映画「太陽を盗んだ男」  [感想文]

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「太陽を盗んだ男」は、戦後の一つの エポックメーキングを象徴する映画である。

学生運動が完全に終わりを告げ、その後 展開として必然といえる「シラケ」と呼ばれる時代が来た。
自分も その時代に青春期を迎えた「シラケ世代」の一人である。
「太陽---」は、シラケ時代の到来を これ以上はないという程 シンボリックに客観視した 日本映画史に残る名作である。

監督・長谷川和彦氏は、1946年生まれで、学生運動真っ只中に青春期を送っている。
これは、そんな氏が、1979年 まさにシラケ時代の幕開けの頃に創った 原爆をモチーフにした作品である。

虚無に生きる中学の理科教師・城戸誠は、ある日、遠足でバスジャック事件に巻き込まれ、山下満州男警部----劇中には説明されてはいないが、満州生まれ という設定であろう----を通し、体制の権力と狡猾さを 目の当たりにする。
その事件により、城戸の中に 自身にも説明不可能な「何か」が芽生える。

ぬ.jpg原子力発電所からプルトニウムを盗み出した城戸は、自室で秘かに原爆を作り 国家をも動かすことが可能な力を得る。
得るものの 「何をしたらいいか解らない。何したらいい?」 と、原爆所有を表向きジョークととらえるラジオのDJを通じて要望をつのり 実行するのである。
野球中継を最後まで放映しろだとか ローリング・ストーンズ日本公演を実現しろ だとか。
DJに問うところといい 要望のうち それらを選択するところといい、極めて個人主義的で子供じみていて これ程の シラケ世代のカリカチュアも他にあるまいと 苦笑せずにはおれない。

話全体は、自己にも他者にも明確な答えを見い出せずにいる 城戸誠から視た世界 として描かれているのであるが、その城戸という人形を操っている長谷川人形つかいの 強烈な反体制思想が、城戸自身も気付かずにいる深層心理 という形で チラリチラリと現われる。
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城戸を演じているのが 当時30歳の沢田研二氏であるという点も、長谷川深層心理との距離を感じさせてくれて 最適である。
沢田氏のたたずまい・視線には、身体はそこに在るのに魂はそこには無い、物理的には目前の物を見ているのに 心は遥か彼方を見つめている といった 浮遊感・虚無感がある。
自分は当初、この役は 沢田氏に当て書きされたものだとばかり思っていたのだが、城戸という人物像がかなり固まってから 役者として色がついておらず 観客を呼べる という条件のもとに探した結果だったという。

城戸の 虚ろさ・孤独さは、沢田氏が演じたことのみならず、一人暮らしのアパートに 「ただいま」 とドアを開けるところや、「お前は誰れだ」と自問するところや、ナイター放映実現に一人喜ぶポーズが 丸くてピカピカの原爆に映るショットや、そして 何よりも、クライマックスの 国家を相手どったカーチェイスのシーンの 映像と相反する静かな音楽にも 裏打ちされている。

ラスト、山下警部との一騎打ちとなった城戸は、山下を死に追い遣るものの、自らも 原爆の時限スイッチにより 東京の街もろとも吹き飛ぶ。
城戸の心は、最期まで 虚ろで 空っぽで 寄るべなく浮遊し続けたまま 終わりを告げるのである。

自分を含め シラケ世代の者は、己れがどれ程シラケているか 自覚がないものである。
この 個人主義が 浮遊が 夢無きことが、人間として当たり前だと思っているところがある。
それを最も痛烈に感じ 客観的に描写できるのが、一つ前の長谷川氏世代なのかも知れない。

原爆に映る城戸の心さながらに シラケ時代は、「太陽を盗んだ男」により 可笑しくも哀しくデフォルメされ 鮮烈に映し出されたのである。

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コメント 38

こはく

「太陽を盗んだ男」というのは聞いたことがある程度で
そんな話だったとは知りませんでした。
私の両親は広島出身で
原爆の話をよく聞かされましたので
複雑な思いです。
是非見てみたいです。
by こはく (2010-07-28 09:06) 

ラック

そんな映画があったなんてまったく知りませんでした。
それにしても・・今の時代の様々な社会的問題・・・シラケは
それの開幕だったのかもしれません。
by ラック (2010-07-28 10:31) 

ぼんぼちぼちぼち

こはくさん

この作品についてのインタビューで 長谷川和彦監督(ゴジさん)は、ご自身が 胎内被爆者であることを 必ず語られやす。
だからこそ 氏が撮った というところがあったようでやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-28 11:04) 

ぼんぼちぼちぼち

そう思いやす。
当時は あっしはまるでそんなことに気づかず
この映画も リアルタイムで観たときには テーマを理解できやせんでやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-28 11:09) 

Etsu

この映画に風間杜男さん出てませんでした?
昔好きで出演作品をかたっぱしから見た記憶があります。
by Etsu (2010-07-28 19:36) 

空兵

残念ながら、私もこの映画、知りませんでした。
シラケ世代ですか。
その後、日本の若者たちは、しらけたまま一度も盛り上がることなく、
どんどんシラケが進化していって、現代に至っている気がしますね。
by 空兵 (2010-07-28 20:26) 

ぼんぼちぼちぼち

Etsu さん

出ておられやした、ラジオのディレクターの役で。
他にも 水谷豊さんや西田敏行さんなど 名優のかたが脇役で出演しておられやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-28 22:11) 

ぼんぼちぼちぼち

空兵さん

そう、シラケはますます進化してやすね。
そしてもはや、シラケ世代は一部ではなく 大部分になりつつあるので
あえて「シラケ」と称されることも こうしてその前の時代と比較する時以外には使われなくなりやしたね。

このエポックメーキングについては、また先々 別の視点から書いてみようと考えておりやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-28 22:21) 

b.b.mk2

これはもう原作を越えた"解説"という名のぼんぼちぼちぼちさんの作品ですね。いいものを読ませていただきました。おそらく映画を観ただけでは、根底にながれている世代的な空気感に気づきもしなかったと思います。いやぁ、なんとか観てみたくなってきましたよ。TSUTAYAにあるかな。また、個人的には "映像と相反する静かな音楽" っていうところにも興味があります。音楽の方では拓郎から個人主義に変わったってよく言われるんですよね。岡林信康は"わたし達"って唄ってたのが、拓郎から "わたし" になったって(笑)。

by b.b.mk2 (2010-07-29 00:14) 

upa

ジューリー!!!って叫んでましたっけ
by upa (2010-07-29 00:29) 

junbouママ

こんばんは♪お久しぶりです。
沢田研二がこのような映画に出ていたとは・・・知りませんでした。
この映画自体観た事はありませんが・・世代が違うのかな??
子どもながらに、TVに出ている沢田研二のメイクやカメラ目線に妙に色気を感じていた私です(笑)
シラケ世代・・・そんな呼ばれ方もがあったのですね。
今の私たちは何世代なのでしょう??
by junbouママ (2010-07-29 02:39) 

asa

こんにちは。
ぼんぼちぼちぼち さんは世代的にも時代的にも長谷川和彦とは相当のギャップがあると思っています。どのような回路で「太陽を盗んだ男」に行きついたのか、とても興味がありますね。
by asa (2010-07-29 09:31) 

rari

[水槽]д-)めちゃくちゃ観たくなりました~
当時のジュリーは ホントになんともいえない風情というか
にほいを醸し出してましたよね~
シラケ世代か~ でも熱情があるからシラケもあるのじゃないかと・・・
シラケ世代の人のココロの中には
自分でも気付かない 表し様の無い熱情があるのかなって
by rari (2010-07-29 14:33) 

レン

当時、運転免許を取得していなかった沢田研二は
クライマックスのカーチェイス撮影のために、免許を取得した
という、話だったような記憶があるのですが

カタログモデルのグリーンカラーのマツダRX-7に、乗ってたような・・・


by レン (2010-07-29 18:03) 

雉虎堂

b.b.mk2さんのおっしゃる通り
この文章を読んでものすごくこの映画が見たくなりました!!

なんでも三つだけ願い事をかなえてくれるって言われたら
二つは私利私欲のためにつかって、一つだけアリバイ的に
人類と地球のために使おうと思っています。

たとえば、世界中の大量破壊兵器をひよこにかえてください、とか(^-^)

こういう発想をする私もたぶん同世代、「新人類」と呼ばれた口です。
by 雉虎堂 (2010-07-29 19:06) 

ふぢた

この映画、子供の頃テレビでやっていて見ました。
すごい衝撃でしたね。
ふたりの一騎打ち
中々死なない警部
もうゾンビのようで怖かったです。
小学低学年の感想ですが、断末魔の警部の姿が今でも鮮明に覚えています。
by ふぢた (2010-07-29 22:52) 

ぼんぼちぼちぼち

b.b.mk2 さん

お誉めいただき恐縮でやす・ぺこりっ。

ツタヤにはあると思いやす!
カーチェイスシーンに ああいう音楽を使ったところは、あっしのみならず 感銘を受けた映画ファン多かったようでやす。
言わずもがな そこのシーンにそういった音楽をあてよう と決定されたのは 監督ゴジさんのご意思だったと思いやすが
この映画の音楽を担当しているのは かの井上尭之氏でやす。
ドラマ「悪魔のようなあいつ」も 井上氏でやしたね。

なるほど、岡林と拓郎の間が 音楽界でのエポックメーキングなのでやすね。
岡林氏の曲は そう幾つも聴いてないので 今度 そこに気をつけて聴いてみようと思いやす。

by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-30 00:01) 

ぼんぼちぼちぼち

upa さん

「ジュリー!」寺内貫太郎一家で バァちゃんが毎週 身もだえしてやしたね・笑。
今週は、どのタイミングで言うんだろー と楽しみにしてやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-30 00:07) 

ぼんぼちぼちぼち

junbouママ さん

東宝の全国ロードショー作品としては 当時 それほど宣伝されていなかったようでやすね。
あっしは「若い人以外は みんな知っているだろうな」くらいの認識でいたんでやすが、
今回と前々回の記事のみなさんのコメントで そうでもなかったのだと知りやした。

少し解釈の難しい 子供向けではない映画だったので
宣伝の場も限っていたのかも知れやせんね。
特典映像には 11PМで紹介されたときのものが収められておりやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-30 00:21) 

bamboosora

お久しぶりです。
そういえば、この映画ってジュリーが
ブルーバード(910)のCMに出てた頃と重なってましたっけ?
by bamboosora (2010-07-30 01:31) 

ぼんぼちぼちぼち

asa さん

この辺のことは 少し 前々回の記事「反体制の男・ゴジ!!!」でもふれてるんでやすが
この映画の前に「悪魔のようなあいつ」というドラマが映られていたんでやす。
そこに流れる虚無感や浮遊感が好きで毎週観ていて そのドラマの脚本を書かれていたゴジさん(長谷川監督)に興味を持ったのがきっかけでやすね。

でも、当時 公開早々に観に行った時は 今回の記事で綴ったような 時代の象徴といった部分までは理解できやせんでやした。


by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-30 10:59) 

ぼんぼちぼちぼち

rari さん

ジュリーのアンニュイな雰囲気は あの役に それはもうピッタリだと思いやした。
歌だと 個人的には「時の過ぎゆくままに」と「恋は邪魔者」が 
より そういう雰囲気を強調してて好きでやしたね。

なるほど、あっしは熱情あるシラケかもでやす(◎o◎)
by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-30 11:09) 

ぼんぼちぼちぼち

雉虎堂さん

そう、シラケ世代=新人類とも呼ばれてやしたね。

劇中に「もしも アナタが原爆を持っていて 何でも叶えられるとしたら 何をしたいですか?」と
池上季実子さん演ずるDJの沢井零子が ラジオを聴いている人達に問う件りがありやす。
社会的な願いから馬鹿馬鹿しい願望まで 様々な声が紹介されやす。
ここで、映画を観ている我々観客は「はて、自分なら何がしたいのだろう」と自問をせずにはおれなくなりやす。

是非 観てみられてくださいでやす(◎o◎)/
尺 長いでやす。
途中、国会議事堂に夕日のショットが流れやす。
そこでトイレに立たれることをお勧めしやす・爆
劇場では その部分で休憩が入りやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-30 11:33) 

ぼんぼちぼちぼち

ふぢたさん

そう、山下警部 打たれても打たれてもなかなか死なないんでやすよね~
で、最期 ビルから落ちむという時の表情も 凄いでやすね。
あれ 小さい時に観たら 怖いと思いやす((◎o◎))
by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-30 11:39) 

ぼんぼちぼちぼち

レンさん

ジュリーは 当時 免許を取ったばかりで ちょっと危険なシーンも かなり面白がって撮影に臨んだそうでやすね。
車に疎いあっしは 観ていても 車種まで解りやせんでやした・・・。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-30 11:45) 

ぼんぼちぼちぼち

bamboosora さん

そうだったんでやすか!
ジュリーのブルーバードのCМ 記憶になかったでやす・・・
山下警部役の菅原文太さんが 日立のビーバールームエアコンのCМに出ておられたのは よく覚えていやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-30 11:50) 

がり

ジュリー、懐かしいです。
友人はいまだに不動のジュリーファン!
この映画は多分みてないと思うけど、話題作でしたね。
by がり (2010-07-30 20:11) 

シラネアオイ

こんばんは!nice!&ご来訪ありがとうございます。
by シラネアオイ (2010-07-30 20:34) 

ぼんぼちぼちぼち

がりさん

ジュリー還暦の年に催された「ジュリー祭り」も 盛り上がったようでやすね♪
アクセス解析を見ると、検索ワード「沢田研二」で来られたかたがすごく多くて その人気にあらためて驚いてやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-30 21:30) 

ぼんぼちぼちぼち

シラネアオイさん

こちらこそ ありがとーでやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-30 21:31) 

arles

はじめまして。ご訪問ありがとうございます。
私もジュリー好きなので、この映画拝見しました。

by arles (2010-07-31 04:46) 

ぼんぼちぼちぼち

arles さん

こちらこそ ありがとーでやす。

ジュリーファンにとっては、女装シーンありヌードシーンありで
そういった面からも興味深い作品なのではないかと思いやす。


by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-31 10:35) 

よいこ

映画のタイトルはなんか聞いたことがあるような気がしたのですが、内容を読ませてもらうと、全然知らなかった映画でした。
へぇ~、沢田さんがそんな映画に出ていたんですね。
by よいこ (2010-07-31 13:58) 

ぼんぼちぼちぼち

よいこさん

ジュリーは 意外と色んな映画に出演されてやすね。
塚本晋也監督の「妖怪ハンターヒルコ」に出られていたこととかは
もっと知られていないかもでやすね。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-07-31 18:53) 

風船かずら

今回の記事、とても面白く思いました。ここに書かれている頃の映画や演劇、音楽などほとんどスルーしているのを感じました。といっても、仕事の場ではいろいろの世代の人がいたので「私たち」から「私」へ、社会にたいして熱かった時代からしらけの時代への流れはつよく感じていました。でも今は両方の流れからもうひとつちがったものが生まれ始めているのかなという気がしています。
by 風船かずら (2010-08-01 09:00) 

ぼんぼちぼちぼち

風船かずらさん

面白く思っていただけたとは あっしなりに一生懸命書いた甲斐があったというものでやす。 ありがとうございやす。

もうひとつ違ったものが生まれ始めている・・・
言わずもがな インターネットが それまでの多くの物事の法則を覆した というのが根底にありやすね。

by ぼんぼちぼちぼち (2010-08-01 23:18) 

ガンボバ

TV放映されたのをみた記憶があります ジュリーの髪の毛が抜け落ちるシーンがありましたよね 子供(今でもあまり変わりませんが)だったので意味をよく考えもしないで“ただなんとなく”みていた気がします
by ガンボバ (2010-08-05 12:33) 

ぼんぼちぼちぼち

ガンボバさん

ありやしたね。
ジュリー演じる主人公の城戸誠は、自室で原爆を作っているときに 被爆してしまうんでやす。
ラストも、掴むとごっそり抜け落ちる髪を吹き捨てながらゆく というショットでやしたね。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-08-05 17:36) 

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