野坂昭如文学に出逢って  [感想文]

野坂昭如センセイ2.jpg

「あなたが好きな小説家を三人だけ教えてください」 と問われたら、私は迷わず、カフカ 車谷長吉氏 そして野坂昭如先生を挙げます。

高校の現代国語の授業で、若い女教師が 「世の中には発禁文学というものがある」と余談していたのをキッカケに、私は 書店の野坂昭如コーナーに まだ成長しきらない指を伸ばしました。
確か 文庫本「真夜中のマリア」が、表紙イラストに惹かれての最初の一冊だったように記憶しています。

女と子供の描き方に 偽善や非現実的な美化がなくて、つきぬけるようなカタルシスを覚えました。
加えて、助詞を抜いた長いセンテンスの独特のリズムのある文体に、強烈に吸引されました。
精神の飢餓感に日々鬱々としていた私は、授業中隠れてや放課後の喫茶店で、次から次へと野坂作品を読破してゆき、中でも 「子供は神の子」 「マッチ売りの少女」 「パパが、また呼ぶ」 の辺りは、薄肌着一枚すらも剥ぎ取られたまるのままの人間が 「ほら」と裸電球の下にかざし置かれたようで、カタルシスの極地へ も一度も一度・・・・と、ボロボロになるくらい頁を捲り返しました。
逆に、代表作と成っている「火垂るの墓」の 虚構の世界には他に幾つも見られそうな優しさは、それらの作品群に対して「野坂文学らしさ」を感ずることができず、どうしてこの作品が受賞し代表作となっているのか まったく以って理解ができませんでした。 川端康成の代表作が「眠れる美女」ではなく「雪国」とされているのと同じくらいに。

野坂昭如センセイ.jpg

そして、ドロップ缶から、色んな味の けれど同じくらいに濃密な甘さが 舐めども舐めども転がり落ちるように、高密度の作品が 読めども読めども出てくるので、そのエネルギーに圧倒されつつ、缶がカラになるまで味わい続けむ と 読みふけりました。
しかし 思い半ばにして、私は高校を卒業するや仕事に追われ、書物そのものから彼方の場所に身を置かざるを得ませんでした。

時間に余裕のできた現在(いま)----
未読・既読小説 あるいは以降に書かれた随筆なども含め、およそ三十年ぶりに野坂文学と再会していますが、私は改めて 当時とまったく同じ感情に突き動かされています。
今でも未熟な私ですが、約三十年の人生経験は 「文学を読み込む」ということにも決して無駄ではなかったようで、ぼやけていたピントがピッと合うように、より鮮烈に その感情に突き動かされています。
野坂先生は、何かしらの手段で以って表現をせずにはおれなかった 職業としての作家以前の「真の表現者」だったのだ と、現在(いま)の私は詳らかに感じています。
何かしらの手段で以って、恨み 懺悔 同情 歓喜 憎悪 軽蔑 憧れ 後悔 屈辱 弁解 悲しみ 怒り 諸々を どろんどろんと吐露せずにはおれなかった「真の表現者」なのだ と。

野坂先生、今現在は、病気後のリハビリに励んでおられるそうです。
ご無理のない範囲で回復への登り坂を歩まれていただきたい と思います。

野坂昭如センセイ2.jpg

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そらへい

タイトル忘れましたが、関西弁で語られた文学に
舌を巻いた記憶があります。
これから現れる新しい作家にも興味もありますが
それ以上に、読み直したい多くの作家がいますね。
by そらへい (2012-12-05 18:04) 

Huck_Finn

恥ずかしながら読んだことがないので、読んでみます。
by Huck_Finn (2012-12-05 22:08) 

COPP(コップ)

私は京阪沿線に住んでいるので「千林」駅を通過するたびに「エロ事師」のズブやんを思いますが、「練姦作法」とか、「死の器」などは大好きでなんどか読み返したものでした。
by COPP(コップ) (2012-12-05 23:01) 

ぼんぼちぼちぼち

そらへいさん

関西弁の文体には やはり独特の世界観が生まれやすよね。
記事中で他に挙げた車谷長吉氏も 関西のかたで「~思うた」が 氏の個性となってやす。

因みに、三人挙げろと言われたら 記事中の三者で
五人挙げろ と言われたら
あっしはそこに、横光利一と安部公房を加えやす(◎o◎)b

by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-05 23:46) 

ぼんぼちぼちぼち

Huck_Finnさん

是非~
ぼんぼちとしては、「火垂るの墓」以外を読んでいただきたいでやすっ(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-05 23:50) 

ぼんぼちぼちぼち

COPP(コップ)さん

あ、「死の器」 あっしは読んでないかも・・・読まねば!
「エロ事師」も代表作の一つでやすね(◎o◎)b

世間の人の多くは、野坂文学に対して、「火垂るの墓」か「エロ事師」かのどっちかのイメージを強く持っておられるように感じてやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-06 00:01) 

向日葵

思春期の頃、2~3冊読んだ記憶がありますが、思春期の女の子が
読むにはあまり適さなかったかもー。

まだ、「火垂るの墓」等が発表される遙か前の出来事です。。
by 向日葵 (2012-12-06 02:39) 

ぼんぼちぼちぼち

向日葵さん

確かに 思春期の女の子向きの小説ではないかもでやすね・笑
どの作品を読まれたのか ちと気になりやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-06 12:05) 

tree2

たまたま買った雑誌に「火垂の墓」があり、読みました。
子供ながらに爆撃と戦災を体験した私は、感傷的だなあ、と思いました。
野坂昭如は、実際には、私より遙かにひどい戦争体験をしたようです。あのようにでも書かなければ、耐えられなかったのかもしれません。
by tree2 (2012-12-06 13:53) 

hisa

若い頃、野坂の文体を真似たものです。
20年ほど前、帝国ホテルのインペリルバーで近くの席になり、
一人で勝手に盛り上がってしまったことが思い出されます。
文学を言語による芸術だとするならば、
野坂は紛れもなく、日本を代表する作家だと思います。
by hisa (2012-12-06 16:24) 

ぼんぼちぼちぼち

tree2さん

>あのようにでも書かなければ、耐えられなかったのかもしれません。
それ、あっしも感じやしたね。
状況設定や人物像をまったく違えた他の幾つかの作品ほうに 
あっしは丸裸の野坂氏を観やす。
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-06 18:01) 

ぼんぼちぼちぼち

hisaさん

バーで近くの席に・・・・
それは羨ましいでやす。

野坂先生の文体には、舌を巻かざるを得ないものがありやすね。
高校生の頃も、「すごいなぁ」とは勿論思ったものの
それがどれほどすごいのか、色んな作家をまだ読んでなかったので漠然としか解らず
大人になってようやっと、どれほど偉大な芸術家でおられるのか明確に認識しやした(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-06 18:12) 

Lonesome社っ長ょぉ〜

作品にはあまり馴染みはありませんが、彼のCM、
ソクラテスかプラトンか、みんな悩んで大きくなったぁ、を
思い出しました。
by Lonesome社っ長ょぉ〜 (2012-12-06 20:36) 

Lonesome社っ長ょぉ〜

作品にはあまり馴染みはありませんが、彼のCM、
ソクラテスかプラトンか...、みんな悩んで大きくなったぁ、を
思い出しました。
by Lonesome社っ長ょぉ〜 (2012-12-06 20:38) 

ぼんぼちぼちぼち

Lonesome社っ長ょぉ〜さん

あのCМが記憶に強いかたは多いでやしょうね。
2番もあるんでやすね。
ロングバージョンで流れていたんだと思うんでやすが、あっしの記憶にはなくて
最近 ゆーちゅーぶで観て へーと思いやした。
シェイクスピアや井原西鶴やゲーテが登場するんでやすね(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-06 22:30) 

イヴママ

ぼんぼちさんは野坂昭如さんが好きなのですね。
私、文学には疎いですけど、この人は知ってます。
by イヴママ (2012-12-07 11:42) 

ぼんぼちぼちぼち

イヴママさん

野坂先生 大好きでやすねo(◎o◎)o
過去記事「向田邦子世界についての極めて主観的な感想文」でも綴ったように
「偉大な仕事をされている」と客観的に認めることと「好き・嗜好に合う」というのは別モノで
で、野坂先生は、あっしにとって その両方を満たす作家でやす。

テレビのバラエティー番組に出演されたり歌も歌われたり・・・・と
文字よりもお顔で認識されているかたも多いのではないか と思いやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-07 12:29) 

さきしなのてるりん

作家としての野坂昭如を意識したのはぼんさんの?のついた火垂るの墓から。彼の生い立ちを知って、ちょっと見直した。逆境の中で育った匂いがぼんさんを引き付けるのではないかという気がしたけど的外れか。
by さきしなのてるりん (2012-12-07 15:46) 

ぼんぼちぼちぼち

さきしなのてるりんさん

いえ、ぜんぜん的外れじゃないでやす。ばちこーんと射てやす。
そう、円満な家庭で穏やかに育った表現者をあっしが好きになることはまずないでやすね。
勿論、略歴を観て好きになるわけじゃなくて、大好きになってその後 略歴観て あー なるほどー って(◎o◎)b

「火垂るの墓」、アニメだと余計に、野坂先生の世界から突拍子もなく離れたものになってやす。
あっしはあの映画を観たとき、非常に不愉快でやした。
大っ嫌いな映画でやす。
無論、個人的な主観でやすが。
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-07 19:48) 

扶侶夢

野坂昭如氏というのは作家の範疇に留まらない、物書きの芸術家だと思います。
野坂氏の原点は「エロ事師たち」の以前の「アメリカひじき」にあると思いますね。戦後まもなくの時代に描いた事にその魂を感じさせられますね。
by 扶侶夢 (2012-12-07 20:58) 

八犬伝

私も、野坂文学は好きです。
「アメリカひじき」その頃の生活感が、とてもよく現されています。
それと、独特なあの文体
とても良いものですね。
by 八犬伝 (2012-12-07 21:51) 

こじろう

お恥ずかしい事に,火垂るの墓以外全く知らなくて・・・。
「映画と原作がかけ離れたもの」という事は,原作はもっと生々しい人間の姿が描かれているんだろうか?
あれでも十分にトラウマ映画だったんだけどなぁ・・・。

by こじろう (2012-12-07 22:22) 

ぼんぼちぼちぼち

扶侶夢さん
八犬伝さん

「アメリカひじき」、「火垂るの墓」と共に直木賞を受賞した短編でやすね、
紅茶なんて見たこともない人達が ひじきだと思ってあく抜きを続ける・・・
あぁ、なるほど・・・と
終戦直後の庶民の状況と感覚をリアルに感じた野坂作品の一つでやす(◎o◎)b

あの文体は、読んでいて 心地の良さを覚えずにはおれやせん。
あっしは センテンスが長くてリズムのある文が基本的に好き というのがあって
もぅ、嗜好ど真ん中ばちこーーんでやす。
絵画に於いてマチエールも大事な要素であるのと同じに
小説も、話の筋だけでなく 如何に文体が大きな力の一つであるかを 実感しやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-07 23:15) 

ぼんぼちぼちぼち

こじろうさん

原作は もちっと生々しいでやす。
対して、他の、特に記事中に挙げたあたりは ものすごーーーく生々しいでやす。
人間ってこういうものだよね・・・って あっしは大きく頷きやした(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-07 23:28) 

ミスカラス

いつだったか?野坂さんと大島渚さんのTVでの対談で。。テメェこの野郎とか・・今にも殴らんばかりの二人のバトルが、とっても面白かったです。最近は、個性的で熱い方が少なくなりましたね。
by ミスカラス (2012-12-08 17:42) 

ぼんぼちぼちぼち

ミスカラス さん

TVでの対談でもそんなことが・・・笑
その対談番組より先か後かは解りやせんが、
パーティーの席で、野坂先生が あまりにも待たされたというので
大島監督をポカリッと殴ってしまった顛末が放映されたことがありやしたね。
勿論、人を殴るのは誉められた行為ではありやせんが
なんだか子供みたいで笑ってしまいやした(◎o◎)
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-08 19:34) 

rantan-nya

ずいぶんと昔、「骨餓身峠死人葛」を読んで、その文体?の面白さに
ハマりきったことがありました・・
内容は全然覚えてなくて、改めて調べたら怖い話、内容はドロドロなんてあり~
また読みたくなってます! 
by rantan-nya (2012-12-08 20:57) 

まほ

「火垂るの墓」は、ほぼ全部野坂昭如さんの実体験ですので、
tree2さんがおっしゃるように、
私も「あんな風に書かなければ・・・」だったと思います。
長いセンテンスと言えば、私は庄司薫さんを思い出しますが、
まったく作風は違いますね(笑)
by まほ (2012-12-09 02:40) 

ぼんぼちぼちぼち

rantan-nya さん

「骨餓身峠死人葛」、あっしもだいぶ前に読んで 内容殆ど忘れちまってやす。
これもまた読まねば~o(◎o◎)o
そう、ドロドロこそが野坂文学だと強く思いやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-09 21:50) 

ぼんぼちぼちぼち

まほさん

「あのようにでも書かなければ、耐えられなかったのかもしれなかった」と
あっしは大人になって 気づきやした。
まぁ、気付いて理解はできても、好きになれない作品であることに変わりはないのでやすが。
高校時代の初読時は ただただ兄が妹を思う感情に「虚構性がぷんぷん匂うな」と思いやした。
野坂先生は、他の 主人公の性別など 設定を大きく違えた作品で
御自身の奥底の吐露をされているようにお見受けしやす。
そういう形でならできる・・・というの、今 大人になったあっしには すごく理解ができやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-09 22:06) 

SILENT

復刊雑誌コヨーテが、野坂氏インタビュー特集になっていますね。

by SILENT (2012-12-10 12:41) 

とりのさとZ

 私は毎日新聞をとっているので、毎週野坂氏の警世の、ほとんど1ページ分!の文章を待っています(現在も連載は継続中)。

 およそ30年前のこと、私は反公害の団体で活動していた折り、野坂氏に講演を依頼し、快諾されて、実現しました。当人は新幹線でとんぼ返りだったようですが。
by とりのさとZ (2012-12-10 17:34) 

カリメロ

私も野坂氏に関しては、作品を好き~♪というまで読み込んではいませんが、人として惹かれる人物です。
吉岡治と共作とはいへ、『おもちゃのチャチャチャ』の作詞家である野坂氏、歌手としての野坂氏、どれをとって見ても魅力的で興味の対象でした。
by カリメロ (2012-12-10 22:18) 

ぼんぼちぼちぼち

SILENT さん

そうなのでやすか!
近いうちに 近所の図書館でチェックしてみやすo(◎o◎)o
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-10 22:27) 

ぼんぼちぼちぼち

とりのさとZさん

ご病気されて以降、口述筆記だそうでやすね(違ってたらすいやせん)
氏の表現渇望のエネルギーには 改めて圧倒されるものがありやす。

三十年前、そのようなご依頼をされていたのでやすか。
実現されて何よりでやす(◎o◎)
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-10 22:34) 

ぼんぼちぼちぼち

カリメロさん

そう、「おもちゃのチャチャチャ」も野坂先生なんでやすよね。
歌手・野坂昭如氏も 独特の魅力があって好きでやす。
代表曲「黒の舟歌」の他には「週末のタンゴ」とか、なんかユーモラスで(◎o◎)b
改めて、表現活動をせずにはおれないかたなのだなぁ とひしと感じやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-10 22:45) 

くーぺ

野坂氏のトークや歌が大好きです。
子供の頃から兄の書棚にあった氏の著書のタイトルを見ていました。
とても男臭い氏ですが、また元気な姿を見たいと思います。
by くーぺ (2012-12-11 00:13) 

ぼんぼちぼちぼち

くーぺさん

そう、また元気なお姿を拝見したいでやすね。
待たされたといってポカリと殴っちゃうくらいの・笑
この記事を書くにあたって、ゆーちゅーぶで氏の動画をあたったら
歌 かなり沢山歌われてたようでやすね。
アルバム どこかで見つけたら買おう・・・・(◎o◎)
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-12 00:12) 

薔薇少女

ウチの主人、大学時代に野坂昭如氏に傾倒してました!
アルバム多分?持ってる様な気がします・・・
by 薔薇少女 (2012-12-13 18:19) 

ぼんぼちぼちぼち

薔薇少女さん

そうでやしたか!
野坂氏の歌には、独特の趣き・味・奥深さを感じやす。
やはり言葉の世界の表現者だなぁ と(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-13 23:23) 

ロレックス 買い方

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by ロレックス 買い方 (2013-10-28 16:19) 

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by ロレックス デイトナ ゴールド (2013-10-28 16:20) 

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