映画「本日休診」  [感想文]

井伏鱒二の同名小説を 渋谷実監督が1952年に映画化した傑作。
初老の開業医とそれをとりまく市井の人々の間で次から次へと巻き起こる日常の小事件が、時に哀しく時に可笑しくテムポよく描かれている。

この作品を傑作に引きあげている要因は、さながら新劇のようなきっちりとした演技のつけ方も無論あるが、何といっても 脚本の完成度の高さである。
井伏ならではの人間臭いユーモアや登場人物の吐くリアリズム溢るる言葉を大切にしつつも、原作にはない転調や盛り上がりを入れ込み、劇場上映尺に巧くまとめているのである。

中でも 転調と笑いの重要な役割と成っている 戦地に行って頭のおかしくなった 自分を今だに兵隊だと思い続けている青年などは、原作には全く登場しない。
この人物は、「本日休診」と同時期に執筆された「遥拝隊長」の主人公なのである。
「遥拝隊長」でも最高の見せ場であった 青年がまんじゅうを人々の口に押し込む件りがラストにおかれ、主要登場人物が並んで同方向(キャメラの方)を向き、あたかも舞台役者のカーテンコールのようにこの群像劇をまとめ〆るのは、舌を巻かずにはおれない見事な引用の仕方である。

傑作というものは、決して色褪せない 時代を超越したものであると再認識すると同時に、戦後七年、この作品により勇気づけられた人達がどれほど多かったであろうと察する 創られた意義を強く感ずる映画である。
本日休診.jpg



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マリー

映画化は知りませんでした。たしか高校生の頃読んだ小説です
映画がよかったと云う事は、脚本や監督が良かったと云う事ですね
チェックしてみます♪
by マリー (2016-02-22 12:21) 

barbermama

純文学はほとんど読まないので、井伏鱒二の名は知っていても
読んだことありません^^
この映画は私が生まれた頃に制作されていますね~
私が子供の頃、家のすぐ裏に小さな映画館がありました。
母親が映画好きだったので、夜などよく二階の畳敷きの特等席で
眠い目をこすりながら訳も分からず見ていたものです。
きっとこの映画も・・・・・
by barbermama (2016-02-22 18:34) 

sigedonn

井伏鱒二ですか。
好きだったな。もうずいぶん読んでない。
「やくざ」を「ブリキの切りくず」と称したのは彼だったか。
鉄工所などの旋盤やドリルから出る、くるくると巻いた切りくずは
何の役にも立たない上にうっかり触れると怪我をする。
私が生まれた年に上映された映画ですね。
興味深い。チェックチェック。
by sigedonn (2016-02-22 20:05) 

ぼんぼちぼちぼち

マリーさん

へい、脚本家の理論性・構築度、監督のテンポのあげかたが見事でやす。
昔の商業の劇映画って、テンポがもったりしていて退屈してしまう作品が多いんでやすが
これは次から次へと様々な小事件が起こり そしてうわっ!と盛り上がりしみじみ終息する緩急に観入ってしまいやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2016-02-22 20:12) 

ぼんぼちぼちぼち

barbermama さん

この作品も もしかしたらご覧になったかも・・・知れないのでやすね。
昔の映画館、二階が畳敷きのとこがあったのでやすか。いい趣でやすね。
畳敷きの映画館、どこかで復活するといいなぁ~
井伏、読まれたことないでやすか。
あっしは、原作を読んでいたという理由で 映画にも興味を持ちDVDを観てみやした。
井伏世界は、現代にも通じる可笑しさを含んでいて読みやすくて好きでやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2016-02-22 20:20) 

ぼんぼちぼちぼち

sigedonn さん

「やくざ」を「ブリキの切りくず」・・・でやすか、なるほど。
この作品にも、やくざの下っぱが登場しやす。
しょうもない人間なんだけど、先生の言葉に少しだけ気持ちが揺らいでしまったりしてやす。
是非、ご覧になってみてくだされ。
井伏ファンも決してがっかりしない仕上がりでやす(◎o◎)b


by ぼんぼちぼちぼち (2016-02-22 20:26) 

saru

オラの頭は「本日救心」と変換してしまった!(@@)

by saru (2016-02-22 22:49) 

daylight

井伏鱒二来たーというか、自分の住んでいる福山市出身の方なので思わず♪
しかし、人生でまだ読んだことの無い作家さんだったりします(笑)
歳を経て、読むときが来るんだろうなと思っています。
広島県なので黒い雨は子供の頃学校で学んだのかもしれませんがじっくりとこの方の作品まだ読んだ事がありません。

by daylight (2016-02-23 00:30) 

moz

映画「本日休診」、素敵な映画、名作のようですね。
原作をアレンジした脚本家の方もきっと素晴らしいのでしょうね。
本も読んだことないので読んでみようかと ^^
by moz (2016-02-23 06:34) 

johncomeback

拙ブログへのコメントありがとうございます。
井伏鱒二は高校時代に何冊か読みましたが、
内容は殆ど忘れました。もう40年前だもんなぁ(*´∇`*)
by johncomeback (2016-02-23 15:13) 

ojioji

「本日休診」、小説は中学時代と高1で、「山椒魚」のついでに読んだために、本当の良さを味わえないままでした。数十年後、山田洋次監督が選ぶシリーズで映画と出会って、見入りました。記事で紹介されている場面、若き三國連太郎の怪演、印象的でした。名作ですよね。
昭和三十年前後の日本映画、ぼくの生まれる前なのに、郷愁を感じます。
by ojioji (2016-02-23 15:42) 

ぼんぼちぼちぼち

saru さん

あぁ、救心・・・ドキドキするときのお薬でやすね(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2016-02-23 19:54) 

ぼんぼちぼちぼち

daylight さん

あぁ、井伏鱒二、広島出身でやすもんね。
福山市だったのでやすね。
そう、井伏といえば、「黒い雨」と「山椒魚」でやすね。
読む時がきたら読まれてくだされ(◎o◎)/
現代のあっしらにも通じる人間臭さをユーモラスに描いた作品がいくつも書かれていて 気軽に読めて面白いでやす。

by ぼんぼちぼちぼち (2016-02-23 20:01) 

ぼんぼちぼちぼち

moz さん

あっしは、ふとレンタルビデオ屋さんでDVDを見かけて、原作を読んでいたという理由で、借りてみやした。
映画に関しての前情報は何も得てなかったので、これほどの秀作だとは予想だにしていなく 嬉しく驚きやした。
脚本は、斎藤良輔さんだそうでやす。
渋谷監督と他の作品でも組まれているようでやす。
原作は、写真のように「遥拝隊長」と二作品入っているので、この二作品を読まれて映画を観られると
どう引用しているかがよく解って より面白く鑑賞できるのではないかと思いやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2016-02-23 20:13) 

ぼんぼちぼちぼち

johncomeback さん

そうでやしたか。
井伏は読みやすいでやすよね。
高校生も難解さを感じずに読めると思いやす。
あっしは、氏の作品には大人になってから出逢いやした(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2016-02-23 20:17) 

ぼんぼちぼちぼち

ojioji さん

おぉ!映画 ご覧になってやしたか!
若き三國連太郎さん、いい演技されてやしたね。
そしてラストのもってゆきかたの脚本、天晴れでやしたね。
他にも、岸恵子さんや鶴田浩二さん、淡島千景さんなど、あっしらも知ってる役者さんが若手で出演されてやしたね(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2016-02-23 20:28) 

風来鶏

井伏鱒二と言えば「黒い雨」のイメージが強いですが、そんな作品もあったのですね(^^;;
by 風来鶏 (2016-02-24 00:00) 

hana2016

井伏鱒二小説…と言えば、私も「黒い雨」しか知らず。。
当然、本作品も未読です。
1952年では、まだ先の大戦の影を引きずっていた時代背景もあった事でしょうし・・・。

by hana2016 (2016-02-24 10:44) 

ぼんぼちぼちぼち

風来鶏 さん

そうでやすね。「黒い雨」代表作でやすね。
これも確か、映画になりやしたね。
恥ずかしながら あっしはまだ読んでないでやすf(◎o◎)
井伏作品には、軽いタッチで街の人々の喜怒哀楽をユーモラスに描いたものも多く 読みながら「人間ってそうだよなぁ」と つい苦笑いしながら頷いてしまいやす(◎o◎)b

by ぼんぼちぼちぼち (2016-02-24 11:28) 

ぼんぼちぼちぼち

hana2016 さん

そうでやすね。台詞や街の風景などにも まだ大戦後という色合いが強く感じられやすね。
その時代を知る上でも、この映画を観る意義は大きいなぁと感じやした(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2016-02-24 11:32) 

Rchoose19

わたくしは教科書に載っていた『黒い雨』しか知りません・・・^^;
お恥ずかしいい限りでございます<(_ _)>
by Rchoose19 (2016-02-24 12:58) 

ponnta1351

若い頃は友人と読んだ本の交換をしあって本の虫でした。
黒い雨、 山椒魚など等。 本日休診は読んだ記憶にないです。勿論映画も。
日本の純文学の有名なのは一応読んだことがあるけれど、大体モーパッサン、トルストイなど海外の小説が好きでした。
特にトルストイは「戦争と平和」「アンナカレーニナ」「復活」など長編けど読みましたね。

 最近の芥川賞など、私にはちょっと理解しにくい作品が多いみたい。
 時代物は苦手ですがいま、安倍龍太郎の「等伯」を読んでいます。
 本は私の睡眠剤でもありますよ。
 
by ponnta1351 (2016-02-24 14:14) 

ぼんぼちぼちぼち

Rchoose19 さん

お恥ずかしいなんて そんなことないと思いやすよん。
あっしが何故、井伏鱒二をいろいろ読んでいたかというと
井伏は晩年、あっしが今住んでいる西荻窪の隣の荻窪に住んでいて
「荻窪風土記」という作品を書いていたからなんでやすね。
で、親近感を感じて、その作品をきっかけにいろいろ読んでみたという次第なんでやすf(◎o◎)
by ぼんぼちぼちぼち (2016-02-24 20:01) 

ぼんぼちぼちぼち

ponnta1351 さん

そうでやしたか。海外の小説が特にお好きだったのでやすね。
モーパッサン トルストイ・・・そのあたり読まれていたとは尊敬でやすo(◎o◎)o
最近の作家は、あっしもピンとこないでやす。
嗜好に合うのは、昨年亡くなった車谷長吉さんくらいでやす。
安倍龍太郎の「等伯」、どんな作品なのかな?
by ぼんぼちぼちぼち (2016-02-24 20:09) 

rappi

井伏鱒二の小説がもとになっている映画なんですね。^^
あまり井伏作品を読んでいないのですが、
「ああ寒いほどひとりぼっちだ」のフレーズは、
今もずっと焼き付いてます。
by rappi (2016-02-24 22:05) 

ぼんぼちぼちぼち

rappi さん

「ああ寒いほどひとりぼっちだ」・・・いいフレーズでやすね。
多くの人が共感するフレーズでやすね。
何の小説の中の一文なのか気になりやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2016-02-25 19:47) 

そらへい

井伏鱒二
なんだかすごく懐かしい作家の名前を聞いたような気がします。
太宰との絡みが印象的ですね。
by そらへい (2016-02-28 18:13) 

ぼんぼちぼちぼち

そらへいさん

そう、太宰が三鷹に住みはじめたきっかけは、荻窪に住んでいた井伏が呼び寄せたのだとか・・・。
今は「井伏鱒二文集 第1巻 思い出の人々」というのを読んでいるのでやすが
予想通りにその中にも 太宰について書いてありやした(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2016-02-28 21:04) 

風太郎

「本日休診」は人間の喜怒哀楽が凝縮されていて
何回観てもその度に違った感動を覚えます。

by 風太郎 (2016-03-18 04:32) 

ぼんぼちぼちぼち

風太郎 さん

でやすよね。
井伏の真骨頂である庶民の人間臭さ悲喜こもごもを巧く引き出した傑作でやすね(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2016-03-18 10:32) 

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