自分自身をよく解っていて正直な大将 [独り言]

私は十年来、中野のAという居酒屋を贔屓にしている。
Aは、どのメニューも美味しく、フロアの奥まった所には四、六人席や団体席があり、フロア入ってすぐには、一、二人用のカウンターがあって、女一人でも ゆうるりと一人酒を享しめる 居心地の良い店だからである。

ただ一つ、湯豆腐がほんのコトリと揺らぐほどに ちょっとだけイラッとする事があった。
それは、大将が、忙しくない時にも関わらず、私や他の常連客に、世間話を何一つとして振らない事だった。
決して愛想が悪い訳ではなく、必ず注文を復唱し、会計時には「御会計、○○円になります。 毎度ありがとうございます。 ありがとうございました。」とは仰るのだ。
けれど、庶民的な居酒屋という業種柄、常連客には世間話の一つくらい振るのが大将というものではなかろうか? と、十年間、思い続けていたのだ。
「今日は寒いですね」とか「今日は雨でお足元が悪いので、お気をつけて」くらいは言ってもいいじゃないか、と。
年令だって、臨機応変が利かなくても仕方のない若僧ではなく、見た所 五十に近いいい年なんだし、と。

20211209_122627.jpgと、そんなある日ーーー
私は、普段より若干 早めの時刻に入店した。
早めの時刻にしては 奥に団体が入っているらしく、ざわざわと楽しげな声が響いていた。
大抵、そう待つ事もなく 大将かフロア係りの女の子が、少人数席にも現れるので そのつもりで待っていたら、いつまでたっても姿が見えない。

20211209_122651.jpgーーー十五分は経っただろうか、、、
やっと、多人数席と少人数席の間に、いつものハチマキの大将の丸い頭が見えたので「お願いしまーーーーーーす!!!」と、思い切り声を飛ばした。
大将が小走りにやってきた。
私は黒ビールの常温を注文した後、「なーーに、大将! 今日は人手不足?」と笑いながら言うと、大将は、「へい、すみません。 早い時間なんでそれもあるんですけど、実力の無さというのもありまして」と、ペコペコと丸い頭を下げた。
「!!!」ご自身自らを「実力が無い」とは、何と正直な答えだろう!
私は、余りにも大将がご自分自身の事を解っていて、それを何のためらいもなく 正直に客に発した事に感激し、「いいねー!正直だねー!! 大将!その正直さ、買ったよ!!」と、満面の笑顔を返した。

大将がこれまで、世間話の一つもしなかったのは、手抜きや客をぞんざいに思っていたからではなく、それが出来ない人だったのだ。
今の仕事の仕方が、この大将にとっては、精一杯だったのだ。

これはあくまで私個人の考えなのであるが、何の職業にしろ 又 仕事以外のプライベートな部分に於いても、私は、「自分自身の事をよく解っている人」が大好きである。
そして、それを正直に人に話せる人は、もっと好きである。
「ちょっとばかり仕事が出来る程度なのに、自分はうんと仕事が出来る」と勘違いな思い上がりをしている輩なんかより、この大将の様な人の方を、私は遥かに好評価する。

大将! これからは、世間話されなくても、静かな豆腐でいるからね!
大将は大将の「精一杯」で、日々頑張ってね!
居酒屋Aには、これからも末永く 通わせてもらうよ!!


(写真は、私のお気に入りメニュー、お好み焼きと牛肉コロッケ)

nice!(254)  コメント(64) 
共通テーマ:映画