安部公房「人間そっくり」  [感想文]

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人それぞれに カタルシスを感ずる小説というものがあります。
カタルシスの極地へと降り立ちたいが為に、幾へんも幾へんも 頁を捲らずにはおれない小説というものがあります。
私にとっては、「人間そっくり」が それにあたります。

「人間そっくり」----
「こんにちは火星人」という番組を担当するラジオの放送作家宅に、ある日、「私は火星人です」と自称する どう見ても平凡な一人の男が訪ねて来、「私が火星人でないと思われるなら その証明をしてください」と、数学の証明問題をつきつけるが如くに 緻密さの度が過ぎて常軌を逸した しかし同時に ちろりとも矛盾の尻尾を出さない徹底した理論思考で以って 放送作家のありとあらゆる あしらい・異論・抵抗を打破してゆき、結果、放送作家は自己崩壊し、自分自身ですらも人間か火星人か否か確信が持てなくなる----というシノプシスを通して 物事の本質の危うさをこれ以上はないシニカルさで描き放った、私が思うに 安部公房の真骨頂です。

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私は何故 この作品に、これほどカタルシスを覚えるのかというと----
私自身の中に、作中の火星人男のような気質が少々存在しているからです。---否、正確には、少なからず、かも知れません。
現実の生活に於いては、相手の中に自己矛盾を見ても、険悪な空気になることを回避したり、相手のアイデンテイティの崩壊を危惧したり、私自身が鼻持ちならない嫌われ者とされてしまうことを恐れたりして、「あぁ、これ以上突っ込んではいけないな」というところで 口をつぐみます。
けれど、私は本質的には、白黒ハッキリつけたくて仕方がなく カチッとパズルが組み合わされ完成するような話の結末をみないと気持ちが悪く 意地が悪く 大人げなく 心がせまい人間なので、いつも奥底では、「あぁ、こう言ってやりたいなぁ」という思いがとぐろを巻きます。 
「こう言ったら、相手は必然的にこう反論してくる筈なので、そしたら そう切り返そう。 そう切り返したら、次は選択肢はあの言葉しかなくなる訳だから あの言葉が出たところで 待ってましたとばかりに突けば ぐうの音も出ないのだ」 と。
自分が社会生活を送る上でやりたくとも抑えていることを、「人間そっくり」の火星人男は、東京ドーム狭しと踊る創作舞踏家さながらに ねちねちねっとりぐるんぐるんと 薄笑みをたたえつつ存分に披露してくれる訳です。
私は、作中の火星人男に 己の代償行為を見ることで、どろどろと沈殿するとぐろが洗い流され、スッキリと明日の方角を向くことが出来るのです。
---男性と楽しいひとときを過ごすことに縁遠い女性が お姫様物語のラブロマンスにうっとりと酔いしれたり、平凡な生まれ育ちで平凡なレールの上を淡々と歩むサラリーマンが 人生裏街道をしたたかに渡り金と女を欲しいままにする主人公の大衆小説を 咥え煙草で斜に構えて読みふけるのと同じです。
「あぁ、またどろどろが溜まってきたな」と自覚すると、私は夜更けに、自室の書棚の一番手前にスタンバイさせている「人間そっくり」に 指を伸ばします。

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安部先生ご自身も、随筆やインタビューで自己分析されている通りに 極めて理論的な作家で、だから このようなテーマを貫通して追求せずにはおれなかったと察しますが---まぁ、人間というのは ないものねだりをしたくなるものなのでしょう---ご自身は、対極の 感覚の塊のようなスタンスに越境されたかったようで、安部スタジオの実験的な舞台などでも 夢の断片に材を取った 安部式感覚作品を遺されています。
しかし、以下は完全に 私の主観的感情ですが---
安部先生には、徹底的に 数学的理論思考の世界をただひたすらに独走していただきたかった という気持ちがあります。
感覚的で理論に弱い作家など、世に数え切れないほど存在するのですから。
けれど、「人間そっくり」は、安部作品中、そういった感覚への憧れがみじんも介入していない。
だからこそ、安部先生の得意とする部分のみで構築された この「人間そっくり」が、安部公房世界の真骨頂だ と思わずにおれないのです。
にんげんそっくり.jpg

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ackylacky

私も若いときから理屈ぽいと言われた方ですが、芸術や音楽が好きで自分でも作りますから感覚重視だと思ってますね。
体は太っていたので、細い人に憧れてました。
自分と反対のものに成りたいと思うのが人間のサガなのでしょう。
by ackylacky (2013-04-16 06:53) 

cafelamama

久しぶりに安部公房作品を読んでみたくなりました。
最初に読んだのは「壁」だったかなぁ。
by cafelamama (2013-04-16 08:11) 

ぼんぼちぼちぼち

ackylacky さん

記事やコメントを読ませていただいての あくまであっしの個人的な印象でやすが、
ackylacky さんを理屈っぽいとは感じてやせんでやしたよ。

あっしは、仕事で絵を描いてたときも、こうして趣味として言葉で以っての表現をするときも 
誰が見ても感覚的に見える作品も たいてい理論構築でこさえてやす。
高校生までは感覚的な人間だったのでやすが、何故 理論人間になったかというと
絵描き時代に、限られた時間内に効率よく客の求める作品を次々と仕上げてゆかなければ 必要とする収入にならなかったので
そこで培われたものだと自己分析しています。
正確にいうと、自分の中に理論思考の部分も元々あったのでやしょうけど
高校生までは それを動員する必要がなかったのだと。
by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-16 11:57) 

ぼんぼちぼちぼち

cafelamama さん

あぁ、「壁」 代表作でやすね。
あくまで個人的な見解なのでやすが、何故、この「人間そっくり」が安部文学の代表作とされていないのか あっしには釈然としやせん。
川端の代表作が「雪国」と「伊豆の踊子」で 「眠れる美女」と「片腕」ではないのと同じくらいに。
野坂センセイの代表作が「火垂るの墓」とされてしまってるのと同じくらいに。
by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-16 12:09) 

そらへい

経験の少ない若いころは、寓意小説に憧れたというか
強く惹かれましたね。
すべてを網羅しているように思えたものです。
年齢を重ねると体験に共感を感じるようなより具体性の強い作品に
惹かれるようになって来ました。
by そらへい (2013-04-16 17:45) 

さきしなのてるりん

カタルシスシノプシスシニカルアイデンテイティ....全部検索しながら読んだ私。聞くのにわかってるかというとさっぱり、、、(涙)。その都度検索しないと不安なカタカナ語。英語が苦手と言いながら、結構使ってるンだよねぇと、同士を失ったような思い。はははと寂しく笑うてるりん。アハハ。
by さきしなのてるりん (2013-04-16 18:11) 

ぼんぼちぼちぼち

そらへいさん

なるほど、そうでやしたか。
考えてみると、あっしは逆に
高校生の頃は、谷崎や川端の女性美の具体的な描写にハマってやしたが
今は、自己の奥深くに降りてゆくものが好きだったりしやす(◎o◎)b

by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-16 21:10) 

ぼんぼちぼちぼち

さきしなのてるりん さん

いや、あっし自身もそう自信持って使っているわけではなかったりしやすf(◎o◎)
この4つの中で確信持って使ってるのは シノプシスくらいで・・・。
あ!アイデンティティの2つ目のィを小っさくするの忘れた(◎o◎:
まっいーや

by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-16 21:16) 

ミケシマ

カタルシス、って正確な意味を理解していなかったので改めて調べてみちゃいました。
自己の解放…とまではいかなくても、その世界に入り込み、心を浄化させるって意味では村上春樹がすきなんですが…。
村上作品を好き、ってあまり理解されなくて@@;
ぼんぼちぼちぼちさんのように正確に分析はできないのですが、
幼いころから読書が好きで、その世界をむさぼることが多かったのですが、大人になってからだんだんそういうことがなくなり…
でも20歳くらいのとき初めて村上作品と出逢って、久しぶりに空想の世界に入り込むことができたんです。
わたし、読むのはもっぱらフィクション、図書館で借りてくることが多いのですが、村上作品だけは買います。
でも、単行本になってから(笑)変なポリシーです。
by ミケシマ (2013-04-16 21:48) 

ぼんぼちぼちぼち

ミケシマさん

カタルシス・・・へい、そういう意味でやすよね(◎o◎)b
村上春樹が好きってあまり理解されないのでやすか?
ものすごい人気でファンも多いように認識していたので、意外に思いやした。
でも、いずれにしろ、自分にばちこーんと合う作家と出逢えたことは幸せでやすよねo(◎o◎)o
図書館はありがたいでやすよね。
おおいに活用したいものでやす!

by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-16 22:56) 

はる

感想文となっていますが、既にこの文章が私にとってはひとつの作品のように楽しく読ませて頂きました。
by はる (2013-04-17 00:49) 

柴犬

フロイトやユングを勉強している〜
感覚に陥りました^^;

そして、限界を感じております♪
by 柴犬 (2013-04-17 08:47) 

ぼんぼちぼちぼち

はるさん

あっしの拙い自己満足の記事をそんなふうに思ってくださるなんて 恐縮でやすっ・ぺこりっ
これからも あっしなりに色んな感想文書こうと考えてやすf(◎o◎)
by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-17 10:01) 

ぼんぼちぼちぼち

柴犬さん

あぁ、フロイトやユング・・・あっしは専門的にきちっと勉強したことはなく 何冊か単なる読書感覚で読んでみただけなのでやすが
そんなふうに感じていただけたとは 恐縮でやすっ・ぺこりっ
この すっきりとする気持ちのよさって一体何だろう?と自分に向かって考えたときに
あぁ!これが代償によるカタルシスなんだ!と気づきやしたf(◎o◎)
by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-17 10:10) 

ponnta1351

「砂の女」しか読んでいません。
読んでみたくなりました。
by ponnta1351 (2013-04-17 16:48) 

ぼんぼちぼちぼち

ponnta1351 さん

機会があったら是非~
極端に長い作品ではないし、シニカルなユーモアが充満してて
思わず吹きだしてしまうとこが幾つもありやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-17 19:01) 

KOME

作家さんの作品よりも、ぼんぼちさんの感想文をまた読んでみたいです。
人とやばい雰囲気になったとき、言葉を一言も発さず、顔の表情に出してしまう子供のKOMEより
by KOME (2013-04-17 20:46) 

あざみ

>安部先生には、徹底的に・・・
私もそう思う一人です。。。

by あざみ (2013-04-18 00:24) 

ぼんぼちぼちぼち

KOME さん

ド素人のあっしにそんなことを言ってくださるなんて 恐縮すぎやすっっっ・ぺこりっ

あ~、あっしも 表情に出ちゃうこと多々ありやす(◎o◎:
内心「よし、口に出さずにやりすごせたぞ!」よしよしと思っていても
思いっきり顔に出てたらしく 言わずにいた言葉に対してのリアクションをされ、あ・・・しまった・・・と(◎o◎:

by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-18 11:37) 

ぐるにゃ

理論的な人には憧れますが、
理論で詰められるとぐうの音も出ないワタクシです・・・。
安部公房センセイ・・・
大昔に、入試問題でエッセイか何かを読んだっきりのような^^;
こんなコメントしか残せないのに残してしまって、スミマセン。


by ぐるにゃ (2013-04-18 11:39) 

ぼんぼちぼちぼち

あざみさん

おぉ!そう思われてやしたか!!かなり嬉しいでやすっo(◎o◎)o
これって、熱烈な安部公房ファンにはひんしゅく買う感情かな・・・とか
こう感じてるのってあっしだけかなぁ とか思っていたことなので。

by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-18 11:42) 

ぼんぼちぼちぼち

ぐるにゃさん

おぉ、入試に安部先生のエッセイが・・・
どんな問題だったのか かなり気になりやす。

いえ、そんな スミマセンなんて仰らないでくださいでやす。
そもそも あっしが勝手に自己満足で書いてる感想文でやす。
今回のようなコメント大歓迎でやすっ\(◎o◎)/
by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-18 11:51) 

johncomeback

安部公房氏は東大医学部卒ですから、理論的的な思考は必須でしたでしょうね。僕は学生時代、ファッションとして安倍氏の本を数冊読んで、
分かった気になっていましたが、今思うと何も理解できていませんでした。又読んでみたい気もしますが・・・多分気力が湧かないなあ。
by johncomeback (2013-04-18 14:18) 

rantan-nya

はぁ、わたしもホントはこう言いたい!場面がよくあるのですが、ぼんぼちさんの
碁か将棋のように先の先まで読んでいるわけではないので、感情的なんでしょうね~
安倍公房は、以前取り上げてられた「顔」を読んで、結局、自分て? 人間て?
とかなり衝撃を受けた記憶があります
この「人間そっくり」も、なかなか面白そうですね。ちょっと自分自身を壊してみたい
気分も今、どこかにあるのです^^;

by rantan-nya (2013-04-18 22:16) 

sako

私は感覚的な人間なので、違和感があるかないかが重要で理論を構築したり分析なんてことは本当に苦手です。
何か本を読む時にカタルシスを感じると言う感覚は今までありませんでしたが、もしかしたら私にもそういうことがあるのかもしれないという気がしてきました。


by sako (2013-04-18 22:28) 

アリス

人間そっくりの火星人さんと大槻教授を戦わせて
みたいと、ふと思いました(*´∀`*)
言いたいことを言い過ぎると、ソクラテスのように
なってしまうかもしれない。
他人の無知を指摘したり、相手を論破するのは
気持ちいいけど、とっても危険。
かと言って良い顔しすぎても危険はあるし。
難しいです(>_<)
by アリス (2013-04-19 00:51) 

ぼんぼちぼちぼち

johncomeback さん

そうそう、東大医学部精神科なんでやすよね。
それでいてないものねだり~ 人間の欲は際限ないのね・・・って思っちゃいやすよね。

安部作品を読むには やっぱエネルギーがいりやすよね。
のんびり状態で読むのは 荷風や井伏鱒二のあたりが楽だったりしやすね(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-19 12:25) 

ぼんぼちぼちぼち

rantan-nya さん

面白いでやすよ~
理論的ではないかたが読まれると、「そうそう、理論人間のこーいうとこがめんどくさいんだよねー」って 大爆笑されるかもでやす(◎o◎)b

ちなみにこの作品、一場か二場モノの密室演劇に立ちあげてもいいんじゃない?ってくらい台詞が多くて 火星人男のキャラがキョーレツでやす。
松尾貴史さんが演じたら合いそーな雰囲気でやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-19 12:42) 

ぼんぼちぼちぼち

sako さん

違和感があるかないか・・・なるほど、なんとなく解る気がしやす(◎o◎)b

あっしも、これがカタルシスなんだって気付いたのは わりと最近なんでやすよ。
この作品はブログを始めた当初から取り上げたいとずーーーっと思い続けてはいたものの どういう切り口で書こうかかなり考えあぐねてて
その中で気がついたって感じかなぁ。
by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-19 18:27) 

ぼんぼちぼちぼち

アリスさん

そう、難しいでやすよね。
それを巧いスタンスで渡り合ってゆけるのがほんとに頭のいい人なんだろうなぁと思ったりしやす。

大槻教授と戦わせてみたいでやすね~
教授、勝てるかなぁ。
この火星人男、かなり手ごわいでやすよ~~(◎o◎:
by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-19 18:39) 

つなみ

こんにちは(⌒∇⌒)ノ"
私は箱男が好きでした。
また読み返そうかしら。
by つなみ (2013-04-20 21:30) 

ぼんぼちぼちぼち

つなみさん

あぁ、箱男も安部氏の代表作のひとつでやすよね(◎o◎)b
こちら側からは詳らかに観察できても向う側からは何一つ解らない・・・
それを 箱に入る という設定で展開させるとこに
氏ならではのユーモアを感じやすね。
by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-21 12:21) 

るね

「人間そっくり」…「サイコ」原作者のロバート・ブロックに同題の作品がありましたが、安部公房にもあったんですね。

恥ずかしながら安部氏の作品、実は1作も読んだことがなく。SF的とか不条理とか、惹かれるキーワードはいくつもあるのですが。

自分にとってカタルシスを覚えんがために何度も手に取る本……ハテ、何だろう?
by るね (2013-04-22 02:49) 

ぼんぼちぼちぼち

るねさん

あっしは逆に、恥ずかしながらロバート・ブロックのほう知りやせんでやしたf(◎o◎)

そう、安部作品に貫通するものに不条理がありやすね。
カフカに強く影響を受けているのがよく解りやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-22 10:59) 

orange

懐かしい思い出が甦るタイトルです。
「壁」「箱男」「人間そっくり」…そういえば自宅のスライド式本棚の後ろ側にあったっけ…高校生の頃、初版本を買い集めていました。哲学科志望だったなぁ…
by orange (2013-04-24 11:49) 

ぼんぼちぼちぼち

orangeさん

高校生時に安部公房にハマられてたとはすごいでやす!
なるほど、哲学科志望だったのでやすね。
安部作品、哲学的でやすもんね(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2013-04-24 18:00) 

ray ban on sale

Yeah, DJ Magic Mike is true old school bass at? it’s best!! Thanks for watching, commenting and subscribing!
by ray ban on sale (2013-05-10 07:38) 

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