三島由紀夫 「近代能楽集」  [感想文]

三島文学のうち、自分が 最も くりかえしくりかえし読み親しんでいる一冊は「近代能楽集」である。

謡曲を下敷きに 氏が 現代劇として息を吹き込んだ戯曲集で、「邯鄲」「綾の鼓」「卒塔婆小町」「葵上」「班女」「道成寺」「熊野」「弱法師」の八編がおさめられている。
いずれも 格調高く デコラティブな三島言語により構築された 今を盛りと咲き誇る牡丹の花の如き 見事な 一幕物の科白劇である。

みしま3.jpg自分は中でも、舞台半ばで 時空を飛び越え 若き愛を語り合い そして死へと終結する「卒塔婆小町」「葵上」と 戦災の炎に目を焼かれた青年の 狂気にうねる長台詞の展開する「弱法師」には、読む台詞 という水を求むる駱駝さながらに しばしば 頁を捲らずにはいられない。
みしま2.jpg
八編中 この三作品に特に吸引されるのは 自分だけではないようで、今でも この三つは 様々な演出家により上演されている。
そして、うち 二作品が組まれる場合が多い。
観劇するには、二つ合わせて丁度良い時間となるからだ。

自分は、今までに 美輪明宏氏 演出・主演の「葵上」「卒塔婆小町」と、蜷川幸雄氏・演出 藤原竜也氏・主演の「卒塔婆小町」「弱法師」と、劇団・第三エロチカの「卒塔婆小町」「弱法師」を享しみに出向いた。

どれも、台詞を大事にしながら 装置・衣裳など 視覚に訴える部分で 如何に その演出家にしか出来ないことをやれるか というところに血脈が注がれていた。
とっぴな解釈をするには不向きな科白劇であるという点と 昭和三十年前後から 幾多の演出家により幾度となく上演されているので 過去にやられていることをなぞっても仕方がない という理由から、最近の演出がこういう方向に向かうのは 必然といえば必然かも知れない。

自分の観た 視覚に於ける意匠の凝らしかたは、どれも それぞれに面白いと思った。
しかし、我がうちには、何のてらいも無い視覚的効果のものを観たい という感情が ふつふつと沸き上がるのを覚えずにはおれない。
特に、三島の言葉の世界を良く解っていて 台詞を謳える役者が演っている場合には。

牡丹の花そのものに魅かれる自分は、やはり 牡丹は 備前焼のような主張しない器に活けられているものが 牡丹に相応しく 最も その美を引きたてることが出来ると思うのだ。


みしま1.jpg



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kurakichi

評価は分かれるところですが 私は北大路魯山人の焼き物が好きです。
彼は自分が作った器を料理の着物にたとえていました。
本来演出とはそのようにあるべきものだと思います。
by kurakichi (2010-06-04 06:42) 

NONNONオヤジ

三島の作品群は大好きなのに、どういうわけかこれには手を出したことがない……。古典に興味がないせいかな。

by NONNONオヤジ (2010-06-04 08:28) 

mouse1948

おはようございます。
むかし良く本を読みましたが最近は買ってはいるものの(例えば「1Q84」3冊)ツンドクです。
三島は昔から読んでいないですね。
陶芸は結婚した昭和53年頃から家内の影響でマイカーや電車で陶芸の町まで出かけてました。
焼き物は御用窯を含めすべてがそれぞれの味わい(と主張)があるから個性なのです。
どちらかというと釉薬のかかってないものが個人的にはすきです。
by mouse1948 (2010-06-04 08:36) 

hatumi30331

三島由紀夫の作品は、若かりし頃によく読みました。
また読みなす時期かも知れませんね。
本は、その時その時の読み手の環境、気持ちによって、感じ方も、ひっかかる所も違いますよね。
繰り返し読むのは、自分探しの一つでもあると思います。
by hatumi30331 (2010-06-04 10:06) 

ぼんぼちぼちぼち

kurakichi さん

あくまで個人的嗜好でやすが
あっしは魯山人 どうも好きにはなれなかったりしやす。
ぐじゃあ~~としてて。
でも、少し前に八王子のほうで開かれたらしい魯山人展のポスターにあったのは いいなーと思いやした。

by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-04 10:30) 

ぼんぼちぼちぼち

NONNONオヤジ さん

そうなんでやすか。
あっしも 古典芸能には疎かったりしやす。

能を生で観たことは未だないので
ここに収められている戯曲の元になった作品は
一度づつくらい観てみたいな と思ってやす。

小説では 最近「肉体の学校」を読みやした♪
by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-04 10:41) 

muzik

三島さんと能楽・・・二つの接点が興味深いですね。
三島さんの書かれる文章は、美的な匂いが強いですが
死に対する憧憬のような物を感じることがあります。
能は突き詰めて言えば、あの世とこの世の幽玄の世界ですから
なんだか、潜在的に求めておられたのかも知れませんね。
by muzik (2010-06-04 10:51) 

ぼんぼちぼちぼち

mouse1948 さん

あちこちの窯元に行かれたようでやすね♪
釉薬のかかっていない器の趣、あっしは大人になってから
理解できるようになりやした。

花を入れないで器だけで享しむ場合、これからの時節は
色のついたガラス器を飾ったりするのが個人的に好きでやす♪
by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-04 10:55) 

ぼんぼちぼちぼち

hatumi30331 さん

そう、学生の頃に読んでさっぱり解らなかった作品の 言わんとしていることが今読むとよく解ったり
逆に、若い頃には感動できたのに・・・というものもありやすね。
だから、人生で 一つの作品は二度以上読んでおきたいな と思いやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-04 11:06) 

ぼんぼちぼちぼち

muzik さん

実にそう思いやす!
今回 あっしが書かなかった もう一歩踏み込んだ深い部分を説いていただけた思いでやす。

一つ短歌を挟んで6月10日公開の記事には、三島の女性観について少し書いておりやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-04 11:17) 

ケロリ

ご無沙汰しております(^^ゞ
それだけで強烈な個性を持っている物をみせるには
余計な装飾は必要ないですよね^^
by ケロリ (2010-06-04 12:10) 

ぼんぼちぼちぼち

ケロリさん

お久しぶりでやす(◎o◎)/

そう、あっしは 足し算の構築より 引き算の構築のほうが好きでやす。

by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-04 19:13) 

moon

三島由紀夫さんの作品は読んだことがないので、
試しに呼んでみようかと思います。
by moon (2010-06-04 19:53) 

空兵

卒塔婆小町、見たことがあるような気がするのですが定かではありません。
何となく前衛的な芝居だったようなかすかな記憶があるだけです。
原因はわかりませんが、私は若い頃から三島由紀夫アレルギーがあって
組み立てられたような文章がどうもなじめませんでした。
今、読んでみるとまた違った感想を抱くかも知れませんが。

by 空兵 (2010-06-04 22:30) 

ホタルの館

PS:大阪のキタ・ミナミに関する記事、非常に関心を持ってくださり、有り難うございました!!
by ホタルの館 (2010-06-04 22:33) 

ぼんぼちぼちぼち

moon さん

近代能楽集 好みは分かれるところかもでやすが
一つ一つの作品は どれも短めで 話の展開もややこしくないので 読みづらくはないと思いやす(◎o◎)/
by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-04 22:51) 

ぼんぼちぼちぼち

空兵さん

卒塔婆小町 詩人と老婆が公園で出逢って 鹿鳴館時代へ時空を飛び越える話でやす。

三島アレルギーでやすか~
理論的作家が全て苦手 というわけではないのでやすね。

by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-04 23:01) 

ぼんぼちぼちぼち

ホタルの館さん

大阪は あっしの憧れの地でやす\(◎o◎)/
また旅行で行きたいでやす~♪
by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-04 23:07) 

b.b.mk2

三島由紀夫には興味がありながら今ひとつ踏み込めていません。
とてもよいご紹介をありがとうございます。
by b.b.mk2 (2010-06-04 23:53) 

むらさき

能楽 とても関心ありですが、むずかし~~です。
先日科学者でありながら、能に心血を注いで逝った先生の
感動の生き様をテレビで見ました。
その方が書かれた 広島(原爆)の 能の一場面を見て
すべてのものを排除して伝わるものの凄さをわからないなりに
感じました。
by むらさき (2010-06-05 10:13) 

ぼんぼちぼちぼち

b.b.mk2 さん

そんなふうに言っていただけて恐縮でやす・ぺこりっ。
三島作品、あっしも未だ読んだことがないものが沢山あるので
少しづつ読み進んでいこうと思ってやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-05 11:01) 

ぼんぼちぼちぼち

むらさきさん

その番組 観てみたかったでやす。

やはり、能は 難しいって先入観持ってしまいやすよね。
あと、観ていて退屈してしまう自分がいたらどうしよ~とか。
でも、日本人なのだから 一度は生で観よう・・・・と思いつつ いまだ実行できてないあっしでやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-05 11:09) 

リンさん

三島由紀夫は父が好きで、実家に初版本があります。
私はごくごく有名な作品しか読んだことありませんが…

牡丹は、華やかだけど、自分を主張していない、控えめな花のように感じます。だから美人の形容詞に使われるんですかね。
by リンさん (2010-06-05 18:41) 

ぼんぼちぼちぼち

リンさんさん

初版本があるとはすごいでやす!
大切にされてくださいでやす!!

牡丹は 華やかだけど気品がありやすね。
唐突に「一番好きな花は何?」と聞かれたら
あっしは「白い牡丹」と答えやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-05 20:40) 

水無月

興味深いです。
機会があれば三島由紀夫作品を読んでみたいです。
by 水無月 (2010-06-05 21:46) 

ぼんぼちぼちぼち

水無月さん

あっしも 読んだことのない三島作品がたくさんあるので
少しづつ読んでいこうと思ってやす♪
by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-05 23:13) 

yuuri37

三島由紀夫の作品は、極有名なものしか読んだことありません。
これからも時々教えてください♪
by yuuri37 (2010-06-06 00:25) 

sig

こんばんは。
三島といえば「近代能楽集」ですね。個人的には「鹿鳴館」が好きです。
杉村春子、中村伸郎の舞台を観たからかも。
by sig (2010-06-06 01:08) 

つなみ

立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花・・
三島由紀夫はたくさんの傑作を残していらっしゃる。
能を見に行きたくなってしまいました^^
by つなみ (2010-06-06 08:01) 

じぃじぃ

こんにちは、ブログを訪問 nice を頂き
ありがとうございました。(^▽^)/
伝統芸能をみる時間をつくりたいと思っています。

by じぃじぃ (2010-06-06 17:17) 

ぼんぼちぼちぼち

yuuri37 さん

あっしも 偉そうなこと言えるほど三島作品いろいろ読んでるわけではないんでやすが
一つ短歌をはさんで6月10日には、三島由紀夫と川端康成の女性観についての 
あっしなりの感想などを綴っておりやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-06 18:38) 

ぼんぼちぼちぼち

sig さん

「鹿鳴館」あっしは、読むの途中で挫折してしまいやした・とほほ・・・
杉村春子さん 中村伸郎さん 新劇を代表する役者さんでやしたなぁ。
と言いながら、あっしはsig さんより少し後の世代なので
リアルタイムでそれらの役者さんの演技を鑑賞できやせんでやした。

今、「サド侯爵夫人」を読み始めてやすが、これも挫折するかもでやす・・・苦笑。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-06 18:55) 

ぼんぼちぼちぼち

つなみさん
じぃじぃさん

日本人たるもの、人生の中で 一度は能を観ておきたいでやすね♪
街によく「薪能」のポスターを目にしたりするので
意外とあちこちで演られているのかな・・・と思ったりしやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-06 19:00) 

mau

このごろ毎日、TVで三輪さんの葵上・卒塔婆小町のCMを見ます。
なんだか観に行ってみたくなってきました。

by mau (2010-06-08 22:14) 

nabepen!

ご訪問ありがとうございました。
学生の頃、結構読んだはずなんですが、まだ覚えているのは
豊穣の海、音楽、金閣寺、仮面の告白・・・くらいかな?
一番好きなのは英霊の声。

by nabepen! (2010-06-08 22:50) 

ぼんぼちぼちぼち

mau さん

テレビでCМ流れてるんでやすか!
好評で 再演を重ねられていると聞いておりやしたが
ますますお客さんが増えそうでやすね!
by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-09 11:15) 

ぼんぼちぼちぼち

nabepen!さん

英霊の声という作品 恥ずかしながら全然知りやせんでやした。
近く読んでみようと思いやす。
上に挙げてくださった作品 あっしも読んだのは学生時代で・・・
・・・んーーー あっしは かなり忘れてしまってやす・・・
それらも 再度 読もうと思いやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-09 11:21) 

miff

三島さんの本は恥ずかしながら金閣寺しかありません。彼は話している言葉と書いている言葉が同じくらい文体がはっきりしているらしいです。僕にはほもっけもビルドアップして見せる体もないですねぇ。人生とは、どんな形であれ表現することだと思っていますが、彼はそれを体現したような人だったと思います。
by miff (2010-06-21 17:41) 

ぼんぼちぼちぼち

miff さん

そうでやすね。最期まで体現した表現者でやしたね。
寺山修司氏は 三島氏の自決のニュースを知り
「キマっていたが、ただひとつ間違えたのは あれをやるなら 桜の季節にやるべきだったね」と言ったそうでやす
by ぼんぼちぼちぼち (2010-06-22 09:26) 

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