映画「キッドナップブルース」に見る完璧な映像美 [感想文]

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監督・脚本・撮影を写真家の浅井慎平氏が務め、主演をブレイク寸前のタモリ氏が演じた 甘過ぎない叙情溢れる劇映画。1982年製作。

シノプシスは、しがないジャズトランペッターが、近所の 父はいなく夜更けまで帰らないホステスの母を持つ六才の孤独な少女と 合意の上で旅へ出掛け、行き先々で様々な人に出逢い、人間臭いダイヤローグを交わしたり 哲学めいたモノローグを目の当たりにし、するうち、少女に捜索願いが出され、そしてトランペッターは誘拐犯として指名手配された末に逮捕される、というものである。

この様にシノプシスは単純なのであるが、単純にした事には明確に意味があり、それは、この映画の一番の推し所は「徹底した映像の美しさ」にあるからである。
映像が凝っていてシノプシスまで複雑だと、欲張り過ぎて 一体何が言いたい映画なのだか 虻蜂取らずになってしまう。
であるから、この映画には これくらい単純なシノプシスが適切なのである。

推し所である映像美だが、どう美しいかというとーーー
リンゴの寄り一つ 吸い殻でいっぱいになった灰皿一つ 手入れのされていない花々一つ 波打ち際に歪み映る自転車一つ 鍋の中のおでん一つに至るまで、柔らかなコントラストで完璧に構図と色彩がキマリにキマっているのである。
さすが日本を代表する写真家・浅井慎平氏の撮りである。
写真というジャンルの一流のプロは、そこに時間軸が加わっても素晴らしい作品を生み出す事が出来るのは、おおいに頷けるところである。
さながらこの映画は、一冊の優れた写真集の如きで、ショットが変わるのは、パラリ、、、パラリと頁を捲り観進める心地良さそのものである。

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私は、「どういう映画が好きなんですか?」と問われると「映像の綺麗な映画が好きです」と答えるのだが、すると、単に派手に色数ばかりがガチャガチャと入り込み 構図も色調の配分も何もあったもんじゃない、という映画を「なら、この映画が綺麗だからオススメですよ」と挙げる人がいるが、そういう人は、「美しさ」というものの何たるかをまるで理解していないな、と溜め息をつかずにおれなくなってしまう。

「美しさ」というものは、写真や映像に限らず、派手であればある程 色数がたくさん入れば入るほど美しくなる訳では、ない。
大事なのは、構図 明度 彩度 色相の配分ーーーつまりは「バランス」なのである。
美しいという事は、全ての視覚に訴えるジャンルに於いて、「バランスが取れている」という事なのである。
美男美女は、目が大きければ大きい程 鼻が細く高ければ細く高い程 美男美女である訳ではないし、お洒落なファッションというのは、流行のアイテムを取り入れれば取り入れる程お洒落度が上がる訳ではない。

私は中学から美術を専門に学び、後に美術を生業として生きてきたので、そのロジックは「基本中の基本」「当たり前」という感があったのだが、歳を重ねて世の中の美術の世界以外の人と接してみると、ガチャガチャ派手に色数を入れ込んだだけの映画を綺麗と認識する人がいたり、美容外科でヘンテコな顔にして綺麗になったつもりの人がいたり、上から下まで流行で固めてお洒落になったつもりの人が少なからずいるので、どうやら「美しさの何たるか」は、美術理論を学ばなければ難しい あんがいハードルの高いものかも知れない、と気付かされた。
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そういった裏付けからも、この映画は、美しさの何たるかを熟知した 美のプロ中のプロの作品なので、ただ漠然と美しさに浸りたい人にも、美術を学んでいる人にも、写真に苦心している人にも、映像のプロを目指している人にも、是非とも観ていただきたい作品である。

映像美以外で、言及したい事に幾つか触れるとーーー
タモリ氏の、台詞も動きも芝居をしていなさそうに見える自然な演技、少女がこまっしゃくれていなく むしろ暗く いつも俯向き加減なのも、この作品のマチエールに溶け込んでいて 良い。
又、山下洋輔 伊丹十三 所ジョージ 根津甚八 吉行和子(敬称略)等々、、、そうそうたる有名どころがカメオ出演しているので、それを見つけるのも面白い。
そして、何といっても、ラストのシークエンスの「逮捕された」表現が、少女と遊びに行った雪原で 鉄格子越しにタモリ氏が映り、次にぐっとロングになり、広々とした雪原の中でほんの一面だけのそう大きくはない鉄格子の向こうにタモリ氏が居る様が小さく映り、この劇映画の虚構性が明かされる所も 実に心憎い。

世間的には、意外にも それほど高評価を受けていない作品の様ではあるが、私は、100点満点中150点を付けたい 非常にクオリティの高い映画である。

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