そうと解ったところで あっしにはどうすることもできやせん。
ヒヨコのパジャマは戻る気配もなく、闇の向うから スースーと かすかな寝息が聞こえてくるばかりでやす。
おそらく、明日のデートのためのお弁当を作る娘さんか 早い朝食の下準備の若奥様か------いずれにしろ、乾燥ワカメがどのくらい膨張するのか まるで知らぬ者であるのは確かでやした。

ブクブク ブクブク ブクブク
あっしは、ボウルのフチよりも高く盛り上がりやした。
ブクブク ブクブク ブクブク

ズルッわかめ2.jpg
あっしの一部が ボウルの外側をなぞりやした。
ズルッ
もう一度 同じ所をなぞりやした。
そして、ステンレスのキッチン台の上に ドロリと落ちやした。
十二分に予測はしていたものの「しまった!」という思いが、あっしの底から圧しあがってきやした。
が、「しまった」と思おうが思うまいが
ベシャ
今度は もう別のフチから溢れやした。
ズルーーーーーー
キッチン台の下の真っ白な収納扉に 縦に長々と 楕円の形にだらしなくずり落ちやした。
ズルーーー
ズルーーー
ズルーーー
何度目かの楕円の後、ピカピカに磨き上げられたフローリングの床に ボトッと にぶく 丸く 落下しやした。

ズルッ ベシャッ ドロッ・・・
あっしの一部は ボウルの四方八方から溢れ出し、ボウルの横に置かれていた赤白チェックのキッチンタオルや オリーブオイルの瓶や 収納扉のリスや猫の形のマグネットや そこに挟まれている「マフィンの作りかた」などと書かれたメモ用紙や 床の上のほわほわの雲と虹の柄のマットにも 落ち広がりやした。

明日の朝、ヒヨコのパジャマは このあっしの海に「キャッ!」と小さく声をあげるに違いないのでやす。
わかめ3.jpgそしてまず、溢れ出したあっしは如何にも汚いもののように指の先っちょでつまみあげ、玉子のカラやニンジンの尻尾なんかの腐りながら詰まっている生ごみの箱に 投げ捨てるのでやす。
一方、ボウルの中のあっしは、「大切なもの」として 両手の平でていねいに水けを絞り、何らかの料理にと 華々しく昇華させるのでやす。
ボウルの中のあっしは サラダにされるのかジャコと一緒に炒められるのか葱とスープに浮かべられるのか 解りやせん。
が いずれにしろ、「大切なもの」「ありがたいもの」「感謝すべきもの」として ていねいに調理され 食べられ つやつやの髪や丈夫な骨になることを願われるのでやす。

「汚いもの」として捨てられるあっしと「大切なもの」として食べられるあっしを分け隔てるものは一体何なのか-----
それは、ただ ボウルから溢れ出たか出ないか、-------ただ それだけのことなのでやした。
ボウルの中のあっしもボウルの外のあっしも 同じ栄養価を持った同じ戻ったワカメであることに 何ら変わりはないのでやす。
だからといって、流しや床に落ちたあっしも拾い上げて調理してくれ とは 言えないものがありやした。
ボウルの外に落ちてしまったあっしは、同じあっしの一部であるのを一番解っているあっし自身ですら 汚いと感じるのでやすから。
また、あっしが溢れ出さないほどの大きなボウルを用意しなかったヒヨコのパジャマを責め立てるのも、残酷だと思いやした。
乾燥ワカメを扱い慣れていない若い女は、乾燥ワカメがどれくらい膨張するかなど よく解らなくても仕方がないのでやす。
わかめ4.jpgもとより、あっしの一部をボウルの外側に圧し出し 落としているのは、他ならぬ 底の部分で膨らむあっし自身なのでやした。
あっしは一旦 水を注がれたが最後、自らの意志で膨張を押しとどめることなど 不可能なのでやした。
あっしは あっしの意志とは関係なしに、「大切なもの」と「汚いもの」を製造し続けやした。
これは「理不尽」なこととして憤るに値することなのでやしょうか?
それとも「摂理」として受け入れなければならないのでやしょうか?
-------否、どちらに思ったところで、あっしは あっしが膨張し、同じあっしの一部でありながら 天国と地獄ほどの運命の差異を生み出し続ける行為を どうすることもできないのでやした。

ドロッ ビシャ グジャ・・・・
そうこう考えているうちにも あっしは膨らみ続けやした。
オリーブオイルの横のシーザーサラダドレッシングの瓶も 「マフィンの作りかた」と並んだ菓子材料店への地図も マットの虹の橋を渡る丸顔のチョウチョも、もう そこいらじゅうが あっしで ドロドロのベタベタのグジャグジャでやした。

あたりが薄明るくなってきやした。
あっしはどこまで膨らみ続けるのか あっし自身にも解りやせんでやした。
しかし やはり、あっしは あっしの意志とは関係なしに 膨らみ続けるしかありやせんでやした。
ドロッ
ベシャ
ズルッ
グジャ・・・・・・・・


  
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 あっしがボウフラだったころ  [小説]

これは、あっしが前世で ボウフラだったころのお話でやす。

あっしは、まばゆい光に呼び起こされるように 意識のめばえを感じやした。
あっしの存在は、きらきらと揺れる 水面すれすれの水の中にありやした。

きらきらのずっと向うには、やや濃いめの白群色の空が高く、そのところどころには これ以上はないというくらい真っ白な雲が、解るか解らないかくらいに わずかに 形を変えながら ゆったりと流れてやした。
そして、空ときらきらの間には、若草色の枝先がせり出し、あったかみのある まあるい黄色の 五枚の花弁が 裏葉の間から ちらちらと かすかな風に合わせて 顔をのぞかせてやした。
ぼうふら1.jpg眼下には------流線型の朱の和金と 何とも愛嬌のある顔立ちの黒の出目金と 尾っぽのひらひらの紅白のだんだらのりゅう金が 一匹づつ、うろろぅんと揺れる金魚藻の間を 遅廻しのフイルムのように 重なっては離れ また重なりしているのでやした。
横をぐるりと見やると、そちらは、白地に落ち着きのある藍で 鳳凰鳥が、右を向いたり左を向いたりと びっしりていねいに描かれた なだらかな壁面なのでやした。
あっしがいるのは、内側にも染付けのほどこされた 伊万里焼きの睡蓮鉢のようでやした。

天をあおいでも 見下ろしても 横に首を回しても、この世というのは 何と美しいものだけで創られているのでやしょう!と あっしは うちふるえやした。
この世には、汚らわしいものや 気持ちの悪いものや 吐き気をもよおしたくなるものなんか 何一つとしてないのでやす!!
この世界というものは、美しいものだけで成り立っているのでやす!!!
あっしは、この世に生を受けたことへの幸福に ぴょこぴょこ ぴょこぴょこ と 全身でもって 踊り泳がずにはおれやせんでやした。

夜は夜で、水面ごしに、ちぎれては又あわさる白金色の月の妖しさに 酔いしれやした。
そして又、自分の幸福に ぴょこぴょこ ぴょこぴょこ と 舞い泳ぎやした。

ある日------ぼうふら2.jpg
あっしは いつものように、幸福のダンスに身体を弾ませておりやした。
と、うわん!と 水が大きく揺らぎ、あっしの周りの世界が 一面 朱色になりやした。
あっしは、朱の和金に飲みこまれてしまったようでやす。
朱色の世界の彼方に 大きな金色に光るウロコが かすかに ぼんやりと 透けて観えてやした。
とろけそうなくらいに美しい眺めだったので、あっしは 時を忘れて観惚れやした。
いえ、あっしはこの時 実際に とろけ始めていたのでやす。
この朱色の世界も綺麗でやすが、けど 今 とろけてしまったら、白群色の空や ほわほわの雲や 若草色の葉っぱや まあるい花弁や つんとすました鳳凰や くりくりの出目や だんだらのひらひらを観ることは できなくなりやす。
そんなの嫌だと思いやした。
いるだけで幸福でいっぱいに包まれる美しい世界を もう二度と観ることができなくなるなんて 絶対に嫌でやす!
美しいものだけで成り立つこの世界から あっしがいなくなるなんて、絶対に 絶対に嫌でやす!!
あっしは、とろけかかったあっしの 全身全霊でもって叫びやした。
「神様! あっしが次に生まれてくるときも、必ず、必ず、必ずボウフラにしてくださいでやすっっ!!!」

あっしの存在すべてが とろりと とろけてゆくのを感じやした。

こうして、あっしがボウフラだったころの生は 終わりやした。

ぼうふら3.jpg

 
タグ:ぼうふら
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 あっしがミミズだったころ  [小説]

これは、あっしが前世で ミミズだったころのお話でやす。

あっしが物心ついたのは、ほんのりと甘い匂いの 根っこの元でやした。
その甘さと張り具合いから、根の主は、ピンク色でハート型の花弁の 小ぶりのゼラニウムであると解りやした。
孤を描いたざらざらの壁を辿り、あっしがいるのは 直径十センチほどの 素焼きの鉢であると知りやした。
賑やかな人の声と 車の音と 信号機の「通りゃんせ」の電子音から、あっしの住む鉢が置かれているのは、どこかの街の商店街の一角であるらしいと思いやした。

みみず1.jpg
「これください」
あっしの世界がひょいと揺らぎ、しばらく ゆらゆらと揺れ、とても静かな ぽかぽかの場所で静止しやした。
あっしの住むピンク色のゼラニウムの鉢は 買われたのでやす。
声の感じから、買い主は、若いおじょうさんのようでやした。

おじょうさんは、毎朝、あっしの鉢に お水をくださいやした。
いえ、別に あっしにくださった訳ではありやせん。
あっしの頭上にこぼれるピンク色のゼラニウムを 枯らさないよう より美しく楽しめるよう 水を与えていたに過ぎやせん。
ゼラニウムは、愛らしいハート型の花弁を 次々とほころばせていたに違いありやせん。
何故なら、根っこに沿うて あっしが毎日 次から次へと 有機的な土を生み出していたからでやす。

おじょうさんは、毎朝 お水をくださったあと、同じ時刻に出かけ 同じ時刻に帰り 同じテレビ番組をご覧になってやした。
中でも 月曜九時のドラマはお気に召していたらしく、録画をしているのか、週末も くり返しくり返し 流していやした。
特に 若い青年であるらしい声の 優しくささやきかける台詞のところは、あっしもソラで言えるくらいに 何度も何度も 流していやした。

部屋に訪れる人は 誰れもいないようでやした。
あっしがおじょうさんの声を聴いたのは、「これください」からあと 一度きりでやした。
「すみません、今日は 休ませてください・・・コホコホ・・・」
その朝だけは お水やり・・・いえ、窓の開く音すらありやせんでやした。
けど、しとしと雨続きの毎日で、あっしの鉢も、底から水滴がしたたるくらいにしめってやした。

ジリジリと蒸し風呂のような毎日が過ぎ、さらさらと爽やかな日々も過ぎやした。
おじょうさんは、やはり 欠かさず お水をくださいやした。

みみず2.jpg

身体が冷えて うねうねと前に進むのがおっくうに感じられるようになったある日。
窓は、開きやせんでやした。
次の日も その次の日も 開きやせんでやした。
雨は 降りやせんでやした。
しかし、その次の次の日も 次の次の次の日も、やっぱり 窓は 開きやせんでやした。
部屋の中からは 何も聴こえてきやせんでやした。
あっしの頭の上の土が カサカサになってやした。

おじょうさんの気配そのものが、まるで感じられなくなってやした。
おじょうさんがどうしたのか-----故郷へ帰ったのか、恋人ができて その人の部屋で一緒に暮らすことにしたのか、あるいは 交通事故で突然 死んでしまったのか、それとも自殺したのか・・・・
あっしには、かいもく解りやせんでやした。

いえ、別段 気にはなりやせんでやした。
おじょうさんが、とわの幸せをつかんだのか、目もおおいたくなるほどの悲惨なできごとに巻き込まれたのか、あっしには どうだっていいのでやした。
このまま おじょうさんがゼラニウムに水をくれなければ、あっしは身体全体ひからびて土になってしまうと 十二分に予測できやした。
けど、あっしは、また窓を開けてほしいと 願いやせんでやした。
これっきり窓を開けないであろうおじょうさんを 恨めしくも思いやせんでやした。

みみず7.jpg
何故なら-----
あっしは、ミミズだったからでやす。
ミミズ以上のモノでもなければ ミミズ以下のモノでもない、判で押したようにミミズらしいミミズだったからでやす。
あっしは 自身を、情に欠けるとも 冷酷だとも 無欲だとも 気力がないとも 情けないとも 恥ずかしいとも 思いやせんでやした。
おじょうさんがあっしの住む鉢を選んだことにも、別に 運命も感じやせんでやした。
おじょうさんに選ばれて嬉しいとも 思いやせんでやした。
あっしは おじょうさんを喜ばそうという気で 土を有機的に変化させていたわけでもありやせん。
あっしは、ミミズとして当たり前の生をいとなんでいただけでやす。
あっしの鉢全体が カサカサのパラパラになった時、その時に あっしのミミズ人生は終わるのだと 最初から悟ってやした。
それを 引き延ばしたいとも 自らの意思で早く終えてしまいたいとも 思いやせんでやした。
あっしは ミミズ以外の何モノでもなかったのでやすから------

あっしの周りの土が カサカサのパラパラのポロポロになってきた時。
あっしは、あっしのしっとりとした身体が 細く しおしおになってゆくのを感じやした。
意識がもうろうとしてきやした。

こうして、あっしがミミズだったころの生は 終わりやした。

みみず8.jpg
 
タグ:みみず
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