映画「ゲンセンカン主人」 [感想文]

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先日、ラピュタ阿佐ヶ谷にて「石井輝男監督特集」が催されるというので、私の胸は期待に躍った。
何故なら「ゲンセンカン主人」が、必ず上映スケジュールに組み込まれているに違いないと 察したからである。

あんのじょう、あった。
「ゲンセンカン主人」(1993年制作)。日本劇映画史上に遺り続ける大傑作だと惚れ込んでいたものの、これまでVHS時代に家庭で観たきりで、いつか劇場上映される折りには是が非でも足を運ぼうと切望し続けていた作品だからである。

つげ義春原作の漫画「李さん一家」「紅い花」「ゲンセンカン主人」「池袋百点会」を、ちょっと凝った入れ子構造のオムニバスに仕立てて、つげ先生を彷彿とさせる漫画家およびそれぞれの話の主人公を 佐野史郎氏が演じ、ラストに つげ先生ご本人も登場し、役者陣に「この映画、いかがだったでしょうか?」と問われ 照れられて、それから つげ先生一家が李さん一家そのままに「李さん一家」の二階から顔を出して了 となる作りである。

先ず「李さん一家」であるが、鳥と話しが出来るという奇妙な貧しい男・李さんとその妻子が、図々しくも 主人公宅の二階に住み着き、主人公を困惑させる日々の物語であるが、そのどれもが破天荒で 観客の笑いを誘わずにはおれない。
中でも 李さんの奥さんの、無表情でありながらも非常識な行動が、ユーモラスである。

次に「紅い花」。
山に 親もなく貧しく暮らす少女の初潮を紅い花に例えた 叙情的一編。
川辺に落ちている紅い花々 川を流れる紅い花々 ラストショットで丘の傾斜いっぱいに風に揺れる紅い花々が、実に美しく、戸惑い 哀しさ 安堵 愛 を象徴している。

三話目は、メインタイトルにもなっている「ゲンセンカン主人」。
ゲンセンカンという宿屋の耳と口の不自由な女将と そこを訪れた主人公が、いい仲になってしまい、主人公はゲンセンカンの主人におさまった という過去を、ゲンセンカンの主人に瓜二つの男が知り、ゲンセンカンに向かう というシノプシスである。
ゆっくりと時間が流れるアングラ色濃いマチエールが、前時代的で圧巻である。

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四話目は「池袋百点会」。
売れない画家志望の主人公が、行きつけの喫茶店の 太宰かぶれの常連客に誘われて、銀座百点を真似て池袋百点を出版してひと儲けしようと目論むが、ずさんな計画は大失敗に終わり、太宰かぶれは一人逃亡する。
実は妻がいたという太宰かぶれの男の彼女であった 喫茶店のウエイトレスと主人公は、二人で男を探しに甲府へ旅に出る。
ラストシーンは、昇仙峡を巡る馬車に乗る二人。
彼女がついに泣き出した所で、画はロングになり ポコポコと山間をゆく馬車ののどかな景で完。
この話は、テムポ良くユーモラスに作られているのであるが、前述のラストショットが一層その空気感を盛り立てている。
又、ウエイトレス役の岡田奈々さんが、まさにつげ先生の漫画から抜け出てきたように 純粋でお人形さんさながらに可憐である。

そして最後に、作品全体から私が強く感じ取った事二つを簡単に綴りたい。
一つめは、石井監督は、つげ先生の漫画世界をみぢんも損なう事なく 忠実に再現しているという事。
キャスティングも、一人も違和感を覚える事なく、画作りも、ワンショットワンショットの構図がキマっていて、細部に至るまで完璧である。

2つめは、主演の佐野史郎氏の演技のクオリティーの高さである。
私は佐野氏は好きな役者さんの一人なので、過去に二度ほど 舞台を観に行った経験もあるのだが、改めて 如何に名優であるかを突きつけられた。
氏は決して ハッキリした大づくりの目鼻立ちではないのだけれど、無言のショットの時、寄りの顔だけで 内から湧き上がる複雑な感情が手に取るが如く仔細に伝わってくる。
今さらながらに、感嘆の溜息が出ずにはおれなかった。

映画「ゲンセンカン主人」、二十年以上劇場上映を待ち続けた甲斐が十二分にあった。
つくづく非の打ち所のない達作だと 大スクリーン相応の大きさで胸に染み入った。
つげファン 石井ファン 佐野ファン 映画ファン 以外の全ての人にも観ていただきたい 解釈し易くも芸術性高い作品である。

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アニマルボイス

これらの原作は「ガロ」でリアルタイムで読んでいました(^^)/。石井作品は「ねじ式」はエロを期待して(^_-)-☆見に行きましたが、この映画は見ていない。機会があれば行ってみたいと思います。あと、「紅い花」はNHKでドラマにもなっていてなかなかの出来でしたよ。
by アニマルボイス (2020-01-13 10:41) 

Boss365

こんにちは。
どれも観た記憶のない作品ですが・・・
佐野史郎さん、いい役者・アーティストですね。
映画・芸術作品は観ていないと語られない。
先ずは、DVDを探して観ます?(涙)!?(=^・ェ・^=)
by Boss365 (2020-01-13 12:24) 

侘び助

最近はテレビ以外の映像にはお目にかかっていません。
自分の身近にあるような出来事の作品・見たいな~~
by 侘び助 (2020-01-13 13:16) 

きよたん

つげ義春のファンなのでレンタルで映画を見ています。
他の監督によるものも見ましたが
ぼんぼちさんの言う通り石井監督作品が一番つげの漫画の
イメージ通りでした。
この記事を読んで再びつげ義春の漫画を思い出し、劇場で
見たかったと思いました。
by きよたん (2020-01-13 13:42) 

拳客の奥様

「紅い花」劇場で観ましたよ、飯田橋だったかなぁ…
石井輝男監督は、商業ベースの作品も評価大ですが、
やくざ映画とか、エロチックな作品多いですね。
ぼんぼちさんの願いが叶い、スクリーン鑑賞^_^
原作者・監督共に、観たい作品!悦ばしい出来事でしたね。
by 拳客の奥様 (2020-01-13 14:05) 

せつこ

こんにちは~~
映画はご無沙汰です。
佐野史郎さんが、見てみたい。
by せつこ (2020-01-13 14:25) 

johncomeback

恥ずかしながら つげ義春は「ねじ式」しか知りません。
「ゲンセンカン主人」ですか、DVD出てるかな?

by johncomeback (2020-01-13 15:59) 

扶侶夢

つげ義春作品は殆ど読んでいるけれど「池袋百点会」だけは面白そうなのに知らないです。
映画では「ねじ式」「李さん一家」を見ていますが、すっかり昔のことなのであまり覚えていません。独特の世界を展開していて当時はあまり理解や共感がなかったけれど、今ならもっと深く観れそうなのでもう一度観てみたいです。
by 扶侶夢 (2020-01-13 17:20) 

横 濱男

映画見なくなっちゃいました。。
TVドラマも、朝ドラだけ。。です。
チョット、寂しいかな。。(~_~;)

by 横 濱男 (2020-01-13 19:23) 

森田惠子

大きなスクリーンで見られてよかったですね。
大きなスクリーンだと見える世界が違います。
細かいところまで見えるだけでなく、自分の意志で見たいところを見ることができますね。
つげ義晴、私も好きです。
映画用のイラストを描いて貰っている鈴木翁二さんは「ガロ」にマンガを描いていた人で、ちょっと、つげ義晴風の作風なんです。
by 森田惠子 (2020-01-13 19:27) 

ヤマカゼ

残念ながら知らなかったもので、ネットで漫画の一部を見ました。昭和初期のタッチで凄さを感じました。ぼんぼちぼちぼち様良く知ってましたね。
by ヤマカゼ (2020-01-13 19:51) 

kome

映画のことはあまり知らないのですが、つげさんのねじ式はとても好きな漫画です。
by kome (2020-01-13 19:57) 

這い上がるママ

知らない映画ばかりです。マニアックですね〜。娘たちにも名画を見せたいと思い「ローマの休日」を録画したところ、オードリー・ヘップバーンの可愛さに魅了されていました。さすが超有名な映画。
by 這い上がるママ (2020-01-13 20:09) 

そらへい

ガロあたりでつげ義春さんの漫画は読んだ記憶がありますが
映画になっているのは知りませんでした。
by そらへい (2020-01-13 21:01) 

sigedonn

ガロ・・・懐かしい。
較べて、軟弱なCOMも読んでました。
by sigedonn (2020-01-13 22:13) 

taku1_lily

久方ぶりに
今夜、貸ビデオ屋(DVD屋?)
に寄ろうと思います!!
by taku1_lily (2020-01-14 07:49) 

イヴママ

遅くなりましたが(汗
今年もよろしくお願いします。
映画、良かったんですね~
私も何か観にいきたいなぁ
去年ボヘミアンラプソディー観たっきりだな・・・

by イヴママ (2020-01-14 08:50) 

ぼんぼちぼちぼち

みなさん

あっしはつげさんのファンかというと、そういうわけでもなくて、好きな作品は「ねじ式」くらいなんでやす。夢を元に起こされたというあのシュールな世界は嗜好に合いやす。
でも、他の作品も全部読んでいて、というのは、府中に在って今はなくなってしまったジャズ喫茶ガラにバックナンバーが揃ってて読破しやした。

「ねじ式」も映画化されてやすが、あちらのほうの出来は今ひとつでやすね。公開早々期待して劇場まで観に行ったのに残念でやした。

対して、この「ゲンセンカン主人」は完璧でやすね。非の打ち所のない出来でやす。
20年前、あっしがDVDを探したときはなかったのでやすが、今はDVD化されているようでやす。
もしかしたらレンタル屋さんにもあるかも知れやせん。
興味のあるかた、探してみられてくださいでやす。

「紅い花」がNHKでドラマ化されていたのは知ってはいやしたが、観てないので、そちらもチャンスがあったら是非観てみたいと思ってやす。

そうでやすね、石井輝男監督は、やくざモノやエロティックな作品で知られてて、「ゲンセンカン主人」のようなのは、異色作といったところでやすね。
石井輝男監督特集、まだやっているので、別の作品も何か観てみようかな、と考えてやす。

佐野史郎さんは、つくづくいい役者さんでやすね。
シェイクスピアシアターから唐さんとこに行ったかたでやすね。
唐さんとこから出た最後のスターと言われてやすね。
by ぼんぼちぼちぼち (2020-01-14 10:34) 

りみこ

佐野さんが主演!
知りませんでしたよー
佐野さんは山の陰のご出身で、たまにお見掛けいたします
とても物腰柔らかな方ですけれども舞台とかテレビでは
鬼気迫る役などもこなされて凄いなぁと思っています
by りみこ (2020-01-14 11:03) 

リス太郎

VHS時代(ベータでもいい)に見た映画、ゲオで借りれたらなあ。
by リス太郎 (2020-01-14 11:17) 

ponnta1351

新年会お疲れ様でした。参加出来てよかったです。
私の全然知らない映画の世界です。

私は今はアメリカテレビ映画、「24-TWENTY FOUR」を観ています。なかなかやめられません。
又お会い出来ますように。
by ponnta1351 (2020-01-14 13:35) 

mau

つげ義春さんは、ねじ式しか知りません。他のも不条理で面白そうですね。
by mau (2020-01-14 22:45) 

たいちさん

奇才といわれる石井輝男監督の作品には、素晴らしい作品が多いですね。
by たいちさん (2020-01-14 22:49) 

NO14Ruggerman

ゲンセンカン主人は若かりし頃作品で読み、
とても魅了されましたが、映画は未視聴です。
久しぶりに思い出し、そして動画で観てみたくなりました。

by NO14Ruggerman (2020-01-14 23:48) 

Rchoose19

ゲンセンカン主人、内容はは知っておりました。
むかし、何かでつげさんの作品を読んだことがります。
映画になっているんですね。
そうそう先日は楽しいひと時をありがとうございました♪
新宿にもあんなに空が開けた場所があるんですねぇ。
奇麗な満月でした(#^^#)
by Rchoose19 (2020-01-15 07:49) 

ぼんぼちぼちぼち

みなさん

佐野史郎さん、地は物腰柔らかなかたなのでやすね。
ますます好感持っちゃいやした。
映画「ゲンセンカン主人」の中ではタイトルにもなっている「ゲンセンカン主人」の話しが、まさに鬼気迫る演技で、圧巻でやした。
他の話しでは、人はいいが押しの弱い青年をコミカルに演じられていたりして、さすがだなあと唸りやした。
少々余談になりやすが、YouTubeで、佐野さんの朗読する江戸川乱歩の「押し絵と旅する男」が聴けやす。
佐野さんは乱歩の世界にもぴったりだと感じ、ご本人も こういう世界はお好きでいらっしゃるのだろうなあと察しやした。

そうでやすね。つげ作品は、「ねじ式」のような不条理な作品もありやすが、基本的に、貧しい庶民を肯定的な視点で捉えたものが多いでやすね。
「モッキリ屋の少女」など、旅先での話しは井伏鱒二先生に影響を受けている部分が大きいな、と感じてやす。

新年会オフ会でご一緒だったかたがた、とても楽しいひとときでやしたね。
仰るとおり、満月がとても綺麗でやしたね。
またお逢いしやしょうでやす!
by ぼんぼちぼちぼち (2020-01-15 12:51) 

よいこ

ガロは子供すぎて読んでいないし、つげ先生の世界も当時は気味が悪いくらいの感想でしたが、改めて紹介されたのを読ませていただくと、今ならそんな世界にいわかんなく楽しめる気がします
by よいこ (2020-01-15 21:44) 

kiki

好きなことに造詣が深いと
一段と楽しいでしょうね。
凄いと思います。
by kiki (2020-01-15 23:05) 

ぼんぼちぼちぼち

よいこさん

つげ先生の世界は大人にならないと解らないでやすよね。
あっしもリアルタイムではつげ先生の存在自体からして知りやせんでやした。
あっしがリアルタイムでガロを読んでたのは、90年代初頭で、その頃は、みうらじゅん 山田花子 内田春菊 杉作J太郎 唐沢兄弟 あたりが描いてやしたね。
そうそう、杉作J太郎は、映画「ゲンセンカン主人」に、役者として登場してやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2020-01-16 11:43) 

ぼんぼちぼちぼち

kikiさん

へい、あっしは中1の時から映画と演劇の勉強がしたくてしたくて
で、念願が叶ったのが26年後の30代後半でやした。
それから数年間は、映像理論 実験映画史 シナリオ作法 演技論 演技 朗読 近現代の日本の演劇史 舞台メイク などをむさぼるように勉強しやした。
おかげで、鑑賞していても、理論的に分析し「この作品は、何故 どこがどう良かったのか(悪かったのか)」が手に取るように解るようになりやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2020-01-16 11:54) 

hirometai

ぼんぼちぼちぼち様
こんばんは
ラピュタにお見えになったのですね。
ラピュタで映画は見たことがありませんが、山猫軒では時々食事をします。
佐野史郎さんは大好きな役者さんです。
by hirometai (2020-01-17 02:27) 

ぼんぼちぼちぼち

hirometaiさん

ラピュタは、昔の日本の商業映画を中心に上映される劇場で、DVD化されていない貴重な作品も映られたりするので、しばしば足を運んでやす。西荻からも近いでやすし。
山猫軒は入ったことないでやすが、美味しいと評判でやすね。
何年か前は、上映前に山猫軒の宣伝映像が流されてやしたよ。

佐野史郎さんは、様々な役をこなせる これぞ役者さん!といった名優でやすね。
これから先、年齢に応じてどんな役を演られるのかも興味深々でやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2020-01-17 15:58) 

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