マニキュアは混ぜられます! [ファッション]

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マニキュアをつける方々、探しあぐねても欲しい色が無かった場合、妥協して 近い色を塗っていますか?
それとも 完全に諦めて、何も塗らずにやり過ごしていますか?
私・ぼんぼちは、マニキュアをつけていた頃、求める色を自分で作っていました。
はい! マニキュアというのは、混ぜられるんです!

私は、カーキ色のマニキュアが欲しかったのに どこにも売られていなかったので、鮮やかな若草色のマニキュアに真っ赤なマニキュアをほんの少し加えて、理想のカーキ色のマニキュアを作っていました。

この時のコツは、真っ赤を一気にトロ〜リと入れ過ぎずに、少し加えてはボトルをよく振って色味を確認し、又、少し加えてはよく振って確認する、という事です。
理由は、赤のように明度の低い色は、少量でも強く効き、入れ過ぎたからといって、元に戻す事は出来ないからです。

市販されているマニキュアというのも、元々、複数の色を混ぜ合わせて作られている訳ですが、市販品は、極力、元の色同士の粒子の大きさ・比重を近くして、沈殿しづらいように作られています。
ですから、沈殿して色が分離するのは、大抵、一年くらい放っておいた時です。

けれど、自分で混ぜ合わせるとなると、激しく粒子・比重の違う色と色を混ぜる可能性もでてくるので、沈殿の速度も早くなる場合があります。
ともすると、一晩くらいで分離してしまったりします。
でも、それには何の支障もありませんね。
爪に塗って乾くまでの何分間かの間、分離しなければ良いのですから。

私が作ったのはカーキ色だけでしたが、他にも、例えば、レンガ色が欲しかったら、オレンジ色に濃い青を混ぜたり、キャメル色が欲しかったら、黄色に紫色を混ぜたりすると、出来ます。
何故、黒を混ぜないかというと、黒を混ぜると、単に、彩度が落ちて明度も低い色になるだけですが、補色を混ぜると、えもいわれぬ深味のあるいい感じの中間色になってくれるからです。
要は、絵の具を混ぜる時の理論と同じです。

こうして、店に、彩度の高い色が色々と売られていれば、たいていの中間色のマニキュアは作れます。
けれど、色には、混ぜると彩度が低くなる、という絶対的な法則がありますから、「照明のセロハンのような鮮やかなマゼンタが欲しいけど、売られていない」とか「新鮮なレモンのようなレモンイエローが欲しいけど、売られていない」などという場合は、諦めるしかありません。

以上が、マニキュアを混ぜるにあたっての、方法と論理です。
もしも、「欲しい中間色のマニキュアが売られていない!」と嘆いている方がいらしたら、是非、試してみてくださいませ。

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朱い郵便受けと緑の網 [写真]

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昭和の玄関先にお決まりのようにあったタイプの 朱い郵便受けと、近年 ゴミをおおうためにそこここで目にする緑色のネット。
この二色の補色の対比と、なりふりかまわない庶民感に惹かれ、構図に心を砕きつつ 撮りおさめやした。
加工は、二色の鮮やかさが損なわれないでいつつも、レトロ調になるような加工を施しやした。

郵便受け、、、封書や葉書きの郵便物の行き来が極端に少なくなった昨今、みなさん、どのくらいの頻度でご自宅の郵便受けを確認されてやすか?
あっしなんて無精者なので、月末に一度、開けてみる程度でやす。
すると、肝心な郵便物は水道料金の払込票くらいで、その他は、どっさり ありとあらゆる業種のチラシ、中には、透明な大きな封筒に入った分厚いカタログもありやす。
まあ、チラ見して、即ゴミ箱なんでやすが、こんな分厚いカタログを配ったりして、それに見合う収益なんて上げられているのだろうか?と、ちょっと首を傾げてしまいやす。



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傷痍軍人の思い出 [独り言]

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私は9才の時、福岡の米軍基地にかこまれた町から 東京郊外の国立に越して来た。1971年だった。

派手な遊び好きの母は、父が帰って来る日曜日、父に車を出させ、新宿まで出向き、伊勢丹の駐車場に車を入れ、伊勢丹であれやこれや買い物をして、一旦、車に買い物袋を押し込み、そして、父と母と私と まだヨチヨチ歩きの弟は、現・アルタ前から、現・思い出横丁の間をつなぐ 西口地下通路を通り、その頃 出来立てだった京王プラザホテルで コース料理をとり、再び、西口地下通路を歩いて、伊勢丹の駐車場に戻り、帰路につくのをならいとしていた。

その時、西口地下通路に必ずいたのが、傷痍軍人だった。
白い着物をまとった片脚の痩せこけた 目ばかりギョロついた初老の男が、ハーモニカで短調の曲を吹いていた。
戦争が終わって何十年も経って、いくら片脚を失ったからといって、傷はもうとうに治っている筈なのに、すりこぎの様な片脚に真っ白い包帯が巻かれているのが、子供心に不思議だった。
その様は、哀れでもあり、不気味でもあり、恐怖の念を抱かずにはおれず、完全に高度成長期が熟成しきった華々しい新宿の中で、切り取られたが如くに異質であった。

その白装束の男の前には空き缶が置かれていて、小銭が数えるほどに入っていた。
母は、「アタシは金持ちの夫人なんだっ!」と ひけらかしたくて、京王プラザホテルに入ると、ふんぞり返ってピラピラとチップをホテルマンに渡していたのに、その男の人には 何故渡さないのだろう?と思っていた。
ハーモニカの音に振り返って見たりすると、父に小声で、「見んでよか」と たしなめられた。

母が、伊勢丹と京王プラザホテルに飽きたのと、父が日曜日も帰らない日が多くなったのがきっかけで、我が家の新宿通いは、一年ほどで了ってしまった。

そして、私は、中学は新宿にほど近い所に通う事になったので、しばしば放課後、新宿の繁華街をうろつき、西口地下通路も何度もくぐったが、その時には、あの白装束も 痩せこけたギョロリとした目も すりこぎに巻かれた包帯も 通路に響き渡る湿ったハーモニカの音もなかった。

30代になりーーー
私は、塚本晋也監督の映画のファンになり、塚本監督の書かれた書物やインタビューを、むさぼり読んだ。
うちーーー
「子供の頃の思い出ではですねぇ、新宿に傷痍軍人がいましてね、それが恐くて恐くて、強烈に脳裏に焼き付いてますね。 傷痍軍人を見たのは、僕らの世代が最後ではないでしょうか?」とあった。
塚本氏は、私より2才上の、1960年生まれである。

塚本氏の映画作品を初めて観た時、「この監督は、私と同世代で、東京育ちに違いない!」と直感し、プロフィールを調べたら、その通りだった。
そして、傷痍軍人への恐怖感というのも同じで、それは、表だって表現されてこそいないが、塚本作品の奥底を流れ、観る側の私も、無意識的に共通認識を覚え、それが、塚本作品群に惹かれた一因だったのだと、気がついた。

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錆びてグシャッとなった一斗缶 [写真]

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錆びてグシャッとなった一斗缶。
その上の、柄のようなまだらな錆かたをしている缶も面白いな、と思い、錆好きのあっしは、思わずスマホを向けやした。
確か、加工は何もしてないでやす。

錆の力ってすごいでやすね。
こうやって、金属をグシャッとさせてしまうなんて。
そのうち、これらの一斗缶全部がグシャグシャになり、土に返ってゆくのでやしょうね。

そういえば、あっしの住む街に、入り口ドア全面を完全に錆びさせて、その中央にアルファベット(たぶん店名)を書いたバーがありやす。
通る度に、「かっこいいなぁ!」と感嘆しやす。
ただ気になるのは、そのドア、写真の一斗缶のように、いつかグシャッとなってしまわないのだろうか?と、おせっかいな心配をしてやす。



タグ: 一斗缶
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アルチューズさんに撮っていただいたポートレート [ポートレート]

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一ヶ月ほど前に、SSブロガー仲間に、ぼんぼち還暦祝いパーティーを開いていただいたのですが、その時に 参加者のお一人アルチューズさんが撮ってくださり送ってくださった、ぼんぼちのポートレートです。

このコーディネートは、この夏一番のお気に入りで、しばしば出動させてます。
先ず、ワンピースは、錦糸町の駅ビル・テルミナ内のショップで一目惚れしたもの。
チャコールグレーの色合いといい、身頃と袖のたっぷりとした分量といい、レースの入り方といい、全てが納得の一着です。
ちなみに、生地は薄手の綿で 歩くたびにふわふわっとし、でも、身頃は二重になっているので透けることはありません。
ショップで試着をした段階で、このコーディネートにすることが、頭の中で、パパパパッと決まりました。

ウエストに巻いているのは、帯締めです。
私は和のテイストを盛り込むのが好きなので、昔から帯締めをベルトやリボンのように使うことしばしばです。
何も新品に拘る理由はないので、中野ブロードウェイ地下のリサイクル着物ショップで、お手頃価格で入手しました。

ネックレスは、30代の頃に買った血赤珊瑚。
あと、写真には写っていませんが、指輪も血赤珊瑚を着けています。
これも30代の頃に買ったものですが、珊瑚が台から外れてしまっていて、何年か前に、大阪でジュエリー工房を営っていらっしゃる やはりSSブロガーのあとりえSAKANAさんにお直ししていただきました。

靴は、ナイキのエアリフト(ワンストラップの足袋みたいなスニーカーね)の黒でハズしを入れ、マスクをする時は、黒地に真っ赤な彼岸花が描かれているのを合わせます。

お気に入りのコーディネートを撮って送ってくださったアルチューズさん、ありがとうございました!!



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金属網に囲われた石 [写真]

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中野の街で発見した 金属網に囲われた直径十センチほどの石石。
全体は、高さ五十センチほどの直方体でやした。
マンションの玄関先に、オブジェという感じで置かれていて、あっしは、「あぁ、なにも、こういう場所に置くオブジェって、石を削ったり磨いたりするばかりでなく、こんな風に自然を活かした造形も面白いな」と、非常に好感を持ちやした。
そして迷わず「寄りで撮ったら画になるぞ!」と、スマホを向けやした。
撮ろうという段階から、「加工は白黒ハイコントラストがキマる!」と確信し、仕上がりは、頭の中で思い描いた通りになってくれやした。
硬質の物同士の無機質なマチエールや、力強さ・重厚感を感じていただけたら幸いでやす。

石といえば、、、
ご年配のかたや近代文学がお好きなかたにはお馴染みの言葉だとお察ししやすが、昔は、子供の出来ない女性を「石女」と書いて「うまずめ」と読み、そういう女性は一人前の女ではないと、世間から見下されてやしたね。
結婚して三年経っても子供が出来なかったら、その女性は、三行半を突きつけられても仕方がなく、以降の人生は日陰の道を歩んでゆかなければならなかったとか。 もしかしたら本当は、子供が出来ない原因は男性側にあったかも知れないにも関わらず。
対して現代は、結婚するかしないか、産むか産まないか、自由に選択出来る時代になって、そういう点では、女性にとても恵まれた時代になりやしたね。



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ナポリタンに負けたミートソース [喫茶店・レストラン・カフェ]

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今回書いてある内容は、喫茶店マニアの人は、当たり前に知っている知識であるがーーー

最近、やたらと イマドキのカフェなどで、「喫茶店のナポリタン」「昔ながらのナポリタン」と謳ったメニューに出くわす事がある。
けれど、「喫茶店のミートソース」「昔ながらのミートソース」というメニューを出しているカフェは、皆無といっていいほどに 無い。

それは何故かーーー
結論を先に言うと、ミートソースはナポリタンに負けたからである。
60年代70年代の喫茶店黄金時代、(日本で喫茶店が最も多かったのは、70年ちょうどである)スパゲッティを置いている喫茶店の殆どには、ミートソースとナポリタンは「双璧」といった形で在った。
私などは、「今日はスパゲッティにしよう!」という日は、ミートソースにするかナポリタンにするか、さんざん嬉しく悩んだものだった。
そして結果、7対3くらいの比率で、ミートソースに決定していた。
理由は、「ミートと麺を混ぜる」という行為が享しかったからである。
つまり、私はミートソース派だった。

しかしーーー
世の中から喫茶店文化が衰退してゆきつつあった80年代、少なからずの喫茶店が、「スパゲッティは一種類でいい、そのほうが、減った客足に対してロスが少なくて済む」という負の選択で 生き残らせたのが、人気のあったナポリタンで、少数派のミートソースは メニューから消されてしまったのである。
ーーーちょうど、パフェとサンデーが双璧だったが、パフェを生き残らせてサンデーを淘汰させたのと同じに。

だから本当は、ミートソースだって ナポリタンと同じくらいに、「喫茶店のーーー」であり、「昔ながらのーーー」な一品なのである。
私はナポリタンも好きなので、決して、ナポリタンを否定したり ナポリタンよりミートソースのほうが上質な食物だとか 美味しいとか主張する訳ではないが、この過去は、一喫茶店マニアとして、皆に忘れずにいてほしいと、強く思わずにはおれない。
又、60年代70年代をリアルタイムで知らない 若いレトロ好きの人達には、この事実は、喫茶店史の勉強として必須なので、認識しておいていただきたい。

今でもかたくなに、ナポリタンと双璧にミートソースを提供している喫茶店も、在るには在る。
例えば、新宿東南口の「タイムス」のように。

懐かしさ・レトロ感を味わいたくてナポリタンで口を朱くしている諸氏、たまには「稀な」懐かしさ・レトロ感のミートソースのある喫茶店に行って、ミートと麺を混ぜ混ぜする享しさに浸ってみられては如何だろうか?

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熱そうな砂 [写真]

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あの地獄のような暑さの日々は過ぎたようでやすが、再び猛暑をみなさんに思ひ出させてしまおうと、ぼんぼち、思いっきり熱そうな写真をここで公開しやす。
あつくなーれ、あつくなーれ、ふおっふおっふおっ、、、

これ、現物は、白い砂にうすーいブルーがかかったものを、画像加工したものでやす。
撮影場所は、昨年夏に行ったカワスイ(川崎駅前に在る 淡水魚に特化した水族館)でやす。

カワスイ、いっとき、経営不振で閉館するという意向もあったようでやすが、経営者が替わって、続行に決定しやしたね。
あっしとしては、好きな水族館の一つなので、ほっとしてやす。
空間が広く取ってあって、一人でほけ〜としたい時に、最適の場所なんでやす。



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カメの散歩 [独り言]

ある雨の日ーーー
我が街・西荻窪のメインストリート、ピンクの象さんが吊るされているアーケードの端っこの方の、雨水がチョロチョロ流れる場所を、直径十五センチほどの黒いカメが、ノコノコと歩いていた。
私は「へっ?!」と思い、周囲を見回すと、カメのすぐ後ろに、おばさんとおばあさんの中間くらいの年代のご婦人が、カメを見守るがごとくに、ニコニコと立っておられた。
思わず「ペットですか? お散歩させてあげてるんですか?」と尋ねると、ご婦人はますますのニコニコ顔で「はい、そうなんです」と仰った。
私は、「あらあ、幸せなカメさんですねぇ」と、こちらもニコニコ顔になり、アーケードを抜け切り 帰路に着いた。

そういえば、以前、国立に住んでいた頃、大学通りという 緑道もあるメインストリート沿いに、サラブレッドを飼っているお宅があった。
馬小屋は、緑道に向けて建てられていたので、サラブレッドはいつも、舗道から 穏やかに顔を出していた。
前たてがみをオカッパのようにパッツンにされ、可愛がられているであろう事が よく伺えた。
そして時折、夜更けの車の少なくなった大学通りを、飼い主の男性がまたがり、ポコポコとお散歩させてもらっていた。

このように、稀に、ペットとしては目をむくほどではないが、一瞬 振り返らずにはおられない ありきたりではない散歩をさせている飼い主さんというのは、おられる。

しかし、私の遭遇などは、このかたに比べれば序の口も序の口、カッパの屁である。
フォークシンガーであり語りべでもある なぎら健一さんは、なんと!鯉を散歩させているおじさんに遭遇した、というのである!
出来事そのものも珍妙である上に、なぎらさんの語りっぷりが流石で、笑い転げてしまった。

なぎら健一さんの「鯉の散歩」の話し、YouTubeで聞けるので、もし、お時間とご興味のあるかたがいらしたら、聞いてみられると、珍・驚・楽 の感情で 溢れんばかりになるのは、必至である。
もしかしたら、「縄文土器」の話しと抱き合わせになっているかも知れないので、そのどちらかで検索をかけていただけると ヒットするとお察しする。

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八月のヤツデの葉 [写真]

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斑入りのヤツデの葉っぱ。
白黒 グリザイユ調 ネガ加工 と、どの加工でも成立したんでやすが、八月になったことだし、ここは思いっきり夏らしい加工で行こうと、彩度を高くし、影の部分を青っぽくしてみやした。
ヤツデの葉っぱは過去にも何枚も撮ってきているので、たまにはこんな加工もあっていいかな、、、と。

ところで、斑入りの葉っぱって、どの植物でも綺麗でやすよね。
あっしが以前住んでいた国立の家の庭には、斑入りのツユクサが生えてやした。
それを植物に詳しい人に話すと、「ツユクサで斑入りというのは、珍しいですよ。大事にされると良いですよ」と言われやした。
その人のお言葉通りに、大事に育てていたのでやすが、今の所に引っ越す時に、うっかり持って来るのを忘れてしまいやした。 ちょっと慌ただしく引っ越した、というのもあり、庭にあるものまで気がまわらなかったのでやす。
残念なことをしてしまったなあ、、、と、少しだけ悔やんでやす。



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