小沢昭一特集上映「昭和の怪優・小沢昭一のすすめ」 [感想文]

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先日の九月七日〜十月四日にかけて、神保町シアターに於いて「昭和の怪優・小沢昭一のすすめ」と題された 故・小沢昭一氏の特集上映が行われたので、小沢昭一ファンの私は、時間の許す限り観られるだけ観に行こうと勇んだ。

上映作品は、以下の十六作品で

1「銀座旋風児 目撃者は彼奴だ」 監督・野口博志 1960年
2「お父ちゃんは大学生」 監督・吉村廉 1961年
3「喜劇 急行列車」 監督・瀬川昌治 1967年
4「ブラック・コメディ ああ!馬鹿」 監督・須川栄三 1969年
5「どじょっこの歌」 監督・滝沢英輔 1961年
6「競輪上人行状記」 監督・西村昭五郎 1963年
7「『エロ事師たち』より 人類学入門」 監督・今村昌平 1966年
8「痴人の愛」 監督・増村保造 1967年
9「大出世物語」 監督・阿部豊 1961年
10「越後つついし親不知」 監督・今井正 1964年
11「『経営学入門』より ネオン太平記」 監督・磯見忠彦 1968年
12「喜劇 女の泣きどころ」 監督・瀬川昌治 1975年
13「波止場の無法者」 監督・斎藤武市 1959年
14「大当り百発百中」 監督・春原政久 1961年
15「鉄砲犬」 監督・村野鐵太郎 1965年
16「スクラップ集団」 監督・田坂具隆 1968年

うち 私は、「喜劇 急行列車」「『エロ事師たち』より 人類学入門」「痴人の愛」の三作は過去に観ていたので、今回の特集では「ブラック・コメディ ああ!馬鹿」「『経営学入門』より ネオン太平記」「波止場の無法者」「スクラップ集団」を観映した。

この四作品の中、最も秀作だ!これぞ大傑作だ!!と唸ったのは「『経営学入門』より ネオン太平記」である。
アルサロの支配人・小沢氏が、仕事と私生活に体当たりの命がけで挑む様を 哀しくおかしく描写した大人のコメディである。
小沢氏の人間臭さ溢れるノリにノッた演技のみならず、水っぽくなくかつ説明不足もない 痛快なテムポと巧妙な手法の演出が見事な 非の打ち所のない作品である。

次に出来が良いと思ったのは「スクラップ集団」。
高度成長期真っ只中、世の中が 物質の豊かさ=幸 であり 使い捨てを良しとする方向に邁進する時代、それに逆行する生き方を貫く三人の男が清らかに、邁進こそが正義だと断言する男がヒットラーの如き存在として描かれている、この時代のあり方に疑問符を叩きつけた社会派コメディ。
小沢氏は、清らかな三人の男の一人、ゴミ拾い屋役を担っている。

三番目に面白かったのは、「ブラック・コメディ ああ!馬鹿」。
しがないサラリーマンが、そうとは知らずに上司の愛人に惚れてしまった事からとんでもない騒動に巻き込まれる というシノプシス。
小沢氏の得意とする 情けなくも利を得ようとする男が、笑いを誘わずにおれない。
ただ、脚本にはちょっと残念な部分があり、起承転結の起承までは吸引力が強烈にあり 観客席にしばしば笑い声を響かせてくれていたが、転の出来事は一つあればいいものを二転三転させ、ごちゃごちゃとした印象を与え、結に相当するシークエンスも一つあればスッと了れるものが二つもあって、もったりしてしまっていた。
この作品、巧く編集し直せば かなりの達作に昇華すること必至である。

そして、順位としては四位にしてしまった「波止場の無法者」。
だがこの作品も、決して駄作というレベルではなく、典型的な五十年代アクション映画で、可もなく不可もなく といったところである。
小沢氏は、ヒーロー役の小林旭の後ろからヒョイ!と顔を出すひょうひょうとした子分役で、作品全体の中での自身の役割を熟知し それを最大限に駆使した計算高い演技で、小林のカッコ良さを巧みに引き立てている。
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以上が、今回の特集上映で観た四作品のおおまかな感想であるが、そもそも 私は何故、小沢昭一氏のファンになったかというとーーー

三年ほど前に「痴人の愛」の譲治役のあまりの名演技に惚れ込んでしまったからである。
ーーー「痴人の愛」以前も、私は、ラジオ番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」やGS映画の脇役で知っており「面白い役者さんだな」とは感じていたが、譲治役ほど大きな役を演られているのを観たのは初めてだったのだ。

元が実直だからこそ 淫乱で奔放な女に翻弄され、もがけばもがくほど底なし沼の如く足を絡め取られ 全身をうずもれさせ、いつしかそれこそが快感と浸る男の滑稽さを、押し付けがましくなく、巧みに隠した計算を背に、時に笑わせ 時に涙を誘わずにおれなかったのである。

私は、頭の中で考えて考えて考え抜いて 練って練って練り抜いた末に さり気なく「フッ…」と出す演技が好きなのである。
逆説的にいうと、「どうだい!俺は役者中の役者○○だぜ!俺の演技は迫力あるだろ!」と言はむばかりの 脚本全体の中での自身の与えられた位置を考えない自己中心型の演技や、ナルシスティックな演技や、すでにどこかで誰かが何度も演っているでしょう という型芝居は嫌いなのだ。

小沢氏は、私のこれまでの人生で、二人目に惚れ込んだ男優さんである。
ーーーちなみに一人目は山田孝之さんである。活躍時代は前後するが。

それもその筈、小沢氏は、映像や舞台のみならず、俳人としてのお顔をお持ちだったり、落語や大衆芸能 放浪芸などにいたく興味を抱かれ、追究され、著書も多数おありなのだった。
ーーー今 私は、氏の著書を見つけては読破してゆこうと、折ある毎に 神保町古書店通いをしている。

本業に加え それらの研究も実を結ばれたのであろう、放送大学客員教授に招かれたり 紫綬褒章 坪内逍遥大賞 他 多くの賞を受けられていたと知った。

深く観客の心を突き動かす演技というものは、レッスンを受けて 現場の場数を踏み、単純に「上手く」なるだけではないという事を、小沢氏は、その人生全てで以て教えてくださった様に思わずにおれない。
演技というものは、その役者の背景に背負っているものが、どれほど膨大であるかが滲み伝わるものであると頷かずにはおれない。

小沢昭一氏、「虎は死して皮を残し 人は死して名を遺す」まさにこの言葉通りの 偉大なる人物だと痛感している。
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