横光利一 「蝿」  [感想文]

自分は、日曜文士という あくまで自己満足で愉しんでいるに過ぎないお気楽者であるが、小説らしきものにも 幾つか挑戦してみている。
感銘を受けた作家・作品は、おのずと 我が内に入り込み、消化され、日曜文士は日曜文士なりに 自然と 己れの呼吸となって ちびたエンピツに乗っかってくる。

中でも、現在の自分の作風・文体を大きく決定づけたのは、横光利一の短編「蝿」である。

横光利一------明治30年・生 昭和22年・没。
川端康成と並んで 新感覚派と称された。
「蝿」は 大正12年に文芸春秋に発表された 氏の出世作の一つでもある。

はえ1.jpg様々な立場の人を乗せた馬車が 唯一の享しみとしていた饅頭で腹いっぱいになった御者の居眠りのために 谷底へ落下し、馬にたかっていた一匹の蝿だけは 悠々と飛び立つ という話で、自分は、この中の 御者にとっての饅頭は 女性の暗喩であると解釈している。
つまり、性欲のために 自他もろとも破滅に堕ちる人間の 哀しさ・無惨さを言はむとした、表層的には究極のリアリズム表現による 抽象的なテーマの提示の仕方をとった作品である、と。

そして、この作品全体は、極めてシナリオに近い形でもって創られている。

「シナリオに近い」------それには、まず一つに 「感情を行動でもって表記する」ということが挙げられる。
例えば-----
「農婦は せっかちな泣き声で そう言ううちに はや泣きだした。 が、涙もふかず 往還の中央に突き立っていてから 街のほうへすたすたと歩き始めた」
の件りは、全て行動であって 農婦がこうこうこういう気持ちでした とは一言も書いていない。
しかし、悲しみが溢れ出で、茫然と放心し、そして 気持ちを変えて進む という感情が 如実に受け取れる。

はえ2.jpg次に、間(ま)の処理の仕方である。
逃避行に向かうらしい若い男女の とぎれとぎれの会話の間に 「種れんげをたたく音」や「牛の啼き声」が挿入されている。
この 一見 二人のストーリーには関係のない音が入れられることによって、我々は、二人に流れる緊迫感や無言のうちの表情を 感じ取ることができる。

そして、キャメラ的な描写。
「・・・・緑色の森は ようやくたまった馬の額の汗に映って 逆さまに揺らめいた」等は、画面いっぱいに大きく映された汗玉-----つまり、蝿目線のショットである。

自分は この作品を読み終えた時、単に読者としての感動のみならず、「小説に於いて ここまでシナリオ的な表現というものが許されるのだ!」と、己れの気持ちが溶明に包まれるのを感じずにはおれなかった。
それなら、自分も、日曜文士なりに そこを目指してみようぢゃないか と、ちびたエンピツを でこぼこに 不器用に削り構えた次第である。


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斗夢

小説を読むとき、嬉しい、悲しい、楽しい、怒りなど感情をその言葉を使わずにどう表現しているか気になります。
by 斗夢 (2011-05-12 08:35) 

ナツパパ

吉田健一のエッセイなどを読むと、当時の若い文士予備軍?から、
横光利一が特別な存在としてみられていたことが分かりますね。
わたし、不明にしてまだ読んだことがありません。
今度ぜひ読んでみようと思います。
by ナツパパ (2011-05-12 08:44) 

hisa

最近、どんどん本を手放しているんですが、
横光利一全集を手放す決断がなかなかできずにいます。
by hisa (2011-05-12 10:29) 

イヴママ

日曜文士、すごいですね。
夫なんて取引先の業者さんとのメール内容すら
私に添削されてるのに・・・。
でも夫が使ってるちびたえんぴつは、でこぼこなんです・・ププッ
by イヴママ (2011-05-12 10:30) 

まかろにーあ

空中をも自由に行き来できる生き物は、
ひとたび飛び立てば事故ですら他人事…

自由な蝿。
でも、嫌われ者の蝿にはなりたくないかも。
by まかろにーあ (2011-05-12 11:26) 

laquinta0657

訪問有難うございます、尚コメントいただき、勉強になりました。
by laquinta0657 (2011-05-12 20:33) 

ぼんぼちぼちぼち

みなさん

みなさん こんばんはでやす(◎o◎)/

横光利一という作家、どのくらいのかたがご存じなのかな
と思いながら公開しやした。
「小説の神」と称されながらも それほど知名度高くないように感じてやす。
かくいうあっしも 恥ずかしながら、作品を読み始めたのは
そう古いことではないんでやすf(◎o◎)
あっしの中学高校の教科書には 作品 扱われてやせんでやしたね。
当時は 作家便欄で名前を記憶していたくらいでやした。

日本を代表する作家の一人でありながら 今一つ 氏の知名度が高くない理由は
解り易くない というのがあるかも知れやせんね。
対して、芥川や太宰があれだけメジャーなのは やはり 解り易いからなのだろうな と。

シナリオ的技法というのは 一般的には 解り易くはないのだろうな と。
あっしが氏の作品を読み始めたのは、趣味でシナリオを勉強した後だったので とても解り易く感じたのでやすが
勉強する前だったら 自分はどう認識しただろうな と。

少し話はズレやすが、高校で、戯曲の読み方は 現国の時間に学んだ記憶がありやす。
シナリオはやらなかった。
シナリオの読み方も、戯曲同様 教科書で扱えばいいのに と思いやすね。

laquinta0657 さん あの辺りはあっしんちの近所なので
古くから住んでる人が教えてくれるんでやすよんf(◎o◎)
by ぼんぼちぼちぼち (2011-05-12 23:32) 

qooo

『蝿』読んだ事がある気がするのですが、
内容を忘れてしまいましたので、
すぐ、探してみます。。。
確か家にまだ、本があった気がする!!!
by qooo (2011-05-13 21:43) 

ぼんぼちぼちぼち

qooo さん

おぉ! そうでやしたか!
青空文庫でも読めると思いやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2011-05-13 22:01) 

youji

こんにちは、ご訪問niceありがとうございました。残念ながらniceバナーが表示されなかったのでコメント蘭にて失礼します。
by youji (2011-05-14 09:56) 

やまだ

こんばんは。ご訪問と「nice!」、ありがとうございます。

なにやら、専門的なブログですね。
敷居は高そうですが、自分も「読み物」は好きですので、
今後も、お邪魔させていただきます。

お手柔らかにお願いします <(_ _)>

by やまだ (2011-05-14 21:39) 

ぼんぼちぼちぼち

youji さん

こんばんはでやす。
ご丁寧にありがとでやす(◎o◎)/
by ぼんぼちぼちぼち (2011-05-14 21:54) 

ぼんぼちぼちぼち

やまださん

いえ、そんな大したことのない 単なる自己満足のブログでやす(◎o◎)b
小説(作文) エッセイ(独り言) 短歌 徘句 詩・詞 そして今回のような評論文(感想文)を
あっしなりに楽しみながら綴ってやす(◎o◎)
by ぼんぼちぼちぼち (2011-05-14 22:00) 

むらさき

あまり本を読むこともなくなっている私、記述の小説家のお名前
さえも知りませんでした(^^ゞ
 でも小説の中に自分の感情を見つけたときの喜びは最高です
ことに自分を肯定されたような時は救われます。もっともっと語彙を
持ちたいものです。
by むらさき (2011-05-14 22:15) 

ぼんぼちぼちぼち

むらさきさん

読んでいて「あっ!こういう感じあるなぁ~」って共鳴する時って
すごく嬉しいでやすよね(◎o◎)b
世代・時代は違えど、自分に近い体温というか感覚の持ち主というか もっというと ぼんやりと鏡を観ているような・・・
なんか そういう作品・作者に出逢える時って 稀にありやすね。
救われるという気持ち 解りやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2011-05-14 22:33) 

薔薇少女

恥ずかしながら一瞬鉄人28号の原作者横山光輝氏と
勘違いしちゃいました(*pωq*)
横と光の2文字が一緒ってだけなのに・・・
by 薔薇少女 (2011-05-16 20:26) 

ぼんぼちぼちぼち

薔薇少女さん

あ、それ解りやす、似たような勘違いありやす(◎o◎)b
以前、友人が鶴見しんごについて話を始めたとき
あっしのアタマには 何の疑いもなく 大鶴義丹さんが浮かんで
しばらく会話してて「顔はお母さんの李麗仙似だよねー」とかって言ったら
友人が気づいて
「鶴しか合ってないのにーー」って 大爆笑されやした・苦笑
by ぼんぼちぼちぼち (2011-05-17 11:24) 

土芽

横光利一の「蝿」読みたくなってきました。
全集とかに入ってますよね。
横光利一読んだことないかも…読んでみようかな。
by 土芽 (2011-05-17 20:37) 

ぼんぼちぼちぼち

土芽さん

へい、代表作なので 全集に入ってやすね。
あと、青空文庫でも読めやす(◎o◎)b
他の短編では「頭ならびに腹」とかも ここまでシナリオ的に仕上げるのかー!と
斬新な そぎ落とす構築のしかたをとった あっしが衝撃を受けた作品でやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2011-05-17 21:02) 

newton

高校生の時、現代国語の教科書に、この横光利一の「蝿」が載っていました。授業中、生徒の一人があてられ、読み始めました。そして、最後まで読み終わった後、教室中がしばらくの間、静まりかえっていたことを昨日のことのように思い出します。自分にとって、とても印象的な小説の一つです。

by newton (2011-05-18 16:35) 

ぼんぼちぼちぼち

newton さん

そうでやしたか。現国で扱われやしたか。
ちと、いや かなり羨ましいでやす。 
あっしも もっと早く横光を知っていたら・・・と思うことありやす。
・・・いや、これは単なる責任転嫁でやす・苦笑

テーマについて どのくらい教師が説いたのか 気になるところでやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2011-05-18 23:03) 

扶侶夢

>感情を行動でもって表記する

これ、絵を描く私にはとても感銘を受ける言葉でした。
by 扶侶夢 (2011-05-20 20:58) 

ぼんぼちぼちぼち

扶侶夢さん

それは良かったでやす。
あっし自身、過去記事にも綴ったように
描くことを生業としてきて、今現在は 書くことを趣味として体験し
つくづく その共通点に気付かされる日々でやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2011-05-20 21:47) 

そらへい

横光利一とはまたひどく懐かしい作家の名前が出てきましたね。
読んだのが、ずいぶん昔なので、もうどんな作風だったか
忘れてしまいました。
by そらへい (2011-05-21 21:23) 

ぼんぼちぼちぼち

そらへいさん

長編よりも やはりこのような短編に
強烈な個性を感じる作家でやす。
あっし個人が、そぎ落として構築してゆくこと 説明的ではない表現 が好きなので
氏の短編には、非常に惹かれるものが大きいでやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2011-05-21 21:41) 

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