映画「押絵と旅する男」 [感想文]

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1994年、江戸川乱歩・生誕100周年記念に、川島透監督によって作られた 乱歩の同名短編小説を劇場上映尺に膨らませた大達作である。

原作は、「私」が、列車内で偶然出逢った老人に、八百屋お七と彼女の愛しい人である吉三さながらに寄り添う老人の 古びた押絵を見せられ、この押絵の老人は自分の兄だと言う老人の 奇妙極まりない話しに了る 極めて短い物語なのだが、映画では、主人公は老人であり、半ばボケかけた現在の老人と 彼の少年時代の、兄とのやり取り 兄が惚れた押絵のお七と一緒になりたくて押絵の中に入ってゆく件りなどが、シークエンス毎に交互に出現し、ラストのシークエンスのワンシーンで、老人と少年、つまり同一人物が、行き交い 一言会話を交わす という心憎く計算され尽くした脚本になっている。
脚本は、川島監督と薩川昭夫氏の共同。 

本作の最も優れている点というのは、原作には登場しない人物を登場させたり 原作にはない逸話を挿入したりしつつも、かの怪奇幻想文学の第一人者・江戸川乱歩の世界感ーーーマチエール 空気感 匂い、、、そういったものを みぢんも減少させたり変質させたりしていない所である。

私は以前、映画に関する諸々の勉強をしてきた中で、脚本作法も某研究所にて学んだ経験があるのだが、研究所の講師によると、「原作モノがある場合、テーマさえ変えなければ あとは何を変えたっていいんです」との教えだったが、当時から 私は「それはちょっと違うんじゃないか?」と 疑問を抱いていた。

よく、小説が原作にしろ マンガが原作にしろ 戯曲が原作にしろ、原作ファンを失望させる、、、どころか怒りを買わせる映画化作品というのがある。
あれらは、テーマは変えずとも、原作の世界感というものを ないがしろにしているのである。
作品に於いて「世界感」というのは、そのくらい大切な要素なのである。
そこを川島監督は、熟知しておられる。流石である。

あと、これは少々余談になるが、川島監督が作られた映画には「チェッカーズ In TANTANたぬき」という作品もある。
観客層の求める要素を全て 緻密なパズルの如く埋め込み構築した 理論思考の監督にしか作れない 娯楽大傑作なのだが、あの作品中 ワンショット、スタジオ内を チェッカーズのメンバーがファンから逃げる背景に「押絵と旅する男」で重要なモチーフとなっている十二階(浅草・凌雲閣)の書き割りが出てくるのである。
「TANTANたぬき」の製作は1985年である。
通常、撮影はその一年前になるので、あのショットが撮られたのは1984年と推測できる。
川島監督は、1984年、つまり「押絵と旅する男」製作の10年も前から「押絵と旅する男」を撮る構想があったのではないか?、、、否、そうに違いない、と思わずにおれない。

ーーーいつかどこかの劇場で、川島監督のトークショーの機会があったら、是非とも質問してみたい 気になっている事である。

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我流麺童

初めてのnice一番乗りやで!!
by 我流麺童 (2021-07-27 06:13) 

Rchoose19

原作の世界を損ねないって大事だと思います。
それぞれ自分の抱いた世界がありますからねぇ。。
映像になって、動き出し喋りだすと、
どうも、違うんじゃぁないあかなぁと
思うこともしばしばです。
by Rchoose19 (2021-07-27 07:31) 

トモミ

原作が存在する以上はその世界観を守る、当たり前に聞こえますが本当に大切なことだと思います!よく原作者の側から「映画は別の作品と思うので御自由に」との発言が聞かれますが、あくまで世界観を守った上でのことなのはいわずもがなでしょう。
by トモミ (2021-07-27 07:35) 

青い森のヨッチン

川島監督は自分のなかではバブル期の映画監督って感じでバリバリの商業映画監督のイメージですがこの作品は見てみたいですね
by 青い森のヨッチン (2021-07-27 08:56) 

侘び助

中一の冬休みに訳有って大阪千里山に半月ほどお手伝いに
行かされた(遊び隊盛りなのに(-_-;) 暇なとき押入れで見つけた本
江戸川乱歩だった。内容は猟奇事件ばかり・・・
怖いもの見たさ・・・読んでは鳥肌立てて眠れぬ夜が続いたっけ"(-""-)"
by 侘び助 (2021-07-27 11:07) 

英ちゃん

有名人や著名人は、生誕100周年って言うけど一般人には言わないのかな?
と言うのは、私の父が今年の12月で生誕100周年なんだよね(^_^;)
父は何の功績も残してないし、逆に人に迷惑ばかりかけてたけどね。
でも一応生誕100周年だから墓参りに行って少し豪華な物でもお供えしようかな(^∇^;)
by 英ちゃん (2021-07-27 14:44) 

kou

原作の世界が一変していて失望した事は何度かありましたが、殆どテレビドラマでした。テレビはいろいろ制約があって難しいのでしょうね。
by kou (2021-07-27 16:44) 

Take-Zee

こんばんは!
ワクチン接種2回目行ってきました("^ω^)・・・
これでジジイも長生きです。

by Take-Zee (2021-07-27 19:00) 

johncomeback

中高生の頃<江戸川乱歩>にハマってました。
原作を台無しにする映画ってありますよね。
僕が観たなかで原作以上に感動した映画は
松本清張の「砂の器」だけです。
by johncomeback (2021-07-27 20:17) 

kick_drive

こんばんは。今回のお話は自分には少々難しくて
理解できない点もありますが、お写真とどう関係があるんだろうと
ちょっと悩みました。「水槽を下から見上げているんだよな?」
と思ったのですがなんでしょう?

by kick_drive (2021-07-27 20:57) 

きよたん

小説家の描いた世界観を理解し映画にその世界を表現
できれば成功でしょうね
小説には登場しなかった人物を登場させているのにね
難しいことだと思います。
押絵と旅する男 レンタルビデオで見たのですがもう一度
見たくなりました。
by きよたん (2021-07-27 21:42) 

フヂ

TANTANたぬき、DVD持ってます(*´艸`*)
昔はTANTANたぬきの写真集まで持っていました。
by フヂ (2021-07-27 23:16) 

Boss365

こんにちは。
映画「押絵と旅する男」原作の世界観を保ちながら「違った味わい?」素晴らしい作品みたいですね。小生の場合、原作を知っていると「勝手にイメージング」して、映画を見て失望する事が多々ありますが、活字と漫画と映画は違うメディア・違う作品として観るようにしています!?(=^・ェ・^=)
by Boss365 (2021-07-27 23:37) 

hana2021

江戸川乱歩の「押絵と旅する男」は、以前読みました。本当に数ページの短編です。
優れた原作小説を全く別物にして映画化作品は数限りがありません。
イギリス映画ではブッカー賞受賞作品などを、キチンと映像化しているのに、現代の日本映画業界って、あまりにも安易すぎるのです!
by hana2021 (2021-07-27 23:42) 

hirometai

ぼんぼちぼちぼち様
おはようございます。
江戸川乱歩の作品は探偵ものをドキドキしながら読んだ覚えがあります。(^-^)
写真は、水槽でしょうか?
乱歩の話題にぴったりのような気がします。
by hirometai (2021-07-28 06:58) 

kazu-kun2626

昨日ワクチン接種2回目で
今朝は今のとこ副反応なしです
今日はオリンピックをTV観戦し
のんびりします
by kazu-kun2626 (2021-07-28 07:39) 

ぼんぼちぼちぼち

みなさん

「押絵と旅する男」、原作を読まれたかたも映画を観られたかたも、おはようございやす。
原作は、青空文庫にもあって、ほんとに短編であっという間に読めてしまうので、ご興味のあるかたは、是非。
また、YouTubeでは、佐野史郎さんが朗読なさってるのがありやす。
佐野さんも、原作のイメージに実にぴったりな読まれ方をされていて、さすがだなあと唸りやす。
映画は、VHSにはなっているんでやすが、残念ながらDVD化はされてないんでやすよ。
なんでここまでの秀作をDVD化しないのか、まあ、色々と大人の事情ってやつがあるんでやしょうけど、いつかDVDにして、もっとたくさんのかたに観ていただきたいでやす。
あっしは、友人に、VHSをDVDに焼いてもらったので、今でも観たい時に観られてやす。

そうでやすね、「原作と映画は別物だから」と よく原作者のかたが仰いやすが、原作の世界感を守るのは、言わずもがなの上で、でやすよね。
その上で、原作者のかたは、謙虚な姿勢で、そういう発言をされているのだと思いやすね。
確かに、文字やマンガが映像になると、そのまんまのわけにはいかないんでやすから、どこをきちっと抑えてどこは膨らませていいか、でやすよね。
単にシノプシスをなぞればいいってもんじゃない。
やはり、一番大切なのは、その原作の世界感なんでやすよね。
よくマンガファンなどは、役者がやったイメージが違う、と怒ったりしやすが、これも世界感が違いすぎて、映画を作った側が解ってない、ということでやすね。

川島透監督は、ほんとに優秀な監督だと思いやす。
理論的でエズラに拘りを持っていて。
叙情的な映画というのは、見る側はふわっと叙情で観ていいんでやすが、作る側は、ふわっと叙情で作っては、説得力のあるホネのある作品は作れないんでやす。
あっしは、川島監督の作品を全て観たわけではないのでやすが、あっしが観た川島監督作品のベスト3を挙げるなら
1位 押絵と旅する男
2位 TANTANたぬき
3位 チンピラ
でやすね。
いずれも、ガッチリ緻密な理論構築がなされていて、素晴らしい作品でやす。

他に、原作に劣らない映画化作品といえば、あっしは、松本俊夫監督の「ドクラマグラ」を挙げやすね。
こちらも、原作とはかなり変えてある。
けれども、あの奇妙キテレツさ、狂気の世界というのは、アッパレ!と拍手を送らずにおれないほどに見事に描かれている。
あと、安部公房原作・勅使河原宏監督の「砂の女」と「他人の顔」。
この二作は、映画化のために、安部公房氏が脚本を起こしているんでやすね。
前者は原作とほとんど変わらないシノプシス、後者は、全く違う構造で以て同テーマに迫りやす。
この二作品は、原作者が脚本を起こしたのだから、世界感がズレることはありやせんね。
最も理想的な脚本家選出でやしょうね。

逆に、原作は素晴らしいのに映画はどうしようもない、というのも、たくさん観てきやしたね。
いちいち書くときりがないので書きやせんが。
もう、超一流の食材で豚の餌を作ったようなレベルの。
そういうの、憤りでいっばいになりやすね。

日本は文明大国ではあるけれど、文化の面では後進国でやすよ。
素晴らしい作品も映画に限らず幾つもあるにはあるんでやすが、全体的なクオリティとしては、まだまだこれからだと思うので頑張ってほしいと願いやす。

画像は、ご指摘の通り、水槽を見上げたところでやす。
「押絵と旅する男」のキーポイントに、「海の上などに楼閣のようなものが見える蜃気楼」というのがあるんでやすが、そのイメージでやす。
原作か映画のどちらかを読み・観賞されたかたは、「ああ、このイメージだよね」とピンと来られるとお察ししやす。

by ぼんぼちぼちぼち (2021-07-28 10:07) 

ぶーけ

水槽に浮かぶ流木?が一瞬恐竜のようにみえて、びっくりしました。
八百屋お七の印象は真っ赤な火なので、水の色は対照的ですね。
by ぶーけ (2021-07-28 11:20) 

拳客の奥様

「挿絵と旅する男」は残念ながら見ていません。
商業的に稼いだ作品は、ぼんぼちさん記載の二位と三位
「ハワイアンドリーム」「野蛮人のように」等でしょうか…
「竜ニ」ちょい役で出演の銀粉蝶さん出てました(好きな女優さん)
作品の好き嫌いはありますが、仕事が沢山舞い込んだ時期かもです。
by 拳客の奥様 (2021-07-28 17:00) 

八犬伝

川島透監督ですか
作品を、調べてみましたが
残念ながら1作も見ていませんでした。
by 八犬伝 (2021-07-28 20:32) 

リンさん

映画も原作も知りませんでした。
そんな短編を映画にして、世界観も崩さず、ぼんぼちさんを唸らせるとは、すごい監督さんですね。
まずは、原作を読んでみます。
by リンさん (2021-07-28 20:43) 

藤並 香衣

原作が好きで映画を観に行って衝撃を受けた作品あります
原作にいなかったキャラが主要キャストにいて
なんでだろうと思ったら主役の事務所の若手だとか言われると
ゴリ押し感を感じて一気に冷めます
by 藤並 香衣 (2021-07-28 21:15) 

mau

最近、漫画の実写化が多い気がします。
そして、特定の俳優?アイドル?さんを使うためだけに不思議な設定が…
by mau (2021-07-29 01:03) 

yokomi

テレビでも原作と違う終わり方をしているドラマが有り、ちょっと残念な気分に(>_<)
by yokomi (2021-07-29 01:31) 

這い上がるママ

江戸川乱歩は読書の入口でした。読みやすくイメージを膨らませやすい文章も大好きでした。うちの長女も同じように乱歩にハマっています。NHK総合でたまに再放送されている満島ひかりさん主演の江戸川乱歩短編集というドラマシリーズは良いです。長女は「人でなしの恋」に感動していました。妖しい・・・。
by 這い上がるママ (2021-07-29 02:35) 

sakamono

原作にいない人物の登場や逸話を入れて、かつおもしろくするって、とても大変だと思います。原作ファンにとっては意見の分かれるところかもしれませんが。私はそうした作品に出会えるとうれしいです。以前、原作の小説が好きで、観に行った映画が、腹が立つほどつまらなかった経験もあります^^;。
by sakamono (2021-07-29 07:45) 

ぼんぼちぼちぼち

みなさん

本当にこの映画はクオリティ高いでやす。
DVDになっていないことが残念でなりやせん。

仰るとおり、原作にない人物を登場させてそれで世界感も壊さない、というのは大変なテクニックを持ってないとできないことでやすね。
プロダクションが若手を売り込みたいからとか、その役者のイメージを崩したくないからとプロダクションが脚本に難癖をつけたりとか、けっこうありやすよね。
だから商業映画ってのは嫌なんだよな、、、って言葉が思わず口をついて出てしまいやす。
その点、この作品は、商業目的では作られていないので、作り手が、ただただ優れた作品を作ろう!という方向に向かえたのが解りやす。
老人のシークエンスと少年のシークエンスが以降する運びなども、実に乱歩感を出した心憎い計算がされてやす。

川島透監督、「TANTANたぬき」メイキングのインタビュー映像が、YouTubeで観られやすよ。
それを観ると、眼光の鋭さ、理論的な話しっぷり、などから「ああ、この監督ならやれるよな」と頷けやす。

「ハワイアンドリーム」はまだ観ていないので、これから機会を見つけて観てみようと思ってやす。
「竜二」は、色んな事情があって、川島さんが撮ることになったようでやすね。
銀粉蝶さん、あっしは舞台でも拝見したことがありやす。
いい女優さんでやすね。

江戸川乱歩は、誰もが一度はハマる小説家かも知れやせんね。
少年モノからエロティックなモノまで、作品数もかなり書かれてやすね。
もしかしたら、映像化も、一番多くなされている作家かも知れやせんね。
by ぼんぼちぼちぼち (2021-07-29 09:41) 

たいちさん

構想10年とは、さすがですネ。
by たいちさん (2021-07-29 19:41) 

werewolf

懐かしいです『教えと旅する男』♪
あの映画、エキストラでちょっとだけ出てるんですよね(^_^;)
川島監督には頑張ってたくさん撮ってほしかったのですがねぇ…
by werewolf (2021-07-29 21:04) 

ルージュ

ぼんぼちぼちぼち様
いつもnice!とコメントありがとうございます(^-^)
「挿絵と旅する男」興味が湧いてきました。
今度、映画を観てみます(^^♪

リンツのチョコはホワイトが好みなんですね。
私はミルクが王道で、あまり冒険をしないタイプです(*^^)v
by ルージュ (2021-07-29 22:38) 

ぼんぼちぼちぼち

たいちさん

構想10年、、、は、あくまであっしの憶測なんでやすが、偶然にしてはあまりにも出来過ぎた偶然なので、やはり構想10年に違いなかろうと踏んでやす。
チェッカーズのメンバーが出待ちのファンを見つけて、フミヤが「ヤバッ!」ってのけぞるショットなんでやすが、背景の書き割りの十二階が、チラでもなく一部隠れもしなく、これは絶対に十二階を見せたいですよね!ってくらいに、バッチリドーンと映るんでやす。
ああ、真相をご本人に聞いてみたい、、、
by ぼんぼちぼちぼち (2021-07-30 08:45) 

ぼんぼちぼちぼち

werewolfさん

えーっ?!エキストラで出ていらっしゃるんでやすか?
それは、どっどっどこのシーンなんでやしょか?
押絵だけに、教えていただけると嬉しゅうございやす。
それにしても、羨ましいでやす。
川島透監督も、もう70代でやすね。
もっとたくさんの作品を撮っていただきたかったでやすね。
by ぼんぼちぼちぼち (2021-07-30 08:50) 

ぼんぼちぼちぼち

ルージュさん

DVDにはなっていないので、観られるチャンスは少ないかも知れやせんが、どこかの劇場で江戸川乱歩特集でも映られたときに是非。
大変な秀作であるだけでなく、あっし好みの方向性の作品なので、
「好きな日本映画を三つ挙げてみて」と問われたら、必ず入れる一作でやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2021-07-30 08:55) 

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